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本編
45話:ノスセンテスへ




 翌朝、悠介は昨夜の内に済ませておいた旅支度の荷物をチェックしていた。普通は着替えなどを用意するのだが、汚れや綻びはカスタマイズでどうにでも出来るので、布地やら食糧の類が詰め込まれている。
 これから宮殿に出向いて正式にノスセンテス行きの任務を賜り、説明を受けた後はそのまま出発する事になっていた。

 昨日のプチ騒動から一夜明けて、屋敷の使用人達は屋敷の住人たるスンに一切の礼を欠く事の無いしっかりした対応を以ってプロらしい働きを見せており、悠介も『これなら安心して留守を任せられるな』と首肯(うなず)いた。


「スン、俺の留守中に一つ頼みたい事があるんだけど」
「はい? なんですか?」

 悠介はスンに『風技の指輪』を預けると、四日後あたりにでも風神隊の副隊長に渡すよう託した。ヴォレットに頼んでも良かったのだが、姫君直々に渡されたとなれば、特に他意は無くとも色々と憶測を呼んで面倒な事態が起こりかねない。
 余計な騒動を避ける意味でも、悠介に近しい人間で且つ宮殿内に顔の知られるスンが適役と判断したのだ。

「じゃあ、行って来るよ」
「行ってらっしゃい、ユースケさん」

 スンが悠介の腕をそっと握ってスッと離れる。すっかり出掛ける時のおまじないの様になってしまった感のある何時ものスンの仕草に、悠介はこっちからも何かリアクションを取ったほうが良いかな? と何となく思いつき、スンの髪をそっと撫でた。
 一瞬驚いたように目をぱちくりさせていたスンは、少し頬を赤らめながら、ふんわりした笑みを浮かべて悠介を送り出した。

 悠介が中央広間に降りて来ると、執事と二人の使用人が扉の前で送り出しの挨拶を向ける。

「留守中、スンを頼むよ」
「畏まりまして御座います」

 玄関に横付けされている専用馬車に乗り込み、悠介は執事(ザッフィス)に一言声を掛けてから屋敷を後にした。






「では、任務の概要を伝える」
 
 ヴォルアンス宮殿の上層階にて正式に親書を届ける任務を賜った闇神隊は、大使とその補佐二名を連れてノスセンテスの首都であるパトルティアノーストへと赴き、数日間の滞在を経て帰国する。
 表向き、エスヴォブス王の親書を運ぶのは闇神隊だが、実質的には大使一行の護衛という役割を担っていた。

「本来なら各宮殿衛士隊からの人選で護衛隊を組織し、外交使節団を組んでじっくり進めたい所だが……」

 今はノスセンテスもガゼッタと睨みあっているという時期が時期だけに、迅速な遂行を優先したのだとクレイヴォル炎神隊長が任務の概要に事情を交えて説明する。旅の行程はまず、サンクアディエットを出発したら南にある小さな街を目指して、そこで一泊。

 翌日、一日を掛けて月鏡湖の近くにある港街まで移動し、そこでまた一泊。その翌日は舟で湖を渡ってトレントリエッタ領の半島に上陸し、そこからは徒歩で半島の中程まで移動して野営する事になる。

 更にその翌日にはトレントリエッタ領の半島を抜けて国境付近まで南下し、ノスセンテス側から派遣される予定になっている護衛隊の野営地で彼等と合流、そのまた翌日には彼等の馬車隊にてパトルティアノーストを目指す。
 順調に行けば四日後の昼過ぎにはノスセンテスの首都に入ることが出来る。

「なお、トレントリエッタの半島には魔獣が出る恐れがあるので、十分注意して欲しい」
「魔獣とか見た経験ないんだけど、対処法は?」
「基本的に危険な野生動物の類と見て問題ない」

 魔獣は元々は普通の肉食動物だったのが、神技人を食べた事で神技の力の影響を受け、突然変異した存在であるらしい。その魔獣の犠牲となった神技人の属性を持ち、同じ種類の神技の民を好んで狙う傾向にある。
 仲間の誰を狙ってくるのか、見た目で判断を付け易いので、上手く誘導して立ち回れば怪我人も出さずに撃退出来るだろう。

 同じ動物系の魔獣でも、肉食型や植物系の魔獣を何らかの要因で体内に取り込んだ草食動物が、魔獣に宿っていた力の影響を受けて変異した草食型も居て、こちらは人を襲う事は滅多に無い為、見掛けても放っておけばあまり危険は無い。

「植物系の魔獣は火に弱く、森から出る事はない。野営をする時は森の外で常に火を焚いておけば安全だろう」
「なるほど」

 魔獣についてはヴォーマル達にも討伐経験があるので、道中、特に注意を払うべき危険は野盗などの武装集団による襲撃の類となる。が、フォンクランク領を出た後は街道を通らず最短距離を行くルートを使う為、遭遇する確率も少ないだろうとの事だ。

