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36話:陰謀の影




 翌日、悠介が任務に出ようと部屋を出ると、丁度ヴォレットがスンを連れてやって来た。

「おうユースケ、今から街へ出るのか?」
「ああ、まあね」

「おはようございます、ユースケさん」
「おはよう、スン。朝っぱらから連れまわされてんのな」

 二人と挨拶を交わした悠介は、相変わらず紐を付けた『空飛ぶお皿』を頭上に浮かべて持ち歩いているヴォレットと、その後ろに付き従うように歩くスンを見て苦笑する。ヴォレットは何時もの紅いドレス。スンは何時かの白いドレスを纏っていた。

 ヴォレットがスンと一緒にいるのは単に仲良しであるという理由の他に、悠介が任務に出ている間、ヒヴォディルも宮殿に居ないのを見越してご機嫌取りに群がってくる婚約者候補組を躱す意味もある。

「今からスンの弓捌きを見せて貰おうと思ってのう」
「まだ覚えたばかりで、人に見せられるような腕じゃないんですが……」

 闇神隊メンバーから聞いたらしく、スンの持つ弓に施されている特殊効果とやらを見たいというヴォレット。普通の弓と射比べて、どのくらい命中率が上がっているのか確かめるのだそうな。ヴォレットも嗜みとして少しくらいは弓を扱える。
 衛士隊の訓練所に行く途中、とある用件を済ませる為に悠介の部屋を訪れたのだ。

「それはいいけど、その格好で弓使うのか?」
「まさか、ちゃんと動き易い服に着替えるぞ?」

 態々スンと自分のドレス姿を見せに来てやったのだと、ヴォレットは薄い胸を張る。その隣で、やっぱり広めに開いた胸元を気にしてか、さり気無く隠そうとする仕草を見せるスンに萌える悠介だった。

「で、本題じゃが、ユースケがこの前言っておった"ギアボックス"とやらの材料じゃがな――」

 中民区に質の良い素材を扱う店があるので、自分で適当に見繕って来るようにと宮殿支払いの明細書を差し出す。

「使いの者をやっても良いのだが、素材は使う本人が見定める方が一番良いじゃろう?」
「そうだな、実際に触って確かめないと分からない事もあるしな」

 悠介の場合、別段そういった素材に関する知識がある訳でも無いので、モノに触れてカスタマイズメニューで確かめなければ、素材(モノ)の良し悪しなぞサッパリなのである。
 カスタマイズ能力は既に形としてあるモノを加工する事は得意だが、鉄鉱石などからソレに含まれている一定量の鉄材を精製するような工程を行うのは難しい。
 
「ほんじゃ、行ってくるわ」

「うむ、お前の言う乗り物が一日でも早く作られるのを期待しておるぞ」
「いってらっしゃい、ユースケさん」






 中民区に下りて来た悠介は早速土技の素材店を探して通りを歩く。低民区に比べると道幅は若干狭いが、小奇麗な装飾が施された柵が並び、建物もそこそこ大きな屋敷ばかりだ。
 通行人も少なく、時折巡回をしている衛士隊と擦れ違う。閑静な高級住宅街といった雰囲気だった。

「ここかな?」

 何軒か店が建ち並ぶ通りに入り、比較的こじんまりとした素材店の前に立つ。各店舗の前にはサンプルらしき角石や、ブロック状のガラスっぽいモノが飾られ、この店の前には鉄の塊が置いてある。
 それに触れてカスタマイズメニューで調べてみると、中々上質の鉄である事を示すステータスが表示された。

「こんちはー」

 扉を開けて店に入ると喫茶店などでもよく聞かれる鐘の音がカランコロンと鳴り響き、奥に居るであろう店主に来客を告げた。

「はいはい、いらっしゃ――って、あーー!」
「あれ? ソルザックさんじゃないか」




 素材店の主は、亡霊騒ぎで知り合った道楽研究家のソルザックだった。
 地下が閉鎖されて暇になったソルザックは、そろそろ懐も寂しくなり始めていたので本業に戻り、余っていた資金で鉄鉱石を買い付けては鉄を精製して鍛冶屋に売り込むなど細々とした商売を続けていたそうな。

「小物を作ってるんじゃなかったっけ?」
「ああ、元々はこちらが本業なのだよ。小物加工は例の展望塔の土産物で味を占めてね」

 最近は同業者も多く、以前ほど儲からなくなったので堅実に精製業へ戻ったのだとソルザックは語る。

「ふーむ、もしかしてソルザックさん土技の腕利き?」
「私より腕の良い職人も当然いるのだろうけど、少なくともサンクアディエットにおいては誰にも負ける気はしないね」

 そう答えたソルザックに虚勢や驕りたかぶる気配は無く、寧ろゼシャールドが纏う実力に裏打ちされた自信のような空気を感じさせる。悠介は少し考え込むと、思いついた事があったので一旦宮殿に引き上げることにした。

