「では、補償についてはそのように」
サンクアディエットの地下で非公式極秘会談が行われた日から暫く、ブルガーデン女王リシャレウスと、フォンクランクのエスヴォブス王による公式会談が、ディアノース砦にて行われていた。
会談の中ではギアホーク砦の犠牲者家族への補償についても話し合われ、ブルガーデン側から全遺族に賠償金が支払われる事となった。それらの資金にはイザップナー元最高指導官の私財を処分して充てられる事になるのだが、この補償についての話し合いを前に、ブルガーデン側が予め氏の私財を確認した所、何者かによって半分程持ち出されていた事が明らかにされている。
恐らくは内乱騒ぎのあった日から『火の団』を中心に行方不明となった精鋭団員達数名の仕業であろうと見られていた。幸いにも、持ち出しきれなかったのか残されていた分の宝石や貴金属類を処分すれば、請求される賠償金の額は満たせそうであった。
ギアホーク砦の話は一旦決着とし、両国にとって当面の脅威となりうるガゼッタの問題について話題が移る。エスヴォブス王は最近フォンクランク領内で起きている事件について、ガゼッタの関与があるか否かという問い掛けを行い、リシャレウスの反応を窺う。
「私は、無いと見ています」
「それは、貴女が彼の王の人となりを知った上での判断、と考えてよろしいかな?」
「そう捉えて頂いて結構ですわ」
「ふむ……」
実は表立っては明らかにしていないが、悠介達の動きやシンハが街に来ていた事なども、エスヴォブス王は把握している。
悠介が本物の邪神であるらしい事も、ゼシャールドが神器の製作依頼をした辺りで知っていた。これは王の側近達も知らない事だ。ちなみに、情報源は自称森の民だったりする。
「少し、踏み込んだ話をよろしいかな」
そう言って会談部屋から人払いをしたエスヴォブス王は、ガゼッタの王とリシャレウス女王との個人的な繋がりに就いて訊ねた。
「立ち入った話ながら、貴女はガゼッタ、シンハ王とどう向き合うつもりでいるのか、真意をお聞かせ願いたい」
「シンハの事、ですか……」
多少の逡巡を見せながらも、リシャレウスはシンハに対する自身の気持ちを語り始める。
「シンハは……いえ、ガゼッタの王は、古の亡霊に取り憑かれているのです」
彼は白族の繁栄と衰退を神技人と表裏一体で繰り返す事が、カルツィオの営みであり、正しい歴史の流れだと伝える白族の教えに縛られているのだと、リシャレウスはガゼッタの内情にかなり突っ込んだ内容を語った。
リシャレウスは共存共栄の理想実現をもって、無技の民を、シンハを白族の呪縛から解放したいと願っている。
「これは、四大神信仰の否定にも繋がる話ですが――」
そう前置きして、ブルガーデン女王から語られるガゼッタに纏わる秘密の一端。リシャレウスは幼少時代、父王や先代ガゼッタ王と共に過ごした白族の里で、四大神信仰の発祥に関する秘密を知った。
体裁の為、四大神の概念こそ使っているが、リシャレウス自身、本当はそんなモノは無いという認識である。
「……それは」
「四大神信仰は、嘗てカルツィオに降臨した邪神『ヴィ・ザード』の没後、時の権力者たちの手によって捏造された信仰なのです」
ディアノース砦の会談で、リシャレウス女王とエスヴォブス王がこの世界の常識を引っくり返し兼ねないような話をしている頃、サンクアディエットの中民区にあるソルザックの店では、この世界の工業面に多大な影響を与えそうな一つの発明品が生まれていた。
「まだ二段階の変速しか実現出来ませんでしたが……」
「最初はこんな感じで十分じゃないかな、徐々に出力とか規模を大きくしていこう」
試作ギアボックスの完成。悠介のカスタマイズにより、歯車や軸など各部の磨耗を抑え、潤滑油も良いモノにした静音仕様。
それをそのまま、カスタマイズのコピーで丸々複製すると、片方をソルザックに残してさらなる研究を続けさせ、もう片方は悠介が持って帰って乗り物に組み込むなど実用化の研究を進める。そうして問題点を洗い出して改善していく。
「それじゃ、また来月の手前くらいにでも」
「ええ、乗り物に使った研究結果も心待ちにしていますよ」
宮殿の自室に帰ってきた悠介は、何か適当なモノはないかと部屋の中を物色する。試作ギアボックスはギミック機能で回転し続けるモーターを中心に何重か歯車を噛み合わせて回転力を強めたモノで、凡そ四十センチ角の箱型から軸が一本突き出ている。
