ソルザックを闇神隊の部下に加える事が正式発表されると、闇神隊長に認められれば民間人からでも闇神隊にスカウトされるという噂が街や宮殿を駆け巡った。
その影響で悠介が街に降りる度に自身の売り込みを試みる者が後を絶たず、下々の声を聞いて回る任務に少しばかり支障が出てしまった為、ヴォレットの計らいによって下街巡回は暫く休止になっている。
「むむう、歯車を組み合わせた変速機構ですか……これは面白い」
五日程が経過して騒ぎも下火になった頃、悠介は簡単なギヤボックスの試作品を持ってソルザックの店を訪れていた。悠介は特別こういった機械の構造に詳しい訳でもなく、精々がプラモデルやラジコンカーの分解で仕組みを知っている程度である。
「組み合わせと仕掛け次第で逆回転とかも出来る筈なんだけど、俺もそこまで詳しくないから」
「分かりました、是非研究させて貰いましょう」
小物作りも手掛けていたソルザックは悠介の作る実験製品に深い関心を示し、動力機関の開発にも協力する事になった。ソルザックが精製した上質の素材を使い、悠介が形を作りながら概念を伝え、それをソルザックが再現して研究開発を行う。
必要な材料は問題なく手に入り、部品は悠介もソルザックもイメージ通りのモノを作る事が出来る。動力の大元となる実験モーターは『謎の力』によって永久機関の如く動き続けるので、朝から晩まで好きなだけ研究し放題という環境が出来上がった。
「最終的には衛士隊馬車と同じ位の速度で走れる動力車とか目指したいね」
「おおう、それは素晴らしい! 実に革新的発想だ」
悠介が提唱する新しい乗り物の開発に、未知のモノを研究するのが趣味であるソルザックは大いに乗り気だった。
低民区の街角を無技人の清掃集団が掃除道具を持ってぞろぞろと移動している。彼等を率いる監督役の担当衛士は、街を行く住人達の様子を観察しながら、最近発生した無技の村襲撃事件の影響を探っていた。
フォンクランク領内で無技の村を所有している者は、宮殿関係者のみならず一般商人達の中にもいるので、流石に情報の流出は抑え切れない。ガゼッタ軍による無技の村襲撃について話が広がると、そこから先日のパウラ戦での出来事が知れ渡り、民の間からも早速ガゼッタを懲罰すべきではという声が聞かれ始めていた。
領内の無技人に対する不審感は今のところ見られない。長年の安定した関係と実際に無技の戦士が持つ高い戦闘力や、無技人は総じて神技人より身体能力に優れているなどの事実が知られていないので、危機感も薄いのだと思われる。
ソルザックの店を後にした悠介は、無技人の清掃集団が活動している様子を横目に露店市場へ向かっていた。そろそろ他の宮殿衛士隊に新しい神技の指輪を用意する時期なので、適当な指輪を購入しに降りて来たのだ。
予め大量に買い込んでおいても良いのだが、どうせなら下街巡回の一環に組み込んで買い物と一緒に任務を行うようにすれば、店員と顔馴染みになって相手の口も軽くなりそうだという思惑もあり、毎回新しく購入する事にしている。
品物の相場もある程度の把握をしておけるというメリットもある等、色々と打算的な理由も含んでいた。
『お? イフョカだ、今日は非番か』
材料にする安物の指輪を購入し、適当に露店を見ていた悠介は、人込みの中に何時ぞやの私服姿なイフョカを見掛けた。大量の食糧を買い込んでいるらしく、大きな籠を抱えてヨタヨタと通りを横切っていく。どうにも見ていて危なっかしい。
「イフョカ」
「はい? っ! た、隊長!」
何処かボンヤリとした雰囲気で振り返ったイフョカは、声を掛けて来た相手が悠介だと分かると、途端に慌てたような表情を見せる。そして、何故か訊ねてもいない荷物の事について、まるで釈明するかのような説明を始めた。
「ちょ、ちょっと買い物に来てただけで、ですっ これは、し、食糧が入用で!」
「そ、そうか……。 えっと……重そうだし、家まで運ぶの手伝おうか?」
