「お、こんちゃー」
「あら、こんにちはユースケ様。最近よくお会いしますね」
闇神隊の下街巡回任務が再開されて数日、低民区や中民区を歩き回っている悠介はラサナーシャと頻繁に遭遇するようになった。
が、これは単に以前からも街の通りで普通にすれ違っていたのが、知り合ってからはその都度声を掛け合うので、そう感じるのだろうと悠介は認識していた。今まで気にも留めなかった、ただの通行人だった他人が、顔見知りになった故だと。
「今日もお仕事ですか?」
「まあね、何か面白い話とかある?」
ラサナーシャは『サンクアディエットはいつも通りだけれど、ノスセンテスで新しい娼館が出来たらしい話を聞いた』という話題を振った。悠介はその店のサービス内容に内心で『ソープランドみたいな店だな』などと感想を持ったりする。利用経験は、無い。
「ノスセンテスか……」
「私、実はパトルティアノースト出身なんですよ」
向こうに妹がいるという話をして悠介に興味を持たせると、少し家庭の事情をこぼすように『妹は普通の一般民』『自分の仕事のことは知っている』『偶に家に戻った時は唱姫の事で口喧嘩しちゃう事もある』等の内容で気を惹くのだ。
「お姉さんの事を心配してるんだろう」
「私も、そうだと思います」
彼女との会話を楽しみながら『何故この仕事をしているかは聞いちゃいけないんだろうな』と気を使う悠介。その時、不意にラサナーシャの身体が揺れた。立ち眩みでも起こしたようにふらつくと、お腹の辺りを押さえて立ち止まる。
「あ……ちょっと、ごめんなさい……」
悠介に背を向けつつ、懐から薬瓶を取り出して中身を少し口に含むと、体内の痛みを発する部分に水技の治癒を使う。
『今朝飲んできた筈なのに……最近発作の周期が早まってる?』
内心に不安を懐きながら、ラサナーシャは治癒の効果が患部に広がって行く感覚を受けて気持ちを落ち着けた。
「大丈夫か? どこか悪いのか」
「いえその……昔からちょっと」
持病の事が知られれば興味を失われるかもしれないと焦り、誤魔化そうとするラサナーシャだったが、彼女を心配した悠介は知り合いに治癒の専門家がいるので『なんなら診て貰うか?』と勧める。
「治癒の腕は確かな人だよ、ゼシャールドって聞いた事ないかな?」
「あ、知ってます。元宮廷神技指導官のゼシャールド様ですね」
発作の周期が短くなった事も気に掛かるし、悠介と親しくなる切っ掛けにもなると判断した彼女は、ゼシャールドに診察を頼めるよう宜しくお願いする事にした。
翌日、宮殿を訪ねて来たラサナーシャをゼシャールドの所へ連れて行く為、昨日の内にヴォレットにも話を通して準備も済ませておいた悠介は、闇神隊メンバーと共に衛士隊馬車に乗り込んだ。良い機会なのでと、スンも一緒に連れて帰る。
宮殿の馬車乗り場では、個人的な用事で唱姫を連れているという闇神隊に、神民衛士や態々上階から様子を見に下りて来た宮殿衛士達から嫉妬の目が向けられていた。
最初、悠介から唱姫をルフクの村に連れて行きたいと言われたときは流石に驚いたヴォレットだったが、ラサナーシャの事情を聞いて納得し、後は任せろと許可を出してスンと共に送り出した。
彼女の事情とは、病気の事を公には伏せておきたいという思惑。唱姫として、病気を患っているというのは評判に関わるからだ。伝染する病気ではないとは言え、やはり偏見と猜疑の目はある。
ヴォレットはヒヴォディルとソルザックを呼び寄せると、周囲の有象無象に『唱姫は体調が優れないので大事をとってゼシャールドの診察を受けに行った』『闇神隊はその護衛である』という噂が広まるよう手を打った。
宮殿衛士隊周りから上層の人間をヒヴォディルに任せ、商売関係から一般民にはソルザックを使う。雑談や噂話で今回の話題が上がった場合はこの内容で定着させるよう指示を出している。
「よいかお前たち、ボロを出すでないぞ?」
「はっはっはっ 情報操作ならこの僕にお任せあれ!」
「ああ……私も一緒に行きたかったなぁ」
珍しい取り合わせとなった三人を微妙な面持ちで見つめるクレイヴォル。内心ではヴォレットの動きについて考察していた。行動力はあれど、思い付きの暴走とお強請りが主だった今までのヴォレットとは違う。
『姫様自ら情報工作に動く、か……。まだまだ子供の遊び、と断ずるのは簡単だが――』
成長の片鱗を見たような気がして、何時もより眉間の皺を増やしていいやら減らしていいやらな複雑な心境のクレイヴォルだった。