回転速度はイマイチだったが、その分パワーは増しているようだった。
「ん……とりあえず、これにでも取り付けてみるか」
手頃な『乗り物』を見つけた悠介は、試作ギアボックスの組み込みにカスタマイズメニューを開いて弄り始めた。
「ユースケ! 何か面白いモノは出来たか」
悠介がソルザックの店から帰ったと聞いて部屋にやって来たヴォレットは、扉を開けて踏み込んだ体勢で足を止めた。
ソファーに腰掛けた悠介が、そのままスーッと目の前を横切っていく。悠介はソファーの足にコマを付けて移動式に改造すると、ギアボックスと繋いだ動力用の車輪を取り付けて『動力付きソファー』を試作し、自走実験を行っていた。
「わはははっ なんじゃそれはー!」
動くソファーに大喜びのヴォレットは、『わらわにも座らせろ』と悠介の膝に飛び乗る。
「おいおい、って……これもでも動けるのか、パワーは問題ないな」
「スン! お前も来い」
「えっ!」
「え?」
ヴォレットの呼び掛けに一瞬驚くような声が応えて、悠介がそちらに視線を向けると、扉の所にスンがいた。実はスンも連れてきていたのだ。この頃はすっかり見慣れたような、着慣れたような感のあるドレス姿のスンが、遠慮がちに部屋へと入って来る。
「えっと、じゃあ……失礼します」
「ちょ……っ」
右膝側に寄ったヴォレットの隣、悠介の左膝にそっと腰を下ろすスン。
「おお、三人乗っても大丈夫じゃ」
「凄いですねー」
どっかで聞いたフレーズだな、とか思いつつ、これでも何とかソファーを自走させている試作ギアボックスのパワーに、悠介は実験の成功を確信した。このまま研究を進めて行けば、当初思い描いていた馬車の代わりになるような乗り物の実現も遠くない。
「ユースケさん、足、大丈夫ですか?」
スンは動くソファーにも気は惹かれたが、先程から黙ってる悠介が気になって声を掛けた。『重くないですか』と気遣う。
「ああ、それは問題ないんだけど……」
「ふふっ 気にするなスン、ユースケはわらわ達の尻の感触を楽しんでおるだけじゃ」
「えっ!」
「をいっ!」
もうお前等降りろっと怒って見せる悠介に、『駄目じゃ』で済ませるヴォレット。スンは照れてもぢもぢと顔を伏せてる。
そんな調子で何時もの如く騒いでいる悠介の部屋を、ヴォレットを探して宮殿中を歩き回っていた専属警護兼教育係殿が訪れる。
「やはりここに居ましたか姫様、そろそろお稽古の――」
ヴォレットとスンを両膝に座らせた格好の悠介を乗せたソファーがゴロゴロとコマを鳴らしながら部屋の中を走っている。という、一瞬理解に苦しむ光景を目の当たりにしたクレイヴォルは、思考を数秒ほど麻痺させた。数秒で済む辺りに、慣れを感じさせる。
「やぁーーじゃあっ 折角面白かったのにぃーー!」
「我侭を言わないで下さい」
子供のように駄々をこねる姫君をズルズルと連行して行くクレイヴォル団長に、ご苦労様と心の中で労いつつ見送った悠介は、残されたスンと苦笑し合うと、何気無い会話を楽しむ。
「宮殿の暮らしには、もう慣れたか?」
「はい、あんまり贅沢に慣れちゃうと村での生活に戻れなくなりそうで、少し怖いくらい」
「そっか、確かになぁ」
宮殿で暮らしていると毎朝の水汲みも食事の支度も、果ては着替えまで使用人達がやってしまうので、色々鈍ってしまうという。
「この前のシンハの様子からして、またスンを狙うとは思えないけど……今の騒ぎが片付いたら一度ルフクに戻るか?」
「そうですね……あ、でも先生の邪魔しちゃ悪いですし」
「ぷぷっ そういやそうだったな」
「それに、行き帰りも大変ですしね」
高速走行の補佐付きで衛士隊馬車を走らせても、ルフク村との往復にはそれなりに時間が掛かるので不便である。
村まで角石でも繋ぎ合わせれば、パウラの長城前戦で部隊を移動させた方法を使って一瞬で行き来が出来るのだが、それこそ膨大な量の角石が必要になり、あまり現実的とはいえない。
その一方で、悠介はカスタマイズ能力の性質を利用した連続瞬間移動なる移動法も構想していた。
「まだイメージの段階だけど、資材の問題をクリアした方法があるんだけどね」
サンクアディエットのような構造をした街の中でなら、やろうと思えば床石の入れ替えで何処にでも一瞬で移動できる。そこから思いついた方法で、イメージ通りに出来れば少ない資材でとんでもなく効率の良い機動力を得られるという。
