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46話:トレントリエッタ領横断




「おはよう御座います、隊長。 早いですね」
「はよ〜」

 夜明け前、まだ暗いうちから起き出したエイシャは、宿前の通りで湖を眺めている悠介を見つけて挨拶を向けた。桟橋の近くでは、早朝から漁に出かける舟の明かりが揺れている。

「昨日も思ったけど、小さい舟ばっかりだな」
「ええ、月鏡湖は神聖な湖とされてますから、あまり大きな船を走らせる事は出来ない事になってるんですよ」
「信仰がらみか……」
「どちらかと言えば、迷信の類だと思います」

 月鏡湖に大きな船を浮かべると、(ことごと)く湖の主に湖底へと引きずり込まれるという類の言い伝えに則り、今も手漕ぎ舟程度の舟しか使われていない。
 言い伝えでは『湖底に古い街が沈んでいて、そこには巨万の財宝が眠っており、それを守る湖の(ぬし)が、財宝を積めるような大きな船が近付いて来るのを妨げている』となっていた。

「ふーん、実際に潜って調べた人とかは?」
「居たと思いますよ? でも、沈んだ街が見つかったとか、湖底に何かあったという話は聞きませんから」

 良くも悪くも、古き因習が今も守られる港街といった所であろうと、エイシャはこの街の事を評した。大きな船があれば馬車ごと湖を渡っていけるのだが、それはこちらの都合である以上、やはり良いとも悪いとも言い切れない。

「まあ、四つの国で交易が出来る事も考えれば、やっぱ大きい船が使えた方がいいわな」

 陽が昇るまでの僅かな時間、エイシャとそんな事を話しながら過ごす悠介であった。




 朝食を済ませた闇神隊と大使一行が手配した舟に乗り込む準備を進める間、殆ど荷物の無い悠介は自分達が乗せて貰う舟の確認に桟橋まで赴いた。六人乗りの細長い舟が二艘、首都のエライさんを運ぶという事で一番良い舟を用意してくれたらしい。

「ん〜?」

 カスタマイズメニューで舟の状態を見ていた悠介は、訝しむ声で唸ると、とある部分をズームしていく。

「隊長、どうかしやしたか?」

 舟の前で神技を行使する波動を纏いながら宙に指を彷徨わせる何時もの儀式を始めた悠介に、荷物を担いでやって来たヴォーマルが声を掛けた。ちょいちょいと指先を動かしていた悠介がちょんと何かを押す動作をすると、舟の一部に光のエフェクトが舞う。

「なんか、途中で沈みそうな仕掛けっぽいモノがあったから固めといた」
「……仕掛け?」

 スッと表情を険しくして周囲に視線を向けるヴォーマル。もう一艘のカスタマイズに取り掛かった悠介は、舟の底に水で少しずつ溶け出していく粘土のような素材で塞がれた穴のような仕掛けがあった事を説明する。

「これでよしっと」
「我々を狙ったモノでしょうか?」
「俺たちの為に用意された舟なんだから、多分そうなるんじゃないかな」
「一体、何処の誰が……」

 少し声を潜めながら、これがフォンクランクとノスセンテスの接近を阻害しようとした何者かの工作である可能性を話し合う悠介達。単純に考えれば、現在ノスセンテスと睨み合う状況にあるガゼッタを疑うところだが――

「最近鳴りを潜めてる例の武装集団も怪しいんだよな」

 フォンクランク領内で暴れていた武装集団はノスセンテスが黒幕ではないかという疑惑が浮かんでいる今、ノスセンテス側が将来フォンクランクと事を構える時の為に、フォンクランクでは最も武勲を上げている闇神隊を最強の実戦部隊と定め、その脅威を葬り去る工作をしたとも考えられる。

「もしや、国内にノスセンテスか武装集団の協力者がいるのでは?」
「ブルガーデンの時の事を考えると十分ありえるわな、シンハも出入りし易い国だとか言ってたし」

 その辺りは疑えばキリが無く、幾らでも可能性は出て来ると悠介は肩を竦めて見せる。武装集団がシンハの推測どおりノスセンテスと関係しているかどうかも、実際はまだ分からないのだから。

