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今回ちょっと雰囲気変えてます。
本編
40話:炎と牙と地下の街




 ヴォルアンス宮殿の上層にて、事件の概要について報告を受けたエスヴォブス王は、官僚達と今後の対策について話し合っていた。公爵家の家督が負傷する事態が起きた事で、衛士団を編成して領内の警戒に当たらせようという議論が交わされる。
 国内を賊が荒らし回っている現状、安全性を考慮してブルガーデンとの会談も延期が検討されていた。




 悠介達が宮殿に帰還したのは深夜になろうかという頃だった。交代の衛士隊が村に到着したので、闇神隊と応援(つかえない)の衛士隊は入れ替わりで街に戻り、通常任務に備えて待機する。
 シンハは街に入った所で馬車を降りて無技人街へと消えていった。明日一日様子を見てガゼッタに帰国するそうだ。

「じゃあ今日はこれで解散だな、みんなお疲れー」
「お疲れ様でした、隊長」
「あっしらはまた控え室に居ますんで」
「はぁ~もう、今日はマジで疲れたぜ」

 宮殿の馬車乗り場にて、皆が其々の帰途につく。ヴォーマルとシャイードは控え室で仮眠を取りに、エイシャは自室へ、フョンケは相変わらず入り浸っている街唱の所へ行くつもりらしい。イフョカは無技人街の実家に帰宅する。

「じゃあ、僕等もこれで失礼するよ」

 ボロボロになった高級貴族服のマントを優雅に翻すヒヴォディル。彼の隣でペコリとお辞儀をした使用人の娘リフョスィが、疲労の為か足をよろけさせて転びそうになった所を、ヒヴォディルは咄嗟に肩を抱いて支える。
 『申し訳ありません』と小さく詫びるリフョスィを優しく気遣う様子に、悠介はヒヴォディルの意外な一面を見た気がした。




 明けて、翌日――

 闇神隊を事前の通達も無く勝手に動かされた事には不満気なヴォレットだったが、今回は公爵家でもある名門ヴォーアス家の救援を行う為に仕方がなかったという事には理解を示していた。
 また、この件で闇神隊がヴォーアス家の家督を救った事により、これまで悠介に対して猜疑的だった他の名家、ヴォーアス家と交流のある家々の者達も、悠介の立場を認めるよう姿勢に変化が見え始めた。

 何よりも、婚約者候補組をコントロールしていたヒヴォディルが無事に生還した事は大きく、婚約者候補組の子息達は親からも悠介に対して真に敬意を払うように申し付けられる事になるのだった。


「ガゼッタの者が街に来ておるとな?」
「シンハ殿は、ガゼッタの王子なのか?」
「いや、王だつってたな」
「国王が一人で来ておるというのか?」

 闇神隊の活動報告で、悠介からシンハが無技人街に入り込んでいた事を聞くヴォレットとクレイヴォル。慌てて飛び出していこうとするクレイヴォルを、ヴォレットは服の裾を掴んで引き止める。

「まあまて、クレイヴォル」
「しかし、今ガゼッタの王が街にいるのならチャンスです!」

「なんのじゃ? ガゼッタと戦争する口実を態々作ってやる事のか?」
「あ、いえ……それは」

 いつか敵対するであろうと見られているガゼッタの国王、その身柄を確保する事の有益性ばかり考えていた為、悠介の報告にあった第三者勢力(ノスセンテス)が絡んでいるらしい陰謀の事が思考から抜け落ちていたクレイヴォルは、思わず言葉を失う。

「わらわも会ってみたいのう、どうにか出来んか? ユースケ」
「まーたそんな無茶を……まだイフョカの家に居るとは思うけど」
「姫様……まさかとは思いますが、御忍びで行こうなどという事は――」
「勿論、誰にも知られず内密にじゃ」


 知恵を絞った結果、この前閉鎖した街の地下を利用しようという事になった。ヴォレットを宮殿の地下で待機させ、悠介はシンハを連れて地下街に詳しいソルザックを案内人に、カスタマイズで道を作りながら宮殿の地下まで進むという計画。

「それじゃ、ちょっと無技人街まで行って来る」
「うむ、良い知らせを期待しておるぞ」




 無技人街に向かう途中でソルザックの店に立ち寄り、イフョカの家を訪ねた悠介は、丁度旅支度を整えていたシンハにヴォレットが会いたがっている事を伝えた。

「いいだろう」
「少しは迷え」

 即決したシンハを連れて低民区に入ると、ソルザックの案内で中民区の地下に入り込めそうな人通りの少ない路地へと向かう。閉鎖して三日も経った頃には、もう新しい穴が開けられているそうな。

