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4話:サンクアディエット




 カルツィオで最も広い平原地帯を国土に持つ『フォンクランク』その平原の実に五分の一に相当する規模の巨大な街、『サンクアディエット』。炎技の民の中でも特に強力な神技を宿す一族が王となり、代々この街を首都として国を支配している。

 街は等民制に基づいて各神民の生活圏が分けられており、神技で補強された上層の建物はかなりの強度を誇る。王族の宮殿では十階建ての建物なども実現していた。中層以下の建物や防壁にも、多少の神技による補強がされている。

 中央の高等神民居住区域である『高民区』は周りを高い防壁に囲まれているが、区域一帯は防壁よりも更に高く築き上げられた高台にあった。『高民区』の周囲に防壁を挟んで『中民区』が広がり、その外側に『低民区』がある。

 中民区も高民区と同じ構造で、下の区域と仕切る防壁よりも高い段差の上に街並みが造られ、上の区域からは下の区域を見渡せる造りになっているのだ。低民区も平地よりは高い位置にあり、街の規模が拡張される場合は新たに石畳を敷いて行く事で拡げられる。

 基本的に中心部へ向かうほど地面が高くなる構造なのだが、一時期無秩序に行われた開発政策の影響で街の全景は少々歪な形状になっている。街の外周に隣接する無技人(むぎびと)(がい)は例外的に補強された建物もあり、低い立場ながらそれなりの恩恵も受けていた。


 高民区の頂上に建つ『ヴォルアンス宮殿』。街の拡張開発と共に上へ上へと増築が繰り返された宮殿は、もはや建築当初の面影は無く、古い世代の部分は石畳の下に埋まっていて、或る種、地下迷宮の様相を呈している。

 王族の住居でもある最上階付近の外壁や屋根には晶貨と同じ材質の装飾が埋め込まれ、太陽の光を浴びて常に輝きを放っていた。
 そんな宮殿の上層階にある一室で、高級そうな赤いドレスを纏い、匠の神技で作り上げられた至高の腰掛から退屈そうに投げ出した足をぶらぶらさせている少女が、読み掛けだった本をテーブルの上にぽいっと放り出す。

「つまらん、退屈じゃ」
「姫様、はしたないですぞ」

 あろう事か頭の後ろで手を組み、椅子の上で胡坐を掻いてはギッコンギッコンと揺らし始める慎みを持ってくれない若き姫君に、専属(せんぞく)警護(けいご)(けん)教育係(きょういくがかり)として日々頭を痛めている側近の男が見兼ねて窘める。

「おやめなさい、淑女のする事ではありません」
「別に良いでは無いか、誰に見られるでもなし」

 退屈だ退屈だと椅子を揺らす炎技の民の姫君ヴォレット・ヴォイラスに、側近のクレイヴォルは眉間に皺を立てながら歩み寄ると、転ぶ前に椅子の背を抑えて止めさせた。

「むー」
「むーではありません。姫様にはもっと王族としての自覚を持って頂かなければ」

 炎技の民の頂点に立つ者として『高貴で気高く力強く、常に光輝いている存在でなければイケない』という、何時もの御小言を貰ったヴォレットは辟易した想いで聞き流し、つまらなそうに爪を弄りながら呟いた。

「父様も周りの官僚達も中身は皆真っ黒じゃ、まるで邪神像のように」
「邪神像?」
「無技の祠に祭ってあるという黒い像の事じゃ」
「姫様、炎神の末裔たる高貴な者が、そのような下賎なる物の事を口にしてはなりません」

 再び始まった御小言にウンザリ顔で頬杖を付いたヴォレットは、更にクレイヴォルの眉間に皺を増やすような事を口にする。

「ゼシャールド爺に会いたいのう」
「…………」

 ヴォレットはあからさまに眉を顰めるクレイヴォルの様子を覗き見ると、態とゼシャールドの事を話題にし始めた。ここ数年はめっきり宮殿にも来なくなってしまったが、ヴォレットが幼少の頃にはよく遊び相手を務めさせていたのだ。

「あのような変わり者の事を話題にすべきではありません」
「なぜじゃ? ゼシャールドの熟達した水技は、宮殿水神隊の精鋭達さえ凌ぐと聞くぞ?」

 宮殿には街の巡回と警備を担う一般衛士である『神民衛士隊』の他に、主に宮殿関係者を対象に活動する精鋭部隊が存在していた。『水神隊』は治癒系の水技を扱う精鋭で編成される。ちなみに、クレイヴォルは王族を専属警護する『炎神隊』の隊長である。

