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本編
33話:中民区の亡霊【後編】




 エイシャとシャイードを地上に残し、ヴォーマル、フョンケ、イフョカと悠介が地下に降りてみる。縄梯子はよく使い込まれていて、素材のしっかりした上等なモノであった。
 縦穴は一メートル程の厚みを持つ石畳の層を過ぎると、地下に埋まる古い屋敷の天井を抜ける形で屋内に繋がっていた。

「どうやらこの穴、人為的に開けられたモノのようですぜ」

 先に降りて足元の明かりを確保していたヴォーマルが、石畳の層を抜ける穴の不自然さを指摘する。たまたま自然崩落などで出来た穴に縄梯子を掛けたのではなく、恐らくは縄梯子を掛けた何者かが、この場所に穴を開けたのだろうと推測した。
 街を構成している石材は土技によってある程度の補強がされているが、同じ土技の力で掘削するのはそう難しい事ではない。無論、街を管理する部署への届け出なく勝手に穴を開けるのは禁止行為だ。

「もしかして、ブルガーデンの密偵が潜んでたとかってオチじゃ無いだろうな」
「……なるほど、ありえない事もねぇですね」
「げー……、ギアホーク砦の二の舞は御免だぜ……」

 悠介達が降り立ったのは、埋め立てられた古い屋敷の廊下の突き当たり部分。少し先に下へ続く階段が見えるので、二階以上の場所にある廊下であろう事が分かった。当然ながら明かりはヴォーマルの炎技のみで、光の届かない先は真っ暗闇である。
 ひんやりとしたカビ臭い空気は、何処か懐かしいような気分にもさせた。

「イフョカ、人の気配は?」
「誰も、居ないみたいです……あ、でも、半日ほど前に……誰かが、ここを通ってます」

「ふむ……」

 早速カスタマイズメニューで屋敷の構造を調べると、屋敷全体が上の街を支える柱の一本として石材で囲うように補強されていた。屋内で移動できる箇所は、この廊下と一つ下の階の廊下の一部、そこからさらに地下へと続く階段がある。

「殆ど一本道か、とりあえず行ける所まで進んでみよう。フョンケ、移動補佐だ」
「はいよ」

 ある程度調べたら明日にでも人数を揃えて探索に来る事を話し合いながら、古い地下屋敷の中を進んで行く。

 廊下の先に見えていた階段を降りると、玄関ホールのような広間に出た。両側に伸びる廊下の片方は塞がれており、白く曇った窓の外には積まれた石の表面しか見えない。塞がれていない方の廊下を進んで地下への階段前までやって来る。

「イフョカ、どうだ?」
「……近くに人は居ませんけど、遠くから足音みたいな……音が混じってて、よく分からないです……」

 罠の類が仕掛けられていない事はカスタマイズメニューにて確認済みだったので、そのまま地下に降りて通路なりに暫らく進み、突き当たりの階段を上ると庭園跡らしき場所に出た。
 (かつ)ては緑の芝生が広がっていたであろう枯れ草の広がる空間に、巨大な柱が幾つも連なっている光景は中々壮観であった。

「こりゃ凄い」
「昔はこの辺りも高民区だったみたいですぜ」

 大きな建物は石材で囲われて上の街を支える巨大な柱と一体化しており、小さな建物は柱群の間にそのまま残されているようだ。
 カスタマイズメニューによって周辺の構造と現在地の割り出しが出来る上に、イザとなったら石畳を入れ替えて地上まで瞬間移動で脱出も可能。遭難する心配の無い悠介達は、イフョカの風技で人の通った気配を追って、柱の間を奥へ奥へと進んでいく。
 途中、水没している箇所などもあり、カスタマイズで足場を作って向かい側に渡ると、小船が一艘つけてあった。

「あ……近くに誰かいます! ……土技の波動だと思います」
「やはり土技の民か……さっきの船からして、恐らく一人しかいねぇと思いやすが」
「それって、穴開けた本人かもしれないって事だよな?」