「まさか、ソルザックさんも常連で入り込んでるんじゃあ……」
「いやいや、私はほらっ 例の乗り物開発で充実しているからね」

 機会があれば喜んで地下街探索も行いたいが、今は法を犯してまでやろうとは思わないと笑うソルザック。地下空間を有効利用しているのは、もっぱら存在自体が摘発対象である違法営業の野良唱達だと彼は語った。

「……ヴォレットは宮殿の地下で待機させて正解だったな」
「はっはっは、あの姫様の情操教育という面で考えるなら確かに」
「ふむ……王族を語る様を見るに、この国は身分に対して意外に大らかなのだな」
「いや、ヴォレットが特殊なだけだと思うぞ?」

 貴殿も大概特殊ですよというソルザックの突っ込みをスルーした悠介は、薄暗い路地に立つ扇情的な格好をした唱謡い達の間を『はいはいごめんなさいよ』と通り抜ける。
 彼女達は最初、宮殿衛士がやって来たのを見て摘発かと逃げ出す者が居たが、相手が『闇神隊のユースケ隊長』だと気付くと遠慮がちに営業スマイルで誘惑を仕掛けて来た。
 任務中でもあったので悠介は丁重にお断りしたが、後に彼女達が営業を試みた理由を知って悶絶する羽目になる。それはさておき、ランタンを掲げるソルザックを先頭にして、悠介達は不自然に空いた壁の穴から中民区の地下街へと入った。

「宮殿にはこっちのルートから行くと近道ですな、途中で高民区に入りますが、水没している箇所がかなりありますよ?」
「ああ、それは俺が何とかするから大丈夫」
「ふむ……ここは絶好の隠れ家になるな」
「……潜むなよ?」

 地下街に入るにはどうしても低民区を通らなければならない為、通常は勝手に街へ上がることを許されない無技人がこっそり潜む事など無理なのだが、シンハならやりそうに思えて注意しておく悠介だった。




 ソルザックの案内で小一時間ほど地下を進んだ悠介達は、区画門に見られるような巨大な壁に突き当たる。

「この壁の向こうが宮殿の地下に繋がってる筈です」
「なるほど、確かに」

 カスタマイズメニューで周囲の構造を調べた悠介は、この壁が古い防壁である事を確認した。壁に抜け穴の通り道を作って宮殿の地下に入り込む。古い様式の宮殿廊下に感嘆しているソルザックが、何処からか響いてくるブーンという奇妙な音に首を傾げる。

「この音は……?」
「多分、ヴォレットだ」

 カルツィオには馴染みの無い扇風機のような音。ヴォレットが最近いつも持ち歩いている『空飛ぶお皿』の、プロペラが風を切る音だった。どうやら近くに居るらしいと、悠介は少し大声で呼んでみた。

「ヴォレットー! 居るのかー!」

「ユースケか! 近くに来ておるのか?」
「ああ! 今宮殿の馬車乗り場がある方向辺りだ」

 互いに反響する声で呼び合って位置を確認しあい、地下宮殿の玄関ホールに当たる場所で合流を果たす。
 ヴォレットの傍にはクレイヴォルの他に、闇神隊メンバーと弓を持ったスンの姿もあった。以前、訓練場で見た隊服をもっとシンプルにしたような服を纏っている。クレイヴォルはやはり警戒の籠った視線でシンハの姿を見つめていた。

「お初にお目に掛かる、フォンクランクの姫君」

「ヴォレットじゃ。よく来たのうガゼッタの王」
「シンハだ。俺に何用か」 
「特に用は無いが、一度顔をみておこうと思っての」
「そうか」

 シンハ王とヴォレット姫の非公式極秘会談? は、周囲の者がハラハラするような雰囲気で始まった。早速クレイヴォルの眉間に皺が増えている。炎の姫君と白狼の王は互いに相手の器を見定めようと言葉を交わす。

「それと、ユースケは渡さんからな」
「ふっ 邪神という世界の循環を担う存在、貴女の手に余るのではないか?」

「わーー! わーー!」

 二人のやり取りを静かに見守っていた悠介は、いきなり邪神の名を出された事で慌てて対話妨害を試みるも、ヴォレットはシンハの言葉を聞き返すでもなく、騒ぐ悠介に『やかましい』と空飛ぶお皿をぶつけた。

