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本編
3話:ルフク村での生活




「あれがルフクの村じゃよ」

 ゼシャールドが指した道の先には、木造の小屋が密集するように雑然と並び立っている。村民六十世帯、約二百四十人というそこそこの規模の村だ。村の向こう側には広大な平地が広がっていた。

「あそこには無技の民って人達が住んでる訳ですか」
「うむ。さっき話したかもしれんが、ワシはあの村で水技の民として医者をやっておる」

 神技人が支配者としてではなく、住人として無技人の村に住むのは、あまり一般的な事では無いという話も教えつつ、ゼシャールドはここまでの道中で説明した神技人や無技人についての御復習(おさら)いをする。

 大多数の人々は世界を創造した四大神の加護を受ける民、神技人として神の力である神技を宿している。その力を持ってカルツィオの大地に君臨し、世界の隅々まで支配しているのだ。
 神技を宿していない無技人は少数であり、一部では人の姿をした家畜程度に見られている。

「家畜は酷いっすね」
「神技を宿す者と宿さぬ者とには、それ程に力の差があるという事じゃ」

 四大神の神格を軸にした等民制度によって神技人の中でも身分は明確に分けられており、同じ街の中でも住める区域が決まっている。炎技の民が高等神民として最も高い身分にあり、水技の民と土技の民は中等神民、風技の民は低等神民となっている。

「まあ、主に武力としての神技の強い者が上に居るというわけじゃな」
「なるほど」

 悠介にとって未知の世界であるカルツィオの一般常識など、一度には覚えきれまいと配慮したゼシャールドが要点を絞った講義をしてくれたお陰で、悠介もこの世界の仕組みをスムーズに覚える事が出来た。

「大まかに理解したなら、後は生活をしながら追々学んでいけば良い」
「お世話になります……」

 突然喚ばれたこの世界に於いて右も左も分からない悠介は、先程のカスタマイズ能力に関する研究も兼ねて、当面の間ゼシャールドの家で厄介になる事になった。




 ルフク村の周囲には深さ一メートル、幅も一メートル程の溝が掘られていて、村の入り口に当たる部分には丸木を合わせて作られた橋が渡されている。穀物庫などを荒らす害獣除けに掘られた防護溝だ。

 この地方には危険な動物や魔獣の類は居ないので、殆どの村で柵の代わりに溝が掘られている。ちなみに溝の底には篝火や松明にも使われる油木(あぶらぎ)という特殊な性質を持った木の枝が敷き詰められていて、イザという時はこれに火を放って炎の壁を作りだす。

 狩猟と近くの川での漁、森で穫れる木の実などを生活の糧としているルフクの村人達は、時折近隣の村との交流で農作物と交換しあったり、この国の首都である大きな街に毛皮や家畜から取れる毛糸を売りに行く事で稼ぎを得ていた。

 悠介を見た村人達は、黒い髪を持つ見慣れない若者に皆が一瞬ぎょっとした様子を見せるものの、ゼシャールドの客人ならば問題ないと、直ぐに表情を和らげる。悠介はゼシャールドがこの村で相当に信頼されている人物であると認識した。


「ゼシャールド先生! ――と邪神の人……」
「田神 悠介です」

 家に着くなり飛び出して来たかと思ったら扉の裏に隠れるスン。ゼシャールドの家で御手伝いもしているスンは、悠介に対して警戒の念を露わにしつつも、客人用に部屋の準備を整えていた。

「ほっほっ 随分と怯えられておるのぉ。 なんぞしたのかね?」
「なんもしてませんよ」

 とりあえず、ゼシャールドはスンに水桶を用意するように言い付ける。悠介は祠からここまで裸足で歩いて来た為、多少足に擦り傷などが出来ている。汚れを洗い落として傷の治癒をしておく事にした。

「靴はワシの予備を用意しよう。足に合わんかもしれんが……」
「あ、ども。サイズは弄れると思うから、大丈夫ですよ」

 悠介は勧められた椅子に腰掛けると、自分の足の裏を覗き見た。土や小石のめり込んた痕があり、マメは出来ていなかったが所々充血している。『うわ〜』とか思っている所に、スンが水桶を持ってやって来た。

