翌朝、宿泊小屋を畳んで出発した闇神隊と大使一行は、まず森沿いに半島の南端まで進むと、そこから西方向へと進路を変えて森に入った。回復の指輪効果で疲れ難く、特に回復役のエイシャが疲れ知らずな状態なので移動速度もペースアップ気味だ。
定期的に風技の伝達を飛ばしてノスセンテスから派遣されている護衛隊の野営地と双方の位置を確認し合っている。
速過ぎず、遅くならず、立ち止まっての休憩が必要ない程度にバランスを取りながら、獣道のような森の中を慎重に且つ足早に移動する。食事も歩きながら簡易食やララの実を摂取する強行軍だったが、その甲斐あってか夕方頃には国境に到着出来そうだった。
「方角は合ってるか?」
「はい、大丈夫です。あと半刻もあれば……国境に着きますよ」
木々の隙間から射す木漏れ日に朱が交わり始める頃、流石に朝から歩き通しだったので皆、息が上がって来ているものの、野営時には安全快適な空間でゆっくり身体を休められる事を分かっている為か、大使達も不満を口にする事無く黙々と歩を進めている。
寧ろ、彼等にとっては今回の様な野営を含む長旅や強行軍で森の中を行く事など、これまでの任務では役職からしてありえない未知の体験であり、慣れてしまえば快適なれど退屈な宮殿暮らしで刺激の少なかった生活に比べて、非常に気分を高揚させられる。
未開拓の見知らぬ地を行く険しき道、困難な任務に挑む我等、格好良い! のような冒険者的心境で結構楽しんでいる節があった。
「?」
そろそろノスセンテスの護衛隊野営地が見えてこようかという地点まで来た時、時折イフョカが左後方へちらちらと視線を向けては首を傾げている事に気付いた悠介は、隣に寄って囁くように声を掛ける。
「なにかあったか?」
「っ! い、いえ……多分、気のせいです」
急に耳元で囁かれて身体をビクッとさせつつ、イフョカはそう言って手をパタパタ振った。
「そうか。 って流すと、後で"もしやあの時!"とかのフラグが立ちそうだからなぁ……」
「はい?」
謎の呟きに小首を傾げるイフョカ。悠介は湖を渡る際、舟に細工がされていた事などを踏まえ、どんな些細なモノでも何か引っ掛かる事があるなら言ってくれと要請する。
「とりあえず、どんな気がしたのか教えてくれ」
「……えと、実は……かなり遠くて薄いんですが、その……無技の戦士みたいな気配が……」
イフョカは言い難そうに小声でボソッと、湖を渡る時にも感じていた事を告げた。
湖に突き出た半島の森はよくある普通の森だが、トレントリエッタ領の大部分を覆う森は樹海と呼ばれる程に深く入り組んでおり、街道を外れて踏み入れた場合、熟練した伝達系風技の使い手でもなければまず、間違いなく迷ってしまう程の巨大な森である。
この樹海が自然の要塞と化し、それなりに歴史はあれど決して国力が大きいとは言い難いトレントリエッタを長い年月、カルツィオの大地に存続させ続けているのだ。
そんなトレントリエッタの樹海に少し入った所、ノスセンテスとの国境まで半日程の辺りに潜む白刃騎兵団の姿があった。
フォンクランクから親善大使が訪れるという情報を受け、この機に乗じてノスセンテスの首都パトルティアノーストを背後から急襲する為に、ブルガーデン領を跨いでフォンクランクの港街付近から湖を渡り、数日前よりトレントリエッタの森に潜伏している。
「フォンクランクの大使一行が、ノスセンテスの護衛隊と合流したようです」
「そうか、引き続き動向を探るよう伝えろ。但し、慎重にな」
闇神隊が護衛隊の野営地に到着したという知らせを受けたシンハは追跡続行の指示を出すと、自軍部隊の集結状況を問う。
「今日到着予定の戦士は六名、残りの戦士達も順調にこちらを目指しています」
「部隊編成が調うまで、あと二日は必要かと」
