「隊長は美人姉妹と夕食、大使さんらはエライさんらと晩餐会かー」
「はは、俺たちとの食事だって悪くはないだろう」
「イフョカってお酒も飲めたのね」
「一応、ちょっとだけなら……」
悠介を送り出した後、何となくサロンに残ってうだうだと過ごしていた闇神隊メンバーは、そのまま夕食の時間となったので皆でテーブルを囲んでいた。
初日こそ各々が思い思いに行動していたが、やはり団体行動が身についているのか一塊になって活動する事に安心感を覚えるようだ。つい先程まで不穏な気配について話し合っていた事も、少なからず影響しているのかもしれない。
「しかし、まあ……ガゼッタの攻撃があったとして、この城塞のような街がそうそう簡単に落ちるような事もあるまい」
シャイードのそんな言葉に『確かに』と頷くメンバー達だった。
一方、ラサナーシャとラーザッシア姉妹の家に招待されている悠介は、それなりに楽しい時間を過ごしていた。
「お味はどうですか?」
「ん、中々美味いですよ」
「ふふっ 良かったぁ」
お酒も勧められたのだが、あまり飲まないのでとやんわり断り、意図せず興奮剤が混入されたお酒の接取を躱す悠介。ラーザッシアは何時もの対闇神隊長可憐な少女モードで表面を繕いながら、何とか気分を高揚させる薬を盛ろうとタイミングを図る。
ラーザッシアが自ら調合した特別な興奮剤は、無味無臭で痕跡を残さず幻覚剤にも似た強力な淫欲を呼び起こすが、短時間で効果が切れる上に、料理や飲み物に混ざると十数秒の内に接取しなければ、やはり効果が消えてしまうという扱いの難しい薬だ。
相手に食べ物や飲み物を勧め、それが接取される直前に混入しなければならない。従ってお酒の酌などが最も仕掛け易く、次点で『はい、あ~ん』のようなシチュエーションなのだが、お酒は早々に断られてしまった。
『中々羽目を外そうとしないわね……でも、流石にここでいきなり“あ~ん”をやるのは不自然よね』
料理は少し辛味のあるものを並べてあるので、暫らく経てば喉が渇いてくる筈。小さめのカップに水は半分程しか入れていない。ラーザッシアはそのうち水を求めてくるであろう事を見越して、そこで混入を試みる事にした。そのチャンスは直ぐに訪れる。
「すんません、水のおかわりお願いします」
「あ、はい」
「ああっ お姉ちゃん、わたしがやるから座ってていいよ」
ひょいと水差しを持って悠介の隣へ移動したラーザッシアは、指の間に挟んだ小さな筒の先を僅かな動きで開くと、コップに水を注ぎつつポトリと一滴、特製興奮剤を混入した。『どうぞ』と差し出した水を『ありがとう』と口にする悠介。
『よし、次はこっちの準備ね』
スッと目で合図するラーザッシア。それを受けたラサナーシャが、自然な動作で『デザートをお持ちしますね』と言って席を立つ。ラサナーシャが部屋を出た事を確認したラーザシアは、スススッと悠介の傍らに擦り寄り、耳元でひそひそと訊ねる。
「所でユースケさん……お姉ちゃんとは何処まで進んでるんですか?」
「え゛? 俺と彼女は別にそういう関係じゃないよ?」
「えぇ~~本当ですかぁ~~?」
「いや、ホントにホントに」
そうして暫らくお約束問答が繰り広げられ、悠介の言に一応の納得を見せたラーザッシアは、クスッと含み笑いをして何事かを耳打ちしようと更に顔を近付けた。微かに香る甘いクッキーのような匂いが、彼女から伝わる体温に乗って悠介の鼻腔を擽る。
「それじゃぁ~あ、ユースケさんって……好きな人とか――」
と、そこへデザートの盛られたお皿を持ってラサナーシャが戻ってきた。
「おまたせしました……どうかしましたか?」
「いえいえ」
「な、なんでもないよっ お姉ちゃん」
慌てて自分の席に座りなおして『見せる』ラーザッシアに、小首を傾げて『見せ』つつデザートのお皿をテーブルの上に置くラサナーシャ。ここまでは打ち合わせ通りのタイミングで進んでいる。
見た感じでは悠介の様子に変わりは無いが、特製興奮剤が効いているであろう所へ、ラーザッシアの甘い囁きという誘惑の布石を打ったのだ。その内面では彼女のどんなあられもない姿が渦巻いているだろうか。
尤も、それは自分も交えて直ぐに現実の事となるのだ。ここまで来たならばもう、個人的な感傷は封じて仕事に専念しなくてはと、密かに気合いを入れなおしたラサナーシャは、そんな事を思いながら次の段階へ事を進める。
「ちょっと、シア? あなたそれお酒じゃないの?」
「はれ? ……まちがえちゃった」
うっかり姉が飲んでいたお酒を間違えて飲んでしまったラーザッシアは、途端に呂律が回らなくなってくる。
「ふにゃふにゃ」
「もう、この子ったら……お酒弱いのに」
「あーらら、大丈夫?」
ラサナーシャは酔い覚ましの薬を用意しますのでと、ぐらんぐらんしているラーザッシアを椅子から落ちないよう悠介に支えて貰いながら戸棚の引き出しをごそごそしていたが、どうやら切らしていたようだ。
「すみません、急いで買ってきますので……暫らくシアを看ててやって下さいませんか?」
「あ~はいはい、いいですよ」
「むふーユースケさーん」
「ほいほい、落っこちるから大人しくしてような」
