放置されて五百年は経つであろう古い抜け道を行くガゼッタの少数精鋭部隊。案内役として同行する白族の里から出て来た里巫女、アユウカスは、懐かしむような口調で呟いた。
「他は殆ど塞がれていたようじゃが……やはり、ここはそのままじゃったのう」
「しかし、何故ここだけ放置されてるんだ? 罠の一つも無かったようだが……」
「これじゃよ」
「……魔獣か」
アユウカスが指し示した足元に散乱する固形物は、骨だけとなった魔獣の成れの果てだった。
パトルティアノーストの彼方此方に張り巡らされていた隠し通路、抜け道の類は、歴代の神議会メンバーが長年を掛けて探索しては、外部からの侵入を阻止する為に塞いでいったのだが、この古い地下通路には大量の魔獣が住み着いていたので、そのまま番犬代わりにしてしまおうと放置されていたのだ。
「魔獣とて、食えねば生きて行けぬのにのう」
共食いの跡が見られる魔獣達の骸に、せめて冥福をと祈りを捧げる里巫女の姿があった。
パトルティアノーストは民の居住区となる要塞部分と、総指揮を司る中枢部分とが内部で別れており、宮廷区画の奥にある中枢塔がノスセンテスの全てを統治管理する政務省施設となっていた。
嘗て白族帝国の象徴ともいえる巨城だった頃の王室にあたる中枢塔は、ほぼ円柱形の六階建て構造で、三階部分から四箇所の跳ね橋によって要塞部分と繋がっている。ここを封鎖すると政務省施設には出入り出来なくなるのだ。
塔の地下には専用の深い井戸があり、別の水源として湖からも水を引いているといわれている。一階から二階までは厨房や食糧庫、使用人の宿舎。三階から四階は兵舎と厩舎があり、建物の中を騎士団の馬車が走る。
五階には官僚用の宿舎や客室、会談部屋などもあるが、他国の人間で中枢塔に招かれるのは王族クラスであり、今回ノスセンテスを訪れたフォンクランク大使は、闇神隊を含めて立ち入りを許されていない。
最上階の六階に上がる階段は一箇所しか無く、階段を上がりきるといきなり緑の庭園が広がっている。所謂空中庭園であった。庭園の中央付近に建つドーム状の建築物の中に神議堂がある。
この中枢塔には地下から最上階まで、数百人が一ヶ月以上篭城生活出来る程の備蓄能力が備わっていた。
「森に配置した部隊は予定通り動きました」
「よし、では……こちらもやるぞ」
宮廷区画の奥、シンハが率いるガゼッタの少数精鋭は、中枢塔を見通せる一角に潜んでいた。
樹海に隠れて部隊を編成したシンハ達は、戦士の半数を撹乱と撤退支援に残すと、夜の闇に乗じてパトルティアノーストの内部へと古い抜け道から侵入を果たした。現在は中枢塔の制圧に向けて機会を窺っている状態だ。
普段、中枢塔に引き篭もっている神議会メンバーは、フォンクランク大使との晩餐会に出席する為に宮廷区の方まで出向いている。その関係で、何時もなら上がっている中枢塔と宮廷区を繋ぐ跳ね橋が一箇所だけ下りたままになっていた。
各跳ね橋の見える場所に急襲制圧部隊を配置したシンハ達はまず、西の森に集結させているガゼッタ軍を進撃させる事で、神議会が中枢塔に駆け込む状況を作り出す。
神議会の馬車が橋に差し掛かるタイミングで襲撃を仕掛けて、護衛や警備の騎士達と乱戦に持ち込みつつ中枢塔内部に侵入、内側から四箇所全ての橋を下ろして待機していた制圧部隊を突入させる。
後は神議会メンバーの拘束と中枢塔の制圧を宣言する事で、ノスセンテスの抵抗を全て押さえるのだ。
ノスセンテスは権力の全てを神議会と中枢塔に集中させているので、神議会が中枢塔に籠ってしまえば例え要塞部分を一時占領出来たとしても、ノスセンテスの戦力と指揮は生きたままとなり、要塞内部で占領部隊が孤立してしまう事態にもなり兼ねない。
個々の技量ではガゼッタの戦士が武で勝る部分を持つものの、風技の伝達指揮によって完璧に管理統制されたノスセンテスの騎士団が各騎士団単位で縦横無尽に行動出来るのに対して、ガゼッタ軍は今ひとつ纏まりに欠ける為、組織力で引けを取る。
部隊としての機能を維持する事が難しいガゼッタ軍は、戦いが長期化すればするほど不利になって行くのだ。
だが、逆に神議会と中枢塔を押さえてしまえば、伝達指揮による統制戦闘に慣れきってしまっているノスセンテスの騎士団はたちまち烏合の衆と成り果てる。
彼等は下っ端から指揮官まで、上からの命令を正確に実行する術には長けているが、個人で判断して行動する術に関してはまったくと言って良いほど鍛えられていないのだ。『考えるな、動け』というのが、彼等の訓練で叩き込まれるスローガンであった。
無技の戦士にゲリラ戦法を仕掛けられると滅法弱いのは、その為だったりする。
「しかし議長、よろしかったのですか?」
「フォンクランク大使の事か? 構わん、今は緊急事態なのだからな」
ガゼッタ軍接近の急報を受け、晩餐会の席を途中で立って来た炎技の民を代表する議長は、寧ろ退屈な晩餐会を抜け出せる良い機会だったと内心でほくそ笑んでいた。西の森周辺での小競り合いは何時もの事なので、彼に緊張感は見られない。
それでも、有事の際は中枢塔に籠って指揮を執るのが、ノスセンテスの長い歴史の中で培われてきた神議会の習わしでもある。
