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本編
42話:サンクアディエットの唱姫




 先日エスヴォブス王が会談から戻り、ブルガーデンとの間に締結した協定や取り決め、補償などが発表され、両国の交流が解放された。元々禁じられていた訳では無いが、状況を見越して各商人達も大多数が取り引きを自重していたのだ。
 これに伴い、滞っていた流通も活発になり、フォンクランクとブルガーデン双方の街で物価も安定し始めるのだった。


「やあ、ユースケじゃないか」

 そろそろ次の指輪を作る頃なので下街へ買い物に行こうと宮殿を出た悠介は、高民区の通りでヒヴォディルに会った。

「よう、怪我はもういいのか」
「あの日の内に水技で治癒済みだよ、休暇も貰ったからもう平気さ」

 『また下街へ行くのかい?』と低民区の様子に興味を持つヒヴォディルと二人して、他愛無い雑談をしながら通りを歩く。街を行くときは常に馬車を使っていたヒヴォディルも、最近はよく自分の足で歩くようになっていた。
 中民区との区画門近くまで来た時、通りの角からパタパタと駆け出してくる女性に気が付いたヒヴォディルが声を掛ける。

「これはこれは、ラサナーシャ殿。今日も御美しい」
「あら、ヒヴォディル様。お久しぶりです」

 誰? と目で問う悠介に『彼女は唱姫だよ』と答えるヒヴォディル。サンクアディエットには唱姫が六人存在していて、彼女は三番目の唱姫だという。
 腰の辺りまで伸びた水色の髪と瞳、髪の先は少しウェーブしている。見た目はブルガーデンのリシャレウス女王を彷彿とさせるが、ラサナーシャはどちらかというと庶民っぽい雰囲気を纏っていた。

「もしや、今日はエスヴォブス王の所に?」
「いいえ、ちょっと上の役人さんに呼ばれちゃいまして」

 最近ディアノース砦での会談に出席していた官僚達から呼ばれる事が多いという。『なるほど』と、納得気味に頷くヒヴォディル。ラサナーシャは高価だが似たようなドレスが増えて喜んでいいやら困っていいやらと苦笑を見せた。

「それでは急ぎますので」
「ああ、引きとめて悪かったね」
「ユースケ様も、失礼します」

 迎えの宮殿馬車に乗って去っていく姿を見送る悠介達。ヒヴォディルが同意を求めるような口調で独り言っぽく呟いた。

「やはり、ブルガーデンの女王に中てられたって所なのだろうかねぇ」
「なんのこっちゃ?」

 意味が分からず首を傾げる悠介に、ヒヴォディルはふむふむと顎に手を当てると、芝居掛かった仕草で得意気に告げる。

「何の話か分かってなさそうなユースケに、今の会話の概要を僕が説明してあげよう」
「好きにしなさい」

 ヒヴォディルの説明によると、ブルガーデンとの会談に出席していた高級官僚達から彼女への依頼が増えており、それに伴って彼女の元には官僚達(おきゃく)から衣装として贈られる高価で美しいドレスが増えていくのだが、どれも似たり寄ったりなので苦笑している。
 要するに、水色の髪に瞳、歳の頃も似ている唱姫の彼女を、ブルガーデンの女王様にみたててごにょごにょという話。

「イメクラかよっ!」
 
 この世界の風俗に突っ込む悠介であった。






 とある伯爵の屋敷に呼ばれた唱姫ラサナーシャは、人払いのされた私室へと通された。この屋敷には月に一度の割合で訪れているが、何れも唱姫としての勤めを果たす為ではない。
 中央に豪華な天蓋付きベッドが置かれているだけの、シンプルだが装飾などに凝った高級感を漂わせる部屋。厚いカーテンの下がる奥の窓際から屋敷の主が声を掛ける。

「仕事だ、ナーシャ」
「……はい」

「神議会から闇神隊長を亡命させられないか、もしくはノスセンテスに大使としてでも寄越せないかという指令が届いた」
「亡命、ですか……?」

 この伯爵はフォンクランク内部に潜むノスセンテス神議会のシンパであり、ラサナーシャは彼の後ろ盾によって得た唱姫の身分を利用して諜報や懐柔を行う、謂わば特殊工作員のような立場にあった。
 今回は話題の闇神隊長をノスセンテスへ亡命させるという任務がもたらされたようだ。

