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本編
26話:邪神の咆哮




 大多数の一般住民が内乱騒動に気付く事無く寝静まっている要塞都市パウラ。水鏡本部のある長城部分の二階内部通路では、襲撃を仕掛けて来たイザップナー陣営の精鋭団と、迎え撃つ水鏡陣営の神民兵との攻防が続いていた。
 精鋭団による襲撃が行われる直前、一人の精鋭団員が自らの危険を顧みず、水鏡本部に襲撃情報をもたらせた。

「あ、ゼシャールド殿」
「どんな様子じゃね?」

 水鏡本部の一室では、戦闘で負傷した者に水技の治癒が行なわれている。その部屋の片隅では、集まった数人の水技隊員達が一人の女性に懸命な治癒を施していた。肩の辺りが焼け焦げた水の団の制服を纏う妙齢の女性。彼女が襲撃を知らせてくれたのだ。

「通路の攻防は膠着状態です、彼女は火傷が酷くて我々の水技では……」
「うむ、ワシがやろう」

 ゼシャールドが治癒の力を行使すると、女性の皮膚がみるみる再生していく。ただでさえ熟達した治癒の使い手であるゼシャールドの力に神器の効果が上乗せされる事で、治癒系水技史上類を見ない程の驚異的な治癒効果が発揮されるのだ。
 通常なら十数日は掛けて癒す炎技による火傷を、痕跡も残さず瞬く間に治癒してしまった。

「凄い……これが、神器の力ですか」
「良かった、彼女が知らせてくれなかったら味方の怪我人はもっと増えていた所でしたからね」

 女性の回復を喜ぶ水技隊員達は、次々と部屋に運び込まれて来る負傷者の治癒活動に勤しんだ。まだ意識を失ったままの彼女をベッドに残し、ゼシャールドは重傷者に治癒を施しながら水鏡軍の指揮を執る。
 先程レイフョルドが女王リシャレウスの元へ走ったので、この事態は直ぐに伝えられる筈だ。

「さて……ユースケの援護は間に合わんかもしれんのう」

 イザップナーが今日このタイミングで仕掛けて来たのは、水鏡の戦力バランスと天候による地の利を最大限に活かした戦略であろう事が読み取れた。水鏡の設立宣言と同時にフォンクランクも動いていたので、イザップナーは纏まりきっていない再編中の戦力で外敵への備えと、水鏡勢力への牽制を行わなければならず、勢力拡大を阻止する手段も封じられていたのだ。
 このまま水鏡から女王へ実質的な戦力が流れ、女王の力がイザップナーと並んでしまえば、権威と民衆支持の差によってブルガーデン国内での発言力、権力者としての立場は逆転してしまうだろう。
 それを阻止する為には、強引な手段を持ってしても水鏡を潰す必要があったのだが、水鏡の勢力が危険な領域まで拡大すると同時に国境からフォンクランク軍、それも曰くのある闇神隊が睨みを利かせるという状況に追い込まれていたのだ。

 昨日までの三日間降り続けた雨は、イザップナーにとって正に恵みをもたらせる雨となった。




「戦況はどうなっている?」
「ほぼ予定通りです、襲撃を知らせたベルーシャは重症を負って水鏡陣営に保護されました」

「よし、後はゼシャールドが討たれるのを待つばかりか」
「失敗した場合に備えて、少し押しておきますか?」

 ヴォーメストの提案に、イザップナーは『そうだな』と許可を出した。この内乱演出は失敗すれば誤魔化しが利かない反乱行為である。故に、ここで確実にパウラから女王勢力を排除しなければ、自分に後が無いのだ。

