「本当にお世話になりました、おかげさまで随分と楽になりました」
「うむうむ、また体調が悪くなったら何時でも来なさい」
翌日、早朝からルフクの村を出発した悠介達は、朝の内にサンクアディエットへと帰還を果たした。
自宅に帰るラサナーシャとは宮殿前で別れる事になったのだが、フョンケがちゃっかり家まで送ると申し出て宜しくお願いされている。すかさず、御者台に座りなおすヴォーマル。
隊長の許可を得たフョンケとヴォーマルが馬車でラサナーシャを送って行くのを見送り、他のメンバーは何時も通り衛士隊の控え室へ。悠介はヴォレットの部屋まで報告に上がるのだった。
「つーわけで、ノスセンテスまで薬買いに行きたいんだけど」
「ふーむ……」
悠介から今回の報告と薬の仕入れを提案として持ちかけられたヴォレットは、微妙な表情を浮かべて考え込んだ。
やはりノスセンテス行きには何か問題があるのだろうかと小首を傾げる悠介に、クレイヴォルが闇神隊の新たな任務について、ノスセンテスへ親善大使として王の親書を届ける役を与える内容で検討がされている事を告げた。
「大使! て……俺そういう政治的な仕事は要領とか全然分からんぞ?」
「なあに、大使役はちゃんとした者を就けるのでそこは問題ない。そうじゃろう? クレイヴォル」
闇神隊を使うのは表向きの体裁の為だろうと指摘するヴォレットに、頷いて肯定を示すクレイヴォルは、内心で感嘆する。彼が自分の役割を自覚しながらも、ヴォレットと悠介の活動に協力している理由が、時折ヴォレットに見せられるこの鋭い洞察力だ。
「ただのう、何か気になるというか……」
「?」
ヴォレットは今回の提案に今ひとつ気乗りがしない様子だった。悠介の言う朽病と治癒補助薬の事は理解出来る。殆ど勘に近いモノなのだが、なんだかモヤモヤするのだと唸っている。
「よく分からんがの、なーんか引っ掛かるのじゃ」
「女の勘ってやつか? それともラサナーシャさんへのヤキモチの類か」
茶化す悠介に空飛ぶお皿をべしーんべしーんとぶつけながら、ヴォレットはノスセンテスを探る意味でも大使として出向くのは悪くないかと思い直す。ノスセンテスは襲撃事件の黒幕ではないかと怪しんでいる所でもあるのだ。
「そう言えば、ユースケの屋敷が明日にも完成するそうじゃぞ?」
屋敷を受け取ってスンを住まわせ、それから行けば良いとヴォレットは薬の仕入れに許可を出した。
購入資金も幾らか用意してくれるそうだ。屋敷の受け渡しが終わる頃にはノスセンテスとも大使を向かわせる交渉が済んでいるでしょうとクレイヴォルが予定を取り纏める。
「建築職人さん達に何か手土産でも持って行った方がいいかな?」
「別にいらんじゃろう、気になるようならお前が調節した実酒でも用意してやればどうじゃ?」
それはいいアイデアだなと、悠介は早速実酒の入手に街へ出るのだった。
深夜、人目を忍んで伯爵の家を訪れたラサナーシャは、病気関連で向こうへ行く理由が出来た事を、一連の流れを説明しながら報告した。伯爵はこちらも王に話は通したし、闇神隊を大使として向かわせる任務が検討されていると、作戦の成功を仄めかす。
「よし、第一段階は上手く事が運びそうだ」
第二段階として、闇神隊一行が親善大使として発つ前にノスセンテスの別荘へと赴き、妹役に会って段取りを付けて置くようにと、ラサナーシャに任務の継続を告げる伯爵。
「向こうでは積極的に惹きつけて行け」
国外でならヴォレット姫の目も届かない。存分に『姉妹』として酒池肉林の誘惑で虜にせよと指示を出す伯爵に、ラサナーシャは少し困惑顔を見せると、悠介に対する印象などから『闇神隊長に対する事前情報、人物把握に誤りがあるのでは?』と意見する。
「ラサナーシャ、自分が何者か言ってみなさい」
「え? 私は、唱姫です……」
「そうだ、我々によって与えられた唱姫という立場を持つ、我々の諜報員だ」
「……はい」
伯爵は情報の分析、諜報指示などは我々専門家が決める事だと諭し、君は指示に忠実であれば良いと言葉を続けた。