 ガゼッタは闇神隊、ひいては悠介を抹殺するつもりは無いとみられるも、それはシンハとシンハに従う勢力の意向であり、シンハ自身が自分と主義主張を違える者も居ることを認めている以上、(シンハ)が幾らその一派に武装集団のような愚かな行いをする者は居ない筈と主張しても、必ずしも彼の認識が正しいとは限らない。
 この問題を判断するにはもっと多くの情報が必要だと、悠介は話を締め括った。

「一応、上に報告はしておいた方がいいかな」
「ですね、イフョカに伝えて来ます」

 宮殿には親書を届ける任務に妨害工作があった事と、至急、港街へ調査の衛士団を派遣して貰えるよう伝えられた。






 トレントリエッタの半島に向けて漕ぎ出す闇神隊一行を乗せた舟を、安宿の一室から望遠鏡で覗き込む人影。彼の計算では、半島と港の中間辺りで舟底の穴から浸水が始まる筈である。

「ここからでは結果を確認できんが、舟を調べていた様子もなかったし、上手く湖の藻屑となってくれるだろう」
「しかし、よろしかったのですか? 神議会は闇神隊長を篭絡させる予定で呼び込むと伝えていましたが……」
「ふん……出来るものか、あんな時代遅れのジジィ共には手に余る化け物だ。 さっさと始末しておいたほうが良い」
「は、はぁ……」

 部隊を分散させて港街に潜んでいた武装集団の隊長ヴォーメストは、命令無視と独断専攻に戸惑う部下を尻目に扉へと向かう。

「団長、どちらへ?」
「朝食だ、港街だけあって魚料理が美味いらしいぞ」

 そう言って部屋を出て行くノスセンテス特詮隊所属、特殊工作部隊のヴォーメスト隊長。ブルガーデン精鋭団に居た頃の癖で、時折『団長』と呼んでしまう元『火の団』団員な部下の彼も、慌てて後に続くのだった。






 二艘のうち、大使役三人が乗る船には悠介とエイシャが同船。残りのメンバーはもう一艘に乗って湖を渡る。不意に、覚えのある気配を感じたイフョカはキョロキョロと辺りを見渡し、ついで首を傾げた。
 近くで大きな魚が水面に頭を出すなりしたのを、別の何かに捉え違えたのだろうとイフョカは頭を振る。『気のせいよね』と呟く彼女の独り言に気付く者はいなかった。


「下船準備ー」

 気合いの入ってない悠介の掛け声で、闇神隊メンバーと大使役達は荷物を担ぐと上陸準備に入る。トレントリエッタ領の半島に到着したのは、丁度お昼になろうかという頃だった。

 桟橋のような気の利いた設備は無い為、岸に舟を寄せて直接這い上がるのだが、荷物を持ったままでは中々骨が折れるという事で、部下のサポートを受けながら先に手ぶらで上陸した悠介が、水際の地面をカスタマイズしてプチ岬を作り、桟橋の代わりにする。
 船頭さん達が目を丸くしている姿に苦笑しながら、一行は半島に上陸を果たした。

「ほぼ予定通りってとこかな?」
「ええ、ここまでの行程は順調ですよ」

 港街に帰って行く舟を見送り、そのまま湖の畔で昼食を済ませた後、一度広範囲の索敵を行ってから南に向けて出発する。索敵の風技に乗る神技の波動に魔獣が反応するので、魔獣のいる地域では討伐目的でも無い限り、あまり広範囲の索敵は使用しない。
 群れで行動しないとはいえ、広範囲の索敵はそれぞれ離れた場所を徘徊している魔獣を同時に呼び寄せてしまう危険があるのだ。


 森に沿って南下して行き、半島の中央付近まで進んだ所で日が暮れ始めたので、ここで野営をする事になった。

「それにしても、ここまで全く疲れた様子も見せないなんて、流石隊長ですね……隊長? どうかしましたか?」
「いや、そこはかとなく罪悪感が……」

 上陸地点からここまでの道中、大使役や闇神隊メンバーも含め皆、少なからず疲労の色が見られる中で、一人平然としている悠介に回復役のエイシャが感心してみせる。が、悠介は装備品に施した能力補正で体力等は常に回復されている。疲れる訳はないのだ。

 能力補正効果を持つ道具は一つ作るにも時間が掛かるという事にしている為、同行する大使役の前でホイホイ便利装備を作るわけにも行かない。『体力の指輪』くらいなら予め用意しておいてもよかったかなと、準備不足を反省する悠介だった。