ルフクの村を目指して街道を行く闇神隊一行を乗せた衛士隊馬車。出発前に『後は土が揃えばパーフェクトっすね』とか口走ってはエイシャに睨まれていたフョンケは、通常なら下っ端の衛士など会話の機会すらない唱姫の同行という事でテンションが高いせいか、風技の補佐に集中しながらもラサナーシャに目を奪われるという器用な事をやっていた。
ヴォーマルは満更でもない様子で手綱を握り、シャイードは何時もの沈黙に珍しく緊張しているような雰囲気が見られる。エイシャとイフョカも気になるらしく、ラサナーシャにちらちらと視線をやっていた。悠介はスンも交えてラサナーシャと談笑中である。
「御二人とも、ゼシャールド様の事を凄く信頼してらっしゃるんですねー」
「はい、先生はとても良い人ですから」
「割とおちゃめな所とかもあって、とっつき易い爺さんって感じなんだよな」
しかし単に人の良い爺さんではない。高齢でありながらブルガーデンとの関係が悪化している時期に亡命を装って単身で乗り込み、女王の信頼を得て組織を立ち上げ、内部から反フォンクランク勢力を壊滅に追い込むという偉業を成し遂げる『猛者』でもある。
ラサナーシャは前日の報告に行った際、伯爵からも『十分に注意せよ』と促されていた。悠介たちとの談笑で表情に出さずとも、もう直ぐ顔を合わせる事になるであろうゼシャールドとの対面に、若干の緊張を覚えているのだった。
「おお、来たかユースケ、スン」
「ただいま、先生」
「ちーす」
夕方頃、闇神隊一行はルフクの村に到着した。悠介達が来る事は村に駐屯している衛士隊に風技の伝達で告げてあったので、ゼシャールドも診察の準備をして待っていたようだ。
村には衛士隊の仮設兵舎などが建っており、防護溝の内側には簡単な柵も作られている。例の武装集団に備えたモノであった。
「あ、ベルーシャさん」
スンが世話をしていた畑は、ベルーシャが管理していた。ベルーシャにとって畑の管理は、生きる為に命を狩っていた頃とは違う、生きる為に命を育て、収穫してはまた育む、紡がれる生命のサイクルに感じ入るモノがあるようだ。
何故かメイド服姿なベルーシャとぽつぽつ会話をしながら畑をみているスン。ヴォーマル達は仮設兵舎で休むらしく、ラサナーシャの荷物持ちをやろうとしていたフョンケをズルズルと引き摺って行った。ちなみに、仮設兵舎ではバハナが中心となって衛士達の食事などを世話をしている。
『隊長だけずるいー』とか叫んでエイシャに踏まれているフョンケに、悠介は溜め息を吐く。
「あいつ……お気に入りの街唱がいるとかで入り浸ってるって話だったのに」
「うふふっ 私たち唱謡いは所詮一夜を慰める遊戯の相手。本気になっては駄目ですよ?」
何だか爽やかに濃厚な事を言われたような気がするなぁ等と思いながら、悠介はラサナーシャをゼシャールドの家に案内した。
「うむ、元気にやっておるようじゃの」
「おかげさまで」
診察室としても使われる広間の椅子に腰掛けたゼシャールドは、神技の波動を高めながら悠介達にソファーを勧める。
「しかしまあ、唱姫を連れてくるとは……お主も――さて、ラサナーシャ殿じゃったかね?」
「え? あ、はいっ 御初にお目に掛かります」
「…………って、途中で言うの止めないで下さいよっ」
すっげー気になるんですけど! と騒ぐ悠介をスルーしつつ、和やかな挨拶を交わしてラサナーシャをリラックスさせたゼシャールドは、早速診察の水技を行使した。ラサナーシャの体内にある患部を探り出し、治癒を施して効果を窺う。
「ふむ……朽病じゃな」
「……はい」
ゼシャールドの確認に重苦しく頷くラサナーシャ。彼女が患う『朽病』とは、発症率は然程高くはないものの、主に身体の内部に出来た腫瘍が全身に広がり、それが色々な他の病も併発させ、やがて患者を死に至らしめる病気。
水技の治癒によって症状を抑える事は出来るが、並みの水技では効果も得られず、完治した例は無いと言われている。
『癌みたいなもんか……』
「ふ〜む……大分、進行しておるのぅ。補助薬は持っておるかね?」
「あ、はい……ここに」
薬瓶を取り出したラサナーシャは、ゼシャールドに促されて瓶に収まる青い液体を口に含んだ。治癒補助薬と水技の治癒を併用する事で、朽病の進行はかなり抑制する事ができる。彼女は普段からそうやって病気の進行を抑えているのだ。
補助薬の効果が現れるのを待ち、治癒を行使するゼシャールド。彼女の使う水技とは比べ物にならない程の強力な水技の治癒効果で、ラサナーシャは身体の調子がかなり良くなった事を実感した。
「どうじゃね?」
「凄いです……こんなに身体が軽くなったのは久し振りかも」