 ついさっき、国境の砦を監視している者からフォンクランク軍が出撃体勢に入ったという知らせが届いた。砦の位置から現在戦闘が行われている長城部分までは、通常ならば馬車の高速走行によって直ぐに駆けつけられてしまう距離だ。時間にして凡そ四十分程。
 しかし、今は地面の状態が最悪に近く、夜なので視界も悪い。いくら風技の補佐があっても、多くの兵を乗せた重みで馬車の車輪が泥の中に沈み込み、満足に走れない事が予想される。
 通常速度でどうにか進む事は出来るであろうが、長城付近に到着するのは()も昇りきる頃だろう。その時にはとっくに決着が付いているという訳だ。今の所、全て計算通り事が進んでいる。

「ふふん、ギアホーク砦のお返しにゼシャールドの死体を返してやるのも面白いか」

 気運は自分に向いている。イザップナーはそう確信していた。






「隊長! 起きて下さい、ユースケ隊長!」
「ほわっ? なんだなんだ」

 夜遅くまで作業を行い、少し前から横になっていた悠介は息せき切って部屋へ飛び込んで来たエイシャに叩き起こされた。

「パウラで内乱です! 先程ゼシャールド氏の『水鏡』とイザップナー陣営の精鋭団が交戦状態に入りました!」
「!っ 遂に動いたか」

 夜の眠りに付いていたディアノース砦は、走り回る衛士達の気勢で俄かに緊張感が増していく。出撃準備を整えるよう指示を出して隊服に着替え始めた悠介は、深夜まで行なっていた作業が功を奏しそうだと馬車の新装備の事を思い浮かべた。


 悠介が砦前に下りて来ると、準備を整える馬車の周りに作業員が群がり、出撃予定の衛士達は既に整列をしていた。ヒヴォディルもキッチリ炎神隊の隊服に身を包んで己が率いる衛士団に指示を飛ばしている。

「おおっ来たかユースケ、いよいよ出陣だな! さあ、衛士達を鼓舞する演説でもくれたまえ」 
「パス。 フョンケ、馬車は行けそうか?」
「もうちょい待ってください、あと二台ってとこっす」

 衛士隊馬車を特別仕様に換装する作業を見守りながら、準備を終えた馬車から乗車を開始させる。特別仕様の馬車には、ぬかるんだ地面の上でも速度を出せるよう、車輪の代わりにソリ板を装着してある。悠介は夜遅くまでこのソリ板作りをしていたのだ。

「ちょっと待ちたまえユースケ! 出陣には演説が付き物だろう? それに僕は初陣だよ初陣!」
「じゃあお前に任せる」

「なにっ よし、任されよう」
「手短になー」

 ヒヴォディルの演説をBGMに出撃準備が進められるディアノース砦。雨上がりの澄んだ夜空に星が瞬き、土の匂いを運ぶ湿度の高い風が、頬を撫でて髪を靡かせ、漆黒のマントを(ひるがえ)す。ようやく眠気が抜けてきた悠介は、一つ深呼吸して気持ちを整えた。

「出撃準備完了しました! 何時でも出られます!」
「よし……行くか」

 闇神隊の悠介率いるフォンクランク軍衛士団五十名が、パウラの長城付近を目指してディアノース砦を出撃していった。






 パウラで勃発した内乱により、水鏡陣営の神民兵とイザップナー陣営の精鋭団が交戦を始めて約一時間程が経過した頃――

「報告します! フォンクランク軍と思われる車列が多数接近中!」
「なんだと! よく確認しろっ」

 突然もたらされたフォンクランク軍接近の報に、イザップナーは思わず声を荒げた。襲撃の直後から出撃したとしても早過ぎる。上道に配置する予定の防衛部隊にも招集を掛けるべきかと考え、現場の指揮に出ているヴォーメストを呼ぶよう指示を出した。

「一体どんな手を……いや、相手は砦を一瞬で建てる等という奇妙な神技を使う闇神隊だ」

 常識を当て嵌めて考えるべきでは無かったかと、思わぬ計算違いに歯噛みする。だがまだ地の利は自軍にあった。パウラの長城部分は四階建ての建物に匹敵する防壁である。上道と長城内部からの迎撃により、そう簡単には攻略出来ない造りになっているのだ。

