元の世界で生活していた頃の悠介は、よくゲームで遊んでいた。ゲームオタクと呼べる程のヘビーユーザーではないものの、ライトユーザーと呼ぶには手をつけた量やジャンルも浅くはない。
普通にギャルゲーと呼称されていた恋愛系ノベルなど、萌え要素に比重がおかれたモノもプレイしていた。だからという訳ではないが、人や物事の例えをゲームっぽい表現で評する事もしばしばあった。
『なんというか……出現期間限定キャラにありがちな怒涛のフラグラッシュなのか?』
闇神隊がノスセンテスに滞在して三日目、悠介は街に出る度にラーザッシアと何らかのイベントを発生させていた。
何故か行く先々で『偶然』顔を合わせたり、通路の曲がり角で衝突したり、しかも大股開きで尻餅をついて暫らく『あいたたぁ』とか可愛く痛がって見せ、自分の格好に気付いて慌ててスカートで隠したり、でもって涙目上目遣いで『み、見ました?』とか――
「ユースケさんて、凄い人なのにとっても自然体で……一緒にいるとなんだか安心しちゃいます」
「ははは……」
そんな会話を交しながら通路を並び歩く悠介とラーザッシア。その時、ふわりとラーザッシアのポケットからハンカチが落ちる。思わずそれを拾おうと手を伸ばした悠介と、ラーザッシアの手が触れ合う。
「……あっ」
重なり合う手と手。竦むように引っ込めた手を胸元でぎゅっと握って赤くなるラーザッシア。最近こんな事ばかり続いていた。
宮廷区画の一画に広がる来賓用のサロンで寛いでいたフョンケが、街から帰って来た悠介を見つけて声を掛ける。
「たーいちょー、またあの娘とイチャついてたんすかー?」
「フョンケか……別にイチャついてる訳じゃないんだけどなぁ」
ポリポリと頭を掻きつつ、悠介はフョンケの意見も聞いてみようかと彼の寛ぐソファーの対面に腰掛けた。壁際に控える給仕達がささっと寄ってきては、悠介の為にお茶を用意する。
「なーに言ってんすかぁー、隊長といる時のシアちゃん、ムチャクチャ可愛いじゃないすかぁー」
「可愛い、のかなぁ?」
やっかみ半分の棒読み口調だったフョンケは、腕組みをして首を傾けながら『うーむ』と唸り始める悠介に照れ隠しやおどけた雰囲気を感じ取れず、本当に何も感じていないのではないかと本気で心配し始めた。
「隊長、まさか本当に女に興味が沸かないんじゃないすか? 例の事が関係してるとかで……」
「いやいや、そうじゃないんだよ……なんつーかなぁ」
確かにラーザッシアの仕草や表情は愛らしいのだが、彼女の行動にはわざとらしさが目に付くのだと語る悠介。フョンケは盛大に疑問を呈した。
「はあっ? 何処がっすかっ? いや、アレが例え演技だとしても、アレだけ可愛く見せようするっていう事はっすね――」
「落ち着け落ち着け、とりあえず落ち着け」
まず座れと宥める悠介に、フョンケは彼女に対する周囲の反応も概ね『なんと可愛い娘だろう』と良好で、意中の男性に対するアピールが入っている事を差し引いても、是非お近付きになりたいし、守ってあげたいと想わせられる娘だと暑苦しく語る。
「まあ、女側からはちょっと可愛い子ぶってるって意見も聞かれますけどね、それだってヤッカミすよ」
「うーん、やっぱこっちの人にはそう感じるのかー」
悠介の言う『こっちの人』とはカルツィオの人々全般を指すのだが、『ノスセンテス人』の事を指していると取ったフョンケは、『可愛いは万国共通っす!』等と色んな世界で通用しそうな格言? を放ったりしていた。
「話の流れから考えて、俺に好意を持ってくれてる故の演技とも言える訳か……」
「考えなくてもあの反応見てりゃ分かりそうなもんでしょうによ」
「いや~俺としては自然な接し方というか、在りのままの自分を見せて欲しいというか」
「ぐああああ隊長腹立つ! なんすかその贅沢な要求! あんな健気なアピール見せられて『在りのままが良い』とかっ!」
喚くフョンケに『健気か?』などと煽る疑問を投げ掛けて遊びながら、悠介はラーザッシアの事を考える。何かしら好意を持つに至った原因があるとすれば、恐らくラサナーシャの事だろうなと当たりを付けた。だが――
『にしても、アレはちょっとなぁ……』
彼女の演技は確かに完璧で、例えば初めて日本に来て女子高生に接した外国人が、彼女達の可愛い子ぶりっ子に『Oh! Cute』とか言ってコロッと引っ掛かるような感じで、並みの男ならみんな虜にしてしまい兼ねない可憐さを発揮している。
だが、日頃から電話口や玄関先のセールス相手に、口調のみならず声色まで変えて別人のように接する女家族やら同じクラスの女生徒などを観察してきた知識と経験を持つ悠介には通用しないのだ。
実際の所、ラーザッシアのあざとい演技はあざと過ぎて、現代人の感覚を持つ悠介にはそれらの演技で自身をどう見せようとしているかまでバレバレであった。冷静に観察出来る分、本人はバレていないと思っている事まで分かってしまう。