「あー……、ありがとう」
「……」

 肩まで伸びる白い髪を頭の後ろで縛ったスンは、細い見た目の割りに結構力持ちらしく、水の入ったタライのような木の桶を危なげなく悠介の足元に置く。そして遠慮がちに悠介の足を洗い始めた。

 その行動に驚いた悠介は思わず足を引っ込めそうになるが、テレビや映画でこんな感じのシーンがあったのを観たような気もする。ここで足を引っ込めるのは失礼に当たるかもしれない。これがここの常識なのだろうと思い直した。
 少々恥ずかしいのと、くすぐったいのは我慢した。暫し、静寂の中に足を洗う水音だけが響く。


「先生、済みました」

 悠介の足を洗い終えたスンはゼシャールドにそう報告すると、汚れた水を捨てに桶を持って家の外へと出て行った。ゼシャールドは家の奥に荷物を置きがてら、予備のブーツを引っ張り出して来た。

「うむ、どれどれ」

 少し埃を被った茶色のブーツを脇に置いて悠介の足の具合を確かめる。そして僅かに意識を集中させるような動作をすると、悠介の足に出来ていた小さな傷は癒え、充血した部分が正常な状態に戻っていく。

「どうじゃね?」
「凄いですね、治りましたよ」

 ちくちくしていた痛みも完全に消え、足の裏を見ると綺麗なつるつるの肌になっている。これが神技の力かと、悠介は魔法のような癒しの力に感嘆した。

「ふむ、神技の効果はあるようじゃな」
「あ、そうか。効かない可能性もあったんですね」

 中々聡明じゃなと、悠介の反応に頷くゼシャールド。その内心では、こちら側の神技による干渉が可能である事に一先ず安堵を覚えていた。これで悠介が邪神として危険な存在になった場合、神技で対抗出来る、と。

『まあ、危険な男には見えんがのう』

 ゼシャールドの思惑を余所に、悠介は貰ったブーツに触れてチャイムを確認すると、早速カスタマイズを始めていた。






 色とりどりの花束を抱え、ララの実が入った篭を持つ父の傍らをテクテク歩く。時折父を見上げては何事か問い掛け、父はそれに微笑んで答える。何時もの祠へと続く道。何時もの御供えを持っていく日。不意に、父が足を止めた。
 どうしたのかと思い、道の先に目を向けると、緑色の髪をした若い男と、黄色い髪を持つ男が立っている。

 神技人だ―― そう思った瞬間、父に突き飛ばされて道脇の草むらに転がり込んだ。投げ出されて宙を舞う花束に混じって、赤い飛沫が辺りに飛び散る。草むらから起き上がって最初に見えたのは、血溜まりに倒れ伏す父の姿。

 父の名を叫び、駆け寄ろうと走り出すと、突然足元の地面が盛り上がって土砂が襲い掛かって来た。何が起きているのか分からず、必死にもがいている内に冷たいモノがお腹にぶつかり、それは直ぐに焼けるような痛みへと変わった。

 二人の神技人が笑っている。身体から力が抜けて行き、自分のお腹から赤いモノが流れ出ているのを見て、『ああ……自分は死ぬんだ』と理解した。その時、全身に絡みついていた土砂が崩れ落ち、同時に、力の入らない身体も崩れ落ちる。

 道の向こうから、青い髪をした人が走ってくるのが見えた。あの人は知っている。あの人は神技人。だけど、あの人は――

「…………!」

 朝の眩しい陽射しと小鳥の囀りが、先程まで見ていた悪夢の余韻を掻き消していく。溜め息とも安堵とも付かない息を吐き、スンはむっくりと身体を起す。久し振りに見てしまった昔の夢。もう長い間見る事は無かった過去の悪夢だ。

「……きっと邪神のせいだわ……」

 もう一度溜め息を吐いてから、スンは寝床から起き出した。




「おはようございます、先生。 ……ユースケさん」

「うむ、おはようスン」
「おはよー」

 スンが広間にやって来ると、悠介とゼシャールドがテーブルの上に並べた織物や服や靴などを選り分けていた。『服の仕立て屋で身を立てられるかもしれないぞ』と持ちかけるゼシャールドに、悠介は『妥当かもしれないですね』等と答えている。