「彼を亡命させるというのは、今の優遇された環境から考えて無理があるのでは?」
「それは分かっている、そこで君の出番という訳だ」

 闇神隊長の女癖の悪さを利用するのだと説明しながら、伯爵はベッドに腰掛ける。ラサナーシャは伯爵の前に跪くと、その膝の上に頭を乗せた。さらさらと手触りの良い水色の髪が、無骨な指に梳かされる。

「君も噂に聞いていよう」
「確かに、そういう噂はよく耳にしますが」

 まず、闇神隊長をラサナーシャの魅力で誘惑して虜にする。但し、それを前提とはせず、ヴォレット姫に睨まれないよう適度な距離を保ちながらとにかく親しくなる事を優先する。
 それとなく会話の中に『ノスセンテスは一部で性に開放的である』という内容をアピールしておき、自身がノスセンテス出身であることを交えて近々里帰りを考えている事などを挙げ、興味を持たせる。
 ノスセンテスの貴族に求婚されていた事を仄めかし『本当はあまり帰りたくないんだけど、妹がいるのでそうもいかない』と憂いを見せて気を惹きつつ反応を窺い、『妹は自分のような娼婦の世界とは無縁の普通の少女』と餌を撒く。
 『妹』役の人材はこちらで得た闇神隊長の『好み』の情報に合わせて向こうで用意するそうだ。

 その一方で、伯爵が宮殿上層に働きかける事によってガゼッタという共通の脅威に対し、おなじ四大神を崇める等民制国家として協力し合おうという風潮を作り、闇神隊が親善大使としてノスセンテスに派遣されるよう仕向ける。
 ラサナーシャには闇神隊長の心にノスセンテス行きの理由を作らせ、伯爵は闇神隊を送り出す機会を作るのだ。

「方法は任せる、上手く惹きつけろ」
「分かりました」

 頬をスッと一撫でされた彼女は伯爵の膝から頭を起こす。これが何時もの終了(あがり)を示す合図なのだ。余談だが伯爵は少々変わった性癖を持っており、『女性の髪を撫でる事』で気分が満たされる人らしい。

「それと、今月の分だ。体調はしっかり管理するように」
「あ……はい、ありがとうございます」

 伯爵が差し出す深い青色の液体が詰まった薬瓶を受け取り、ラサナーシャはそれを大事そうに懐に仕舞うと、屋敷を後にした。






 指輪を購入した帰り、ソルザックの店に寄っておこうと中民区を歩いていた悠介は、低民区を見渡せる防壁沿いの公園で、柵の手摺りに頬杖をついてぼ〜っとしているラサナーシャを見かけた。
 朝方出会った時とは纏う雰囲気の違う、何処か陰のある表情が気に掛かる。

「あら、こんにちは」
「あ、ども」

 視線に気付いて自然な笑顔を向ける彼女に、悠介は先程までの憂いた表情を隠そうとするような取り繕った気配を感じた。

「お買い物ですか?」
「ええ、まあ」

 薄い化粧に、香水も意識しなければ気が付かない程の微量で、装飾の類も殆ど着けていない。
 近寄り難さを感じさせるような美しさではなく、自然な可愛らしさを伴う綺麗な女性(ひと)という感じ。素朴な笑顔は落ち着きがあって相手を安心させる。悠介はラサナーシャにそんな印象を持った。

 これから帰宅する予定だという彼女と、偶々方向が同じだったソルザックの店まで暫く話しながら一緒に歩く。

「でも、噂ってアテになりませんね、ユースケ様ってもっと怖い方だと思ってました」
「どんな噂かは聞かないでおくよ……」

「うふふっ 実はさっき初めてお会いした時も、私、内心ではビクビクしてたんですよ?」

 唱姫として仕事をしているだけに『これでも女性としての魅力にはそれなりに自信がある』と自負してみせるラサナーシャは、街で真しやかに囁かれている闇神隊長の『女癖』に纏わる噂に、怖々としていたそうな。