「せめて皆がゆっくり休めるように配慮させてもらうよ」

 野営の準備を始めるメンバーに食事の準備だけ整えるよう指示を出した悠介は、カスタマイズメニューを開いて地面を弄り始める。隊長の指示通り、テントを張る作業を一旦中止して食糧を用意するエイシャとイフョカ。
 ヴォーマルとシャイードは木の実を採りに森へ分け入り、ここまで風技の移動補佐を使い続けて一番バテバテなフョンケは、荷物袋を枕にして寝そべっていた。

 日も暮れかかっているのにテントの一つも張ろうとしない闇神隊メンバーの様子に、大使役の三人は怪訝な表情を浮かべる。

「あ〜、君たち……野営の準備はいいのかね?」
「大丈夫です、隊長がいいって言ってますから」
「あ、いや、しかしだね……」

 夜は冷え込むし、肌を刺す虫も少なく無い。雨だって降るかもしれない。野宿の経験など無い文官な彼等は、地面に布を敷いて眠るには少々厳しいのでは無いかと天幕を要請したが――

「大丈夫ですよ、ほら」

 エイシャは彼等を宥めるように、離れた場所で作業をしている闇神隊長殿を指し示した。
 地面をカスタマイズして石のように固めたブロックを切り出すというやり方で資材を作りながら、三十分程で煉瓦造りのような丈夫さを持った宿泊小屋を組み立てる悠介。カスタマイズ画面の中で最終チェックを行い、反映させる。

「実行」

「うおっ」
「なんと!」

 全員分の個室まで用意されている宿泊小屋、野営と呼ぶにはあまりにもしっかりした建物の出現に、大使役の三人はびっくりな様子を見せながら、噂に聞いていた闇神隊長の超高速建築という特殊神技を目の当たりに出来た事を実感した。

 ちなみに、地面の土を材料にしたので小屋を中心に周囲一帯は少し窪地になっている。安全で且つ快適な寝床を確保出来た闇神隊と大使一行は、簡易食ではない調理された夕食で今日の疲れを癒し、明日に備えてゆっくり休むことが出来たのだった。




 夜、食事を終えてから部屋で作り物をしていた悠介は、少し夜風にでも当たろうかと宿泊小屋の外に出た。

「あ、隊長」
「エイシャか、今日はご苦労さん」

 回復役のエイシャは、長い道中で疲れた仲間の体力回復を補佐する為、断続的に頻繁な水技の行使を求められる。移動補佐の風技を張り続けるフョンケと同じくらい疲れている筈だ。

「明日からは全員にコレを装備して貰うから、大分楽になるとおもう」
「それは?」
「回復の指輪、その辺の石ころバージョン」

 見た目も安っぽく、形もあまり良くない作りにしてある事で『以前から持っていたモノだけど、流石にこんな不恰好な物を使わせる訳にはいかなかった』という今まで持ち出さなかった理由付けにする。
 ここから先、ノスセンテスとの国境付近までは森の中を進んで行くので、今まで以上に厳しい道程(みちのり)になる事が予想される。イザという時の為に、治癒と移動補佐の力はなるべく節約しておきたい。

「で、こっちは晶貨で作った指輪。石ころバージョンの三倍は効果があるぞ」

 そう言って半透明の指輪を差し出す悠介に、エイシャは指輪と悠介の顔を交互に見やりながら戸惑いの声を上げる。

「え? あの、え……?」
「ずっとしんどそうにしてたろ? 特に大使役の三人は体力なさそうだったし、しょっちゅう回復してるの見てたよ」

 これはエイシャの頑張りに対する俺からの特別ボーナスだと言って、悠介は晶貨製回復の指輪を彼女の手に握らせた。上司の優しい心遣いに思わず感激するエイシャ。

「あ、ありがとうございます、隊長。 これ……大切にします」

 貰った指輪を胸元で大事そうに握りながら感動に潤む瞳で上目遣い、とかやられると、傍目からはここで為された本来のやり取りとは全く違う状況に見えるのではないだろうか、等と埒も無い事を思ってみたりする悠介なのであった。




「う〜わっ エイシャ嬢陥落っすか〜、隊長どんだけー」
「いいから自分の部屋に戻ってとっとと寝ろ」

 態々隣の部屋までやって来て窓から外を覗き込んでいるフョンケに、枕を投げ付けるヴォーマルであった。