27話:誤算
シャルナーの火月の十一日目――
ガゼッタの山岳地帯にある隠された古い一族の里。小さな砦のような城を構え、周囲には石造りのこじんまりとした建物が並ぶ、一見すると山奥に隔絶された集落のようにみえる。
それほど多くない建物群の中に一軒、他の建物とは毛色の違う社のような建物があった。
『よう、婆さん。まだしぶとく生きてたか』
『お前さんも大きゅうなったのう、よう育ったもんじゃ』
幼少の頃から馴染みである里巫女の所に顔を出した若い男は、互いに軽口を叩き合って親睦を示すと本題に入った。
『今度はどんなお告げがあったって?』
『うむ……邪神が降臨した』
『ほう? それはまた、どんな奴だ? 古の怪物か、四大神の祖か』
『四大神の祖に似た姿をしておった、恐らく人種じゃ』
先程までの和気藹々とした雰囲気は消え、若い男は真剣な表情で里巫女のお告げに耳を傾ける。
一族の悲願を叶える存在。太古の昔、カルツィオに降臨した邪神の一つに、白族繁栄の基となった邪神があった。尤も、その繁栄を滅亡に導いたのも、後の世に降臨した『ヴィ・ザード』という名が伝わる人種の邪神だったのだが――
『場所はフォンクランク領の辺りかの』
『人種か……ならば、今度は神技人の繁栄を打ち壊す存在なのか?』
白族の支配する世界に降臨し、当時は従民階級にあった特殊な力を持つ少数民族『色付き』と呼ばれる者達に『神技』という概念で力を与えた四大神の祖。邪神自身はその力を『魔術』と呼んでいたようではあったが。
『色付き』が自らを『神技人』と定めて力を振うようになり、次第に勢力を拡大し、やがては白族をこの地に追いやった。
『それは分からぬよ。じゃが、黒い頭部を持っておるのが見えた』
『ふむ……確かめに行くしか無いか』
白族繁栄の基となった邪神は『ヴィ・ザード』より以前に降臨した人型の怪物だった。その怪物の猛威は、色付き達が世界から大きく数を減らして少数民族となる原因となり、白族が繁栄の時代を築く流れの切っ掛けとなったのだ。
各地の無技の祠に祀られている邪神像こそ、その怪物の姿を象ったモノである。
古より代々受け継がれてきた白族の王に課せられる使命として、降臨した邪神の存在を確かめに行かなければならない。待望の人型、邪神像に近い黒のイメージ。里巫女の社を後にして城に戻った彼は、さっそく旅支度を整える。
『本当に一人で行かれるのですか?』
『それが王としての、俺の使命だからな』
『ですが、もし陛下の身に何かあれば……』
せめて護衛をと申し出る側近であり側室でもある女官を宥め、心配する彼女のお腹に触れる。
『既に俺の世継ぎはお前の中にもいるだろう』
『そ、そんな、まだ男の子か女の子かも分からないのに……』
そう言って照れる女官に接吻を与えて安心させると、彼はフォンクランクの地へ旅立った。
ザッルナーの火月の二日目――
『まさか、ヤツが邪神だったとはな』
ブルガーデンの動向を見張る監視からの急報が届き、パウラ侵攻を決意した彼は兵を集めるよう指示。国境に近い街に集結させつつ、ギアホーク砦跡に向けて斥候部隊を出し、本隊を少人数編成で目立たないように移動させ始めた。
『陛下、リシャ様の事はどうなさるおつもりで?』
『リシャの父王は既に亡く、今や彼女は籠の中の鳥。 一緒に解放してやるさ』
亡き王の理想を受け継ごうと頑張ってはいるようだが、あの小さな箱庭も、そのうちパウラの指導者に取り上げられるだろう。女王リシャレウスの保護では手元の無技人にしか救いが届かない事を指摘する。
『女王としての立場から、我々を受け入れる事はできないだろう』
「ならば、力尽くで解放してやるまでだ」
白金の大剣を掲げ、前方で防衛陣を敷く女王軍に向けて進撃する。少し勾配のある長城への平地を、足場の悪さも物ともせずに駆け上がる。鍛え抜かれた白族の末裔である無技の戦士達が、手に手に武器を構えては雄叫びを上げながら突撃してくる怖ろしい光景に、女王軍の神民兵達はリシャレウスの私兵になった事への誇りと忠誠心で何とか踏み止まっていた。
「むう、これはイカンのう」
壁の抜けた長城の二階部分から戦況を窺っていたゼシャールドが、住民の避難に回している神民兵を女王軍の援護に向かわせられないかと考えていたその時、長城の一部から紐の様な光が女王軍の前方に伸びて行き、長城が広い範囲に渡って発光を始めた。
次の瞬間、光の粒が舞うと同時に巨大な壁が、ガゼッタ軍の行く手を遮るような形で女王軍の正面に出現した。
