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29話:闇神隊の帰還




 朝起きたら世界が変わっていた。

 と、彼女はそのとき思った。何時も通りに起床して水の団制服に着替え、水鏡の本部に向かおうと部屋を出ると、何故か水鏡の神民兵が廊下を歩いていた。プラウシャが目を覚ました時、議会堂は既に水鏡の部隊によって制圧された後だった。

 プラウシャは元々水鏡の中でもイザップナー派とは見做されておらず、今回の内乱騒ぎにも参加せず部屋で寝ていた事から、彼女を疑う者はいない。よって、身柄を拘束されるでもなく、部屋を出て自由に歩き回ることが出来た。

 イザップナーも腹心だったヴォーメストからそういう娘が居るという話だけは聞いていたが、詳しい活動内容にまで気を割いていないので、彼の口からプラウシャの立場が語られることもない。
 唯一それら諜報活動の人選や工作の管理をしていたヴォーメストは、プラウシャの役回りを知る数人の火の団団員と共に行方不明になっている。イザップナーは『ヴォーメストめ、逃げおったな!』と喚いていたとか。

 パウラの都市部では朝から水鏡所属の精鋭団と神民兵が、イザップナー派勢力に属する官僚の身柄確保や施設制圧に走り回り、物々しくも整然とした雰囲気で中心街の通りを馬車が駆け抜けていく。パウラでイザップナー体制が終焉を迎えた朝であった。


「すること、なくなっちゃった……」

 長城の上道通りをあてども無く歩いていたプラウシャは、移動店舗などがゴッソリ無くなってやけにスッキリした通りの先に、見慣れない制服の精鋭団員らしき姿を見つけて、何となく其方に意識を向ける。
 欄干の縁に頬杖を付いて遠くを眺めているその人物は、真っ黒な制服にマントを纏い、髪の色も黒だった。

『……え? 違う、精鋭団じゃない』

 フォンクランク宮殿衛士の紋章を付けた黒い隊服を纏うその人物が、噂に聞く『ギアホークの英雄』だと気付いたプラウシャは、思わず立ち止まって凝視する。この場合、足が竦んでしまったと表現した方が正しいだろう。
 気配を感じ取ったのか、闇神隊の隊服を纏うその人物がプラウシャを振り返った。




 警戒と動揺を滲ませた視線を向ける精鋭団員らしき制服姿の少女に気が付いた悠介は、苦笑しながら声を掛けた。

「そんなに怯えなくても」
「お、怯えてなんかいません!」

 ビクリと肩を震わせては思いっきり裏声で反論され、悠介は『しまった、ここは天候の話題辺りから入るべきだったか!』などと、選択ミスを悔いながら普通に交流を試みる。

「あー、ごめん」
「い、いえ……」

 見た感じではスンと同い年くらいの印象で、スンと打ち解け合える以前の頃のような警戒感というか、溝のような壁を感じる。初対面でしかもほんの数時間前までは敵対していたのだから、当然の反応だろうなぁと思いつつ、悠介は自然体で接した。

 プラウシャは目の前の男から噂に聞いていた『一人で精鋭団を壊滅させる猛者』のようなイメージが浮かばず、少し困惑していた。容姿も少し珍しい見た目で、神技の波動も今まで感じた事の無いよく分からない感覚だったが、なんというか『普通の人』という印象しか湧かないのだ。

「あなたは、本当にギアホークの英雄って言われてる人なんですか?」
「あ〜それね〜……あれは正直、失敗だった」

 ギアホーク砦の事は失敗したと思っていると聞き、プラウシャは驚く。謙遜している風でもなく、本当に失敗したという表情で頭を掻く仕草を見せる悠介に、自然と理由を訊ねてみる。

「別に殲滅なんかしなくても、今回みたいに閉じ込めて捕らえればよかったんだ」

 フォンクランク領内で現役のブルガーデン精鋭団である風の団を多数確保、砦の非戦闘員に犠牲者大勢、この条件なら今回のような内乱騒ぎを待たずとも、もっと迅速にイザップナーを失脚させられていたかもしれない。
 『たられば』だけどねと、悠介は自嘲する。プラウシャは『今回』ここで何があったのかは分からなかったが、『殲滅しなくても良かった』という悠介の言葉に反応した。

「どうして、そうしなかったんですか?」
「あん時は気持ちに余裕が無かったからな」

 『捕らえておけば良かった』などと簡単に口に出来る程の実力を持っているなら、何故そうしてくれなかったのか、そうしてくれていれば、姉は死なずに済んだかもしれない。プラウシャの心に湧いたそんな感情が、一つの言葉となってポツリとこぼれた。

「……どうして」

 その意図せぬ呟きに、思いも寄らなかった答えが返される。

「怖かったから」

「え?」
「死にたくなかったしね」

 湧き上がる感情の渦から意識を引き戻されたプラウシャは『英雄』が答えた意外な理由に目を丸くした。

「英雄って呼ばれる精鋭の衛士が、死を恐れるんですか?」
「そりゃな、だって俺中身は普通の一般人だもん」

 それを聞いたプラウシャは、最初に悠介と言葉を交わして感じた『普通の人』という印象を思い出し、姉の事を考える。記憶に残る姉の姿も、家に居る時はごく普通の女性だったと思う。任務の地ではどうだったのか知らない。

「ギアホーク砦で、何があったんですか?」

 ブルガーデンの一般民や末端の神民兵には詳しい内容が伝わっていないのだ。
 当事者である『ギアホークの英雄』に語られた内容、沢山の人が死んだということ、酷い事をされた人がいたということ、事件の全容を詳しく聞き出したプラウシャは、自分が如何に無知であったのかを思い知った。

