ゼシャールドが女王陛下から賜ったという『神器』の力が注目を浴び始めたのは、収穫祭も終わろうかという頃だった。
ザッルナーの火月の一日目に『水鏡』の設立を宣言してから、ゼシャールドは殆ど休む事無く活動を続けている。立場上、深夜にこっそりやって来る精鋭団団員なども居て、それこそ昼夜を問わず訪れる加入希望者達を捌いているのだ。
また、ゼシャールドの傍にいると彼自身の持つ神技の波動から神器の効果が伝わり、気持ちが落ち着いたり、身体の調子がよくなって回復が早まったりするなど『神器』の力の一端をその身で感じる事が出来た。
尤も、それらの効果は想定外の副次的なモノだったのだが、ゼシャールドがこれを神器の力であると宣伝した事で、『水鏡』に所属する者や一般民衆達にも、じわじわと神器の神秘性が浸透していった。その羨望と敬いが女王の権威を高めていく。
「ほう、新しく建設されるのはディアノース砦というのかの」
「どうやら、ユースケ君が動くようですよ」
「そうか……こちらも随分と体制が整ってきたでな、そろそろイザップナー側から何か仕掛けられそうじゃわい」
「思っていたよりも早い展開ですね、やはり祭りの効果がありましたか」
フォンクランクからの最新情報を届けたレイフョルドは、ゼシャールドから新たな伝言を受け取り、今度は女王リシャレウスの待つコフタのシャルナー神殿へと向かう。
旧王党派と連絡を取り付けたり、女王との伝令を努めるなど、レイフョルドも活発に暗躍する事で女王派勢力を拡大していった。
「ふむ……明日は一雨きそうじゃな」
窓から空を見上げたゼシャールドは一人、フォンクランク領の方角を眺めながら呟いた。
サンクアディエット、ヴォルアンス宮殿――
出発準備を整えた衛士隊馬車がズラリと並ぶ宮殿一階の馬車乗り場に、並んで現れる黒い隊服と赤い隊服の宮殿衛士が二人。
闇神隊長の悠介と、炎神隊員のヒヴォディルである。今回は特別に、炎神隊からヒヴォディルが衛士団指揮官として参加する事になっていた。彼が参加するに至った経緯は、例によってヴォレットの婚約者候補組が絡んでいる。
今回の任務で悠介がまた手柄を立てて、今度こそヴォレット姫に釣り合う身分まで手に入れてしまうのでは、と警戒した婚約者候補組は、彼等の集まりの中で宮殿衛士からも誰か出るべきじゃないかという声を上げた。しかし、名乗りを上げる者は居なかった。
宮殿衛士達は神技力の高さや身分からエリートという立場にあるものの、訓練主体で実戦経験は殆ど無いのが実状だ。
国境付近の砦という、謂わば最前線にもなり兼ねない場所への駐留、彼等が尻込みするのは当然と言えた。重い沈黙が支配する中『それなら僕が行こうじゃないか』と、砦行きに志願したのがヒヴォディルだったのだ。
「お前も一緒とは意外だったなー」
「ふふん、僕も姫様の婚約者候補としては、手柄の一つも上げなくてはと思ってね」
「何も起きない方が望ましいんだけどなぁ」
「はっはっは、とりあえず僕の手柄分だけ敵が来てくれれば、それで構わないさ」
何とも呑気な会話を交わしながら、悠介達はそれぞれの馬車に乗り込んだ。闇神隊メンバーと、この任務で悠介に与えられた部下の衛士、合わせて二十名が先頭を行く。使用人とその他の追加要員二十名が後に続き、後方をヒヴォディルが指揮する衛士団三十名が固める。
十台の馬車に分乗したディアノース砦駐留部隊の後発隊は、多くの人々に見送られながらサンクアディエットの街を出発した。
パウラに近い国境付近の街道脇で、ブルガーデン神民兵風技隊の偵察部隊は『国境ギリギリの場所にフォンクランクの衛士隊が集結して陣地を構築し、そこに大量の資材を運び込んでいる』という報告を受け、先日から彼等の動きを監視していた。
サンクアディエットに潜入している者からの情報では、新たな砦を建設して兵を駐留させる計画を進めているらしいとあった。
「また新しい部隊が到着しましたね」
「ああ、奴等本気で侵攻を考えているかもしれんぞ」
筒状の望遠鏡を覗き込みながらフォンクランクの大部隊が集結する陣地を観察していた部隊長は、馬車隊の先頭車両から下りる人物を見て思わず部下に声を掛ける。
「おいっ あの黒い奴、闇神隊じゃないか?」
「ギアホークの英雄っていうヤツですか?」
隣で同じく望遠鏡を覗き込んでいた部下がその姿を確認し、間違いなさそうだとパウラの本部に連絡を入れるべく後方の伝達係を呼び寄せた。集団の中には王族専護隊である筈の炎神隊衛士らしき姿も確認したので、何か大きな動きがあるのではと警戒する。
「噂では一日で巨大な塔を建てる特殊神技の使い手だそうだが……」
「自分は数刻で建てたとか聞きましたね、酷いのになると瞬きする間に塔が現われたなんて話もありますが」
悠介が建てた展望塔の噂はブルガーデンにも伝わってはいるものの、一瞬で建てた等という逸話は比喩的な表現で話に尾ひれが付いた眉唾部分としてみられており、新しい建築技術と特殊な神技を組み合わせた高速建築の類であろうと考えられていた。
部下が伝達係と話している間、部隊長はギアホークの英雄が入ったフォンクランク陣地の監視を続けていたが、陣地のテントが次々と畳まれ始めた事を訝しむ。