「っ! いいいえっ だ、だいじょーぶですから!」
あからさまに焦りを見せつつヨタヨタと後退って行くイフョカの様子に、激しく違和感を覚えた悠介はズズイと詰め寄った。あうあう言いながら後退るイフョカは、やがて路地の壁に追い詰められる。
後退出来なくなったので横に逃げようと壁伝いに身体をずらすイフョカを、壁に手をついて逃がさないようにロックオンした悠介は、揺れる翠色の瞳を覗き込むように顔を寄せると――
「イフョカ……」
「は、はい」
「……変だぞ?」
「ぁぅ……」
一体何をそんなに焦っているのかと、問い詰めようとする悠介の背後で、露店市場の喧騒に訝しむような声が混じる。
ヒソヒソヒソ……――あれって闇神隊の隊長だよな――あんな小さな女の子を口説いてるのか?――いや、あの子も確か闇神隊の関係者だった筈だ――え、じゃあ部下を手篭めに――そういえば、ヴォレット姫様にも手をだしてるとか――英雄色を好むんだなぁ――でも小さい子ばかりだな――……ヒソヒソヒソ。
「ちっがーーう!」
露店市場を行く街の人々の声を聞いた悠介は、彼等に向かって魂の叫びを放った。そしてイフョカの荷物を半分ひったくるように持つと、彼女の手を引いて速やかに路地を抜けて行くのだった。
「あの……隊長」
「んー?」
夕日に染まる無技人街の通りまでやって来た二人は、イフョカの家に向かう道を歩きながらポツポツと言葉を交わす。あからさまにおかしかった態度を悠介に問い詰められ、イフョカはおずおずとその理由にある隠し事について白状した。
「本当に、大丈夫なんでしょうか……? お父さんも、お母さんも……もうだいぶ歳ですし」
「心配しなくてもアイツはそこまで外道じゃないと思うよ、いきなり人質に取るような真似はしないさ」
そんな話をしながら歩くこと暫く、悠介は以前にも訪れたことのあるイフョカの実家に到着した。不安げな表情を見せるイフョカに、悠介は頷いて励ます。
「お母さん、ただいまー」
「お邪魔しまーす」
「お帰りイフョカ、早かったね」
「いらっしゃい、おや? この前の隊長さんかい?」
入り口の布扉を捲って家に入ると、イフョカの両親が出迎えてくれた。悠介は運んで来た荷物を床に降ろして一息ついてから、部屋の奥で構えていた大剣を壁に立て掛けて寛いでいる件の人物に歩み寄り――
「くらっ シンハ!」
「ユースケか」
拳骨を落とそうとして空振りした。
「ユースケか、じゃねーよ。なにやってんだお前は」
「諜報だ。この国は相変わらず出入りが楽だな」
悠々と拳骨を回避したシンハは、しれっとそんな事を口走る。護衛も連れておらず、単身で乗り込んで来ているらしい。
「王様が一人でスパイしてんなよ」
「ふっ 俺にとってはこの程度、どうという事はない」
実際一人の方が動き易いというシンハは、ガゼッタの戦士養成施設村を出立して三日目となる昨日の夜、ここサンクアディエットの外周に並ぶ無技人街に入り込んでいたのだ。
これはフォンクランクの警備がザルだったという訳ではなく、神技の波動を持たない無技人ならばこその結果である。気配を消した無技人が闇夜に紛れて近付けば、並みの神技人では気付けない。相手が訓練された無技の戦士ともなれば尚更だ。
「で、なんでまたイフョカの家に転がり込んだんだ?」
イフョカが神民衛士で且つ、シンハの正体も知っている以上、少しでも危険を減らそうと思えば、自分と面識の無い人間の多い場所へ行くのがセオリーではないかと問う悠介に、シンハは『彼女が俺を衛士隊に突き出すとは思えんのでな』と笑って答える。
それはどういう事かと悠介に視線を向けられたイフョカは、ビクリと肩を震わせた。
「ああああの、私っ 両親が! だって、恩人だしっ それでっ 隊長になら! って思ってて、でも、いきなりだったからっ」
「ふーむ……なるほどね、そういう事か」
噛み捲りなイフョカの弁解内容を正確に把握してみせる悠介。
「今のを読み取れるのか……それも邪神の力なのか?」