だからといって、態々それを指摘するのも相手の好意を無下にするようで何だか憚られる。そんな調子で、中途半端に偏った知識と経験を持つ悠介は適切な対処法が浮かばず、どう接すればいいのやらと、もにょもにょした気持ちになるのだった。
悠介が宮廷区画で微妙な気持ちになっている頃、ラサナーシャとラーザッシア姉妹が住む家、という事になっている中民居住区の一室にて、ノスセンテス諜報工作員である二人は仕事の段取りについて話し合っていた。
「さあ、明日からいよいよ仕上げに入るわ」
「少し急すぎませんか?」
「いいのよ、こういうのはとにかく勢いが大事なの。相手に考える暇を与えちゃダメなのよ」
「なるほど……」
闇神隊長の人物像を行動力や出世速度などから『先を急ぎたがる傾向にある人物』と分析したラーザッシアは、とにかくトントン拍子に事が運べば、機運ありと見て勢いに乗り、一気に事を進めようとするタイプだと読む。
こちらから餌として撒いた『付け入る隙』に対して、何処か煮え切らないような反応を見せる悠介の態度も、今までの経験から考えるなら、あれは自分の衝動を無理に抑え込んでいる男に見られた雰囲気にも似ている。
「フォンクランクからの報告書を読む限りじゃあ、相当な誑しみたいじゃない?」
「噂では、確かにそうなってますが……」
表面上は平静を装い、内面を抑える事に理性の大半を使っているという精神状態では、表情の取り繕いが疎かになって意図せず硬い表情になったり怖い顔になる場合が珍しくない。
一見、憮然とした面持ちの裏では、内心の大喜びな気持ちを必死に隠そうとしている、などという事はよくある。
「闇神隊が発つのは明々後日、相手の焦りも考えると仕掛けるタイミングとしては明日が一番いいのよ」
欲情的にはもう辛抱タマランという所まで来ているが、親善大使の同行者という立場上、人目もあるし、姉のラサナーシャには良い人を演じて近付いてるので、ここで狼になる訳にもいかない。
といった感じで悶々としているに違いないとラーザッシアは判断した。そういうタイプは直前まで紳士を装おうとするが、いざ事に至ればそれまで抑えていた衝動が一気に噴出し、豹変する。今までの仕事で見てきた彼女の知る男とは、尽くそんな生き物だった。
上手く誘惑して襲い掛かって来た所でラサナーシャも交え、なし崩し的に抱かせて後は自分にハマらせれば良いと考える。
「快楽促進剤(媚薬)も用意するよう上に申請しておくわ。あんた、アレ使っても大丈夫よね?」
「はい、一応経験はありますから」
神経に作用する薬は病気を抱えた身体に負担を掛ける事にもなる。誘惑の最中に逝ってしまったら洒落にもならない。
「そ、ならいいわ。アレを使うと自分も飛んじゃうけど、今回はターゲットと深い繋がりを持つ事が目的だから問題ないわね」
一つだけ問題があるとすれば、これだけウブを装っておいて生娘ではないという理由をどうするか。
実際にターゲットと接してから相手に応じて自分像を変えていく臨機応変型のラーザッシアは、事前の情報を元にして対応策を考えておくというやり方をしない。情報に囚われれば、対応を読み違えたりして折角立てた策も無駄になり易いからだ。
――昔、お姉ちゃんに恋慕していた貴族の男に力尽くで手篭めにされた事があって、本当は男の人が怖いの。だから、お姉ちゃんの仕事も嫌悪してた。でも、ユースケさんは怖くない、ごめんね綺麗な身体じゃなくて、でも……あたし、ユースケさんになら――
「よし、このシナリオでいこう」
脳内劇場で男にとっては実に都合の良い女像の物語を組み上げたラーザッシアが、そう呟いてポンと手を打つ。傍らで小首を傾げるラサナーシャに『あんたが私より可愛い仕草してどうすんのよ』とか内心で悪態など吐きながら、当日の段取りを決めていく。
「あんたは私とユースケが始めたら偶然を装って部屋に来て、後は妹に嫉妬した姉が乱入って感じで、搾り尽くしちゃいましょう」
「わかりました」
明日の夕食に誘う役目を引き受けたラサナーシャは、この仕事では先輩であるベテラン諜報工作員の作戦に頷きつつも、内心では彼女の悠介に対する認識に疑問を懐いていた。
『あのユースケ様が、こんな手に乗るかしら……?』
やっぱり噂や伯爵達の人物把握はおかしい気がするラサナーシャだった。
翌日――
ラサナーシャ達から夕食の招待を受けていた悠介は、午前中に目ぼしい薬を買い漁ってカスタマイズの具合を確かめ、午後になってから彼女達姉妹の家に向かおうと部屋を出た所で、難しい顔をしたヴォーマルに呼び止められた。
「隊長、ちょっといいですか?」
「ん?」
少し耳に入れておきたい事があるというヴォーマルに案内されて、闇神隊メンバーが集まっているサロンの一角にやって来ると、フョンケが盗聴防止用に風技の膜を張った。
「何か厄介な話か?」
