闇神隊が帰還した翌日、任務で潰れてしまった休暇の残りを与えられた悠介は、ついでにスンをルフク村まで連れて帰る事にした。今回、パウラでの働きで悠介に与えられる褒美は王の側近や官僚達も交えて審議中である。
正式にフォンクランク貴族としての相応の身分を与えるべきか、高民区に屋敷を持たせる程度に留めておくかといった具合らしい。その審議にも微妙に絡む問題として、領内にある無技の村にガゼッタ軍が現れたという報告が現地の管理者から上がっていた。
パウラの内乱に関する噂に、不自然な程ガゼッタの情報が抜け落ちていたのはこの問題の為だったりする。
「そんじゃ、また三日後辺りにでも」
「お疲れ様でした、隊長」
「道中お気をつけて」
「また遊びにくるとよいぞ、スン」
ヴォレットと部下達に見送られながら、悠介とスンを乗せた衛士隊馬車はルフクの村に向けて宮殿を出発した。
「そういえば初めてですね、ユースケさんと二人っきりで馬車に乗るのって」
「だな。 それはそうと、ヴォレットに振り回されて疲れなかったか?」
「ううん、楽しかったですよ?」
「そっか」
ノンビリと雑談に興じながら街道を行く。宮殿で過ごした六日間の出来事を、スンが掻い摘んで話してくれる。一緒に食事をしたり、カードで遊んだり、夜遅くまでお喋りをしてそのまま一緒に眠ったりもしたそうだ。
ヴォレットの気を引きたい婚約者候補らしき紳士達にはあまりいい顔をされなかったが、スンを邪険に扱おうとするとヴォレットの機嫌が悪くなるので、彼等も表面的には『紳士的』に接してくれていたという。
「へーえ、そういや普段はあんまヴォレットの所に顔出さないよなぁ、ヒヴォディル以外の婚約者候補って」
「なんでも、普段はその人が中心になって婚約者候補の人達を仲間内で牽制してるそうで……」
ヴォレットも頻繁にアピールを仕掛けられること無く静かに過ごせているらしい。闇神隊がディアノース砦に出向いていた間、彼等は悠介もヒヴォディルも居ない今がチャンスとばかりに、積極的な自己アピールに動いてたようだ。
「神技人にはもう慣れた?」
「……まだ、ちょっと怖いですけど……前ほどじゃないです」
「そか」
「あ、ユースケさんは先生と同じくらい一緒に居ると安心しますよ?」
そんな調子で順調に街道を走り抜け、昼過ぎ頃にはルフク村に到着した。
「あっ スン! ユースケ!」
「バハナおばさん、ただいまー」
「なんか慌ててないか?」
村に入り、ゼシャールドの家の前で馬車を停めていると、何処かそわそわした様子のバハナが、収穫祭で役員をやっていた村のおじさん達数人と一緒に駆け寄って来た。
「よかった、ちゃんと帰ってきて……アンタたち無事だったんだね」
思わず顔を見合わせた悠介とスンは、一体何がどうしたのかとバハナ達に安堵の理由を訊ねる。聞けば数日前、丁度パウラで悠介達が戦っていた日にガゼッタ軍を名乗る無技の戦士達が村を訪れ、スンを探していたのだという。
スンはサンクアディエットの宮殿に呼ばれて留守にしていると聞いた彼等は『先手を打たれた――』とか『まさか予知能力が――』などと相談し合い、不在なら致し方あるまいと諦めた様子で風技の民に何やら言い付けていた。
『この国での生活、今の境遇に不満のある者は、我等と共にガゼッタへ』
気を取り直した彼等は広場に村人達を集めて本来の目的であるガゼッタへの亡命を呼び掛けた。
しかし、ルフク村は元々神技人であるゼシャールドが同じ村民として住んでいた事で、神技人支配者による徴収が行われる事もなく、また最近も悠介の仕官に付いてきたオマケなどで色々と優遇されている環境なだけに、不満を持つ者は殆どいなかった。
僅かに数人、呼び掛けに応じた者を連れて彼等は引き上げて行ったそうだ。他の村にも、同じ様にガゼッタ軍を名乗る使者が訪れていたらしい事が隣村との交流で明らかになっている。
