悠介達がルフクの村に到着したのは夜も更けようかという頃だった。村同士の交流による情報網でガゼッタ軍を名乗る武装集団の暴挙は伝わっているらしく、防護溝の内側には等間隔に篝火が設置され、見張り役のおじさん等が立っていた。
「先生」
「うむ、やはり来たかユースケ」
ゼシャールドは今回の事態で悠介がスンを心配して迎えに来るであろう事を予測していたようだ。
スンは既に荷物の整理も済ませてある。悠介達はスンを保護すれば直ぐにとんぼ返りで街へ戻る予定だったのだが、休憩がてら今回の騒動についてゼシャールドの意見も聞いておこうと、少し話をして行く事になった。
夜遅いにも関わらずバハナもゼシャールドの家に顔を出して夜食などを作ってくれたので、ベルーシャが慣れない手付きで淹れたお茶を啜りつつ、バハナが用意してくれた夜食のフライを皆で齧る。
「今回の事、ユースケはどう思うね?」
「んー、正直よく分からないですけど……本当にガゼッタ軍の仕業なのかなーと」
「ふむ……確かにあの覇王がやりそうには思えんの」
「あいつは、世界中の無技の民をガゼッタに呼び込もうとしてるみたいなのに、これじゃ逆効果になる」
それが分からない程お馬鹿では無いだろうと語りながらお茶を啜る悠介。その言い方が面白かったらしく、スンがくすりと笑った。
ゼシャールドも襲撃はシンハが指示したものでは無いだろうという考えだったが、実際に襲撃を実行した部隊がガゼッタ軍か否かはまた別の話なので、ガゼッタ内にシンハとは別の思惑で動く勢力がいる可能性も考えられる。
「どちらにせよ、被害が出てしまった以上、只事では済まされんのう」
「ですよね……」
とりあえず現状は各村々と頻繁に連絡を取り合いながら、衛士隊を派遣するなどして自衛策を取るしかないだろうと、当面の方針を纏める。エスヴォブス王からガゼッタへの抗議などは、今の段階では決まっていない。
休憩を終えて闇神隊の部下達が街に戻る準備を始める中、悠介は持って来た腕輪と指輪をゼシャールドに差し出す。神器作りで没になったモノだが、ブルガーデンに渡った神器の三分の一くらいの能力補佐効果が付与してある。
「ルフク村は優遇処置で警備の衛士も配置されるとは思うんだけど、一応」
「ほう……これはまた。うむ、ありがたく使わせて貰うとしよう」
ゼシャールドは受け取った一対の腕輪と指輪を其々片方づつ、ベルーシャにも渡して装備した。ゼシャールドが装備した方には水技の増幅効果や体力増幅効果が付与されてあり、ベルーシャが装備した方には神技耐性や物理耐性の効果が付与されている。指輪は治癒効果と解毒効果だ。
「ペアルックすかー」
「うん? なんじゃね、それは」
何でもないですと微妙な笑みを贈りながら悠介は出発準備を整えている宮殿馬車に向かった。
「スン、これを持って行きな」
「バハナおばさん、いいの?」
ゼシャールドの家の前では、バハナが手製の弓をスンにプレゼントしている所だった。
実はこの数日間、スンはバハナに弓の扱いを学んでいたのだ。力の指輪の効果もあってか弦を引くだけなら問題なく、後は的に命中させられるよう練習を重ねれば、狩りくらいは出来るだろうといった具合らしい。
「そんな事してたのか……」
「はい、少しでもユースケさんのお手伝いが出来ればと思って」
スンは自分が悠介の足手纏いになる事を恐れて、戦う術を学ぼうと考えていたようだ。悠介としてはスンを戦いの場に立たせること自体、想定外の事であり、内心複雑な気持ちであった。
しかしそれは、スンに対する庇護すべき『か弱い存在である』という自身の思い込みが為せる感情である事にも気付いていたので、ここはスンのやる気を応援すべきかと気持ちを切り替える。
「まだ全然、的に当てられないんですけどね」
「ふむ……ちょっとその弓貸してみ?」
『バハナの弓』を受け取り、カスタマイズメニューで性能を確かめる。木製の中々しっかりした作りをした極普通の弓。
レア度が低い為かカスタマイズ出来る範囲も小さく、シンハの大剣に施したような使い減りしない効果等は付与不可だったものの、とりあえず命中補正を上げてみた。カスタマイズ反映のエフェクトが弓を包み、キラキラと光の粒が舞い消える。
「これでどうかな?」
「えーと……?」
返された弓を受け取りながら小首を傾げるスン。悠介に適当な的を狙って射るよう促がされたスンは、バハナから『じゃあ、あそこの実を狙ってみな』と、家畜小屋近くの木に生っているララの実を指し示され、ララの実どころか指定された木に当てるのも無理なのに~と思いつつも矢を番えた弓を構える。
『あ……凄く安定する』
狙いがぶれずぴったり定まる感覚に、スンはララの実を射抜くイメージを明確に描くことが出来た。
そうして放たれた矢は見事ララの実を貫き、枝から実をもぎ取って小屋の壁に突き刺さった。家畜小屋の柵の中で寝ていたモーフが驚いて飛び起き、暫しキョロキョロしていたが、矢の刺さったララの実を見つけると嬉しそうに齧り付いてモシャモシャし始める。
