獣族の邪神セラカニ 其の三
カルツィオの地に邪神・セラカニが光臨して、三十年の歳月が過ぎた。セラカニとアユウカスの密会は今も続いているが、彼らを取り巻く環境は少しばかり変化していた。
五年ほど前から、ガゼッタより派遣されていると思われる武装集団にノスセンテスの輸送隊が襲撃を受けて、物資を奪われる事件が頻発するようになったのだ。
無技の盗賊団は、巨大な城塞都市であるパトルティアノーストの特徴を巧みに利用しており、街の近くに潜んで、輸送隊が街に入ろうとする一瞬の隙を狙い、思わぬ場所から襲撃を仕掛ける。
ノスセンテス側は、街周辺の街道を整備して部隊を巡回させるなどの対策を取っているが、神技の波動を持たない無技人達は風技の索敵でも見つけ難く、あまり効果は上がっていない。
「そんな訳で、僕に何か対抗出来る物を作ってくれだってさ」
「ふーむ、お前の力は確かに色々と便利な物を作っては来たが……盗賊の襲撃対策に使えるような道具なぞ思いつかんな」
神議会も相当切羽詰まっているようだなと、屈託なく笑う幼い見た目のアユウカスに、齢五十歳を過ぎてすっかり皺も増えたセラカニは、笑い事じゃないんだがなぁと苦笑を返す。
パトルティアノーストの各種施設を補強改修し、中枢塔も仕上げて様々な仕掛けを施し、夜伽の義務にも応えるなど、ノスセンテスの発展に邪神の力で貢献して来たセラカニは、現在はほぼ隠居の身。
暇な時間が増えてからは、よく絵を描くようになっていた。元の世界に居た頃は、実は画家になりたかったのだそうだ。
「ところで、今日は何を描いているのだ?」
「その襲撃対策用の道具のイメージだよ」
『イマジナリー・クラフト』で新しい概念を持つ道具を作る場合、頭の中だけで考えるよりも、絵や文章に書き出してその物体の在り方を表した方がイメージもし易くなる。
特定の機能を持つ道具を作る際には、その機能を実現させるに足る資材が必要になる仕様なので、あまりに非現実的な機能を持つ道具は、実現させる為の資材が揃わないという問題があった。
それを解消する為に、より具体的に道具の概要を纏める事で、その機能をもたらせる為に必要な資材から作ってしまうという発想。彼なりに、自分の能力を昇華させたやり方だった。
「しかし、今さらだがわたしに見せていいのか? それは」
セラカニの描く絵を覗き込みながら問うアユウカスは、神議会にまたぞろ文句を言われるのではないかと気にする。アユウカスとセラカニの密会は、実は二十年以上も前から神議会の知るところとなっている。神議会は、邪神の力を国に貢献させるに当たり、優遇処置の一環としてそれを黙認していた。
あまりに重要な情報を漏らしたり、貴重な財宝を盗み出す手助けをする事には厳しく対処したが、ちょっとご飯を与えたり、雑談に興じるくらいは見逃しているのだ。
アユウカスが共鳴の力でセラカニの能力を使っている事までは把握していないようだが。
「僕はね、アユウカス。この国に拾われて、この力で貢献して来た事には誇りを持っている。人々の暮らしの助けになったと胸を張って言える」
だけど――と、セラカニは紙の上に線を引きながら続ける。
「ひとつだけ、後悔している事もある」
「それは?」
小首を傾げて問うアユウカスに、セラカニは少し言葉を選ぶように間をおき、おもむろに答えた。
「僕は、選択を間違えたんだ」
「ふむ……」
セラカニが何を間違えたのか、アユウカスには分からなかったが、わざわざ自分に話すという事は、彼にとって結構な大事なのだろうと察する。
「それは、今からでは取り返せないものなのか?」
「ああ、もう……何年も前の事だからね」
「そうか……」
それからしばらく沈黙が続き、しんみりした空気の部屋に、セラカニが走らせるペンの音だけが響く。アユウカスは長年の経験から、こういう時はただ黙って傍にいてやるのが良いと判断して、部屋を立ち去らず静かな時間を過ごした。
やがて、セラカニは絵を描く手を止める。
「よし、こんなもんだろう」
「できたのか?」
絵を覗き込むと、下の方にお皿っぽい物体。そこから点線が上に伸びて、上の方に筒のような物が描かれている。