 小船が一艘しかなかった事から、複数人ではないだろうと分析するヴォーマル。穴の開き具合から見て加工系土技の使い手である事が予想される。ちなみに、素材の硬度を高めて補強したり、逆に脆くしたりする事が出来る加工系土技の使い手には建築家も多い。
 悠介は念の為、いつでも防壁を出せる体勢を整えてイフョカの指す方角に声を掛けてみた。

「おーーい、誰か居るかーー!」

「……誰だ?」

 少し間をおいて警戒するような男性の声が響き、顔を見合わせる悠介達。とりあえず、ヴォーマルが代表で声の主に誰何(すいか)を向ける。自分達は衛士隊であり、街中(まちなか)の路地に怪しげな穴を発見したので地下を捜査に来たことを伝えた。すると――

「な、なに! 衛士隊? ちょっと待て、私は決して怪しい者ではないぞっ」

 声の主は慌てたようにバタバタと床を鳴らしながら柱の間に見えている建物の窓から顔を出した。そこが出入り口になっているらしく、黄髪の壮年男性がどっこらしょと這い出てくる。

「そこで止まれ、名前と所属、何故ここに居るのか言え」
「わ、私は中民区に住む一般民で小物の加工屋をやっている。名はソルザック、ここには趣味で街の歴史を調べに来ていたのだ」

 勝手に穴を開けて入り込むという非合法行為の自覚はあるらしく、ヴォーマルの尋問におどおどしながら答えている。そんな彼の容姿に、悠介は何処かで見た覚えがあるような気がして首を傾げた。

「うーん、この人どっかで……」
「隊長?」

 暗闇の中、ヴォーマルが明かりを向けるまでその存在に気付いていなかったソルザックは、隊長と呼ばれた悠介の姿を認めると、『あっ!』という表情を見せながら思わず声を上げる。

「君は……ゼシャールド殿と一緒に居た黒髪の青年!」
「ん? あーっ 思い出した! 初めて街に来た日に見た人だ」

 ヴォレットにフードを燃やされて露わになった黒髪に災厄の邪神を疑われ、炎神隊の捕り物騒ぎが発生し、ゼシャールドが流暢にホラを吹いて邪神伝説に関する考察を語った時に、続きを聞きたそうにしていた壮年男性。
 彼は随分以前から地下に潜っては、日がな一日古い街の構造などを研究して過ごしていた為、悠介が闇神隊に就任した事や、最近ゼシャールドがブルガーデンから潜入工作任務を終えて帰還した事なども知らずにいたようだ。
 食糧が尽きると地上に戻って買出し、また地下に潜って研究を続けるという日々に明け暮れていたらしい。

 街の噂にある『古風な格好をした怪しげな人物』とは、数十年前に売り出されていた古いデザインの服を纏う彼の事であった。
 ちなみに、研究資金は偶々地上の市場へ出向いたある日、何時の間にか建っていた展望塔を見物に行った時に、塔を模った御土産品の小物作りで土技の使い手を募集していたので、それに参加して得た報酬である。一山当てたのだそうな。

「古い層の建物には珍しい建築様式のモノがあってね。昔の地図を見つけてから前時代の建物を研究するのが楽しくて楽しくて」
「はあ……研究するのはいいが、ちゃんと届け出をしてくれないと困るんだがなぁ」

「怪しげな人影ってのはこれで説明ついたな、後は人の話し声だけど……」
「おっさんの他にも物好きな研究者が降りて来てるんじゃねえっすか?」

 路地に消える亡霊の正体は、ただの道楽な研究家だと分かり、威圧を緩めたヴォーマルが注意を促している傍らで『話し声の正体』について意見を出し合う悠介とフョンケに、ソルザックが『それは街の子供達ではないか』と指摘する。

「こちらの区画とは反対側になるが、今は使われていない排水路から地下に入れる場所があるのだよ」
「なんだって? 聞いてないぞ、そんな話」

 歴史ある巨大な街だけに、衛士隊や街を管理する部署が把握していない問題や箇所など幾らでもあるのだとソルザックは語る。

「例えば、貧民街(スラム)などその最たる部分ではないかね? 低民区とはいえ、神民居住区にあのような場所の存在が許されている」
「それはいいとして、あんたの知ってる地下への入り口を全部教えて貰おうか」