「よし、実行」

 指を宙に彷徨わせていた悠介がそう言って何かを押すような動作をすると、テーブルの上に置いてある織物やボロボロの古い靴などが光に包まれ、神技人達が身につけるような凝ったデザインの衣服や、新品のように艶のある靴に変わる。
 異世界からやって来たという悠介が宿す邪神の神技。悠介はこの力を『カスタマイズ・クリエート』と呼んでいた。


 ふと、視線を感じて顔を上げた悠介は、スンと目が合った。スンはそそくさと広間を出て行ってしまった。この世界に喚ばれて数日、村の暮らしにも慣れた悠介は、村人達とも時々話をしたりする。しかし、未だスンとは打ち解けあえないでいた。
 知らず溜め息を吐く悠介。そんな二人を見たゼシャールドは、スンが外に出た事を確認してから徐に切り出す。

「悪く思わんでくれ、あの子はちぃとばかし不幸な過去を背負(しょ)っておっての」

 そう言って口元に人差し指を立てつつ『内緒だぞ』と片目を瞑ると、スンが経験した過去の出来事(トラウマ)を話して聞かせた。




「おや、スン。今日は先生の所に居なくていいのかい?」
「バハナおばさん……。 うん、先生はユースケさんの神技研究で忙しいみたいだから」

 木の実を穫りに森までやって来たスンは、そこでよく知った親しい隣人に声を掛けられた。昔スンが父と暮らしていた家の近所に住む妙齢の女性。彼女はスンの事を小さい頃から知っていて、スンの身の上を心配してよく気に掛けてくれる。

 自身も夫を早くに亡くしており、表向きには狩り中の事故という事になっているが、その実、神技人の戯れで殺された事を知っていた。神技人絡みで父親を亡くしたスンの気持ちは、痛いほど分かるのだ。スンは神技人の若い男にトラウマを持っている。

「まだ、慣れないのかい?」
「……いい人だって事は分かってるの、でも……どうしても怖いの……」

 スン自身、悠介に対する態度や気持ちには、自分の心に問題がある事を分かっている。しかし、幼少の頃に刻み付けられた神技人に対する恐怖は簡単には拭えない。ゼシャールドからは、悠介は神技人ではないらしいと聞かされている。

 それでも、あの力は神技そのモノであり『邪神の祠』とも呼ばれる『無技の祠』から現われた異世界の神技人。この世界に『邪神』として喚ばれた、言わば『邪神技人』であると認識してしまう。

「まあ、急ぐ事はないさ。ゆっくり時間を掛けて、少しずつ何かお話でもしてみなさいな?」
「うん」

 朝の挨拶くらいは出来るようになったのだ。少しずつ慣らして行けば、普通に接せられるようになるかもしれない。

『今度、お料理の味はどうかとか……聞いてみようかな』




 スンが村近くの森で親しい隣人と話しながら木の実を穫っている間、ゼシャールドの家ではスンの過去を聞かされた悠介が唸っていた。一般常識として説明されたダケでは今ひとつ実感の湧かなかった神技人と無技人の関係が、よく分かる話だった。

「その二人はどうなったんです?」
「ワシの口封じを目論んだのでな、一人はその場で仕留めたが、風技の民の方には逃げられたのう」

 ルフクの村は今もそうだが、昔はこの地方にも支配者として管理する神技人の居ない無技の村が幾つか存在していた。
 所有主を持たない無技人はしばしば野生動物と同じ程度に扱われる場合がある。力を覚えたての若い神技人の中には、そういった無技人達に対して神技の力試しと己の享楽の為に、誰に憚る事なく無体を働く者もいるのだ。

 スンとその父親を襲った若い神技人は、駆けつけたゼシャールドを見て彼の所有物を許可無く殺めてしまったかと勘違いをした。
 水技の民であるゼシャールドは、土技の民とは同じ中等神民ながら、土の神:ザッルナーと水の神:シャルナーでは、シャルナーの方が神格が高く、その関係から土技の民より上の身分にある。風技の民は低等神民なので神技人の中では一番身分が低い。

