ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
本編
31話:これからの事




 ブルガーデンから引き上げた白刃騎兵団は、ガゼッタの山岳地帯奥地にある戦士達を育成する街に帰還して英気を養っていた。ここは王族関係者ばかりが集まる白族の里とは違い、白族の一般兵士とその家族が集う街でもある。

「陛下、ノスセンテスの潜入部隊から都で動きがあったと連絡が入りました」
「ふ、やはりブルガーデンとフォンクランクの衝突を窺っていたか」

「国境の警備を固めますか?」
「平地では不利だからな、監視はそのままで防衛線を少し下げろ、国境を跨いでくれば討ち取って構わん」

 邪神の事を知っているガゼッタの戦士達は今回の出陣で戦果を上げられなかった事よりも、邪神の力を見定めることが出来たという点で概ね満足している。不満があるとすれば、自分達を捕虜にしたつもりで完全に油断しきっていたブルガーデン神民兵を軽く一蹴散(ひとけち)らしするくらいはさせて欲しかったというぐらいだ。
 この辺りは悠介が近くに居たのでシンハも自重したし、させた。あれだけの力を見せた邪神なので、まだ他にどんな手を持っているか知れない。流石にあの場で邪神と敵対するのは拙いと判断したのだ。

 ガゼッタは表向きの等民制を装った神技人の街ではそれなりに上手くやっている為、そのまま神技人社会に溶け込もうとする勢力が暗躍している。白族はガゼッタの中枢組織だが、今まで表に出ていなかった事もあってそれら融和活動への牽制に動き難かった。

 今回の戦でガゼッタの白族の事は世界中に伝わり、邪神の横槍が無ければ神技人兵士に勝てる手応えも掴めた。それが一番の目的だったので、果たすべき目的は果たせている。戦果はオマケのようなものだ。融和派の動きもこれで封じる事が出来た。

 国境付近の街では今まで通り、変哲もない等民制の街を装わせておけばいい。後は各国からガゼッタ入りしてくる無技人を選別して、戦力を固めながらノスセンテスに攻め入る機会を窺い、邪神が訪れるのを待つ。

「とはいえ、ユースケも早々来そうになし。 先にノスセンテスの都奪回を済ませる事になるだろうな」

 今のノスセンテスの首都である古都は、嘗て白族帝国の巨城だった。今から約二千年ほど前の話だ。白族が現在のガゼッタ領に追いやられる以前、当時の白族はカルツィオの半分を領土として支配する巨大帝国を造り上げていたのだ。

「俺の代で帝国復興の悲願が叶うと良いのだがな」
「此度の邪神は無技の民に味方する傾向にあるようですからな、必ずや我が方に付いてくれる事でしょう」

 そう鼓舞する参謀に『だといいがな』と軽く笑みを返したシンハは、白族の里に向けて馬を走らせた。






 パウラを出発したゼシャールドが任務完了の報告に宮殿へ立ち寄り、エスヴォブス王から大いに労われ、ヴォレットには大いに纏わり付かれながら宮殿に一泊して、ルフクの村に帰って来られたのは、ザッルナーの火月の十三日目の事だった。

「おかえりなさい、ゼシャールド先生! ……と、どちら様でしょう?」
「お久しぶりです、先生。 ……と、精鋭団の制服?」

「おお、二人とも元気そうで何よりじゃ」
「……こんにちは」

 ゼシャールド先生がブルガーデンのベッピンさんを連れて帰って来た! てな具合に、村ではゼシャールドの帰還を喜ぶ声と、女連れに驚く声で暫し盛り上がった。

「……ベルーシャです」

 ブルガーデンを発つ日、無人の執務室に佇んでいたベルーシャを女王の下に連れて行ったゼシャールドは、今後ブルガーデンで女王に仕えるか、自分と共にフォンクランクに来るかという選択肢を与えた。
 ヴォーメスト団長と団員数名が行方不明にある現状、彼女をそのままパウラの独房に置く事は、もしもの事を考えるなら好ましくないと判断した。簡単に脱獄してしまえる程の力を持つベルーシャは、その経歴と実力を鑑みれば危険な存在と言える。