 街の管理運営について論じ合う気は無いと、ヴォーマルは問題箇所に関する情報を要求した。すかさず、その情報で不法侵入の件は大目に見て欲しいと懇願気味に取り引きを持ちかけるソルザック。

「……だ、そうですぜ?」
「ああ、いいよ。 どうせ調べるの大変なんだろうし」

 どうします? と目線を向けてきたヴォーマルに、悠介はそう答えて許可を出した。ソルザックが地下の街を調べる事で何か重大な問題が発生していた等という事があったのならともかく、この程度なら現場にて宮殿衛士隊長の裁量で処理しても構わないのだ。

 ()くして情報を得た悠介達は、一度地上に戻って街の問題箇所に人を派遣し、後日建築職人を送り込んで適切な処置を施すという方針で纏めて任務の引き上げに入る。

「いやあ、まさか亡霊に間違えられていたとは……」

 ソルザックの話によれば、比較的浅い層に入り込んで住み着いている者や、野良唱が商売に使っている場所もあるという。
 家でペットを飼わせて貰えない子供が地下で動物を飼っていたり、彼等の遊び場になっていたりもしているそうだ。飼育場から脱走した家畜のキナ鳥が迷い込んで半分野生化しているモノもいるらしい。と、話している目の前を、羽毛の塊りが転がっていった。
 丸っこい姿が特徴的な家畜の鳥。何処かにこの鳥が入り込めるような小さな穴でも開いているのだろう。
 
「まあ、なんにせよ明日だな。これで亡霊の噂も消えるだろ」
「そうっすね、あー帰ったら鳥肉の油木焼きでも食おっかな」
「でも、地下に住み着いてる人達の立ち退きで……また揉めるかもしれませんね」
「丁度いい、詰め所でごろごろしてる若い衆を働かせよう」

 地下に降りた時のような緊張感も無く、がやがやと雑談交じりに来た道を戻っていく闇神隊一行と道楽研究家。彼等が地上に戻った時は既に日も暮れており、見上げれば星の瞬く夜空が広がっていた。

「もう! 隊長酷いですよぉ、全然連絡も無しで……」
「……疲れた」

 悠介達が地下に降りている間、不気味な暗い路地で待機させられていたエイシャは、恐怖を紛らわせる為に饒舌モードで喋り捲り、相手をさせられたシャイードはすっかりクタクタになっていた。
 亡霊の正体について説明されたエイシャは衛士隊詰め所までの道中、ソルザックにガミガミと説教を与えていたのだった。

「まあまあ、お陰で街の問題箇所が改善されるんだから、その辺りで赦してやろうよ」
「隊長……分かりました、隊長がそう判断するのであれば従います」

「くっくっくっ よっぽど怖かったんだな、こりゃ」
「フョンケ!」

 顔を赤くしながら怒るエイシャから風技の移動補佐を纏って逃げるフョンケ。何時ものドタバタを微笑ましくも生暖かく見守る悠介達。そんな彼等の在り方に違和感を覚えたソルザックは、不思議そうな表情を浮かべて闇神隊のメンバーを観察していた。

 彼が闇神隊に感じた違和感、他の衛士隊グループには無い不思議な感覚は、神格による身分の違いを無視した親密なコミュニケーションに原因がある。
 一般神民の間では、しばしば見受けられる光景でもあるのだが、宮殿衛士隊長がソレを行っている事に大きな違和感があった。

『闇神隊長の彼が特別だからなのか、それとも……』

 この頃は低民区に宮殿を超える高さの展望塔が建ったり、街中で活動する無技人の姿も以前と比べて多く見掛けるようになるなど、サンクアディエットに何らかの変化が訪れようとしている事が感じられる。

 ソルザックは世の中の動向に疎いながらも、闇神隊の在り方に時代の潮流を見たような気がするのだった。



いまいちオチの無い話になってしまいました。※野良唱=無届けの売春婦、無技の民に多い※




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