ルフク村から宮殿に戻った悠介はスンの事情をヴォレットにも話して賛同を得ると、クレイヴォルからも問題無しとのお墨付きを貰ったので、ディアノース砦建設やパウラの一件に対する報酬に『家くれ』と要求して高民区に屋敷を建てる事が決まった。
準備が調い次第、ルフク村からスンを迎える事になるのだが、スンの自立心に触発された悠介は通常特殊任務の合間に余った時間を何か有意義な事に使えないかと考え、自身の能力開発を思い付くに到った。
「こんなもんかな?」
カスタマイズ・クリエート能力の基である『アイテム・カスタマイズ・クリエートシステム』には、アイテムのステータスや形状をカスタマイズする他に、ギミック機能という要素がある。
これは装飾品などで背中に羽を生やしているような装備を作った場合、モーションを作ってパタパタと羽を動かして見せられる等、主に見栄えを楽しめる要素として備えられた機能であった。
ゲームの仕様ではカスタマイズポイントを消費してそれらの要素をアイテムに付与出来るのだが、プレイヤーの中には『ギミック職人』なる作り手も居て、凝った仕掛けの施されたギミック付きアイテムデータが、アップローダーなどでよく取り引きされていた。
悠介はカスタマイズポイントの殆どをメイン装備の強化カスタマイズに使っていたので、そういったお遊び機能にはあまり触れていなかったのだが、ふと思い立って適当な素材でギミック機能に使うモーション作りを試してみたのだ。
「実物でやると中々面白いな、これ……」
悠介が実験で弄ったのは木彫りの馬と荷馬車がそれぞれ独立した形で繋がっている手乗りサイズな馬車型の玩具。馬と荷馬車の車輪にそれぞれギミック機能を付与し、作ったモーションで動かして自走出来るように改造している。
ゲーム画面内ではただ作って指定したモーション通りに動いて見えるというだけで、実用性皆無な観賞用。ある種ネタ機能とも言われる仕様だったのだが、現実にこの世界でギミック機能を使って車輪を回転させればちゃんと前進する事が分かった。
「こりゃ色々と応用が利きそうだ」
あまり複雑な動きをさせるのは無理だが、単純な動きの組み合わせでならモーションスイッチのON・OFFで簡易エレベーター位は作れそうだと、悠介は自分の屋敷にハイテクならぬトンテク製品が溢れている光景を思い描く。
モーションの速度は一度設定すると再設定しない限り調整が効かない為。乗り物などあまり速く動かすと危険だ。
「ユースケ! 起きておるか……うぉわっ なんじゃソレは!」
「……その驚き方は、姫としてどうなんだ」
何時ものようにノックも前触れも無くバタンッと扉を開けて飛び込んで来たヴォレットは、床をぐるぐると走り回る荷馬車の玩具に飛び上がって驚いた。
仕掛けで動く玩具そのものは神技職人の作る物の中にもあるにはあるのだが、生きているかのように動く木彫りの馬や、人が早歩きする程の速度で床を走るような玩具はまず存在しない。
「びっくりした、亡霊の仕業かと思ったわ」
「なんで亡霊?」
「うむ、それなんじゃが実はな――」
動く玩具をひょいと掴み上げてしげしげと観察しながら、ヴォレットは悠介の部屋に飛び込んで来た用件を話し始めた。
サンクアディエットの地下に埋まった街から夜な夜な這い出てくるという亡霊の噂。以前からよく囁かれていたのだが、最近また夜になると何処からとも無くぶつぶつと人の呟く声が聞こえてきたり、その付近で子供が行方不明になった等の噂があるという。
古風な格好をした怪しげな人物の後を付けてみたら、行き止まりの路地に入って忽然と姿を消したなんて話もあった。
「幽霊騒動ってやつか」
「そうなのじゃ、まだ噂の真偽も定かではないので衛士を動かす段階でもない」
「で、俺に調べてこいと?」
「そうじゃ」