「またよく分からん絵だな」
「ははは、これだけ見て何を描いてあるのか理解出来たら、それは天才を超越した異常者だよ」
そう言って笑ったセラカニは、作業に赴く時にいつも身に付けている鞄を背負うと、アユウカスを誘う。
「空中庭園に行こう。君にも見せておきたい」
「中枢塔か? かまわんが、今の時間は神議会の連中が詰めておらんか?」
「神議会は……皆老いたよ」
「うん? 確かにそろそろ次代へ引き継ぐ頃だと思うが……」
セラカニは大丈夫だから行こうと、アユウカスの手を引いて歩き出す。珍しく強引な彼に少し驚きながらも、アユウカスはセラカニと共に部屋を後にした。
中枢塔の屋上には緑と花に彩られた庭園が広がっており、カルツィオの大地を遥か遠くまで見渡せる。ここまでの道中、見張りの兵もおらず、誰何もされなかった。
庭園の中央付近にある円形の建物では、神議会のメンバーが会議をやっているはずだが、出入り口を固める騎士の姿も無い。
どうやらセラカニが改修に改修を重ねた事で、城塞内の要塞と化した中枢塔の『絶対安全神話』に胡坐を掻いてしまっているらしい。
ノスセンテスの全てを司る中枢施設だけに、塔内を移動する度に誰何と身元確認が行われていたのだが、以前からそれを煩わしく思っていた神議会は、中枢塔が跳ね橋を上げる事でパトルティアノースト内でも独立した状態になった事を機に、警備の配置を大幅に見直したようだ。
それでも、侵入は容易では無さそうである。
「ここはいつ来てもいいな」
風に吹かれながらぶらりと、空中庭園の散歩を始めるアユウカスを微笑ましく見つめたセラカニは、鞄から資材を取り出して道具造りに入った。
セラカニの邪神の力『イマジナリー・クラフト』を発動させ、先ほど描いた謎の相関図を元に、集めておいた様々な道具を資材に組み込んで円柱形の柱を作り出す。
資材用に集められた道具の中には、古の邪神によって作られた貴重な宝具も交じっていた。作業を覗きにきたアユウカスが、それらの宝具を見つけて確認する。
「うん? これは『遠見の筒鏡』じゃないか。こっちは『番の眼』か」
遠くを見通せる筒状の道具、いわゆる望遠鏡の超強力版である『遠見の筒鏡』は、例えばここから北方向を覗けば、湖を越えた先にあるフォンクランク国の街が見えるほどの望遠効果を誇る。
凄い道具なのだが、焦点があまりに遠過ぎて、使いどころが無い宝具である。
拳大の二つの水晶玉『番の眼』は、それぞれオスとメスに分かれており、オスの水晶玉に映った景色がメスの水晶玉にも映し出されるという効果を持つ。
これも十分に凄い道具なのだが、物が大き過ぎて隠密などで情報収集に持ち歩くのに向かないという欠点があった。
どちらか片方を失くしたり、破損すればただの水晶玉でしかなくなるので、やはり使いどころが無い貴重品として、長年宝物庫に眠っていた代物である。
「どれもこれも売れば良い金になりそうだな」
「使うんだから売っちゃダメだよ」
じゅるりと涎を拭くふりなどしつつ、『使えない宝具』の価値を測るアユウカスに、セラカニは苦笑しながら注意する。
「して、これらは何に使うのだ?」
アユウカスは、ここにある宝具はどれも武器になるような道具では無いので、盗賊団対策とは無関係かと思っているようだ。
「以前、遠見の筒鏡で空を観測していた時にさ、太陽と月の中間辺りの高さに石の塊が浮いているのを見つけたんだ」
「ほほう? 空に石とな」
セラカニの推察によると、カルツィオには地の果てがあるように、空にも果てがあると思われる。おそらく、この世界の空の果てに当たる部分が、浮遊する石を見つけた一帯ではないか。
「周期的に観測した限り、見つけた石の塊はずっとその場所に留まっているようなんだ」
その石の塊は、パトルティアノーストの真上にもある。肉眼では確認出来ないほどの大きさで、相当に高い場所であるそこに、『視点装置』を打ち上げるのだという。
「視点装置?」
「ああ、それがこれさ」
遠見の筒鏡と番の眼水晶のオスを組み合わせた視点装置・『神の眼』を空の果てに浮かべて地上を見下ろす。