進軍中のガゼッタ軍は突然前方の、女王軍との間に現われた巨大な壁に驚き、少し足並みが乱れる。シンハは全軍に立ち止まらないよう、壁を迂回する指示を出しながら後方のフォンクランク軍を振り返った。
「ユースケか!」
ガゼッタ軍と悠介のいるフォンクランク軍闇神隊との距離はかなり離れており、間に炎神隊衛士の率いる衛士団も追って来ている。悠介を護る部隊の総数は約二十程度。
神技を妨害する為に本隊から分隊を向かわせた場合、後方の衛士団を躱すのは難しく、余計な被害が予想される。
「後詰めの兵を出せ!」
シンハはより確実な方法を選んで早々に切り札を切った。
『さて、どうするユースケ』
悠介はカスタマイズメニューに映るノーマルな長城部分と壁を抜いた部分、目視での女王軍の位置などから大体の座標を割り出し、殆ど勘で巨大防壁を置いていた。ガゼッタ軍とはかなり距離があるので、目測で正確な位置を捉えるのは難しい。
カスタマイズメニューで更なる操作を続けている所へ、周囲を警戒していた索敵役から敵部隊の接近が告げられた。
「後方よりガゼッタ軍の騎兵接近! 数、凡そ四十騎!」
「やべえ! さっき引き上げてった奴等か」
「隊長! 衛士団を呼び戻しましょう」
「必要ない」
闇神隊と衛士隊二十人の内、戦闘用の神技を使える者は半数程だ。倍近い数の騎兵で突入されれば、成す術もなく蹂躙されてしまう。焦る衛士達に対し、悠介は『まだ距離がある』と言ってカスタマイズ操作を続ける。
そうして予定していたモノを組上げると直ちに実行、反映させた。防護陣を敷く衛士達の前方に、広い石畳が出現する。
「全員、石畳の上に乗れ!」
荷馬車から飛び降りた悠介が、そう叫んで走り出す。直ぐに反応した闇神隊メンバーに続き、護衛の衛士達も揃った動きで石畳を目指して移動を始める。こちらに向かって突進して来るガゼッタ軍の騎兵は、既に五十メートルほど離れた位置にまで迫っていた。
「みんな乗ったか? 乗ったな? 地面に立ってる奴いないな?」
悠介は全員が石畳の上に乗っている事を確認すると、カスタマイズメニューをスッと一弄りして実行ボタンを押した。縦、上下に移動できるなら、水平、横にだって移動できる筈だ、という発想のもとに実験済みだった仕様上の反則技。
闇神隊と衛士隊の二十人は、光の粒が舞い消えると同時に、長城付近に陣取る女王軍の隣に出現した。
「な、なんだと!」
巨大防壁を迂回しながら後詰めの兵達が闇神隊に突撃する様子を見ていたシンハは、驚きのあまり声を上げた。いきなり部隊が掻き消えたかと思ったら、突如として女王軍の隣に現われたのだ。
「部隊ごと転移させたのか……! なんて出鱈目な」
「陛下! このままでは前方の女王軍、闇神隊と後方のフォンクランク衛士団に挟撃されます」
「分かっている、騎兵をこちらの援護に向かわせろ」
突然目標を見失って呆然としている騎兵隊に本隊の援護に回るよう風技の伝達を飛ばし、巨大防壁を逆に利用して背後からの攻撃を凌ぐ算段をつけていたシンハは、悠介の力が想像以上だった事に作戦の修正を考える。
各国の無技の村に出撃させてある別働隊に連絡を付け、保護の名目で悠介と親しい者の身柄を優先的に確保させる。今回の戦いで世界に対してガゼッタの力を示す事に失敗しても、『邪神』をガゼッタに招く糸口は掴んでおきたい。
「確か、スンという娘だったな……伝達兵!」
長城付近に文字通り瞬間移動した悠介の率いる部隊は、とりあえず回れ右をしてガゼッタ軍に向き直ると、女王軍に山側へ下がるよう要請した。女王軍は『邪魔だから下がれ』と言われたようなもので、神民兵たちが憤りを見せる。
しかし、女王リシャレウスはゼシャールドやレイフョルドからも聞いていた闇神隊衛士が、これほどの力を使う者ならば、彼等に任せた方が良いかもしれないという判断を下した。
女王の判断によって『フォンクランク軍にガゼッタ軍を撃退する役目を与える』という名目で体面を保ちつつ、女王軍は壁の抜けた長城を潜ってボーザス山側に後退を始める。
悠介が長城を見上げると、二階部分から顔を出したゼシャールドが軽く笑みを向けて手を振った。暫し互いに視線を交し合う。
「女王軍、後退します」
「ヒヴォディル衛士団、壁を迂回するガゼッタ軍の側面に迫っています」
「後方の騎兵が動き出しました、ガゼッタ軍と合流するつもりのようです」