にこーっとワクワクしているような笑顔を向けて頷くヴォレット。少なくとも幽霊の類が駄目な子ではないらしい。
「という訳で、闇神隊出動じゃ!」
「へいへい」
悠介はテンションを上げていこうとするヴォレットにぞんざいな返事で答えると、まずは衛士隊の控え室に向かう事にした。
ちなみに一緒に付いて来ようとしたヴォレットはクレイヴォルに捕まって『お稽古の時間です』と連れて行かれた。どうやら稽古事から逃げ出す目的もあったようだ。
「亡霊、ですかい? 確かにここ数年、誰もいない場所で声だけ聞こえるなんて話がありやすね」
「そういや最近またその手の噂をチラホラ聞くようになったっつってたなぁ、中民区辺りを流してる街唱が」
「以前からそういう噂はあった。亡霊の正体が何にせよ、そういった噂の元になる原因がある筈だ」
「低民区とか、無技人街ではあまり聞きませんけど……中民区のお掃除に出た人が、そういう噂を聞いたって言ってました」
控え室に集まっていた闇神隊のメンバーにヴォレットからの緊急任務、地下の亡霊探索について話を振ると、皆それなりに噂を耳にした事があるようだった。他の衛士達も概ね何かしら話を知っており、とりわけ中民区出身者達の間でよく聞かれるという。
「中民区か……エイシャはどうだ? 何か聞いた事は?」
「え! わ、私は特にその、そういう話には興味がありませんでしたのでっ」
なんだかとても分かり易い反応が返ってきた。悠介は敢えて触れない優しさを気取って話を進める。
「そんじゃ、とりあえず街に出て声が聞こえるって場所の特定から始めようか」
以前ざっとだが街の構造をカスタマイズメニューで見た事がある悠介は、地下に埋まった街の隙間部分を流れる空気などが原因になっている可能性を考えていた。風鳴り現象か、或いは別の場所で話している人の声が反響して、違う場所に響いているか。
「エイシャは待機しとくか?」
「い、いえ! 大丈夫です、一緒に行きます」
「そっか、まあ心霊現象ってのは殆ど悪戯か、ただの自然現象を人の想像力が恐怖を煽り立てて誤認してる場合が多いからな」
怖いなら無理しなくてもいいのになぁと思いつつも、真面目な彼女が私的な理由で任務を辞退する筈もないかと思い直した悠介は、自分の記憶にある現代日本の知識をもって、理解出来うる限りの科学的見地から亡霊が存在する可能性を低く見積もる事で、なるべく安心させてやろうと配慮を試みた、のだが――
「亡霊って水技に惹かれるらしいぜぇ~? 俺の知ってる亡霊を見たって街唱はみんな水技の民だったし、それも治癒系の」
「っ!」
お調子者フョンケが絶好調で台無しだった。
エイシャとシャイード、ヴォーマルとフョンケを組ませて、それぞれ中民区での聞き込み調査に当たらせると、悠介はイフョカの案内で無技人街に降りて清掃時に亡霊の噂を聞いたという人物の話を聞きに行く。
「イフョカは幽霊とか平気なんだな」
「私は……普段から色々、聴こえますし……」
「そ、そうか」
イフョカの言葉を、伝達系風技の使い手なので色々な『声』を聞いているのだろうという意味で理解しようとする悠介だったが、その『声』は必ずしも生者のモノとは限らない。人の『声』は気配と同じく現場に残ったりする事もあるそうだ。
その場合、聴こえているのは強い感情や想いが籠められた声の残照、空間に焼き付けられた残留思念のようなモノであったりもする。ギアホーク砦で地下への扉を開いた時、イフョカが凍りついたように固まったのは、死を懇願するソレを聴いたからだ。
何処か沈んだ表情で俯き加減になったイフョカの緑髪を、悠介がそっと撫でる。
「悪い、嫌なこと思い出させちまったか」
「い、いえっ そそんなことないでないですよっ」
どもりながら両手の指をもじもじさせて顔を赤らめるイフョカの様子に、この年頃で頭なでりなでりはまずかったかと悠介は手を引っ込めた。低民区の路地を並び歩く闇神隊長と部下の衛士隊員は、微妙な雰囲気を醸し出しながら無技人街へと入って行く。