「いいかね? 我々は君の見解など必要としてない、君の役割は命令に従って情報を集める事と、時にそれを吹聴する事だ」
「も、申し訳ありません……差し出がましい事でした」
「よろしい。 しかし、唱姫としてキャリアもある君をそこまで惑わせられるとは……」
病気を心配してみせる慈悲深さで気を惹き、ゼシャールドというコネを使って信頼を得る。さらには国内で病を患っているであろう民の為に高価な薬の買い付けに行くという、人道的な理由を掲げてノスセンテス行きを定める手際の良さ。
「人心掌握の手並みといい、予想以上のやり手だ」
闇神隊長の誑しぶりは噂通りだなと、本人が聞いたらすっ飛びそうな人物像に納得する伯爵であった。
翌日、完成した屋敷の引き取りに、悠介は朝からスンを連れて高民区の一画にやって来た。
三階建ての石造りで、厨房や使用人の部屋、広間などを別にしても大小合わせて三十近い部屋があり、敷地には厩舎や専用の馬車を停める車庫もあって、乗馬が出来る程度の広さがある。
「ちょっとでか過ぎないか? これ」
「あれ? ユースケさん、自分のお屋敷を見るの初めてだったんですか?」
スンはヴォレットに連れられて馬車の中からだが、時々建築途中の屋敷を見に来ていたらしく、大きさにはもう見慣れていた。悠介は活動範囲が主に中民区以下だったので、最初に屋敷が建つと決まった時に場所を見に来てソレっきりだったのだ。
「でも……改めてこうして見ると、本当に大きいですね」
「だな。そんじゃとりあえず、中に入ろうか」
屋敷に向かって並び歩く二人に、門前に立つ専属の衛士が悠介の来訪を敬礼で迎える。この時、門番の衛士が少し戸惑うような表情を見せたが、悠介は特に気に留める事は無かった。
色々と例外を重ねて得た立場上、好奇の視線や困惑の表情を向けられる事には慣れているのだ。正門から少し歩いて辿り着いた正面玄関の大きな扉を潜ると、中央広間にずらりと並んだ使用人達が揃って悠介達を出迎えた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「痒っ」
「は?」
「いや、なんでもない」
『ご主人様』の呼び名に背中がむず痒くなった悠介だったが、それが普通なのだから仕方ないと思い直す。ちなみに、外に居た門番など専用馬車の御者も務める事になる専属衛士達は屋敷を管理する者とは別系統で働く事になっている。
後で呼び方の変更を申請しようなどと考えながら、悠介は屋敷内を見渡した。左右に伸びる廊下、広間の奥に見える向かい合った階段。彫刻や絵画など、よくある美術品の類は飾られておらず、装飾も質素なれど決して侘しい雰囲気ではない。
あまりゴテゴテした内装だと落ち着かないので、悠介は丁度いい感じだなという好印象を持った。
「……ん?」
不意に、使用人達から戸惑うような気配を伴った視線を感じて、悠介はそちらに気を向ける。ちらちらと注がれる彼等の視線の先には、高い天井を見上げているスンの姿。
使用人達の一部で、無技の民を『屋敷の住人』として住まわせる事に戸惑うような雰囲気が見られた。闇神隊に纏わる噂についてヒソヒソと囁きあう彼等は『無技を妾にしているらしい』という噂が本当だったのかと驚きにざわめく。
実は宮殿の一部官僚達が無技の民を特別視するような行動を取る悠介に不快と猜疑を感じており『闇神隊長の影響で姫様まで無技を特別扱いする始末!』と不満に思っていた。
彼等はゼシャールド所縁の者とは言え、宮殿で当たり前のように過ごすスンの事も少なからず疎ましく思っていたのだ。
しかしながら、両者ともヴォレット姫のお気に入りである上に、今や英雄と称される闇神隊長に至っては例の『神技の指輪』絡みで各宮殿衛士達の間でも悠介の機嫌を損ねるような真似は慎むよう暗黙の了解がなされており、下手に意見する事も出来ないでいた。