 ベルーシャは新たな主君の下で働くか、ゼシャールドと共に新天地で平穏な暮らしに身を置くかという選択で、後者を選んだ。彼女なりに、他者の命を狩って自分の居場所を保つ生き方に疲れていたらしい。

「治癒の力で人を殺める事が出来るなら、暗殺に使われていた凍結の神技でも人を癒す力になる筈じゃ」

 行使する力の性質上、人体の構造もある程度分かっているので助手としては申し分ない。そんな訳で、ゼシャールドはリシャレウスの許可を得て、ベルーシャを貰い受けてきたのだった。無技の村で暮らす事に関しては彼女自身、特に抵抗感はないようだ。




 一通り騒いだ村人達も仕事に戻ったり家事に戻ったりと一段落し、久方ぶりの我が家に帰って来たゼシャールドはソファーで寛ぎながら『帰宅早々で悪いけど』と悠介から相談を持ちかけられ、ふむふむと唸っていた。

「ガゼッタのシンハ王か……白族の里にあるという三千年の記録は、是非とも見てみたいものじゃがなぁ」
「俺も邪神の役割とかってのが気になるから、許可があれば行ってみてもいいんですけどね」

 宮殿衛士隊に所属する今の立場を考えると、ひょいひょい出掛けて行ける所でも無く、しかしこのまま放っておけばそれを見越してスンを連れ去られる等という事も起こり兼ねない。
 ゼシャールドとベルーシャがいれば心強いが、四六時中見張っていられる訳でもないし、スンを村の中に閉じ込めておくのも可哀相だ。それに、相手が本気で強引な手段に出た場合、幾ら実力のある二人でも護り切るのは難しいだろう。

「先方にしてみれば、宮殿衛士の身分を捨ててでもスンを迎えに来るであろう事は織り込み済みじゃろうからのう」
「まあ、多分その時はヴォレットがガゼッタ行きの許可をどうにかして取り付けてくれるだろうけど」

 シンハも自分と敵対する事は望んでいないようなので、手荒な事はすまいとは思いたいが、邪神の何を知っていてどう考えているのかがハッキリしない辺り、どうしても不安が残る。
 ゲーム風に考えれば『邪神の力を引き出す為に――』とか『親しき者を――』云々で『鬱な展開』なども在りえなくは無いのだ。

「正直、邪神云々でスンの身に何かあったりしたら、俺は暴れますよ」
「それは勘弁してくれ」

 半分冗談ぽく言った悠介に、ゼシャールドも冗談ぽく、しかし内心では割と本気で『世界を壊すのは止めてくれよ?』と返す。話題の当事者たるスンが終始キョトンとしている横で、ベルーシャは静かにお茶を啜っていた。

「しかしまあ、そうじゃのう……いっそサンクアディエットに匿ってみてはどうかの?」
「街にですか? うーん、でも無技人街だとあんま変わらない気が……」

「いやいや、高民区にじゃよ。 お主、まだ今回の働きに対する褒美を貰っておらんじゃろう?」

 ゼシャールドが宮殿に立ち寄った時の様子では、悠介に与える褒美についてまだ結論が出せずにいたらしく、最終的には本人に何を求めるか問うてから、その内容如何を審議して決める方向で纏まり掛けていたそうだ。

「高民区に屋敷を貰ってそこにスンを住まわせれば、ガゼッタの連中も流石に手出しはできまい」

 悠介の生い立ちはゼシャールドのホラによって『無技の民に育てられていた』事になっているので、自分の屋敷に無技の少女を住まわせる事にも違和感は無く、事情が事情だけに文句を言い出す者もいないであろうし、居ても黙らせられる。

 闇神隊の普段の任務は低民区を歩き回って街の人々の声に耳を傾ける事、なので毎日散歩がてら一緒に低民区を連れ歩けば、窮屈な想いをさせる事もないだろう。
 ヴォレットが宮殿に呼んだ事でスンの事を知る宮殿関係者も多く、悠介が任務で街を離れる場合などは宮殿でヴォレットの話し相手を務めるという役回りもこなせる。