「姫様が懇意にするような事を口にすれば、姫様のご寵愛を賜らんとする者達に誤解を与えます。あの者にも災いを招きますぞ」
「……ふんっ ゼシャールドはそんなに柔な男ではないわ」

 唇を尖らせたヴォレットは拗ねたように顔を背けた。






「先生は街に出たんだってね、彼も一緒にかい?」
「うん、ユースケさんも一緒に。三日ほど家を空けるって」

 篭に詰めたララの実を持ってバハナの家を訪ねたスンは、干し肉と交換しながら雑談を交わしていた。
 スンの持って来たララの実は悠介がカスタマイズして味を調えた特別製で、通常の実ではふにゃふにゃに熟れきらないと出せない甘みが、歯応えのある瑞々しい実の段階で楽しめるとあって、村人達にはとても人気がある。実はスンも大好物だ。

「そうかい。じゃあ食事時は家においでなさいな」
「うん、ありがとう」

 バハナはスンの事を実の娘のように思って可愛がっている。普段と変わり無い様子のスンを観察していたバハナは、この子から色気のある話が聞けるようになるには、まだまだ掛かりそうだねぇと内心で溜め息を吐くのだった。




「うーむ、快適じゃのう」

 悠介のカスタマイズによって、やたら乗り心地の良くなった荷馬車が街道を行く。ルフクの村からサンクアディエットの街までは、街道を真っ直ぐ進むだけの道程(みちのり)を、馬車で片道一日掛かる程の距離だ。
 早朝に出発すれば夜には到着出来る。地平線まで続く街道の先に、薄いベージュ色をした街並が霞んで見えていた。

「最初、遠目に見た時は山かと思いましたよ」
「ほっほっ まあ、そう大差ないわい」

 御者台で手綱を握るゼシャールドは、荷台の悠介にサンクアディエットについて説明する。人口の増加と共に街の規模が拡張され、王が街の隅々まで見渡せるようにと、宮殿のある高民区を高い場所へ上げていく内に、現在のような形状の街になったらしい。

「街の下には古い街が埋まっておるのじゃ」
「へ〜」

 歴史を感じさせる趣きがあると関心を示す悠介に、ゼシャールドは同じ感性を持つ理解者を得て嬉しそうに頷いた。
 ゼシャールドの水技で疲れ知らずの力走を見せる馬と、乗り心地や走行性能が高級馬車並に向上している荷馬車の組み合わせにより、殆ど休憩無しで走り続ける事が出来た悠介達は、予定よりも早く街に到着した。

「うむ。今ならまだ露店市場が開いてるかもしれんのう、少し歩いてみるかの?」

 荷馬車を適当な空き地に停めて、近くで屯している地元の無技人を見張りに雇う。彼等は街に立ち寄る商人達から馬や馬車の見張りに雇われる事で稼ぎを得ている。無技人達が街の外周に住む事で受けられる恩恵の一つでもあった。

「えっ! だ、だんなコレ……」
「あ〜生憎と今持ち合わせが無くての」
「……」

 渡された黄晶貨を見て、種類を間違えて無いですかと慌てる地元の無技人に、ゼシャールドは肩を竦めてみせる。
 馬車の見張りなど緑晶貨一本で十分な報酬となるのだが、ゼシャールドの晶貨袋(さいふ)にあった緑晶貨は赤晶貨に化けたので、一番額の小さい晶貨は黄色のザッルナー晶貨しかなかったのだ。通常の三倍もの報酬に、地元の無技人は気合を入れて見張りに就くのだった。

「なんか凄い気合い入ってましたね?」
「彼等にとってはそこそこ大金じゃからなぁ」

 目深に被ったフードの先を抓みあげて、少し顔を覗かせながら問い掛ける悠介に、飄々と答えるゼシャールド。フード付きマントは悠介の髪を隠す為に用意したモノだ。髪を染めたり、カツラ等で素の色を偽る事は御法度である。
 
 神技を宿している事を示す波動は感じれど識別が出来ず、顔立ちからして異質な雰囲気を持つ悠介を、違和感無く人目に触れないように配慮するとこうなった。傍目からはゼシャールドの従者のように見えるので都合も良い。


 何か掘り出し物があれば購入しようかと夕刻の街へ繰り出した悠介とゼシャールドの二人は、表通りの露店を見て回る。露店市場は低民区の名物通りで、大きい街だけにピンからキリまで品揃えも豊富、連日多くの人々で賑わっている場所だ。

 露店が出せるのは低民区でもこの表通りに日没までと決まっていて、中民区から上の区域で商売をするには、権利を購入して店舗を構えなくてはならない。
 高民区ともなると全ての店が高級店で、衣服や装飾類の店は殆どオーダーメード。飲食店も正装でなければ入店を拒否される。