悠介は宮殿内でもそういった話を聞かなかったので、エスヴォブス王が緘口令を敷いていた可能性を考えた。
「保護条例に対する配慮なんだろうなぁ、やっぱり」
ちなみに、応じた者の中には村八分状態寸前にあったタリスも含まれている。彼は収穫祭でやらかした痴態に今までの素行によるツケが回って村内でも微妙な立場になっており、常々環境を変えたいと考えていた。
ガゼッタ軍の彼等が神技人を部下として使っている姿に憧れたという面もあったようだ。
シンハが別れ際に言った言葉と訂正の意味が繋がり、悠介は合点がいった。と同時に、今後もスンを狙われる可能性がある事に思い至る。ヒヴォディルの分析やシンハの態度から、彼が自分をガゼッタに呼びたがっているらしい事は何となく感じていた。
「強引な手段にでないとも限らないからなぁ」
ガゼッタが掲げる国策の内容が内容なだけに、親善大使というような形で出向く事も難しい。
単にガゼッタの繁栄や白族帝国とやらの復興を目指しているだけならともかく、その実現が神技人社会の崩壊、神技人が支配する世界の滅亡を条件にしているのだから。 しかし――
――見識を深めよ――
この世界における自分自身の存在理由。邪神についての知識。それらの手掛かりを得られるという意味では、シンハの言う白族の里に行ってみるのも一つの手だと考えられる。
悠介はとりあえず、ガゼッタの事もスンの事も、邪神の事も含めてゼシャールドが帰ってきてから相談しようと一時棚上げした。
議会堂に設けられた一室にて、『返却』された神器を手に、リシャレウスは安堵半分、戸惑い半分の心境でゼシャールドと向かい合う。各業務の引継ぎも終わり、ゼシャールドはフォンクランクに帰国する為に神器の返却と側近解任の申し出に訪れていた。
「陛下もこれから大変でしょうからな、神器が大いに役立ってくれるでしょう」
「本当に、よろしいのですか? それに……」
最初の宣言通り、事が済んだので帰国しようとするゼシャールドに、リシャレウスは却って猜疑心が湧く。後日ディアノース砦にて会談を行うに先立ち、エスヴォブス王から何かしらの要求を突きつけられる覚悟はあったのだ。
「心配せずとも、フォンクランクはブルガーデンの滅亡や従属国化は望んでおらんよ」
「ですが、私はこの国に等民制度を導入するつもりは無いのですよ?」
イザップナーがフォンクランクを挑発する意味で強引な等民制廃止要求を行っていた事実があるだけに、その逆を要求された場合の事を考えると、数々の被害を負わせていた経緯も踏まえて何処かで妥協を図らざるを得ない状況に追い込まれる。
「会談でも等民制度の押し付けはしないじゃろう、なにせ今一つ王としての覇気の足りん奴じゃからして、本当に友好を願っとるよ。例えブルガーデンを手に入れる力と策を持っていても、あやつはソレをしない奴なのじゃ」
ゼシャールドはそう言って笑うと、あからさまに安堵した表情になっているリシャレウスと未だ不安そうな気配を保つ女官の二人に、気を引き締める意味で付け加える。
「まあ、そういう王がいても良いのではないかの? 対極のような王もおることじゃしな」
ガゼッタとシンハ王の話題に、リシャレウスは表情を引き締めた。シンハがつくろうとしている世界は神技人と無技人の関係が逆転した世界。ガゼッタの力は未知数ながら、あれ程の戦力を誰にも悟られず戦場に送り込めるだけの力がある事は分かっている。
「いつか――彼とも雌雄を決する時が来るのかもしれません……」
「なあに、そう悲観する事もないと思うぞい?」
少なくとも、シンハが野望成就の当て込みにしている力と存在は、今のところ平和を望んでいる。案外、共存共栄を説得されるやもしれぬと、ゼシャールドは語った。邪神に関してはまだ伏せられる範囲では伏せておきたいので、あまり詳しく触れないでおく。