それ故の意趣返しというような認識で仕組まれた人事。悠介の屋敷にあてがわれた使用人は宮殿外からの雇用で募った者達で、彼等には予めスンが宮殿で客人として扱われている事を教えていない。ぶっちゃけ嫌がらせに近いモノである。
清掃業務で中民区辺りでも普通に姿を見るようになった無技人達だが、あくまでも仕事として担当衛士の引率の下に街中を歩けるのであり、等民制による身分の差が無くなった訳ではない。当然それは、人々が心に持つ認識にも同じ事が言えた。
一般神民達にとって、無技の民は等民制の枠からも外れた外民なのである。
人事を仕組んだ官僚達は、スンの宮殿での立場を、ヴォレット姫あっての扱いであり、姫様の気まぐれ、戯れの類だと思っている。彼等はスンとヴォレットの信頼関係を理解していない。
スンの事をよく知らない者ばかりで構成され、情報も与えられていない使用人達は、悠介に不満を持つ官僚達の思惑通り、一般神民の反応を持って無技の娘に自分の立場を思い知らせるという事に成功していた。
『どうして無技がこんな所にいるんだ?』というような使用人達の訝しむ視線。それに気付いて身体を硬直させるスン。
元々神技人に対して強い恐怖心を持っているだけに、彼等の『友好的とは言い難い視線』ダケでも、スンの心を萎縮させるのに十分な効果を持っていた。近く悠介がノスセンテスに発てば、スンは一人この屋敷で過ごす事になるのだから、余計に不安は募る。
人事の裏に隠されたささやかな陰謀を知る由も無い悠介はしかし、使用人達と門番の態度にも見られた戸惑いがスンに向けられている事を把握した。神技人と無技人の関係は今更考えるまでも無い。
「……えーと、執事長さん?」
「ザッフィスと御呼び下さい、ご主人様」
「ん……じゃあザッフィス」
「はい、何で御座いましょう」
悠介は執事長に命じて外にいる専属衛士隊も中へ呼ぶように伝えると、屋敷で働く者全員を広間に集めて挨拶を行う事にした。最初の挨拶でハッキリさせておこうと考えたのだ。
「スンはゼシャールド先生から預かった大事な――友人であり、家族のような存在だ」
「無技人に対する偏見がある者もいるだろうが、責めはしない、但し、俺の屋敷で働くには向かないと思う」
「双方の為にならないから、スンを屋敷の住人と認められない人は今の内に申し出てくれ」
悠介は集まった使用人や専属衛士達に向けて挨拶でそう語った。黒い隊服のマントの裾を掴んで、微かに肩を震わせるスンをそっと抱き寄せながら語る闇神隊長の言葉に、いきなりギアホークの、ディアノースの英雄を怒らせてしまったかと青褪める使用人達。
シン……と静まり返る中央広間。
「あー、そうか……ここで申し出ろってのも酷だよな」
俯き加減に顔を伏せて立ち尽くす使用人達を見て、悠介はバツが悪そうに頭を掻くと語調を緩めて言い直した。
「訂正する、申し出なくてもいいから、午後にでも申請して屋敷を出てくれて構わない、以上」
『一応、新しい就職先が見つかるように口利きはするよ』と付け加えると、悠介はスンを連れて屋敷の中を見て回り始めた。案内を申し出ようとした執事長を手で制し『彼等の決断を見届けてくれ』と広間に残された顔を見合わせる使用人一同を指し示す。
執事長は静かに頭を下げて主人の意向に従った。
「しっかし、抜け穴とか隠し部屋が結構あるぞ? これ」
カスタマイズメニューで屋敷の構造を見通す事が出来る悠介には、本来の建築予定に無い抜け穴らしき隠し通路や隠し部屋っぽい隙間など、全て筒抜けである。それらの『穴』は適当にカスタマイズで埋めておいた。ちょっぴり仕掛けも施して。
「……あの、ユースケさん」
「ん? ちょっとは落ち着いたか」
「はい……ありがとう」
「気にすんな。 よし、次は二階を見に行こうぜ」
屋敷の中を見て回る間、悠介とスンはずっと手を繋いでいたのだった。
結局、使用人達の中で屋敷を出た者はいなかった。
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