「ええい騒ぐな、ユースケが本物の邪神らしい事はもう知っておる」
「ほわっつ? なんで?」

 思わず英語を混じらせて首を傾げる悠介。頭に激突した空飛ぶお皿が、ふよふよと上昇を開始する。

「なんじゃその妙な訛りは、さっきスンから聞いたのじゃ」
「あ……ごめんなさい、喋っちゃいました」
「うおおい」

 なんじゃそりゃーと思わずツッコミを入れてしまう悠介。よもやそこまで篭絡されてしまったのか等と内心で焦るも、ヴォレットがスンに秘密の共有を許されるまで信頼されたというのが実際の所であった。
 危険な任務で悠介を支えて来た闇神隊の部下達も信頼に値する者に含まれている。当のスンは、悠介に胸を裏タッチされて石化(赤化)していた。それを生温かい半目で見流したヴォレットは、シンハに向き直ってキッパリと告げる。

「まあ、そういう訳じゃからして、尚更ユースケは渡せん。色々諦めるんじゃな」
「……」

 中々に豪胆な振る舞いを見せるヴォレットに、珍しくやり難そうな素振りを見せるシンハ。その雰囲気を感じ取った悠介が話を向けると、シンハは『確かにこの手の娘はやり難い』と苦手意識がある事を認めた。どうも昔のリシャレウスを思い出してしまうらしい。
 
「え、あの清楚で可憐な女王様を?」
「可憐かは分からんが、アレも昔はこんなだった」
「こんなとはなんじゃ」 

 本人を前にして失敬な奴等じゃと御立腹をアピールするヴォレット。苦笑しながらな辺り、本気で機嫌を損ねた訳でもないようだ。最初はギスギスした雰囲気から始まった非公式極秘会談は、一転、ほのぼのした穏かな空気に包まれた。

「リシャレウス女王といえば、ブルガーデンとの会談は延期になりそうじゃな」

 ヴォレットが今朝、父王の所へ挨拶に出向いた折、側近と官僚達がそんな話をしていたという。それを聞いたシンハは、ブルガーデンとの会談延期に反対を示した。ある意味、内政干渉的な発言になるが、今この場では立場を無視した雑談の延長に過ぎない。

 フォンクランクとガゼッタを争わせるノスセンテスの工作、と思われる一連の事件に、ブルガーデン内部の者も関わっていた場合を考慮し、今は全権を握っているリシャレウスとの距離を縮めておいた方が良いと説くシンハ。

「フォンクランクとブルガーデンが蜜月になって、後々困るのはガゼッタではないのか?」
「どうという事はない」
「ふむ、大した自信じゃのう」
「全て想定している事だからな」






 やがて非公式極秘会談の時間も終わり、ヴォレット達は宮殿の地下から地上階へ。悠介はソルザックと共にシンハを外に出られる位置まで案内する。

「お前の計画だと何れフォンクランクともやりあうのか?」
「必要があればそうなるな」

「つーか、前に白族の繁栄は神技人社会の滅亡とか言ってたな」
「それがカルツィオの営みだからな、邪神の役割もそこに含まれる」

 相変わらず確信的な口ぶりに、シンハ達が邪神についてどんな事を知っているのか気に掛かる悠介は、いずれ何らかの形で白族の里にも出向く事になるかもしれないと感じていた。シンハの言う邪神の役割も、自分で真偽を確かめなくてはならない。

「将来敵対するみたいな事も言ってたけど、もしここで捕まるなり何かあったらどうするつもりだ」
「俺がここで果てるならそこまでの男だったというだけの事だ、ガゼッタは次の王を迎えて新たな時代を目指すだろう」

「なんつーか……お前、王様に向いてないんじゃないか?」
「否定はしない」

 何となく、悠介はシンハが自らの意志で行動しているように見えて、その実、与えられた役割をこなそうとしているようにも思えた。シンハの言う白族帝国の復興も、始めから何れ滅ぶことを前提にしたような言い方が引っ掛かる。
 諸行無常を悟ったような言葉を口にしながら、願望成就を目指した積極的な行動という矛盾するような違和感。悠介は国家や邪神云々を抜きにして、何時かゆっくり腹を割って話し合ってみたいと思うのだった。


「では、何れまた会おう」
「おう、またな」

 地下を出て無技人街までやって来たシンハは、そのままサンクアディエットを後にした。




「それでは、また何かあれば呼んで下さい」
「ん、お疲れさん」

 中民区でソルザックと別れ、宮殿に帰って来た悠介は神民衛士隊の控え室に向かう。そこには地下から戻ったヴォレットと闇神隊メンバーにスンも混じって、わいわいと雑談に興じていた。他の衛士達は皆、襲撃事件絡みで出払っているようだ。
 クレイヴォルはブルガーデンとの会談について、延期を取りやめるよう王に進言する為の根回しに席を外している。