「あ、当たっちゃった」
「へぇ~、凄いじゃないか。今のもユースケの力なのかい?」
「俺はちょっと武器の命中率を上げたダケだよ」
事も無げに言う悠介だったが、視界の悪い夜間にそこそこ離れた場所の木に生る実を射抜くなど、今のスンの腕では無理な芸当をやってのけさせたのだ。
「隊長が居れば訓練兵と安価な弓を揃えるだけで、熟練兵並の働きをする部隊が作れるな」
「ガゼッタが欲しがるわけだぜ」
自分達もその恩恵を受ける立場にあるシャイード達は、悠介の神技による効果を客観的に見せられた事で、改めてその力の大きさを実感するのだった。
「じゃあ、何かあったら直ぐ連絡して下さい」
「うむ、街に居るとて油断するでないぞ?」
「ちゃんとスンを守っておやりよ?」
「勿論ですよ」
ゼシャールド達に見送られながらスンを連れてサンクアディエットに帰還する悠介は、何時か良い弓でも作ってプレゼントしようか等と考えながらルフクの村を後にする。闇神隊一行を乗せた宮殿馬車が深夜の街道を駆け抜けて行った。
「さて、ワシらも一休みするかの」
「……はい」
「先生たちは、街に呼ばれたりしないのかい?」
「ワシャ隠居しとる身じゃからの、今更呼ばれる事もなかろうて」
例え呼ばれても村での生活を優先するというゼシャールドに、バハナや近くで会話に耳を傾けていた見張り役のおじさん達は挙って安堵の気持ちを持つのだった。ゼシャールドはこの村にとってなくてはならない存在なのだ。
『……然りとて此度の由々しき事態、エスヴォブスに泣き付かれれば動かぬ訳にもいくまい。――ユースケはどう動くかのう』
――深夜、闇神隊一行を乗せた宮殿馬車はサンクアディエットの街に入って最初の区画門を通過した。
街はひっそりと静まり返っており、住民は皆寝静まっている事が窺える。所々に見える明かりは、朝まで営業している酒場や娼館の明かりだ。その周辺だけ人影がちらほら見えている。
「夜の街って、なんだか寂しい感じがしますね」
ちょっぴり眠そうな様子のスンは、静まり返ったサンクアディエットの通りを見てそんな感想を口にする。昼間が賑やかな分、よけいにそう感じるのだろうなと悠介も同意した。
悠介達が宮殿に到着すると、馬車乗り場はこんな夜更けにもかかわらず煌々と明かりが焚かれ、衛士隊馬車や個人の所有する馬車などが引っ切り無しに出入りしており、皆慌しく走り回っている。
「バタバタしてるなぁ」
「流石に、村一つ壊滅してやすからね」
ブルガーデンが仕掛けていたような挑発とは内容の質も被害の度合いも違う。今の所は生存者の証言以外にガゼッタの仕業であるという明確な証拠も無い為、とにかく情報を集める事に奔走している状態だ。
「やあ、ユースケ」
「ヒヴォディル……?」
悠介達が馬車を降りて宮殿に入ろうとしている所へ、実家の使用人らしき供を連れたヒヴォディルが何時もの炎神隊服姿ではなく、如何にも『お貴族様』っぽい格好で現れた。聞けば今からヴォーアス家の所有する無技の村を視察に行くらしい。
「こんな夜中じゃ村人も寝てるんじゃないか?」
「僕の所は私設軍衛士を置いてあるからね、応対するのは彼等さ」
今後に備えて私設軍衛士の増員も検討しており、それらを協議する意味合いも兼ねているのだと、ヒヴォディルは深夜の視察訪問に行く理由を語った。
「じゃ、急ぐので僕はこれで」
「ちょっと待った」
ヴォーアス家の紋章が入った馬車に乗り込もうとするヒヴォディルを引きとめた悠介は、何となく彼の普段着らしい服のマントに触れてカスタマイズを施す。
上質の服らしく、宮殿衛士隊の隊服並には特殊効果も付与出来そうだったので、逡巡の末、治癒効果を付与しておいた。光のエフェクトに包まれたマントがヒヴォディルの装備から解除される。
「ん? マントが……一体何をしたんだい?」
「ちょっとした安全のおまじない、みたいなもんだ」
ヒヴォディルは首を傾げながらも、悠介に『気にすんな』と言って差し出されたマントを羽織り直すと、馬車に乗り込んで深夜のヴォルアンス宮殿を出発して行った。
「そんじゃあ、俺たちも一旦解散するか」
「お疲れ様でした、隊長」
「ふぁ~~……ねみぃっす」
「あっしらは交代で仮眠を取ってますんで」
衛士隊控え室に向かうヴォーマル達と別れ、悠介はスンを連れて客間のある四階へ。スンを宿泊させる為に、ヴォレットがこの前と同じ部屋を用意してあり、流石に三度目ともなればスンも宮殿の雰囲気に慣れた様子だった。
「ここだな……じゃあ、俺も部屋に戻るから」
「はい、あの……ユースケさん」
バハナに貰った弓を胸に抱えるスンは、部屋の前で悠介と向かい合い――
「おやすみなさい、ユースケさん」
「ん、おやすみ、スン」
少し懐かしさに微笑みながら、おやすみの挨拶を交わすのだった。
ちなみに、馬車乗り場で悠介達の帰還を待っていたヴォレットは眠気に倒されたので、クレイヴォルが回収していったそうな。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。