 姉の風技は攻撃系ではないので、話にあった人達に直接危害を加えたりはしていないと思うも、その作戦に団員として参加していたことは事実。仕方が無かったとは思いたくないが、姉と戦って、姉を倒した人の生の声を聞く事が出来た意味は大きいと思える。
 所々欠損していたが、姉の遺体は綺麗だった。それは『彼』が神技によって修復してくれたモノらしい。悠介の人となりを知った事で、プラウシャは気持ちに整理をつける事が出来た。 

「隊長ー! 早速ブルガーデン娘を引っ掛けてるんすかぁ〜」
「ちゃうわっ お前と一緒にすんな」

 長城の下から囃し立てるような部下(フョンケ)の声が響き、悠介は身を乗り出してツッコミを返す。

「それじゃあ、俺は行くから」
「あ、はい、お話ありがとうございました」

 漆黒のマントを翻して去っていく『ギアホークの英雄』を、プラウシャは翳りが取れたような表情で見送るのだった。




 悠介達フォンクランク軍は一旦ディアノース砦まで引き上げ、衛士団の一部はそのまま砦に駐留して、闇神隊はサンクアディエットに帰還する事になる。ヒヴォディルも一緒だ。彼の手柄は『三倍以上の敵を悠介の敷く罠に追い込んだ』という内容にしておいた。

 ゼシャールドは政務関連の業務引継ぎやエスヴォブス王とリシャレウス女王との会談を設定するなどの作業を行う為、あと四、五日はパウラに残って活動を続ける予定だ。
 その後は『神器を女王にお返し』して側近の任を解かれ、ルフク村に帰って隠居生活に戻るつもりらしい。


 闇神隊とヒヴォディルがサンクアディエットに帰還したのはこの日から二日後、ザッルナーの火月の十日目の事だった。

 『ギアホークの英雄』が、今度は『ディアノースの英雄』としてフォンクランクに勝利をもたらせた。サンクアディエットの街はそんな噂で持ちきりである。ガゼッタに関する情報は不自然なほど含まれていない。エスヴォブス王の何時もの情報工作であった。
 闇神隊一行は多くのフォンクランク民に凱旋(がいせん)を祝されながら、ヴォルアンス宮殿に帰還した。

「戻ったかっ ユースケ!」
「おかえりなさい、ユースケさん」

「ただいま――って、なんでスンが宮殿(ここ)に?」

 帰還早々予想外の出迎えを受けて驚く悠介。ヴォレットは『わらわが呼んだのじゃ』と結論だけ答える。悠介達が砦建設に出発した日の夕方から宮殿に招き、ずっと一緒に過ごしていたらしい。理由を訊ねてもはぐらかされたが、大体察しはついた。

「スンが一人では寂しかろうと思ってな、ゼシャールドの事も聞かせてやりたかったし」
『要するに自分が寂しかったんだな』

「姫様! 不肖ながらこのヒヴォディル、無事任務を果たして帰還致しました!」
「おお、ご苦労であったな。父様もお喜びになるじゃろう」

 ヒヴォディルを適当に労ったヴォレットは任務の話を聞かせよと悠介にせっついている。ゼシャールドも数日中に戻るとあって、色々とご機嫌のようだった。ズルズルと何時もの部屋に連行されていく悠介を見送ったヒヴォディルは、その後に続くスンの姿を見て、ガゼッタ軍の白刃騎兵団とシンハ王を思い出す。

「ふむ……どうも彼等からは、国軍というよりも傭兵に近い戦闘集団のような気配を感じたな」

 あれは国家間の駆引きなど考えず、邪魔なモノは蹴散らしていく覇王タイプの人間だと、シンハの事を分析する。
 悠介を取り込もうと画策していたようだが、覇権主義国(ガゼッタ)に悠介の作る特殊装備やパウラ戦で見せたような出鱈目な神技が加われば、カルツィオに(あまね)く神技人の国々は簡単に蹂躙されてしまうだろう。

「これは、婚約者候補組が愚行に及ばないよう、僕が抑え役をしないとね」

 事ここに至って、ヒヴォディルは悠介に付くことを選んだ。積極的に交流していれば分かる事だが、悠介には身分や権力に対する野心が希薄で、ヴォレットの傍に親しく仕えていても、その夫の座を狙うような素振りは皆無と言って良いほど全く感じられない。
 それが分かってしまえば、婚約者候補組の焦りは実に滑稽に感じられる。よしんば、悠介にその気が湧いたとしても、それはそれで別に良いのでは無いかとさえ思えてくる。
 今までの人生で、名門ヴォーアス家の家督でありながら神技力が低い事に対する自身のコンプレックスにより、成り上がる事ばかり考えていたヒヴォディルは、自然体で接する事の出来る戦友(ゆうじん)を得た事で価値観に変化が起き始めていた。

「まあ、それはそれとして。国王様からの褒美はなっにっかな〜」

 初陣を果たして実戦を経験し、無事に帰還したという事実も彼の気持ちに余裕をもたらせる結果に繋がっていた。婚約者候補組の中でも、また宮殿衛士の中でも、実戦で手柄を上げた衛士はここ最近あまり居ない。そもそも機会が無いのだから。

 この日、宮殿上層階でスキップしながら廊下を行くヒヴォディルの姿が、使用人達の間で何度か目撃されたそうな。



今回で一先ず、フォンクランクとブルガーデンのゴタゴタは決着が付きました。次からはまたノンビリモードになる予定です。