「うーむむ、ユースケめ……最近女子共にも受けが良いから調子に乗っておるな?」
「姫様、指導官殿が御待ちです。下街観察は後になさってください」
ヴォルアンス宮殿上層階の一室にて、テラスからディアノース砦にも設置されている闇神隊印の望遠鏡で悠介達一行の様子を覗いていたヴォレットは、クレイヴォルにそう諭されて渋々部屋に戻るのだった。
昼過ぎから始めた聞き込み調査によって集められた情報を総合分析したところ、中民区の第二層、主に土技の民が生活する区画で声が多く聞かれているという結果が出た。そして怪しげな人影が消えたという場所は、第一層のとある路地に集中している。
「結構場所とかはっきりしてるみたいなのに、誰も調べようとしなかったのかな?」
「まあ、こんな場所じゃあ近付こうとする一般民はそういませんやね」
ここは中民区の中でも日当たりの関係であまり住む人のいない寂れた一画で、特に問題の路地は高民区との境目に建つ高い防壁と、中民区の無人になった大きな屋敷の廃墟に挟まれて閑散としている荒れた場所。狭い路地を挟む両側の壁に圧迫感を感じる。
ただでさえ日当たりの悪い区画だけに、昼間でも奥が見えないほど路地の先は仄暗い。
「子供が消えたって話は、捜索願いとか出てないんだよな?」
「ええ、ですので……ただの噂かと思われます」
「……それか、探して欲しくねぇとかな……」
「っ!」
亡霊の噂について事件性の有無を確認する悠介に、今のところ被害届けのような報告も無い事をエイシャが答えると、オドロオドロしい口調のフョンケが、噂の裏に隠された事件の可能性を指摘する。ような振りをしてエイシャを脅かす。
「……自分を見つけて欲しくて、夜な夜な街に現れては――」
「ち、ちょっとやめてよ!」
「フョンケ、遊ぶなって」
「ふひひ、すんません」
やれやれと軽く溜め息を吐いた悠介は、とりあえずカスタマイズメニューを開いて路地と周辺のマップデータを調べてみる。悠介が何時もの儀式を始めたので、メンバーの部下達は静かに成り行きを見守った。
「んん?」
「な、なにか、ありましたか?」
「路地の途中辺りに、縦穴みたいなのがあるぞ?」
「縦穴? 地下に降りる通路とかじゃねぇんですかい?」
カスタマイズメニューで一帯の構造を調べた結果、路地を曲がって直ぐの辺りにポッカリと穴が開いており、それは地下の空間に繋がっていた。埋められた旧区画の街に残る建物の内部は、嘗ての居住空間がそのまま残っている箇所が幾つもある。
殆ど同じ場所で上へ上へと増築しながら高く伸びていったヴォルアンス宮殿と違い、埋められた旧区画は建物の位置も大きさも時代によってバラバラで、それらが幾つも連なった街の地下空間は、宮殿の地下よりも複雑な迷宮を造りだしていた。
明かり持ちのヴォーマルを先頭に穴のある箇所まで路地を進んだ一行は、背丈程も生い茂った手入れされてない路地脇の植木の中に、隠されるように開いている穴と、そこから地下へ垂らされた縄梯子を発見した。
「そんなに古いもんじゃありやせんね……」
「最近も、誰かがここに来た形跡がある」
「地下に住んでる奴でもいるんすかね?」
「それじゃあ、人の声だけ聞こえるって話は、もしかして……」
地下空間で何者かの喋った声が反響して、地上を行く人の耳に聞こえていた可能性が出て来た。第一層であるこの場所よりも低い、第二層で多く謎の声が聞かれているという事実もこの説を有力にする。
「ふーむ……とりあえず、降りてみるか?」
寂れた路地で発見した地下へと続く穴と縄梯子を前に相談し合う悠介達。街はそろそろ夕方の色に染まり始めていた。
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