「おお、戻ったかユースケ」

「お疲れ様でした、どうぞ隊長」
「ユースケさん、これどうぞ」

 皆で飲んでいるララの実ジュースの入ったコップを差し出すスンとイフョカ。見事にタイミングが被ってしまい、一瞬迷う悠介だったが、微妙な空気が漂う前に両方受け取るという迅速な選択で事なきを得た。

「そういやあ……昨日街で――」

 フョンケが空気を読んでか読まずか、街で聞いた『闇神隊のユースケ隊長』に関する噂話を口にする。曰く、気に入った女の子には神技人、無技人に関係なく片っ端から手を付けている。

「ああ、英雄がなんとかかんとかで、色眼鏡で見られるからなー……」

 曰く、ブルガーデンのパウラを制圧したその日の内に、ブルガーデン精鋭団の女の子を堕としていた。

「まて! その噂流したのお前だろ!」

 曰く、部下も情け容赦なく手篭めにしている。

「してねーし! つか、情け容赦なくってなんだよ」
「最後のは多分イフョカの事ですぜ、露店市場のある広場で噂になってやしたからね」
「なんか公衆の面前で口説いて、怯えるイフョカを強引に連れて行ったらしいじゃねっすか」

 緊急出動命令を受けて悠介を探していた時、イフョカの家に居るという情報を受けて出向いてみたら本当に居たので、昼間の噂の信憑性が増してしまった等と嘯くフョンケ。勿論、本人は別のオチがあると思っている。

「隊長~、力尽くは良くねーですぜ?」
「女の子には優しくしてあげないと」
「ちょっ お前等な」

 悪ノリするフョンケとヴォーマル。エイシャはヴォレット姫の御前で畏まっているのか何時ものキレが無く、シャイードは普段の無口はもとより、こういう話には入って来ない。
 ヴォレットとスンは面白そうに二人の話を聞いているしで、援護の無い悠介は応援を求めてイフョカに視線を送った。

「力尽くだなんてそんなっ 確かに最初は強引でしたけど……でも、隊長は優しかったです!」

 シーン――

 イフョカの『荷物を持ってくれた』とか『黙っていた事を怒らなかった』とか、色々重要な部分が省かれた状況説明という応援は、賑やかな衛士隊の控え室に静寂をもたらせた。

「あー……ユースケよ、遊ぶなら街唱辺りにしておけ、素人は止めておいた方が良いぞ」 

 なんなら唱姫を呼んでやってもよいぞ? と気遣うヴォレット。口の端が笑っていて頬がぴくぴくしている。

「男の人ですから、そういう事に興味があるのも分かります。でも、節度は必要だと思いますよ」 

 と、宥めるように優しい口調で諭すスンは、肩をプルプルさせている。

「お前ら纏めてちょっと待て!」

 今日は珍しく弄られる悠介なのであった。






 フォンクランク領の南に広がる大きな湖の畔で、ガゼッタ軍の兵装を纏った十数人の武装集団が、次の襲撃目標である無技の村を前方に見ながら計画の見直しを迫られていた。

 先日襲撃した村より脱出したフォンクランク貴族と数名の使用人。彼等に放った追撃隊が壊滅したという報告を、一人生き残って本隊と合流を果たした伝達係の風技の民がもたらせたのだが、その内容が問題だった。

「フォンクランクの闇神隊長とガゼッタのシンハ王が手を組んでいるだと……?」
「ちょっと、考えられませんね」

 闇神隊と行動を共にしていたらしい無技の戦士に関して、それがシンハ王だというのは流石に見間違いでは無いかと、武装集団を指揮する隊長は唸り、部下も同意する。だが少なくとも、無技の戦士が闇神隊と共闘した事実は確かなようだ。

 協力者によって筒抜けだったガゼッタ軍の動向に、不透明な部分が出来てしまった。こういった想定外の事態が起きた時、そのまま敵地で活動を続けるのは非常に危険である。

 この事を現場で判断するのは難しいとして、彼等は一旦指示を貰いに本国へ戻る事を決めた。

「つくづく闇神隊の存在は疫病神だな」

 未熟だが『使える兵』だった部下を三人も失い、ヴォーメストは溜め息を吐きながら撤退命令を出すのだった。







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