『神の眼』で捉えた光景を、番の眼水晶のメスで受ける事で、地上にいながら上空からの視点を得られるという発想。
番の眼水晶の映像は、これまた別の宝具『拡大鏡』を加工して見易くするなどの工夫も凝らす。宝物庫に眠る使いどころの無かった貴重な宝具を、山ほど使って作り出す大発明計画だ。
『神の眼』の打ち上げ。打ち上げ軌道の安定化。打ち上げ後の『神の眼』の向きや位置の微修正にも、様々な『使いどころの無い貴重な宝具』が使われた。
そして夕刻。オレンジ色に染まった空中庭園にて。
作業を続けていたセラカニは、番の眼水晶のメスと、拡大鏡を組み合わせた装置を大きな皿型の枠に収めて、今回の装置の完成を告げた。
「……成功だ。アユウカス、見てごらん」
セラカニに促されてお皿の中を覗き込むと、そこには夕日の赤に照らされるパトルティアノーストと、その周辺の全景が映し出されていた。
街に出入りする旅人や、屋上区画を行き来している住人の姿も確認出来る。さらには、街の外周の死角部分に潜んで巡回の兵をやり過ごしている盗賊団の姿まで捉えていた。
「!……こりゃ凄いな! 全くやっかいな物を作ってくれおったわ」
「ははは」
素直に感心しながら困った顔をするアユウカスに、苦笑を返したセラカニは、これから直ぐそこにある神議堂までこの『神眼鏡』を届けに行くと言って歩き出した。
「ノンビリ歩いて行くから」
セラカニの意図するところを理解して肩を竦めたアユウカスは、直ぐにこの場から駆け出した。急いで無技の盗賊団――ガゼッタの戦士達に知らせて、引き揚げさせなければならない。
「アユウカス」
「うん? どうした?」
呼ばれて足を止めたアユウカスが振り返ると、セラカニは『神眼鏡』を掲げながら言った。
「僕の気持ちは、ここにある」
「……そうか」
分かったと頷き、アユウカスは今度こそ走り去る。
一本道の細い階段を駆け下りながら、今の言葉の意味を考えるアユウカス。セラカニが、自身の気持ちはノスセンテスにあると表明した。
(今後はもう、気軽に会いに行く事も出来んかもしれんな)
セラカニは、ここ数百年の間では結構長く、ヴィ・ザード以来の良い関係を築けた邪神だった。
往生の刻くらいは傍で看取ってやりたい気持ちがあったアユウカスは、少し寂しい気分になりながらも、ガゼッタの戦士達を救うべくパトルティアノースト内部の抜け道を駆け抜けていった。
――それから、およそ八七〇年ほどが過ぎた。
白族の末裔が嘗ての巨城を取り戻し、長く続いた神技人の時代が変革を迎えたカルツィオの大地。
今期に降臨した邪神ユースケによって、神眼鏡の中に隠されていたセラカニのメッセージが発見された。
そこには、後世に降臨する邪神に向けて送られたメッセージと、アユウカスへの恋文とも言える悔恨の思いが綴られていた。
我が愛しい白の盗賊へ
君がこの大地で生き続けているなら、いつかこれを見つけてくれるかもしれない。だから、ここに記しておく。
僕が間違えた選択は、あの日、君を選べなかった事だ。この国の在り方や、自分の立場に疑問を持った時に決断すべきだった。
僕は、君と一緒に生きたかった。その気持ちに深く気付いた時は、もう遅かった。余生を君と過ごすなんて、考えられなかった。老いた姿を、君に見られたくはなかったんだ。悠久の時を生きる君は見慣れているだろうけどね。
もっと若い頃に、君と生きる決断をすべきだったんだ。僕の後悔は、それだけだよ。
ついでに愚痴も書いておくよ。
あの頃、もっと誘惑してくれれば、僕は間違いなく陥落していた。若さ故の愚かな僕と、それを察する君の優しさを少し恨む。
「ふっ、あやつめ……」
思わず噴き出し、苦笑しながら呟いた里巫女アユウカスは『それならそうと言ってくれればよかったのに』と、内心で懐かしき友人、古の邪神に想いを馳せる。
セラカニの残したメッセージは、今期の邪神の心情にも少なからず良い影響を与えたようだ。
時代を越えて自分を手助けしてくれた古の邪神、獣族のセラカニに、白の盗賊だった里巫女アユウカスは、深い感謝と、しばしの黙祷を奉げたのだった。