治癒補助薬を使った水技の治癒では、腫瘍の広がりや転移を抑制し、強力な治癒なら腫瘍そのものも或る程度は削る事が出来るが、完全に消し去る事までは出来ないので、完治に至らず『朽病は不治の病』となっている。
ラサナーシャも自らの水技で体内の腫瘍を感じ取る事が出来るだけに、昨日までと比べて明らかに腫瘍の範囲が小さくなっている事を確認して『流石は元宮廷神技指導官』と、ゼシャールドの実力に感嘆していた。
「その薬って、昨日飲んでたやつ?」
「はい、そうです」
悠介は昨日も見た彼女が手にしている薬瓶について訊ねた。非常に高価な薬で、ノスセンテスでしか精製されていないモノらしい。フォンクランクにも商人達の手で輸入されているが、数も少なく入手も困難な代物だという。
中身が半分程になった治癒補助薬の薬瓶を『ちょいと失礼』と見せてもらう悠介。
「ふーむ、どれどれ?」
悠介がカスタマイズメニューを開くと、その気配を感じ取ったゼシャールドは静かにその行動を見守る。急に悠介を観察するような雰囲気を纏うゼシャールドに、ラサナーシャは戸惑いを感じながら両者へと交互に視線を向けた。
治癒補助薬のステータスを確認する悠介。
「直接回復させるタイプじゃなく、回復効果を高める効果ってやつか」
「それも、弄れそうかね?」
「ええ、まあ一応は……でも相当強力な薬みたいだし」
服用者の身体に強い影響を与える薬なので、迂闊に弄れないというニュアンスを仄めかす悠介に、ゼシャールドは薬の効果を弄った場合、自分級の治癒系水技を使う者にならどんな変化が起きるのか鑑定できる事を挙げる。
「補助薬の製法はノスセンテスが独占しておるでな、良い薬が出来ると助かるんじゃがのう」
安全面は保障できるので、高い治癒効果を持つ薬にカスタマイズ出来るならやってみてはどうかと促すゼシャールド。悠介は唸りながら考える。とりあえず弄るならサンプルに何本か欲しい所だが、フォンクランクでは易々と手に入らない代物だ。
『ノスセンテスに出向いてみるか? 他にもこの病気で苦しんでる人もいるだろうし……』
「やっぱ直接買いに行った方が手っ取り早いですかね?」
「うむ、向こうには他にも色々と役立つ薬が売られておるからの。お主が直接見定めた方が良いじゃろう」
二人の会話の意味が分からず、ラサナーシャは唯々キョトンとしながら成り行きを見守っていたが――
「じゃあ、ヴォレットにも相談してみますよ、ノスセンテスまで出張できないかなーって」
思わぬ所からノスセンテス行きの理由が出来て、びっくりのラサナーシャだった。そして内心に疑問が湧く。
『ユースケ様って、本当に噂されてるような女癖があるのかしら……?』
あの内気そうな伝達系風技使いの部下が悠介に向ける眼差しは、上司に権力で手篭めにされているとは、とても思えない尊敬の籠ったモノだったし、何故か宮殿に住んでいるらしい無技の少女からも、悠介の事を信頼して慕っている事が感じられた。
ともあれ、悠介がノスセンテスに赴く理由は確保出来たので、街に戻ったら伯爵に報告に行かなければと、ラサナーシャは心の中の予定表に今回の経緯報告と、闇神隊長の人柄に対する情報精度についての疑問を記すのだった。
夜――
夕食が終わり、広間にはスンと悠介、ゼシャールド、ベルーシャが其々向かい合わせのソファーに腰掛けてお茶など飲みながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。ラサナーシャは大事をとって先に客室で休ませている。
ゼシャールドからノスセンテスについてのアレコレを聞いていた悠介は、話が一段落した所で徐に気になっていた事を訊ねた。
「ところで、なんでメイド服なんですか?」
ベルーシャのメイド服姿を指摘する悠介。片目が隠れるようなショートの青髪で、物静かというか、一見ボンヤリしているようにも見えるベルーシャは、悠介の疑問に何時もの呟きのような口調で答える。
「……ルードが、この方がいいっていうから」
そう言ってちらりとゼシャールドを見るベルーシャ。
「ルード?」
「ん……まあ、ワシの若い頃の愛称というか、呼び名での」
一瞬、広間の空気が固まる。スンがポツリと呟き、悠介はツッコミ体勢に入った。
「愛称で呼ばせてる……」
「先生なにやってんすか」
「ほっほっほっ」
「……(お茶、おいしい)」
とても平和な夜だったという。
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