「持って来た荷物はここで売るんですか?」
「そうじゃ。上に知り合いの店もあるんじゃがの、お主の事を聞かれると面倒じゃしな」

 明日は朝から露店場所を確保したら、持って来た服や靴、家畜から取れた毛糸などを売りに出し、稼いだ資金で日用品を買って帰るのだ。
 
 この前スンが割ってしまったお皿の代えに丁度良さそうな食器は無いかと、焼き物露店を見ていたゼシャールドは、不意に強力な神技の波動を感じて通りの向こうに視線を向ける。

「どうかしたんですか?」
「うむ……」

 悠介も吊られてその方向を見ると、通りの人込みが割れて、甲冑が見え隠れする色鮮やかな衣装を身に付けた一団が現われた。街の入り口付近から時々見掛けていた『神民衛士』という街の治安を守る衛士とは少々雰囲気の違う、如何にも気位の高そうな一団だ。

「なんですかアレ」
「宮殿の王族関係者辺りが『御忍び』で降りて来とるんじゃ」
「御忍びっ?」

 あの大名行列染みた目立つ行進の何処ら辺りが『御忍び』なんだと、悠介は思わずツッコミを入れる。悠介の知る『御忍び』の定義を聞いたゼシャールドは、『成る程のう』と頷きながら、ここでの御忍びが何故こうなのかを教授してくれた。

 神技人は神技人の宿す神技の波動を感じ取る事が出来る。王族は一年を通して行われる祭事などで民に広くその力を顕示する為、街の住人なら殆どの者が、王族の纏う神技の波動を見分けられるのだ。従って、身分を隠して街に降りても直ぐにばれる。

 同じ宮殿関係者でも裏方の者なら民に知れ渡っていないので、悠介の言うような『御忍び』も可能だが、王の一族ともなれば小さい頃から下々の民に『お前達が敬うべき御仁である』として知らしめられているので、身分を隠す事は実質不可能なのだ。

 以上の理由から王族の『御忍び』とは、周囲を宮殿衛士隊に護られての下街見物、物見遊山であり、一般神民達が膝を付いて服従の意を示さなくとも良い状態の事、となる。

「まあ、高民区に住む者が下街に降りてくる事など滅多に――……まずい」

 御忍びの一団を見つめながら解説をしていたゼシャールドは、何かに気付いたように気まずげな顔になると悠介に目配せをした。

「直ぐにここから立ち去るぞ」
「え、え? どうしたんですか急に」




「姫様、そろそろ宮殿に戻られませんと……」
「つまらない事を言うな、まだ街は賑わっておるではないか」

 側近と数人のお供を連れて『御忍び』で街を歩くヴォレットは、夕暮れ時の表通りに並ぶ露店を見て回る。なにか面白い物はないかと下々の民の様子を観察していると、不意に懐かしい波動を感じた。立ち止まって周囲を見渡す。

『あれは……!』

 急に足を止めて立ち尽くす我侭な姫君に、側近やお供の者達が何事かと訝しんだその時、ヴォレットは突然警護の輪から飛び出して人込みの中に駆け出した。思わぬ行動に一瞬呆けた側近のクレイヴォルは、我に返ると慌てて後を追う。


「見つけたぞっ ゼシャールド!」
「ぐっは……」
「うおっ なんだ!」

 そそくさと、この場から立ち去ろうとするゼシャールドに促されて通りを出ようとしていた悠介は、いきなりゼシャールドの腰にタックルをかまして来た少女に驚いた。赤毛のツーテールで露出の高い紅のドレスを纏った気の強そうな女の子。

「姫様……年寄りはもちっと労わってくれんかのう」
「なにを言う、何時も彼方此方(あちこち)に出掛けては世界中飛び回っておるくせに」


 お供の『炎神隊』を引き連れてようやく追いついた側近クレイヴォルは、ゼシャールドの姿を認めると渋い顔をして見せた。
 彼はゼシャールドの事を快く思っていない。クレイヴォルが仕える現国王『炎壁王』と謳われるエスヴォブス・ヴォイラス十八世は、ゼシャールドとは旧知の仲であったのだが、今は事情があって関係が拗れている。

 『ゼシャールドには関わるな』というエスヴォブス王には、何か氏に対して遠慮しているかのような素振りが見受けられる。
 エスヴォブス王の強力な炎技に惚れ込み、エスヴォブス王の忠実な配下を自認するクレイヴォルは、そこに不満を持っていた。『王はゼシャールドに何か弱みでも握られているのではないか……?』と。