「来たか、ヴォーメスト」
「どうやら、フォンクランク軍の横槍が入りそうです」
「ああ、だが奴等を長城に入れなければいい」

 水鏡との戦闘は長城内部の通路上で行われているのだ。外からでは手出しできない事に変わりは無い。

「上道に防衛部隊を率いて迎撃しろ、長城に近付かせるな」 




 長城の外壁を視認できる辺りまで進軍した所で、悠介達は馬車を降りて散開する。既にブルガーデン側から多数の索敵が向けられている事を確認していた。

「やっぱ足場が悪いな」
「隊長、長城の上道に向こうさんの部隊が出て来たようですぜ」

「迎撃部隊とかは?」
「無いでしょう、上から神技やら弓やらで射る方が楽で確実ですからね」

 次々と降車した衛士達は所定の位置に付くと、総隊長(ユースケ)からの命令を待つ。辺りが暗いお陰で、悠介は大部隊を預かる緊張が幾らか(ほぐ)されていた。とりあえず、手筈通りに行こうかと全軍前進の合図を送る。

 長城の上道に配置された防衛部隊の射程ギリギリまで近付き、そこで一先ず待機。ゼシャールド率いる水鏡軍と交信を試みるも、風技の妨害が強くて伝達の風は届かなかった。

「防壁部分の小窓で時々光ってる所がありやすね……多分、あの辺りで交戦してるんだと思いやすが」
「適当に突っ込む訳にもいかないしな、資材は着いたか?」

「今到着しましたぜ、やっぱ重いんで中々進めなかったっすよ」

 砦の建設にも使った角石の小さいサイズのモノを満載した荷物用馬車三台が、衛士隊馬車よりも少し遅れて現場に到着した。運搬の指揮を任されていたフョンケが首を回しながら報告に来る。

「よし、じゃあ始めるか」

 悠介はヴォーマルが当たりを付けた防壁部分を睨みながら、荷馬車の角石からメニュー画面を開いてカスタマイズを始めた。

 ギアホーク砦で角石を降らせた時にも使った方法。角石を縦に繋いで距離を稼ぎ、その先を長城に繋いで結合、グループアイテム化してしまう事で、遠距離から『要塞都市パウラ』を直接カスタマイズするという戦法だ。
 何層かに別れた要塞都市の長城部分、角石と繋がった接続部の辺りから弄り始める。


 長城の上道にてフォンクランク軍を警戒するブルガーデンの防衛部隊は、先程そのフォンクランク軍が集結している辺りから光の紐のようなモノが伸びて来たと思ったら、長城防壁の下部にぶつかり、そこに細長い石柱が繋がっている事を確認した。

 防衛部隊の指揮を執るヴォーメストは、報告からギアホークの英雄が使う神技とその現象に付いて『事前に光を発する』ということを聞いていたので、明らかに何かの仕掛けに違いないと判断し、あれは何だとざわめいている部下達に石柱の破壊を命じる。

「どうした、早く破壊しろ」

「そ、それが……」
「炎玉の効果、ありません!」
「同じく、氷槍の効果なし!」
「風刃、効果なし!」

 土技で石の塊りも落としてみたが、細長い見た目と裏腹に角石の石柱はビクともしなかった。

「くそ……、一体何で出来ているんだ」

 終始沈着なヴォーメストも流石に焦りを感じ始めたその時――

「……っ いかん! 全員退避っ!」

 長城が彼等のいる場所も含め、広範囲に渡って発光を始めた。


 ボーザス山から吹き下ろす風が、長城の中を吹き抜けていく。この長城防壁が建設されてから、ボーザス山を下りて来る風はそこで阻まれ、長らく麓の大地を撫でる事は叶わなかったのだが、長城に面した大地は十数年ぶりにその風を浴びた。