「んー、でもなぁ……スンはどう思う?」
「わたしは、ユースケさんが良ければ別に……」

 まだ神技人を怖いと感じている事や生活環境の変化など、村を離れて街で暮らすとなれば色々と配慮すべき問題があると難色を示す悠介だったが、スンは割とサバサバした雰囲気で街に住む事を肯定的に考えている様子だった。

「いいのか?」
「はい、だって……わたしの事でユースケさんに迷惑掛けられませんし、それに――」

 『先生にもちゃんとした助手が出来たようなので、安心して任せられるから』と、気を回したとも思えるような返答にゼシャールドは頬を掻き、当のベルーシャはカップから伝わるお茶の熱を感じ取ってほんのりしていた。

「ん、納得した」
「……何か色々と誤解されとる気がするんじゃが」

 悠介は明日宮殿に戻る事になっているので、街での準備が整い次第スンを屋敷に呼ぶ方針で今後の対策とする。ゼシャールドの抗議はスルーした。この日の夕飯は悠介の昇進祝いとゼシャールドの帰還祝い、それにベルーシャの歓迎会がささやかに催された。




 その夜。

「あれ、スン?」
「ユースケさん、まだ起きてたんですか?」
「俺の台詞でもあるんだが」
「ふふっ そうですね」

 家の庭先で空を眺めているスンを見つけて声を掛けた悠介は、そのまま隣に並んで同じように空を見上げる。月明かりに黄色く縁取られた灰色の千切れた雲が、星の瞬く夜空をゆったりと流れていく。

「やっぱ不安か?」
「ううん、そんな事ないですよ。ただ、わたしにも何かできることは無いかなって思って……」

 幼少の頃に親と死に別れて以来、ゼシャールドの保護下で村医者の手伝いなどこなしながら、毎日平穏に過ごして来たものの、実際には大して役に立っていない事は自分でも分かっている。
 ゼシャールドは自分に役割と居場所を与えてくれていたが、何時までもそれに甘えてはいられない。そんな風に思っていたスンにとって、ベルーシャが家にやって来た事とガゼッタの問題は、自身の在り方を考え直す良い切っ掛けになった。

「だけど、今のままだと結局、今度はユースケさんに甘えるだけになっちゃう」
「ふーむ……そんなこと考えてたのか」

 悠介はスンの自立心について考える。何かしら自分の役割というモノを実感できる仕事や立場、そういったモノを用意してやれるだろうか、と。『与える』のではなく『用意』する。ソレを活かすも殺すも本人次第という形のなにか。

「あ、ごめんなさい、変なこと言って……困らせちゃいますよね」
「いやいや、そんな事はないよ。俺も一応部下を持つ立場の人間になってるからね、いい機会だから何か考えさせてくれ」

 戦場でキレた時は勢いで動けていたものの、まだまだ平時に『部下を使う』という行為に慣れていない悠介は、自らの成長の糧にもなるからと、スンの能力に見合う仕事や立場を用意すると持ち掛けた。

「……いいんですか?」
「まあ、俺もヴォレットの懇意におんぶだっこみたいな立場だからな、あんま期待はしないでくれ」

 スンの自立したいという想いは応援するので『一緒に成長していこうぜ』と、何時か誰かに言ったような言葉を口にする悠介。

「ユースケさん……」

 自分の気持ちを理解して貰える事に喜びを感じたスンは、嬉しさに瞳を潤ませながら悠介をじっと見上げた。
 ……他意は無く、月明かりの下で、二人はただ見詰め合っていた。




「なんでそこでぶちゅっといかないかねぇ! あの二人は」
「うむ、まだそういう仲では無いようじゃからしてなぁ」

 草葉の影ならぬ窓辺の影で、実酒を振舞うバハナと晩酌に付き合うゼシャールドが、二人の様子をこっそり見守っていたそうな。







+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。