「常に最善の結果を想い描きながら、それに向けて日々の努力を怠らぬ事じゃよ」
主義思想は違えど互いに手を取り合える関係という理想を『理想』として追う事も悪いことではない。ゼシャールドはそんな言葉を残して、女王との謁見部屋を後にした。
中枢区画の廊下に出たゼシャールドは、議会堂の出口に向かおうと歩き出した所で覚えのある神技の波動を感じて足を止めた。今は無人になっている筈の最高指導官執務室から人の気配を感じる。
灯りが消えた暗い執務室。奥の壁にブルガーデンの旗と、正面に執務用の大きな机。その机の前にポツリと佇む人影を認め、ゼシャールドは声を掛けた。
「そこで、なにをしておるのじゃね?」
「……」
別の場所にある収容施設に投獄されている筈の女性がゆっくりと振り返る。
「ここにはもう、イザップナーもヴォーメストもおらんぞ?」
「……」
ベルーシャは黙って俯いた。任務失敗の報告に来たものの、報告する相手はもう居ない。組織が無くなり、居場所も無くなった。
「……帰るところ、無くなった」
「ふむ……」
ゼシャールドは無人の執務室で一人佇むベルーシャの手を取り、今し方退室してきた謁見部屋へと誘う。今ならまだリシャレウスも居る筈だ。ゼシャールドに触れられた瞬間、ビクリと身を震わせたベルーシャだったが、大人しく手を引かれて付いて来る。
「身体の感覚は戻っておるようじゃの。お前さんにはもう一つ、選択を与えてやろう」
「……」
ベルーシャは久しく感じていなかった人の手の温もりを覚えながら、手を引かれるままに付いて行くのだった。
議会堂の出入り口の所で、ゼシャールドはこちらでの教え子と顔を合わせた。
「あ、ゼシャールド指導官」
「おお、プラウシャ君か」
以前は何処か陰のある印象があった彼女も、今では本来の姿なのであろうすっきりした明るい表情を見せている。議会堂が制圧された当日に長城の上道で闇神隊長と話をしている姿が目撃されていたので、何か気持ちの整理が付くような話が出来たのかもしれない。
「今から帰国されるんですか?」
「うむ、講義が中途になってしまってスマンのう」
「いいえ、指導官の講義はとても参考になりました」
そのまま話をしながらパウラの馬車乗り場まで歩き、そこで別れる。
「またパウラまで御越しなった時は、声を掛けて下さいね」
「ほっほっ お前さんもフォンクランクに出向く事があれば、ワシの住む村まで遊びに来るとええ」
「はい、その時はよろしくお願いします」
プラウシャはゼシャールドの言葉に込められた意味を正確に読み取ってそう返事をした。今後、女王リシャレウスの政策によって、ブルガーデン国内では一つの価値観が否定される事により、一部で劇的な変化を見られる事が予想される。
イザップナーが無技の民を亜人指定にしたのは、非等民制の中に絶対的な虐げられる存在を置く事で、能力主義によって国の定めた労働に従事する事を強制される人々の鬱憤を解消し、不満の矛先を逸らせる意味合いもあった。
能力主義の効率化により、他の等民制を布く大国に匹敵する生産性を得る事で国力を増していったのだ。
今後は労働の強制部分が緩められる傾向になる為、主に低等神民の亡命者も増える可能性がある。無技の民に対する扱いも変わる。四大神信仰に係わる制度の違いはあれど、他国との交流も盛んになる事が予想された。
「それでは、元気での」
「はい、指導官もお元気で」
こうして、ゼシャールドはエスヴォブス王との密約で始めた数年間に渡る極秘任務を完遂し、帰国の途に就いたのだった。
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