「うわあーーっ な、なんだこりゃあ!」
「ど、どうなってる! 敵の罠か?」

 長城は角石が繋がった部分から左右に約百メートル近くに及ぶ範囲で壁が無くなり、内部の構造が横から丸見えの状態になっていた。強度不足で崩れ落ちないよう柱と床や天井は補強がされている。
 通路で戦闘を行っていた水鏡陣営の神民兵とイザップナー陣営の精鋭団は、いきなり劇場の舞台にでも放り出されたような錯覚を覚えた。対峙する両陣営の部隊を横から眺める形になったフォンクランク軍の衛士団も、あまりの出来事にあっけに取られる。

「うわっはははは! こりゃおもしれえ!」
「フョンケ! 作戦の最中に馬鹿笑いは止めなさい、不謹慎よっ」

 この場にいる全軍が動きを止めている中で、闇神隊のメンバーだけが何時も通りの行動を見せていた。

「えーと、全軍攻撃?」

 皆が固まっている為、悠介は疑問系で攻撃命令を下した。フォンクランク軍から、吹き抜けになった長城内部にいるブルガーデンの精鋭団に向けて、最初の一撃を放ったのはシャイードだった。

「痛てぇ! って、うわあぁーーーー……――」

 闇神隊の短剣効果で威力の増幅された水球が飛んで行き、ぼけっと突っ立っていた精鋭団の一人を向こう側へ弾き落とす。その一撃で我に返った精鋭団は、とりあえず僅かに残った遮蔽物となる柱の影に身を隠すと、横からの攻撃に備えた。

「隊長、水鏡軍に加勢する宣言を」
「あ、そか。イフョカ、声頼む」
「はい」

 風技の伝達には特定の対象に向けて密かに声を届ける使い方の他に、声の波動を増幅させて一帯の空気に乗せる事で広範囲に響かせる『広伝』という技法がある。イフョカの風技によって増幅された悠介の声が、戦場となっている辺り一帯に向けて響き渡った。

「――えーフォンクランクから来ました闇神隊隊長の悠介です。我々は水鏡軍を援護するのでヨロシク――」

 一瞬、戦場の喧騒が静まり返った。

「あ~……隊長、今のでいいんですかい?」
「ユースケ! 幾らなんでもその『広伝』はないだろう!」
「まあ、在る意味、隊長らしいとも言える」

 汗をたらりを一筋流しつつ確認を取るヴォーマル。『僕の隊の紹介が無いじゃないか』とポイントのずれた抗議を向けるヒヴォディル。シャイードは『悠介らしさ』に理解を示し、フョンケは腹を抱えて笑い転げては、エイシャに注意されていた。

「しょーがないだろ、口上とか演説とか経験ないんだから」

 寧ろ敵の動きを止める意表を突いた『広伝』だっただろうと、悠介は開き直った。 味方の動きも止めたが。


「とにかく、水鏡軍を援護してフォンクランクにちょっかい掛けてくるパウラの指導者を叩く! 適当に攻撃開始!」
「了解! 全軍、攻撃開始せよ!」

 気を取り直して攻撃命令を放つ悠介。復唱されたそれは直ちに実行に移される。フォンクランク軍からの攻撃は距離があるので殆ど殺傷力は得られないが、吹き抜けの通路で正面の水鏡軍と対峙している精鋭団にとっては厄介かつ理不尽極まりない攻撃だった。

「くっそお……味方の援護はどうなってる! これじゃ制圧どころか、こっちが壊滅しちまうぞ」
「ここじゃどうにもならん! 壁のある所まで後退だ!」

 ジリジリ後退を始める精鋭団を、水鏡軍は深追いせずとも確実に通路の前線を押し上げていく。フォンクランク軍は遠くから精鋭団を狙い撃ちにして、こちらもチクチクと確実に相手の戦力を削っていく。

 両軍共に暗くて視界が悪い中での神技による射撃戦なのだが、敵味方の放つ神技の光によって位置が浮かび上がる通路上の精鋭団に対し、フォンクランク軍は野外に陣取っているので殆ど闇に隠れて位置を悟らせず、水鏡軍との連係で反撃の間も与えない。