「よし、ヒヴォディルに合図を送る準備をしてくれ。他は水鏡軍の援護を頼む」
幾分、落ち着いた様子で指示を出す悠介に、衛士達がキビキビと動き出す。悠介はカスタマイズメニューに先程組み上げたマップアイテムデータを呼び出しながらそれを設置、反映させるタイミングを計っていた。
水鏡軍と対峙していたイザップナー陣営の精鋭団も状況が二転三転した上に、女王軍と水鏡軍、フォンクランク軍がガゼッタ軍相手に共闘を始めた事で混乱を極め、イザップナー最高指導官からの交戦命令を無視して女王軍に投降する者が出始めた。
やがて、巨大防壁を迂回して現われるガゼッタ軍。悠介は彼等が防壁に近い場所から現われた事を幸運とばかりに、マップアイテムデータを反映させる。悠介のカスタマイズによる地形干渉型の間接攻撃は、その性質上、対象の近くに干渉できるマップアイテムが必要になる。巨大防壁を逆利用しようとしたシンハの目論みは、そういう意味で裏目に出た。
防壁から伸びる光の壁が、白刃騎兵団をぐるりと囲む。百人にも及ぶ無技の戦士達を巨大な壁で囲むとなると、相当な量の石材が必要になるのだが、幸い材料は腐るほどあった。長城の上半分程が広い範囲に渡って次々と消えていく。
「へ、陛下! これは……っ」
「まさか、俺たちごと壁で閉じ込める気か!」
巨大な石の壁に閉じ込められるような形で進軍を止められた白刃騎兵団の中で、シンハは先程の部隊ごと転移させるような出鱈目な神技を考えれば、巨大防壁を幾つも出現させて部隊ごと囲む位の事はやりかねない事に、今更ながら気がついた。
「くっ 俺の失策だ……常識を当て嵌めて考えるべきではなかった」
奇しくもイザップナー最高指導官と同じ轍を踏んでしまったシンハ率いるガゼッタ軍白刃騎兵団は、一度も交戦相手と刃を交える事無く『捕獲』されてしまったのだった。
その後、隔離防壁の傍まで追いついたヒヴォディルの衛士団に外周部分の階段を上るよう指示を出した悠介は、隔離防壁の上から白刃騎兵団を見下ろしては『これで楽に殲滅できる』と高笑いをしているヒヴォディルに攻撃不許可を申し渡し、後詰めのガゼッタ軍に進軍中止を呼びかけた。ガゼッタ軍の騎兵隊は本隊を人質に取られてしまったので、動くに動けなくなった。
「残りの精鋭団を全て議会堂に集結させろ、こうなったら戦闘後の活動で巻き返すしかない!」
イザップナーは残った戦力で議会堂に立て籠もると、民衆を煽って継続的な内乱状態を引き起こし、そこから巻き返しを図ろうと策を練る。先ずは女王が隣国の兵を領内に入れた事でパウラの長城防壁を滅茶苦茶にされたと指摘、フォンクランクの策略に乗せられてガゼッタの侵略にフォンクランク軍の力を頼るという国辱的失策を犯したと流布する。
女王直属の側近となったゼシャールドはフォンクランクの工作員であると認定して『ブルガーデンの中枢はフォンクランクにしてやられた』という事実を逆に利用する事で、女王の失策はブルガーデンの全神民に屈辱を与えたとして糾弾する方向で動く。
その為には、ゼシャールドを何とかしなくてはならない。女王を援護するフォンクランクとの繋ぎ役を排除しておかなければ、エスヴォブス王の女王リシャレウスを起点とした融和政策に対抗できなくなる。水鏡に潜り込ませたベルーシャの任務遂行が待たれた。
「まだだっ まだ何とかなる、ガゼッタ軍の処理に兵力を割かれる筈だからこっちに回せる分は……」
ブツブツと今後の展望に対する策を口にしつつ、民衆を煽る為の演説文を考える。イザップナーは書き損じた書類を乱暴に丸めて投げ捨てると、喉の渇きを癒す為に水差しとカップを使おうとして、ガシャガシャと陶器を鳴らした。
そこで初めて自分の手が酷く震えている事に気付く。手を懐に突っ込んで震えを隠しながら尚も策を練り続ける。
「とにかく女王の民衆支持を落とさねば……、おいっ! ヴォーメストはどうした! 伝達係っ!」
実際には、内乱を起こした当事者であるイザップナーにはもう、起死回生の策など残っていない。水鏡を制圧出来ず、精鋭団を撤退させた時点で既に勝負は付いていた。イザップナーが生き残る道は、女王の恩赦に縋るか、国を脱出する以外に残されていない。
「精鋭団の集結はどうなってる! 早く報告に来んか! まったく……なにをやっているんだ……急がないと……」
議会堂の最高指導官執務室にて、独りブツブツと策を呟くイザップナーの元に、腹心のヴォーメストが現われる事はなかった。