「いえ、なんと言いやしょうか……イフョカがまた例の気配を感じてるそうでして」
「例の気配って……無技の戦士の?」
「は、はい……野営地から、街に来るまでの間も、ずっと感じてたんですが……」
街に入ってからは伝達封鎖の風壁もあってか、索敵も街の近くまでしか届かないので特に何も感じることは無く、時々ノスセンテスの業務で何処かへ伝達が行われている時などに、外から聴こえて来る風に耳を傾けていた程度だったのだが――
「無技の戦士が近くに来ていると……?」
「多分……本当にちらっと感じたダケだったんですが……ここからだと余程近くじゃないと、感じられない筈……ですし」
ディアノース砦の時のように、ガゼッタの軍が何処か街の近くに潜んでいるのではないかと、イフョカは不安げに話す。ガゼッタとノスセンテスは長く小競り合いが続く紛争状態にあるようなので、国境付近にガゼッタ軍が居てもおかしくは無い。
両国の戦いを見ると、平地では強力な遠距離攻撃の神技を活かしたノスセンテス軍が有利だが、森や山に入るとガゼッタ軍のゲリラ戦法にまったく太刀打ち出来ないらしい。
その結果、ガゼッタとノスセンテスの国境はパトルティアノーストの周辺でかなり歪な事になっていた。街の直ぐ傍に広がる西の森が全てガゼッタの支配下にあり、両国の小競り合いは主にこの森が舞台となる。
街の背後はトレントリエッタ領の樹海が覆っている為、ノスセンテス軍はパトルティアノーストの北と南に騎士団の部隊を展開する事でガゼッタ軍の攻撃を街の側面に集中させ、要塞都市の防御力でそれらを防ぐという戦術がとられていた。
「ちなみに、気配がした方向は?」
「東の……トレントリエッタの方角です」
「ガゼッタの偵察部隊かなんかっすかね?」
「うーん、確か……ノスセンテスの野営地に入る前からも、そっちの方角に気配がしてたんだよな?」
悠介の問いに、こくりと頷いて答えるイフョカ。湖を渡る時にも、気のせいに出来るほど遠くに薄っすらと感じていたという事実も合わせると、単なるガゼッタの偵察部隊と考えるには感知した場所が色々と不自然だ。
「俺たちの後をついて来てた?」
「何の為に?」
フォンクランクとノスセンテスの親善妨害にしては、これといって何も仕掛けられていない。
「舟の件以外は妨害らしい妨害もなかったしなぁ……アレだってガゼッタの関連は微妙なとこだし」
「偶々街の背後に回りこむルートが、俺等の通る道と被ったとかじゃないっすか?」
パトルティアノーストの背後に回ったとて、この要塞都市は全方向からの攻撃に対応している。西側からの攻撃に合わせて東側から襲撃を掛けても、然程効果があるとは思えないとはシャイードの弁だ。
「うーん、分からんっ 一応、みんなで気持ち警戒だけはしておこう」
「ノスセンテス側にこの事は……?」
ヴォーマルに問われてふとイフョカに視線を向けた悠介は、そのまましばし考える。じぃっと見つめられてオドオドするイフョカの挙動が怪しくなってきた所で結論を出した。
「伝える必要はないな、ガゼッタに不審な動きがないか警戒を促すだけでいいと思う」
「理由を聞いてもいいですかい?」
「今の所、無技人の気配を探れるのはイフョカだけっぽいからな、態々こっちの手札を明かしてやる事もないさ」
伝達封鎖された街の中にいる闇神隊から、近くにガゼッタ軍がいるかもしれない等という情報がもたらされるのは、ノスセンテス側に無用な疑心を呼びかねない。そうなった場合、イフョカの能力について説明しなくてはならなくなる。
今後の対ガゼッタを考えるなら、無闇に明かすべきではないと悠介は判断した。ヴォーマルとシャイードがその判断を支持すると、フョンケとエイシャも黙って頷く。
「つーわけだから、イフョカも俺たち以外の人間にその事は話さないようにな」
「あ、はい、分かりました」
よしよしと、ついノリで頭をナデナデしてイフョカを再び挙動不審にしたりしつつ、すっかり話し込んでしまったなと席を立った悠介は、少し急ぎ足で姉妹の待つ家へと向かう事にした。
悠介が例の美人姉妹から夕食に招待されていると聞いたフョンケが、手を振りながら見送る。棒読みで。
「たいちょーごゆっくりー」
「なるべく早く戻るようにするよ」
「せーぜーごゆっくりー」
「……すぐ戻るよ」
割と深刻な話をした直後なだけに、その足でいそいそと美人姉妹の元へ向かう姿は節操が無いように思われてやしないかと、女性陣の視線を気にしながら、そそくさ立ち去る悠介。
「はぁ……まったく、隊長もフョンケも不真面目なんだから……。 ほら、あなたもいい加減しっかりなさい」
「はぅあぅ……」
闇神隊の良心こと常識人エイシャは、素面で酔っ払っているイフョカを介抱しながら溜め息を吐くのだった。
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