 ようやく長城の上道にいた防衛部隊が迎撃位置に戻ってきて反撃を開始するが、こちらの攻撃と同じく距離があるので、偶に直撃を受ける衛士が出るも大した怪我にすらならなかった。

 東の空が徐々に深い青から紫色へと変化を始め、夜明けの訪れが告げられる頃。楽勝ムードが漂う中、索敵をしていたイフョカがフォンクランク軍の左後方から近付いて来る大きな気配を感じ取って警戒を発した。
 ディアノース砦に居る間、ずっと感じていた無技人の気配。他の索敵係もそちらの方角に索敵の風を放って警戒する。

「左後方より騎馬隊多数接近! いや……、進行方向はパウラの長城、戦闘区域と思われます!」
「騎馬隊だって?」

「神技の波動が感じられない……まさか」
「騎馬隊さらに接近! か、数およそ二百!」

 二百騎もの大部隊が近付いているという報告に、衛士達からざわめきがあがった。フォンクランク軍の全衛士達が意識を向ける方角から、ぬかるんだ大地の泥を蹴散らす馬の(ひづめ)の音が近付いてくる。そして――

「無技の戦士だ!」

 暗闇を切り裂く朝陽の光を側面に浴びながら、剣や弓で武装した無技の民の戦闘集団、白の軍団が現われた。


 突然現われた白の軍団は、混乱に陥り掛けているフォンクランク軍から約五百メートルほど南に離れた付近で停止すると、そこで一斉に馬から下りて隊列を整える。戦闘員では無いのか、半数近くが馬を引き連れてその場から離れて行った。
 それでも百名近い武装した無技の戦士が、隊列を組んでパウラの長城を睨む位置に陣取ったのだ。よく見ると、彼等の中にもチラホラと赤や青、緑といった色の髪を持つ神技人らしき姿が混じっている。

「――我々はガゼッタの白刃騎兵団である。シンハ王の命により、ギアホークの英雄ユースケ殿に御味方する――」

 ガゼッタ軍から発せられた風技の『広伝』が辺り一帯に響き渡った。ガゼッタは表向き普通の等民制国家を装っているが、国土の大部分を占める山岳地帯の奥には無技の王を頂く古い王都があり、領内各地に無技の戦士を育成する施設があると噂されている。

 噂でしかなかった無技の軍団によるガゼッタの参戦。混乱するフォンクランク軍の中で、悠介はカメラマンがファインダー越しでならどんな地獄へでも踏み込んでいけるが如く、カスタマイズメニューの画面を通して気持ちを落ち着けながら事態に対処する。

 一つずつ情報を整理し、こちらの味方をすると言っている事。シンハを王と呼んでいた事等を取り纏める。総隊長の悠介が毅然として冷静な態度を見せている事と、敵では無いらしいという話から、混乱していたフォンクランク軍は次第に落ち着きを取り戻す。

「隊長、やっこさん達、うちと水鏡の連係とか分かってるんでしょうかね?」
「うーん、どうだろう?」
「彼等の援軍が無くとも、このまま押せば水鏡はパウラの指導者を排せる筈だ」

 味方に付くとは言われたものの、国交も浅かったガゼッタ、それも存在が明らかにされていなかった無技の軍団という不確定要素の参戦は、正直なところ場に混乱をもたらせるダケだ。部下達と相談した悠介は、ガゼッタ軍に返答の『広伝』を行った。

「――援軍、感謝する。しかし、我々は無闇に犠牲をだすつもりはない。布陣するだけに(とど)めて頂きたい――」

 指揮下に入るなら進軍を中止してくれと要請を出す。ちなみに、台詞はヒヴォディル監修である。これに対するガゼッタ軍からの返答は、『この戦いで味方はするが、同胞の解放目的もあるので我が軍の指揮権はこちらが有する』というモノだった。