「目を付けられてしまうんじゃないかって」
「ひでー」

 そんな調子で和気藹々と会話を楽しみながらソルザックの店までやって来る。悠介は随分と短い時間で着いたように感じていた。

「それでは、私はこれで」
「うん、またね」

 軽く会釈して通りの向こうへと去って行くラサナーシャを見送り、悠介は来店の鐘を鳴らすのだった。






 カラコロと鐘を鳴らして扉を潜るなり、店内のカウンターに居たらしいソルザックが物凄い勢いで詰め寄ってくる。

「今の女性! 唱姫じゃありませんでしたかっ?」
「ああ、そうだけど」

「か、買ったんですかっ?」
「買わねーよっ!」

 悠介はソルザックの勢いに少し面食らいながら『ちょっとそこの公園で会ったので、話をしながら歩いただけだ』と説明した。
 凄く羨ましそうな表情を見せるソルザック。唱姫は宮殿関係者でも、それこそ高級官僚辺りしか相手にしない超高級娼婦、個人的に親しくなれるだけでも周囲から羨ましがられるのだ。

「また噂が盛り上がりそうですね」
「勘弁しろよ……」

 何故か棒読みなソルザックに、女遊びなんて全くしてないぞと疲れて見せる悠介。

「まさか姫様とそういう関係に至っているとまでは思っていませんが――街唱くらい普通に利用してるでしょう?」
「いや全然」

「え、まったく? これっぽっちも? もしや姫様に禁じられているのですか?」
「んにゃ、別にそういう事はないけど……」

 顎に手を当て、小首を傾げて何か考える素振りを見せたソルザックは、ポンと掌に自分の握った手を落として納得の表情を見せながらにこやかに言った。

「ああっ 確か子供にしか興味が――」
「それは違う!」

「あ……もしや男色で――」
「断じて違う!」

 憧れの唱姫と簡単に談笑してしまう悠介に対する嫉妬からか、やけに絡むソルザックであった。






 宮殿に戻って来た悠介は自室で神技の指輪を仕上げて一息吐いていた。今日も今日とて悠介の部屋に入り浸って実験製品で遊ぶヴォレットと付き添いなスンに、昼間の事を愚痴る。

「やたら絡まれてさー」
「わははっ 或る意味それは仕方あるまい」

 唱姫と言えば高級(いい)女性(オンナ)の象徴であり、その性的な魅力に留まらない包み込むような優しさに憧れる男性も多いという。

「ユースケさんは、女性に興味がないんですか?」
「凄く心配そうに言うのは止めてくれ、スン」

 普通に興味はあるぞとアピールする悠介。

「その割には、まだスンにチューのひとつもくれてやってないそうではないか」
「!っ ヴォレット様! わたしは別にそんなつもりは……」
「無いと申すか、無いと申すか」
「きゃっ あっ ちょっとそこはっ……! やんっ」

 こやつめこやつめと全身を満遍なくつんつんして遊び始めるヴォレット。こういう歳相応のじゃれ合いが出来るのも、宮殿内ではこの部屋くらいであった。ヴォレットの私室は常に使用人が控えているし、スンの客間に居る時は外に護衛の衛士が立つのだ。
 部屋の中できゃあきゃあと騒げば『何事ですかぁ!』と踏み込まれ兼ねないのである。

「この期に及んで何を照れておるか、自覚が無いわけでもあるまい?」
「いえ、あの、その……」

 背中から抱きついて耳元で囁くヴォレットと、赤くなってしどろもどろになるスン。女の子同士の過激なスキンシップにちょっと中てられ気味な悠介は、軽く溜め息を吐きつつ御転婆姫様(ヴォレット)を引き剥がす。

「反応がお約束過ぎるぞスン。ヴォレットもあんまりスンをからかうなって」

「……こやつが一番自覚ないようじゃ」
「ん?」

 故意か無自覚か、目の前で露骨に繰り広げて見せた挑発(ゆうわく)にも期待した反応も示さず、なんのこっちゃと首を傾げてみせる悠介に、肩を竦めてぼやくヴォレットだった。

「スンも苦労するのう」
「……」







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