「後でまた来ます」
「そうかね。暇にしてるんで何時でも来てくれたまえ」




 宮殿に戻った悠介は訓練場に出向いて弓の射比べをしているヴォレットとスンの所へやって来た。丁度休憩していたらしく、二人は隊服をもっとシンプルにしたようなデザインの服を纏ってテーブルで向かい合いながらお茶を飲んでいた。

「あら? ユースケさん」
「ん? どうしたユースケ、早かったな」

「ああ、実はさ――」

 悠介は優秀な土技の使い手によって精製される良質の鉄材確保に、ソルザックを専属土技師として雇えないかと考えた。その事をヴォレットに相談しようと戻って来たのだが、それなら部下として闇神隊に組み込めとの返答に思わず聞き返す。

「え、いいのかそれ」
「本人の意思次第じゃがな、お前は闇神隊長として宮殿衛士隊の一角を担っておるのじゃ」

 その闇神隊は現状で部下が神民衛士隊員たった五人しかいない。そのままで良い筈も無かろうとヴォレットは続ける。

「何れお前の耳にも入ることゆえ、良い機会じゃから教えておくが、闇神隊に入りたがっている者は実は結構居るのじゃ」

 宮殿衛士隊の中にも闇神隊に枠があるならと転属願いを申し出ている者が居るらしい。炎神隊、水神隊、土神隊、風神隊は其々神技の属性が合っていなければ所属出来ないが、闇神隊はその辺りがバラバラなので各隊から希望者が出ているそうな。

「ま、どいつもこいつもお前から賜る装備が目当てなんじゃろうがな」
「あ〜なるほどなぁ」

 そういう事も踏まえて、ヴォレットは今後、悠介が欲しいと思う人材があれば自らスカウトして部隊に組み込んでも良いと許可を出した。スンがちらっと悠介の顔を窺ったが、直ぐに視線を戻したので気付かれる事は無かった。




 その後、再びソルザックの店を訪れた悠介は大まかな事の次第を告げると、闇神隊の専属土技師として所属する気は無いか持ち掛けた。

「なんとっ 私を宮殿衛士隊にですと!」
「つっても、神技兵の立場からになるって言ってたけど」

 ソルザックは一般神民なので、有事の際に徴兵される神技人の兵『神技兵』に民間技師として取り立てられてから、闇神隊に組み込まれる形で所属させる事になる。

「構いませんとも! 構いませんとも! 宮殿衛士隊、それも噂の闇神隊に所属できるなんて、なんたる幸運!」
「そ、そっすか……。 んじゃ、この契約書にサインを」

 嬉々として契約書にサインを入れるソルザック。これにより、闇神隊に最も効率よく悠介のサポートを行える人材が確保された。






 ガゼッタの山岳地帯に点在する戦士養成施設を兼ねた幾つかの村。その一つに滞在中の白刃騎兵団は、本拠地から届けられた報告について話し合っていた。

「フォンクランク側の陰謀だと?」
「その可能性が高いかと」

 あの王に限ってそれは無いだろうと、側近からの報告に頭を振るシンハ。
 フォンクランク領の騒ぎを受けて調査に向かわせた隊からの連絡が途絶えた翌日、帰還した調査隊員の報告はブルガーデンの領内を横断中にフォンクラン軍と思わしき部隊から急襲されたという内容だった。
 ただ一人生き残ったその調査隊員も、強力な炎技によるモノと思われる火傷を負っており、報告を終えると同時に意識を失ったので水技の治癒を受けさせている。

 国内から今後不穏分子となり得る無技の民を減らす為、ガゼッタに流れないようにする為に、ガゼッタに靡かないものを処刑するという名目でガゼッタ軍が襲撃しているように装ったフォンクランクの陰謀ではないか、というのが、側近達の意見だった。
 だが、シンハはその考えには懐疑的だった。エスヴォブス王の人格者ぶりは邪神探索の旅でフォンクランク領を旅した時に感じ取っている。ブルガーデンから殆どなんの利権も取らずにあの御老体を引き揚げさせた所から考えても、そんな謀をするとは思えない。

「もっと詳しい情報が必要だ」
「ですが、今は密偵の殆どをノスセンテス攻略に向けています」

 ノスセンテスに潜入させている諜報部隊を今動かす訳にはいかない。だが事態は深刻だ。

「このまま問題を放置する事はできんな……副長、暫く全軍の指揮を預ける」
「陛下、まさか……」

 シンハはフォンクランク領がある方角の空に視線を向けながら白刃騎兵団の鎧を外すと、白金の大剣を背に担いで馬に跨った。

「暫く留守にする!」

 再び無技の旅人となったシンハは、慌てて止めようとする側近を振り切り、一路フォンクランクへと旅立った。