「……ノベルゲーマー舐めんなとだけ言っておく」
イフョカにとって、シンハは両親を助けてくれた命の恩人でもある。
最近フォンクランク領内で起きている無技の村襲撃事件について、ガゼッタは無関係であることを明言した上で事件の調査に出向いてきたというシンハを、イフョカは少しの間だけならと匿う事を約束した。
この事を『ユースケ隊長』にだけはこっそり知らせておこうと思っていたイフョカだったが、何と言って説明すれば良いのかを考えている所へ突然その本人が現れたモノだから、イフョカは気が動転してしまったのだ。
「お前のトコ(ガゼッタ)の勢力は完全に把握出来てるのか?」
「一応はな。俺と主義主張を違える者こそいるが、こんな馬鹿げた行動をしでかす奴は居ない」
ガゼッタの調査隊も被害を被っており、生還者の証言ではブルガーデン領を横断中にフォンクランク軍と思しき部隊に急襲されたとの事だった。側近達はフォンクランクの陰謀を疑っていたが、シンハはあのエスヴォブス王に限ってそれは無いだろうと確信している。それには悠介も同意した。
「ブルガーデン領って所に引っ掛かるなぁ」
「言っておくが、リシャもそんな手段を取れる玉ではないぞ?」
「タマ呼ばわりかよ、つーか俺もあの女王様がそんな事命令するとは思ってないよ」
「では……イザップナー派の残党辺りか……?」
悠介とシンハが襲撃者の正体や目的について話し合っている間、イフョカは両親と共に夕飯の支度を始めていた。そこへ、新たな客人が現れる。『訊ねて来た』というよりも『出現した』という表現がしっくり来るような現れ方をする緑髪の若い男。
「こんばんわぁ、ユースケ君はいるかなー?」
「!っ」
イフョカは驚きのあまり硬直した。慣れ親しんだ風技の波動を全く感じさせず、これほど近くに現れたレイフョルドを前に、声も出せず固まっていたが、ぽんっと背後から肩に手をおいた『ユースケ隊長』が纏う独特の波動を感じて、緊張が少し解れる。
「あ、脅かしちゃったかな〜?」
「久し振りだな、自称森の人」
「森の民だよー」
どうでもよさ気な挨拶を交わす悠介とレイフョルドを、シンハは見た目の姿勢はそのままに、内面では臨戦態勢を取りながら、油断なく眺めていた。壁に立てかけてある大剣との距離が先程より短い辺りに、警戒の深さが現れている。
レイフョルドはシンハの存在を気にする素振りも見せず、悠介に重要なお知らせがあると告げた。
「ガゼッタ軍っぽい武装集団が、フォンクランク領内を移動中みたいなんだよねぇ」
顔を見合わせる悠介とシンハ。その集団が向かっている方角には、そこそこ規模の大きい無技の村がある。名門ヴォーアス家が所有するその村には今、家督でもあるヒヴォディルが視察で滞在している筈だという。
「そういやアイツ、そんな事言ってたな……」
「その村にいるヴォーアス家の私設軍衛士に連絡を取ろうと試みたんだけど、風技の伝達が届かないんだよね」
「まさか、妨害されてるとか?」
どうやら、そのまさからしいという事で様子を調べに衛士隊を出したいのだが、生憎と今はフォンクランク領内の彼方此方へ、被害の有無を確認する任務に出向いているので『使える』衛士隊が残っていない。
「そこで、闇神隊の出番という訳なんだよ」
「じゃあこれは、ヴォレットからの出撃命令か」
悠介の問いに首を振って応えたレイフョルドは、相変わらず何を思っているのか読み取れない表情を向ける。
「姫君にはこれから知らせるよ、今回はエスヴォブス王からの緊急出動命令だね」
そう言ってレイフョルドが布扉を指し示すと、勢いよく布扉が捲り上げられ、神民衛士隊の装備に身を固めたヴォーマルとフョンケが飛び込んで来た。
「隊長! 出撃命令ですぜ!」
「うーっわ、ホントにイフョカのとこに居たよ……」
既に陽は沈み、カルツィオの大地に夜の帳が訪れようとしていた。
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