絡み付いてくる酔っ払いを適当にあやす悠介の姿は中々板についていた。これも元世界で酒癖の悪い女家族相手に鍛えられたモノだが、ラーザッシア達には酔わせた女を扱いなれていると捉えられた。
『それでは宜しくお願いします』と足早に部屋を出て行くラサナーシャ。まだ興奮剤の効果は続いている筈なので、邪魔者がいなくなれば後は堕ちるだけというシチュエーションだ。
未だ理性を保っている悠介に最後の一歩を踏み出させるべく、ラーザッシアは誘惑の仕上げに入った。
「眠いー、シアの部屋いくー」
「ん、分かった。こっちかな?」
しなだれかかるラーザッシアの身体を支えながら、指定された部屋へと誘導する悠介。
その間、ヨタヨタとふら付きながら腰なり胸なりお尻なりに手が伸びてくる事を待ち構えていたラーザッシアは、この期に及んでもまだ紳士的に振舞う悠介の態度に違和感を感じ始めていた。
ターゲットの人物像が本当に諜報部の資料であっているのか、資料通りならもうそろそろに押し倒されていてもいい頃だ、と。
『もしかして、好みの把握に間違いがあった……?』
だが、ラーザッシアは多少相手の趣味と違っていても誘惑出来る自信があった。興奮剤がもたらせる淫欲には贖えない筈、目の前には自分に好意を見せる無防備で無垢な美少女。
『さあ喰え』と言わんばかりに誘導された自室のベッドで仰向けに転がって見せる。
「ん~……きもちいい……」
ベッドシーツに手を這わせて感触を楽しみながら、潤んだ瞳を向けて微かに笑みを浮かべるラーザッシア。
転がる直前に服の前ボタンを三つほど外しておいたので、微妙に乱れた衣服の胸元が大きく開かれ、白い肌も艶かしく鎖骨と胸元の膨らみが呼吸に合わせて上下する。あとちょっと、抓んで引き下ろせば、薄い布の下に隠された乳房が露わになるだろう。
そっとベッドに近付いた悠介の手が、乱れた衣服の胸元に伸ばされ――
『よし、来た!』
恐らく転がった拍子に外れたのであろうという判断の元に、少々大胆かとも思いつつ胸元のボタンをしっかり止めると、身体の下敷きになっていたシーツを引っ張り出してそっと被せる。
そうしてラーザッシアの前髪を一撫でし、『おやすみ』などと言い残してそのまま部屋を出て行った。
『…………あれ?』
水でも用意してやろうかなと部屋を出た所で、悠介はラサナーシャと鉢合わせした。実は出番に備えてスタンバイしていた彼女は、悠介が何もせずに出て来るとは思わなかったので身を隠す間もなく、完全に虚をつかれた格好となった。
「お、早かったですね。妹さん、部屋に運んどきましたよ」
「え? あ、は、はいっ お手数お掛けしまして」
悠介が身に纏う隊服その他には様々な防御効果が付与されてあり、その中には解毒効果や鎮静効果も含まれる。
その為、ただでさえ強力だが短時間しか持たない特製興奮剤は一瞬で効力を失い、ラーザッシアの誘惑攻撃は『おぉ、可愛いな』と感じさせる程度に留まっていた。
もし彼女たちの計画通りに事が進んでいたならば――
『シア……! 私が先に目をつけていたのに!』
『は、早いもの勝ちだもん!』
などと『男にとって都合の良い女の素顔』をもって修羅場を演出、姉妹で一人の男を夜通し奪い合うという、めくるめく淫乱劇が行われる予定だったのだが――
「それじゃあ俺そろそろ戻ります、今日はご馳走様でした。ラサナーシャさんの手料理、美味かったですよ」
「い、いえいえ、御粗末様でした……」
おいとまを告げられ、ラサナーシャは少々混乱しつつも玄関まで見送ってその場を取り繕う。悠介の姿が通路の先に消えた頃、部屋から出て来たラーザッシアはドスンドスンと床を踏み蹴りながら悪態をついていた。
「なんなのよアイツ! 女に興味無いんじゃないの!?」
まさかこれで誘惑できないとは思わなかった、プライドが傷ついた! と荒れるラーザッシアを宥めつつ、ラサナーシャは計画が失敗した事を安堵している自分に気が付き、そんな気持ちに戸惑いを感じていた。
宮廷区画までの帰り道、悠介の前方を十数人の武装した騎士達が駆け抜けて行く。何事かと彼等が向かった西側低民区を覗き込むと、かなり大勢の騎士達が集まっていた。
少数の部隊を編成しては、指揮官らしき人に指示を受けて所定の位置へと移動を始める。悠介は何があったのかを訊ねようと、新たに通路を駆けて来た騎士達に声を掛けてみた。
「ああ、これは大使殿……どうもまたガゼッタから大規模な攻撃があるようでして」
彼等の話ではガゼッタとの衝突が最も激しい西の森に大軍が集結しているらしいという情報を入手し、偵察部隊を向かわせたところ、五百騎近いガゼッタの騎兵団が潜んでいるのを確認出来たらしく、総攻撃に備えて緊急招集を受けたのだそうだ。
「そりゃあまた……」
「しかしまあ、この街の防壁が破られる事はありませんので、大使殿達は安心して下さい」
それでは急ぎますのでと、割と感じの良い騎士は敬礼して去っていった。
「イフョカの感じてた気配ってコレの事、だったのかな……?」
とりあえずは緊急事態につき、悠介は早く仲間の所へ戻ろうと駆け足気味に宮廷区画までの道程を急ぐのだった。
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