並走する護衛の騎士達が先行して跳ね橋の両側を護り、高等神民議長の馬車が橋に差し掛かったその時――
「行くぞっ 全軍突撃!」
「っ! 敵襲だーー!」
物陰に潜んでいた無技の戦士達が一斉に飛び出して跳ね橋に殺到した。まさかの侵入者による襲撃に騎士達は一瞬の動揺を見せたが、即座に迎撃態勢へ移行する。中枢塔の跳ね橋で激突するガゼッタの精鋭戦士とノスセンテスの護衛騎士。
ちなみに、シンハは精鋭戦士筆頭として先頭に立っている為、彼の部下達は二重三重の意味で決死のというより必死の想いで戦いに挑んでいる。今回、西の森で騎兵団の指揮を任されている参謀などは、某専属警護兼教育係りな人並に胃が鍛えられていた。
シンハ達が中枢塔に襲撃を仕掛けたのとほぼ同時刻、西の森に集結していたガゼッタの白刃騎兵団五百騎が、パトルティアノーストの西側防壁に向けて進撃を開始した。
防壁上から迎撃の神技や矢が放たれるが、ガゼッタ軍は先頭を行く戦士が盾となってこれを防ぎながら突進力を維持、防壁の城塞門直前まで馬で駆け抜けると、門前で隊列を組んでいるノスセンテスの騎士団に踊りかかる。
盾役の戦士達で落馬せずに辿り着いた者は、そのまま馬上から騎士団の隊列に突っ込み、後続の攻撃部隊が速やかに接近できるよう己が身を剣と盾の如く振るい暴れた。
「く……っ いつもの襲撃と様子が違う、こいつら門を破る気でいるぞ!」
「神議会の指示はまだか! 早く統制戦闘に入らないと、被害が無視できなくなるぞ」
城塞門を護る騎士達は予め指示されている迎撃マニュアルに従って応戦しているが、正面から一塊になっての接近戦ではガゼッタ軍の白兵戦闘力に太刀打ち出来ない。
彼等の真価が発揮されるのは完璧な統制の元に複数の部隊が連係して中、遠距離攻撃で翻弄しながら相手の戦力を削っていき、撤退に追い込みつつ追撃で討ち取れるだけ討ちとるという戦術だ。
神議会からの指示を待つ騎士団が城塞門前で防戦を続けている所へ、東側防壁でもガゼッタ軍の攻撃が始まったという知らせが届く。規模は明らかにされておらず、西側と同等の大部隊だった場合、常駐する防衛隊だけでは防ぎきれない可能性もある。
西側城塞門の中では待機している各騎士団の団長達が、幾つか部隊を応援に向かわせるべきか、指示の無い状態で勝手に動くべきでは無いかと議論を始めた。そんな混乱気味の中、城塞門の開閉レバーに手を掛ける一人の騎士に気付く者はいなかった。
この日の為に何ヶ月も前から潜り込んで準備していたガゼッタ側の密偵による風技の伝達を封鎖撹乱する工作が功を奏し、中枢塔が襲撃を受けるという非常事態の情報が伝わらず、ノスセンテス側は対応が遅れに遅れた。
情報と戦力を分断し、西側防壁の城塞門、中枢塔、東側防壁でそれぞれ個別に戦闘が行われるよう仕向ける。風技の伝達が伝わらない以上、直接伝令が走る事になるのだが、彼等の通り道は分かっているのだ。伝令は尽く目的地に辿り着く事はなかった。
「おい、何をしている! ガゼッタ軍が来ているんだぞっ、早く門を閉めろっ」
突然、西側城塞門が開き始め、何事かと議論を中止した団長達は開閉レバーを操作している騎士を見つけて怒鳴り声を上げる。大方背もたれにでもしていて、何かの拍子に下ろしてしまったのだろうと叱責を飛ばそうとするが、騎士の表情に違和感を覚えた。
「きさま……? まさかっ」
その騎士はニヤリと笑みを浮かべると、剣を抜いて騎士達を威嚇した。
混乱の中、騎士団内部に紛れ込んでいたガゼッタの密偵によって城塞門が開かれ、パトルティアノーストはガゼッタ軍の侵入を許してしまった。一度内部に入り込まれれば次々と抜け穴を開かれて、大勢のガゼッタ兵が雪崩れ込む。
瞬く間に要塞部分である街、居住区画を制圧されるが、ノスセンテスの騎士団は各所から撤退してきた部隊を集結させながら中枢塔前で陣を張るべく、宮廷区まで後退して来た所で、中枢塔の異変に気がついた。
普段や緊急時には上げられている四箇所の跳ね橋が全て下りている。橋を防衛する騎士の姿も見えず、綺麗に磨き上げられた艶のある床石や柱には鮮血が飛び散った跡や、ひび割れたり砕けたりしている部分があり、武具や破れた布地の一部が散乱していた。
「一体……何が……」
彼等の目前に広がる痕跡からして、ここで戦闘があった事は明白なのだが、そんな情報は伝わっていない。中枢塔が直接襲撃されるような事態になれば、全軍に緊急事態の報が発せられる筈なのだ。他の防衛箇所を放り出してでも此処に集まる事になる。
居住区画からガゼッタの騎兵団が迫って来ている事も忘れてしばし呆然としていた彼等に、中枢塔から『広伝』が発せられた。
「――俺はガゼッタの王、シンハ・トルイヤードだ。神議会高等神民議長と神議堂は我々が制圧した。ノスセンテスの全ての勢力は沈黙せよ――」
シンハ王の声で発せられた広伝は、中枢塔が統制するパトルティアノーストの全域、街の隅々にまで響き渡ったのだった。
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