場所を移すのか、まさかこのまま進軍はないだろう等と考えを巡らせていると、件の人物が何かを始めた。
「なんだ……?」
「何か、動きがありましたか?」
伝達係を傍で待たせながら望遠鏡を構えて隣に並んだ部下も、同じ様に首を傾げた。テントが全て引き払われ、黒い隊服に身を包んだ人物が何やら宙に手を翳す度に、地面の彼方此方が暫らく発光するという謎の現象がみられる。
「あれは、なにをやってるんでしょうね?」
「わからん」
唸る監視役二人の後ろから、伝達係の神民兵も中腰になって額に手を翳しては、遠くに見える集団の人影に目を細めた。
「よーし、地下部分はこんな感じで大丈夫かな」
「この上に砦本体を建てるのか、つくづく君の神技は訳が分からんな」
「ほっとけ」
「所で、ちゃんと指揮官用の部屋は用意してくれよ?」
悠介はまず砦の基礎となる部分を構築して地下の通路や部屋を整備した。広範囲に渡って出現した砦の地下部分を、駐留予定の衛士達が覗き込んでは感嘆する。広場の展望塔が建つ所を目撃していた衛士は、砦が建つ瞬間をワクワクしながら待っていた。
「よし、じゃあ本体を置くから、みんな一応下がっててくれ」
カスタマイズメニューに呼び出しているマップアイテムデータ『ギアホーク砦』を参考にして組上げた『ディアノース砦』の完成図を設置場所に移動させて最終チェックを行う。各部に問題が無い事を確認すると、悠介は実行ボタンに手を伸ばした。
「実行」
地下部分の上に発生した光のエフェクトが巨大な壁を形成しながら空へと伸びていき、同時に、近くに積み上げられていた大量の資材も光に包まれて消えていく。やがて光の粒が舞い消えると、そこには重厚な存在感を持つ巨大な砦が出現していた。
ディアノース砦に駐留する事になる総勢百二十名の衛士や使用人達から、自分達の『家』の誕生に歓声が上がった。
「なんだそりゃっ!」
フォンクランクの陣地を監視していた偵察部隊の隊長が、思わずそう叫んで立ち上がった。望遠鏡越しでなくとも肉眼で確認出来る巨大な砦が、瞬きする間に『出現』したのだ。
「ただの、噂じゃ……なかったのか……?」
「た、隊長! 見て下さい、他にも建物が!」
監視をしている彼等の位置からだと、砦を正面の右斜め方向から見渡す事が出来た。砦が出現した付近からフォンクランク側に幾つもの光の壁が現われたかと思うと、厩舎らしき建物や何かの施設らしき建物が次々と出現していく。
やがて見張り台っぽい石造りの塔が生えたあと、砦とその一帯を囲むように防護溝が現われてそれらの現象は落ち着いた。防護溝に囲まれた敷地内に居る大勢のフォンクランク衛士達が、わらわらと作業を始める様子が窺える。
「ず、随分でかい砦が出来ちゃいましたね……」
「冗談じゃないぞ……」
呆然と呟いてから自分が無防備に突っ立っている事に気付き、慌てて伏せると岩場の隙間に身を隠す部隊長。砦の醸し出す重厚な存在感には、こちらを見透かされているような、不安な気分にさせられる。味方の砦だったなら、さぞかし心強かったであろう。
通常なら建設を急いでも半年か一年は掛かる規模の砦を一瞬で造られたのだ。敵対国側からすれば、たまったものではない。
「この事態を直ぐ本国に知らせろ、我々はここで監視を続ける」
「ハッ」
「お、今度は跳ね橋を造ってるみたいですね」
伝達係に連絡を任せると、監視役の二人は新しく出現した砦の監視任務を続行するのだった。昨日まで晴れていた空は、今にも降りだしそうな灰色の雲に覆われ始めていた。
予定する全ての施設を造り終えた悠介は内装が整うまでの間、外でノンビリと休憩していた。馬や馬車は其々厩舎と車庫に運ばれ、監視塔には何故かヒヴォディルが登って周囲を見渡している。別に監視活動をしている訳では無いようだ。
悠介の周りには闇神隊のメンバーが集まっていた。先程までヒヴォディルが傍にいた為、近寄り難かったらしい。
「おつかれさまです、隊長」
「久々に隊長の神技を見やしたが……やっぱり凄え力ですね」
「ほんと、なんでもありっすよねー」
「つくづく隊長が味方で良かったと思わせられる光景だった」
皆が口々に労いの言葉を掛けてくれる。悠介はくすぐったい気持ちになりながら、ふと、何か気になる事があるのか困惑顔を浮かべているイフョカに気が付き、声を掛けた。
「ん? どうしたイフョカ」
「あ、いえ……さっきから、誰かがこっちを、ずっと窺っているような気配を感じて……」
「ブルガーデンの奴等じゃないか? 近くで監視でもしてるんだろ」
索敵に引っ掛かる気配を感じるというイフョカに、国境が近いのだからあって然るべき監視くらい気にすんなとフョンケが軽く流そうとする。しかし、イフョカは風技のそれとは違う『視線』のような気配を感じるのだと不気味がっていた。
「ふーむ……」
「なんにせよ、砦の中にいれば安全だろう」
「なんなら隊長と一緒の部屋にしてもらうかぁ?」
「えっ! そ、そそんな、しっ失礼なこと、できまできませんですよっ?」
フョンケにからかわれて噛み捲ってるイフョカに和みつつ、悠介は一応周囲の監視に役立つ道具でも作るかと思案するのだった。
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