「……こりゃあ、きな臭せぇですぜ」
「ああ、中々したたかな連中のようだな」
「どういうことだ?」

 これは悠介に味方する事を口実にしながら、フォンクランクの武力介入に乗じたガゼッタによるブルガーデンへの侵攻作戦だと断ずるヴォーマルとシャイード。悠介が二人の見解に詳しく耳を傾けようとしている所に、また新たな『広伝』が響き渡る。

「――ワシは女王直属組織水鏡のゼシャールドじゃ――」

 今度は水鏡からゼシャールドの声で『広伝』が発せられ、懐かしい声の響きに悠介は思わず長城を振り返った。

 威厳のある重い響きで語られたのは、女王の政策によりブルガーデンの無技人は保護され、今後はその政策がとられること。武力衝突の規模は小さく、長城にいるのは殆どが民間人なので、ガゼッタの侵攻は認められないとする内容。

 ゼシャールドはガゼッタ軍をフォンクランクの援軍とは見做さないと宣言した。ゼシャールドもヴォーマル達と同じ結論に辿り着き、ガゼッタ軍を牽制しながら悠介を援護する為の策として放った『広伝』だった。

「――同胞の解放戦争ゆえ、ブルガーデン側の言い分には応じない――」

 ガゼッタ軍はそう返した。更に、女王の保護という名目は認めず、女王に所有される同胞の解放にも動くと明言する。それは明らかに宣戦布告とも言える内容である。三つ巴の様相を呈してきた広伝合戦が続く中、戦闘は小康(しょうこう)状態(じょうたい)に入っていた。

「何か、ややこしくなってきたぞ?」
「!っ 隊長、長城の山側から新たな部隊が!」
「ブルガーデンの援軍っすかね?」
「いや、あれは……女王の旗印だ」

 吹き抜けの長城を挟んで山側から戦場に現われた新たな部隊は、内戦に備えてコフタに集められていた女王軍の実戦部隊だった。

「――私はブルガーデン女王、リシャレウス・トゥール――」

 女王の凛とした声が響き渡り、フォンクランク軍の介入は条件付で容認するが、ガゼッタの侵攻には徹底抗戦すると宣言する。女王自らの登場と『広伝』に、所属軍問わずこの場にいる兵士達からざわめきや歓声が上がった。

 そこへ、水をさすようにイザップナー最高指導官の戦いを鼓舞する声が響き渡る。

「――フォンクランクとガゼッタの謀略による侵略を許すな、同志達よ! 敵を迎え撃て!――」

 ブルガーデンの神民兵、精鋭団問わず、女王に傾きかけた気運を引き戻そうと、外敵の存在を指して危機感を煽る事で全軍の掌握を試みる。イザップナーが今の地位に上り詰める過程で頻繁に行った民衆を動かす手法、彼の得意技でもある。

「――なりません、直ちに戦闘を止めなさい。イザップナーは兵を退きなさい。住人の避難を優先するのです――」

 水鏡軍の神民兵とイザップナー陣営の精鋭団が吹き抜けの通路で対峙、女王軍は壁の無くなった長城の下を潜ってガゼッタ軍を牽制する位置へ移動を始め、フォンクランク軍は神民兵と精鋭団が睨み合う吹き抜け通路の横合いに布陣。
 ガゼッタ軍はフォンクランク軍よりも更に南側付近から長城を睨む。位置的には正面に水鏡軍の背後を見ている辺りだ。

「なんだこの状況、随分混沌としてきたな」
「……うーん、ユースケ。これはかなり厄介な状況になってきたようだぞ?」
「見りゃあ分かる、下手すりゃ五つ巴だ」
「いや、そうじゃない」

 ガゼッタの動向について、態々軍の対峙しているこの場所に堂々と現われたのは、自分達の存在を世界中に宣伝する意味もあるのだろうと、己が分析した内容を語るヒヴォディル。今回ここでの戦いには、他の国々も注目している筈なのだ。