「まあ、どっちみちカスタマイズ能力を前提にした方法だから、俺にしか使えないんじゃあんま意味ないんだよなぁ」
今ソルザックと共に進めている動力の研究では、いずれ一度に大勢を運べるバスのような乗り物をカルツィオ中に走らせるという計画も視野に入れていた。
尤も、それはソルザックと悠介が二人して妄想に近い将来の発展図を語り合う中で思い浮かんだモノの一つに過ぎないのだが。
「とりあえず、街の中で普通にそれなりのモノを走らせる事からだな」
「この動く椅子が、街の中を走るようになるんですか?」
「いや、それはそれで面白そうだけど……」
スンの言った街の光景を想像して思わず吹き出しそうになりながら、まずはヴォレットの乗るゴーカートを作ろうかと、悠介は動力付きソファーの解体を始めるのだった。
カルツィオの中央部に広がる巨大な湖。『月の鏡』と呼ばれるこの湖を挟んで対岸に位置する伝統ある古い国、ノスセンテス。
その首都である古都パトルティアノーストの奥深くに、中枢的な役割を担う建物があった。神議堂と呼ばれるこの建物では、国家の意思決定機関である『神議会』のメンバーが集まり、日々政策議論が行われている。
ノスセンテスは古都に住む各神技の民から二人ずつが代表として神議会メンバーに選出され、彼等を中心とした議会によって国家を運営する合議制が敷かれていたが、選出される人物に民意は反映されておらず、実質は少数による独裁制であった。
「さて、例の報告についてだが……ガゼッタ勢力と闇神隊長の繋がりは確かなようだ」
「我々の諜報が集めた情報によると、ガゼッタは闇神隊の特殊な神技を目当てに自国へ呼び込もうとしているようだな」
「闇神隊長の『ユースケ』なる者は、無技の村で育てられていたそうではないか」
「ガゼッタが付け入ろうとしているのもそこか……」
無技の民を保護する条例公布を働きかけるなど、一連の行動に見られる無技との繋がりはそこではないかと分析する。ガゼッタとの繋がりを指摘してフォンクランク内での立場を貶めても、結局はガゼッタに利するだけだ。
それならば、ガゼッタに持っていかれないよう先にこちら側から手を打てないかと、闇神隊長の取り込みを検討する議題が上がった事で『ユースケ』の正体について議論が及ぶ。
「ガゼッタが『ユースケ』を邪神として扱っている事についてはどうか」
「本当に邪神なのか、邪神に担ぎ上げようとしているのかは分からぬ」
「だが、ガゼッタのどこかに今も生きているであろう『アユウカス』が予言したのであれば、本物だろう」
「その場合は、なんとしても邪神を手に入れるか、滅ぼすかしなくてはならない」
彼等もガゼッタの白族と同じく邪神が実在する事や、その役割というモノを知っており、それは古くから神議会メンバーという形でノスセンテスを担う彼等一族に、代々言い伝えられて来たものだった。
その言い伝えにある『アユウカス・イクドゥト』という、邪神の降臨を告げる者の捜索も、随分と昔から続けられていた。
「アユウカスが潜伏すると思われる白族の里は、未だ場所が割れず、それらを確かめる術はない……」
「暫くはガゼッタとフォンクランク、双方の動きを注視するとしよう」
「ブルガーデンは如何に動くか……」
「あの国はフォンクランクに叩かれたばかりだ、これから切り崩されて行き、やがて消えるだろうて」
フォンクランク国内から無技の民を減らす為、ガゼッタに流れないようにする為、ガゼッタに靡かない者を処刑するという名目で、ガゼッタ軍が襲撃してるように装ったフォンクランクの陰謀、と見せ掛けたノスセンテスの陰謀。
亡命者ヴォーメストを使う事で最終段階ではブルガーデンが裏で糸を引いていたかのように装ってフォンクランク、ガゼッタを翻弄し、ブルガーデンと三つ巴の争いを展開させる予定だったノスセンテスの策略は、一時中断して様子を見る事となった。
四大神信仰発祥の地にて、その神を造り上げた末裔達は、闇神隊長に纏わる情報を分析、吟味した上で結論を出す。
「では、闇神隊長の取り込みについては、この方向で宜しいか」
「うむ……こちらはそれで問題あるまい」
悠介の取り込みに関する謀が纏められ、そのあまりに古典的な方策内容に、思わず鼻を鳴らした一人が呟いた。
「まこと、何時の時代も英雄などと呼ばれる存在は、色欲深きモノよな」
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