「二日か……ギリギリのタイミングになるかもしれんな」
当初、ガゼッタはフォンクランクの大使一行が通るルートを、東からトレントリエッタの街道を使うか、西のブルガーデンを経由してノスセンテスの街道を進むかと予測していたのだが、湖を渡っての最短ルートを行く事を知って部隊の集結を急いでいた。
パトルティアノーストはその大部分が、嘗ての白族帝国の王族が建造した巨城をそのまま使っているので、白族王家の末裔であるシンハは巨城の抜け道や中枢機関である神議会が陣取る神議堂の位置も把握している。
ただ、外敵に侵入された場合を想定した備えで特殊な造りをしている為、確実に内部まで攻め込めなければ制圧は非常に困難を極めるのだ。シンハ達の狙いは、大使一行が神議会と接触する席を狙って神議堂のある政務省施設を急襲、制圧する事にあった。
「それと、フォンクランクの港街でなにやら大きな動きがあったとの連絡も入ってますが」
「ふむ、港街か……一応、情報だけは拾っておけ」
今は急襲部隊の集結を優先したいと判断したシンハは、対岸の騒動については一先ず流しておく事にした。
その頃、港街では――
「敵部隊の様子は?」
「また増えました、さっき到着した部隊は東側の包囲に回っているようです」
「ふん……トレントリエッタ方面の脱出路を塞ぐつもりか」
闇神隊からの報告を受けて港街に急行した衛士団と、潜伏していた武装集団との攻防が続いていた。
夜になってから個別に街を出て、適当に人目の付かない場所で合流する予定だったヴォーメスト率いる武装集団の特殊工作部隊は、最初に到着してこっそり港街を包囲していた衛士団の監視と検問に引っ掛かり、既に何人か捕らえられている。
衛士団の規模を早々に見切ったヴォーメストは、この程度の数で包囲しているなら戦力を集中して一点突破を仕掛ける事で脱出できるとし、街の中で部隊を集結させると直ちに臨戦態勢を整えた。
その動きを素早く察知した衛士団は街中に突入を開始、住民を街の外へと避難させつつ、ヴォーメスト達が動き出す前に包囲網を縮めていく事で、包囲の壁が薄くならないよう隙間を詰めていった。
そうして追い込まれたヴォーメスト達は、最終的に街の中央に建つ大きな宿を占拠して立て籠もる事になり、この大衆宿を舞台に篭城戦の様相を呈している。
「第三、第四部隊はバリケードを維持、第二、第一部隊は正面玄関と広間を見下ろせる二階に布陣、正面のバリケードは破棄だ」
ヴォーメストは的確に指示を出しながら防衛箇所の一画をあけてそこに敵を誘い込み、周囲から一斉攻撃でダメージを与えるよう、組上げた作戦を伝えた。
別働隊の援軍が来るまで戦線を死守せよとの命令を下すと、部下を連れて作戦司令室としている宿の一室に籠もり、作っておいた抜け穴を通って衛士団による包囲網の外へと抜け出すチャンスを窺う。
衛士団側は宿に突入させる部隊分だけ包囲網を狭める事になり、その結果、抜け穴の出口付近は包囲の外側となった。
「よし、行くぞ」
隣の民家まで床下を通る抜け穴から大衆宿を脱出したヴォーメストと部下の二人は、突入する部隊に注意を向けている衛士達を尻目に、隙を見てこの一帯から離脱していく。
「街を出たら北側の森に暫く身を隠す、しっかり付いて来い」
「え? 団長、援軍はどうするんですか?」
街の外へ脱出しようとするヴォーメストに、部下の二人は別働隊という援軍の事を尋ねるが、ヴォーメストは『何を言っているんだ』という表情で半分だけ顔を向けると、呆れたような口調で今回の脱出作戦について説明した。
「そんなもの居るわけ無いだろう、奴らには精々脱出の時間を稼いで貰う。我々は森に潜伏後、トレントリエッタ方面から撤退だ」
「か、彼等を見捨てるって言うんですか!」