 フォンクランクとブルガーデンの衝突を見越して参戦し、ギアホークの英雄を助けるという名目の元、ブルガーデンの無技人解放を掲げてパウラに侵攻。ブルガーデンの神技人住民に多数の死者を出した場合、各地で無技人への報復弾圧が予想される。
 結果、無技人達は救いを求めてガゼッタを目指すようになる。それに伴ってガゼッタの国力は増し、戦力も増強されていく。

「このまま事が進めば、エスヴォブス王の狙いも潰されて僕等もただでは済まないよ」




 辛うじて壁が残っている水鏡本部で、ゼシャールドは神民兵達の指揮を執りながらガゼッタの狙いについて考察する。
 このままガゼッタの侵攻を許せば、例えこの一戦を退ける事が出来たとしてもブルガーデン内部では紛争が治まらなくなるだろう。内部紛争を治められても、フォンクランクとは戦争状態になる事が予想される。

 ガゼッタと戦う為に、ブルガーデンがフォンクランクと同盟を結ぶ可能性は低い。これまで一方的にブルガーデンから被害を被っていたフォンクランク。ガゼッタ参戦で一方的に被害を被る事になるブルガーデン。
 ブルガーデンに混乱をもたらせたのはフォンクランクの策略であり、その策略に乗ったのは女王である。双方に争いの原因となる要素が多過ぎるのだ。ガゼッタは纏まり掛けていた二国を最悪の状況に(おとしい)れる一本の凶矢である。

『シンハ王……こやつの狙いは、無技の民による世界の転覆、それにユースケの確保か』




 ガゼッタ軍の中央で部下の兵達に囲まれながら、参謀とパウラ攻略について作戦の最終確認を行うシンハは、古より続く己が一族の悲願である白族帝国の再興、その第一歩となる戦いに静かな闘志を燃やしていた。

「この戦いが終わった時、ギアホークの英雄は神技の民の敵と見做されるか……」

 フォンクランクも他国からの敵対を恐れてギアホークの英雄を処罰する方向に動かざるを得ない可能性がある。その場合、処分されるならそれもよし。潔く死を受け入れるも、足掻き至らず死を迎えるも、死ねばそこまでの男だったという事だ。
 生き延びてガゼッタに亡命するなら尚よし、その時は大いに恩遇を持って迎え入れよう。シンハはそんな考えを巡らせていた。

「出撃準備、整いました」
「よし……風技の補佐を始めろ」




 ヒヴォディルの分析を聞き終えた悠介達が深刻な状況に唸っている時、ガゼッタ軍が風技の移動補佐を纏い始めたと報告が入った。いよいよ進軍を開始するらしい。今の話では、ガゼッタ参戦の口実にされている悠介に裏切り者のレッテルが貼られかねない。
 真の目的は彼等の同族である無技人の解放であろう事は誰の目にも明らかだが、彼等が悠介の味方をすると宣言して戦場に乗り込んできた事が問題だった。悠介には、サンクアディエットで無技人の保護条例を公布させた実績があるのだ。

「恐らく、世界中の神技人に追われる事になるユースケが、ガゼッタに逃げ込んで来る状況を仕組もうとしてるのかもね」
「なんだそりゃっ なんで隊長がんなことになるんだよ!」
「ぼ、僕に怒りをぶつけられても困るっ」
「うーーむ……」

 憤りの為か、ヒヴォディルに対して遠慮が無くなっているフョンケを宥めながら、悠介はどうしたものかと頭を悩ませる。シンハがガゼッタの王だった事には驚いたが、それに驚いている暇も無いような面倒な状況になってしまった。