「それでは、貴殿の武運と任務の成功を期待する」
「無理するでないぞ? 皆、無事に帰って来るようにな」

 全員の無事を祈るヴォレットに見送られながら、闇神隊は一路ノスセンテスの首都に向けてサンクアディエットを出発した。




 闇神隊と大使達を乗せた衛士隊馬車が最初の目的地である小さな街に到着したのは、夕方頃だった。明日から本格的な長距離移動を行う為、今日の短い行程は馴らしのようなモノである。
 大使役の三人と今後の行程について二、三の細かい段取りや確認を終えると、明日に備えて宿部屋で身体を休める。

「イフョカ」
「あ、隊長……」
「今日の報告か?」
「はい」

 広々とした通りに出てサンクアディエットの方角に集中しているイフョカ。風技の伝達で今日の行程が無事遂行された事を伝えるのは大事な仕事だ。移動中の索敵や定期連絡など、伝達系風技は地味ながら非常に重要な役割を担っている。

「私、今回みたいに……遠い所まで行く任務って、初めてなんです」
「俺もだよ」
「あ……そ、そうでしたね……」

 闇神隊のメンバーは悠介が何処か遠い地にある無技の村から、ゼシャールドに見出されてフォンクランクにやって来たのではなく、別の世界から邪神として召喚されて来たらしいという事を知っている。
 とはいえ、『そもそも邪神とはなんなのか?』という根本的な部分に関しては本人を含めてよく分かっていない。

「隊長って……ちっとも(よこしま)な感じ、しませんよね」
「ははは、邪神って言っても多分そういう呼び名が使われてるダケで、本当に邪悪だったりする訳じゃないんだと思うぞ?」

 自分の事ながら、悠介は『災厄の邪神』を言葉通りの存在だとは考えていなかった。シンハとの会話などから拾い集めた邪神に関する情報の欠片を繋ぎ合わせ、悠介なりに『邪神とは革命の鍵になるような存在ではないか』と分析している。

「まあ、シンハの所へでも行って直接調べた方が確実なんだろうけど」
「……隊長は、その……いつか、ガゼッタに行っちゃうんですか?」
「いずれは出向こうかと思ってるよ。つっても、向こうに付くって訳じゃないぞ?」

 自分がこの世界に存在する意味を調べに行くダケだという悠介に、イフョカは何処か不安げな表情を向ける。

「それでもし、隊長がガゼッタに……味方しなくちゃいけない存在だったら……?」
「そん時ゃそん時にでも考えるさ」
「真面目に答えて下さいっ」

 然して考える素振りも見せずさらりと答える悠介に、将来、敵対関係になるかもしれない事を恐れるイフョカは、珍しく食い下がって悠介の考えを問い質そうとする。そんなイフョカの気持ちを察してか、悠介は宥めるような口調でキッパリと明言した。

「俺が俺である限り、お前達の敵になるような事は無いよ。 だから安心しろ」
「……はい」

 イフョカは小さく頷いた。






 翌朝、早い内から出発した闇神隊一行は森の中を突っ切る街道を順調に進み、ブルガーデン方面との分岐点付近で昼の休憩に入った。ここから港街まではサンクアディエットとルフクの村を往復するくらいの距離がある。

「このまま行けば、到着は夜になりやすね」
「そっか、ご苦労さん。みんな出発までゆっくり休んでてくれ」
「うぃーっす」
「隊長、食事の用意が出来ました」

 街道脇に停めた馬車の傍で、大使役達も交えて皆で円陣を組みながら簡易食を頬張る。森に入って少し探せば、自生するララの実が見つかるので、カルツィオでは余程荒れ果てた土地でもなければ旅の道中で食糧に困ることはまず無い。

「この辺りには魔獣とか出ないのか?」
「フォンクランク領内の肉食系魔獣は大体狩り尽くされてやすね、森の奥まで入るとまだ偶に植物系が残ってるようですが」

 街道付近なら概ね安全が確認されている。これは一時期ブルガーデンに国境を封鎖されていた頃、遠回りで街道を行く事になる商人達の安全を図る為に、徹底して街道付近の魔獣討伐を行った結果、魔獣が寄り付かなくなったという経緯があった。
 代わりに盗賊団が出没するようになってしまったが。

「集団で武装した人間の方が、魔獣なんぞよりよっぽど危険ですぜ」
「皮肉なこったな」

 魔獣退治もやり過ぎると返って危険な状況を生み出してしまう。そういう意味で、フォンクランクは何事も行き過ぎは良くないという教訓を得たのだそうな。
 旧来からの身分制度を保ちながらも無技人の立場向上に理解を示すなど、時代の変化に柔軟な姿勢を取れるのはその辺りも関係しているのかも知れない。




 休憩を終えた一行は港街を目指して森に囲まれた街道をひた走る。太陽が沈もうかという頃に森を抜け、右側に月鏡湖を眺めながら馬車を走らせること約三時間、湖に面したそこそこの規模を持つ港街に入る事が出来た。


 魚の荷揚げがされている桟橋を近くに見下ろせる大きな宿前で馬車を降りると、皆で手分けして荷物を降ろし始める。明日は舟で湖を渡り、そこからは暫らく徒歩で移動する事になるので、荷物は全て担いで行かなくてはならない。

「今日はここに泊まって、明日からはいよいよ隣国入りか」

 風技の伝達で報告を行っているイフョカの傍ら、悠介はカルツィオの月が映る暗い湖面を眺めながら呟いた。







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