「ガゼッタの協力者も、ノスセンテスの兵も、我々とここまで共闘してきた仲間じゃないですか!」
「静かにしろ、敵に覚られる」
同じ精鋭団内で訳ありな新人をちょっと引っ掛ける程度の策略ならまだしも、これでは完全な裏切り行為だ。元ブルガーデン精鋭団、火の団団員だったヴォーメストの部下二人は、嘗ての団長にこの行動は受け入れられない事を告げた。
「すみません団長」
「自分らは、もう付いていけません」
「そうか、ではここでお別れだ」
部下の離反に、淡々とそう言って背を向けるヴォーメスト。
「お前達、ここまでよく私に付いて来てくれたな」
「団長……」
振り返りながら一閃、炎が薙ぎ、団長からの労うような言葉に万感の表情を浮かべていた部下の首が落ちる。驚愕するもう一人に、ヴォーメストは薙ぎ払った状態の炎を纏った剣を突き刺した。
「だ、団……長……」
「もう少し使えると思っていたのだが、残念だ。今までご苦労だったな」
剣に纏わせた炎の火力を上げ、刺傷部分から身体の内部を焼き斬ると、絶命した元部下から剣を引き抜く。そうして倒れ伏す遺体には目もくれず、ヴォーメストは一人、街の出口を目指して歩き出した。
「っ!」
入り組んだ路地を抜け、若干広い十字路に差し掛かった所で突然、横合いから飛んできた火炎弾を咄嗟に炎を纏わせた剣で打ち消す。次の瞬間、周囲の路地から現れた衛士達が逃走を阻止するようにぐるりと取り囲んで一斉に武器を構えた。
ヴォーメストを包囲する円陣の一角から、鮮やかな赤い隊服を身に纏う一人の宮殿衛士が歩み出る。
「見下げ果てた奴だね、部下を囮にして逃げ出すとは」
「お前は、あの時の……。これは驚いた、炎神隊の者だったとは」
脱出される寸前でヴォーメストを抑えたのは、今回の調査に態々志願してついて来たヒヴォディルだった。
大衆宿に篭城する武装集団の動きが、急に単調になった事を不審に思った彼は、衛士団から分隊を率いて街中を巡回していたのだ。ヒヴォディルなりに、フォンクランク領で無技の村を荒らす武装集団に対して雪辱の機会を胸中に秘めていた。
「降参だ、投降する」
万事休すと言える状況にあって些かの狼狽も焦りも見せず、あっさりと剣を捨てて降服の意を示すヴォーメストに、ヒヴォディル達は怪訝な表情を向ける。
「なんだと?」
「捕虜になると言ったのだ、私は襲撃事件について重要な情報を持っているぞ」
さっさと投降を選んだヴォーメストの内心では、今後の展開を推測して生き延びるための計算が為されていた。
エスヴォブス王の人柄や方針から考えれば、降服した相手に危害を加える行為は禁じられているであろう事など簡単に推測できる。このまま速やかにサンクアディエットまで護送される事になるだろう。
フォンクランク内にもノスセンテスのシンパや密偵は居るので、まず向こうから接触して来る事が予想される。
彼等が口封じに動いた場合、『闇神隊長を篭絡する決定的な情報を得た』とでも言えば、脱出の協力は得られる筈だ。闇神隊が無事に対岸へ渡った事は、舟が帰港した事で確認済みである。
『ノスセンテスの連中はやたらと自尊心が高いからな』
保身の為に直接神議会へ出向いて情報を渡したいという言は、恐らく理解されるであろう。ちょっと『卑しき者』を演じてやれば、彼等の自尊心を満たすことが出来る。ヴォーメストはフォンクランクもノスセンテスも尽く出し抜いて逃げ果す事を目論んでいた。
こうして、フォンクランク領を荒らしていた武装集団は月鏡湖の港街で衛士団によって討伐された。
深夜まで続いた大衆宿での戦闘は、投降者一名を除くほぼ全員が討ち死にする事で幕を閉じたのだった。
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