「アイツ自身は、そんな裏表なさそうな奴に見えたけどなぁ」
「あ、あの……隊長、あの人……向こうの軍に、いるみたいです」
「え、マジで?」

 こくりと、緑髪を揺らしながら不安そうな表情で頷くイフョカ。




「――シンハ! いるんならそっちの軍を退いてくれ、無技人の待遇改善ならまた別の席を設けて話し合うべきだ――」

 ガゼッタ軍の侵攻に備える女王軍、未だ吹き抜け長城通路で睨み合う水鏡軍とイザップナー陣営の精鋭団。戦場に緊張感が高まっていく中、フォンクランク軍からガゼッタ軍へ向けてもう一度、進軍の中止を要請する悠介の『広伝』が響き渡る。

 白刃騎兵団の参謀がシンハにお伺いの視線を向けた。

「ふ……構わん、進撃だ」

 シンハは悠介に修理してもらった白金の大剣を掲げると、パウラの長城前に布陣する女王軍に向けて進撃を命じた。

『所詮ヤツも神技人には変わりないということか』




 侵攻を開始するガゼッタ軍を為す術もなく見送るフォンクランク軍。味方である事を宣言しているガゼッタ軍を攻撃する事は、後々の事を考えると外交上でもリスクが大き過ぎる上に、戦力差から考えても力尽くで止める等という選択はありえない。

「ちっ いきなり出張って来やがって、反則だろこんなの……」
「それが外交、これが戦略ってもんだ」

 荷馬車の台を蹴って悪態を付くフョンケに、ヴォーマルはそう諭しながらも口惜しそうな視線をガゼッタ軍に向ける。同じく難しい顔をしていたシャイードは『広伝』を無視されて俯いている悠介に今後の指示を仰いだ。

「隊長、どうします?」
「ふざけやがって……なにが何時か俺の力になるだ」

 俯いたままブツブツと呟く悠介に、エイシャが心配そうな表情を向ける。

「隊長?」
「外交も戦略も反則が常識か……上等だよ」

 顔を上げた悠介は荷馬車の台に駆け上がると、ガゼッタ軍とその進行方向に見える長城を睨む。ボーザス山から吹き抜ける風に、漆黒のマントが(ひるがえ)る。フォンクランク軍の全衛士が注目する中、悠介はガゼッタ軍の白刃騎兵団に向かって吼えた。

「本物の反則みせてやらぁ!」

 両手を翳してカスタマイズメニューを開く。片手で操作できるカスタマイズメニューも両手で操作する事で作業効率倍化、という訳でもないのだが、気分の問題だ。悠介は所謂『本気モード』に入っていた。


「ヴォーマル、俺の周りを固めろ! 邪魔が入らないようにするんだ」
「……了解!」

 今までと雰囲気が違う悠介に若干戸惑いを見せたヴォーマルだったが、直ぐに気を取り直して命令を実行する。悠介の乗った荷馬車の回りを、闇神隊に与えられた衛士達がグルリと囲んで防護陣を作った。

「ヒヴォディル、お前は団を率いてガゼッタ軍を包囲しろ」

 タイミングはこっちから知らせるので、ギリギリまで近付いて牽制するようと指示を出す。

「か、数が違い過ぎるんだが……わかった、なんとかしよう」

 お調子者だがやる時はやる男を密かに自負しているヒヴォディルは、三十対百という戦力差にはっきりと怖気づきながらも、腰を退く事無く任務を承諾した。空威張りでも指揮官がどっしり構えていてくれた方が、衛士達は動き易い。

「イフョカ、水鏡軍に伝達、住民を山側に逃がすように言え、今すぐにだ」
「は、はい!」

 広伝ではなく伝達で水鏡軍に連絡を取り始めるイフョカ。混沌とした今なら風技の妨害も無いのではないかという予測は当たっていた。水鏡の神民兵に伝わった言伝は、直ちにゼシャールドへと伝えられる。

「ゲーマーなめんなよっ シンハ!」

 両手で忙しなく操作するカスタマイズ画面の中では、3Dで表示された対象物が目まぐるしく形を変化させていた。




 長城の水鏡本部内では、任務遂行の機会を窺う人影がゆっくりと起き上がった――。







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