 上の身分にある者の所有物を勝手に殺めたとなると、神民裁判では一方的に裁かれる事になる。窃盗罪で極刑か、財産没収の上奴隷の身分に落とされるかもしれない。それを恐れた彼等はゼシャールドを亡き者にしようとした。
 ゼシャールドの神技は治癒系の水技だが、熟達した治癒の力は使い方次第で肉体を破壊する効果ももたらせる。

「風技の民は伝達や移動に優れておるからな、土技の民の血管をちょいと絞めてやってる隙にまんまと逃げられてしもうたわい」
「怖い話ですね……」

 同時に酷い話だと、悠介は憤る。何処の世界にもそういう輩は居るものなんだなぁと遣り切れない気持ちになるのだった。

「お主の住んでいた世界にも、そういう輩は居るのかね?」
「まあ、変な奴は偶に居ますよ、でも人を動物扱いとかは今は先ず考えられないですね」

 少々行き過ぎた所も見られるが、人権尊重という風潮があるので殆どの国で人々の人権は守られる傾向にあるという悠介の世界の話に、ゼシャールドは『良い所じゃなぁ』と、色々な感情が籠もった表情で頷いた。


「少し長話になったのう」

 テーブル上の荷物を一旦片付けると、ゼシャールドは街へ売りに行くモノを纏め始める。荷造りを手伝っていた悠介は、椅子の上に置かれている丈夫そうな袋の口から緑色の物体が飛び出しているのを見つけた。
 椅子の下にも棒状の物体が一本落ちていたので、なんだろう? と拾い上げてみる。

 キンコーン

 宝石のような半透明の物体。人差し指くらいの長さで、五ミリ程の厚さ。鉛筆を思わせる六角形をしている。両端は平らだ。

「ん? ああ、それは晶貨(しょうか)じゃよ。その袋はワシの財布じゃ」

 非常に硬い物質で出来た棒状の貨幣『晶貨』。カルツィオ全域に流通している晶貨は、炎技の民と土技の民によって作り出される。光を凝縮して()られると謂われており、製造法は門外不出。

 この国の首都でもあるカルツィオで最大規模の街『サンクアディエット』。その街に王族として君臨する炎技の民の一族が、晶貨の造幣を管理している。

 やはり四大神にちなんで四種類の晶貨があり、其々色によって価値が決まっているのだが、赤いヴォルナー晶貨一本は青いシャルナー晶貨五本、黄色いザッルナー晶貨で十本、緑のフョルナー晶貨だと三十本分の価値がある。

「ややこしい……」
「ほっほっほっ 後々の為にも覚えておいた方が良いぞ」

 悠介は緑色半透明のフョルナー晶貨を光に翳して覗き込みながら、コレに触れた時にもチャイムが鳴ったので『弄れるのか?』とカスタマイズ・メニューを開いてみた。

 晶貨袋(さいふ)に一本だけ混じっていたヴォルナー晶貨を拝借し、そのパラメーターを見ながらフョルナー晶貨と見比べると、一つの部分が違っているだけで殆ど同じパラメーターになっていた。

 同じ種類の晶貨でも微妙に違っている部分はあるが、そこは誤差の範囲なのだろう。精密機械のようにぴったり同じモノが作られる訳ではないようだ。

「……実行」

 悠介の手に乗せられたフョルナー晶貨が光に包まれ、エフェクトが収まると、そこには赤い半透明のヴォルナー晶貨があった。

「ちょっと待て、お主!」

 ガタンッと椅子を鳴らして立ち上がったゼシャールドが、慌てて周囲を見渡している。今この広間には悠介とゼシャールドの二人以外、誰も居ない。悠介は『不味かったですかね?』等と声を潜めながら、カスタマイズした(ヴォルナー)晶貨を渡す。

 変化した晶貨は確かに本物だ。炎技の民と土技の民の高位職人によって造幣される晶貨は、偽造など通常は出来ない。商売をする土技の民の神技による鑑定は決して欺けない。が、これは紛れも無く本物である。

「……よいか、ユースケ」

 誰にも言ってはいけない。人に見せてもいけない。所で、ここにフョルナー晶貨が八本あるのだが――


 今日の昼下がり、ゼシャールドの晶貨袋(さいふ)にあったフョルナー晶貨八本が何処かに消え、何故かヴォルナー晶貨が八本ほど増えていたそうな。

 不思議な事もあったモノである。







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