 そんなクレイヴォルの内心を余所に、ヴォレットはゼシャールドに纏わり付いて『宮殿に来い』と誘ったり、丁重に断られてゴネたりしている。炎神隊の衛士達は隊長の心中を察しながら警護の輪を作って姫君の護衛の任を務めるのだった。


「もう日没ですぞ? 早く宮殿に戻らねば、お父上殿にも心配を掛けてしまいますぞい?」

 孫に接するようなゼシャールドの態度に不満気なヴォレットは、むぅと腰に手を当てて頬を膨らませたかと思うと、ふっと表情を変えて擦り寄り、ゼシャールドの胸元に指を這わせながらシナを作る。

「わらわはもう子供ではないぞ? もっとそなたの事を知りたいのじゃ……」

「さてはて、この老いぼれに姫の興味を引くような秘密がありましたかのう」
「!っ 姫様、そのような振る舞いはっ!」

 慌てる側近を軽く意識の外に追いやったヴォレットは、渾身の誘惑を惚けた反応で躱されて再び頬を膨らませた。

「ちっ 今のわらわでは色気が足りんか。だがあと数年もすれば尻も乳も育つ筈じゃ、必ずわらわの魅力で靡かせてやるぞえ?」
「その頃にはワシゃヨボヨボのじじぃですじゃ」

 ほっほっと笑って返すゼシャールドに唸るヴォレット。やきもきしている側近クレイヴォル。寡黙に任務を遂行している炎神隊の衛士達。一人蚊帳の外で成り行きを見守る悠介は『凄い御転婆姫っぽいなぁ』と、側近の人達を大変そうに眺めていた。

「お前、妙な波動を感じるな……」
「へ?」

 ぼけーとしていた所へ急に話しかけられた悠介は、間の抜けた調子の声を返す。振り返った悠介の目の前に、整った顔立ちで自信に満ちて勝気な雰囲気を携えた紅い瞳が迫っていた。

 ゼシャールドの傍から離れないフードを被った者の存在に気付いたヴォレットは、神技の識別が出来ないという今まで感じた事の無い波動に興味を持ち、顔を覗き込もうとする。が、さり気無く間に入ったゼシャールドに阻まれてしまう。

「彼は人見知りがありましてな、姫がそんなに見詰められては緊張して倒れてしまいますわい」
「……ふ〜〜ん」

 不思議な波動を持つフードの男に対し、ゼシャールドが庇うような素振りを見せた事が面白く無いヴォレットは、半眼になって鼻を鳴らすと、大人しく引き下がる。 ように見せかけて、ピンッと指で弾くような仕草を向けた。
 その瞬間、ボウッと音を立てて悠介のフードが燃え上がった。

「うぉわーー!」
「むっ! これはイカン」
「あははははっ」

 炎は直ぐにゼシャールドの水技によって消し止められたが、ヴォレットが神技を使った事で辺りは騒然となった。笑い転げているヴォレットに駆け寄ったクレイヴォルが強く自重を促す。

「姫様! 御自重なさい、王族の神聖なる神技を無闇に下々の民の前で見せるモノではありません!」
「そっちかよっ!」

 危うく頭を燃やされ掛けた悠介は、暴走御転婆姫に対する側近の諌言に突っ込んだ。王族の姫と側近の会話にツッコミを入れて来るという、一般低等神民には有り得ない言動を行った悠介に、ヴォレットはまたも興味を引かれて視線を向ける。そして固まった。

「ったく、なんつー無茶をしやがるんだこの姫さんはっ じゃじゃ馬にも程があるだろ」

 焦げ臭くなったフード付きマントを脱ぎ、後でカスタマイズして修繕しようかと畳みながら悪態を付く悠介は、周囲の喧騒が静まっている事に気付かなかった。

「お、お前……」
「なんだよ?」

「お前、災厄の邪神か……? わらわの国を滅ぼしに来たのか!?」
「へ?」

 またしても間の抜けた調子の声を返す悠介。ゼシャールドは『あちゃー』とオデコを押さえて天を仰いだ。王族が『災厄の邪神』の存在を指摘した事で、静まり返っていた周囲は大騒ぎとなった。
 邪神と呼ばれるモノの正体が何であれ、『三百年周期で災厄をもたらせる存在』の実在が仄めかされたのである。

「うーむ、流石は災厄の邪神というべきか……エライ災厄じゃ」
「いや、洒落たこと言ってる場合じゃないですよコレ」

 ヴォレットを直ちに後方へ避難させた側近クレイヴォルは、炎神隊指揮官の顔になると部下達に命令を下す。

「我等が主君に仇なす者共を捕らえよ!」