23話:水鏡
レイフョルドによって届けられた悠介作の反則サークレットを女王陛下から賜りし神器と偽り、収穫祭の始めに行われた重大発表に合わせてパウラに戻ったゼシャールドは、女王直属の活動組織『水鏡』の設立を宣言して人員の募集を行った。
イザップナー最高指導官は概ね予想していた通りの事態に旧王党派官僚達を緊急招集、『フォンクランクの策略に乗せられてはならない』と、敢えて陰謀論を掲げる事で『水鏡』との接触を牽制した。
しかし、イザップナーの政策や女王に対する見解に不満を持っていた旧王党派達はそれらの警告を無視、次々と『水鏡』への加入を表明しては幹部待遇で迎えられた。パウラの中枢から遠ざけられていた彼等も、元は国を動かす官僚として働いていたのだ。
彼等は現役時代の経験と能力を活かし、発足して間もない『水鏡』の、組織としての体制を整えていく。同じく、女王の支持者が多い神民兵からも所属を希望する申し出が殺到したのだった。
精鋭団を構成する団員の殆どはイザップナーの派閥に絡む者達なので、『水鏡』には懐疑的な反応が多く見られたが、それでも一部の者は前王への忠誠から女王側に付く意味で接触する動きを見せている。
収穫祭二日目の夜の時点で、『水鏡』に所属する官僚や神民兵など組織の構成員は、一部の民衆や精鋭団も含めてブルガーデン全体の四分の一程まで拡大していた。祭り明けからもまだまだ増えそうな勢いが感じられた。
「王党派はほぼ全員の所属を確認しました、精鋭団の一部にも向こうに付こうとする素振りが見られます」
「ち……予想はしていたが、権威というものは厄介なものだな。奴等はどこを根城にするつもりだ?」
「恐らく、長城部分の空き部屋を使うと思われます。構造上、侵入は難しくありませんが警備もし易いので……」
「攻め難くはないが隠密は無意味か。どちらにせよ、これで女王暗殺という選択肢は無くなった」
今の段階で女王が暗殺されれば、イザップナー陣営を疑わない者は居ないだろう。同じ理由でゼシャールドの暗殺もリスクは高いが、こちらは組織内部の犯行を装えばどうにかなる。
現時点で早急に手を打たなければならない事は『水鏡』の勢力拡大を阻止する事だ。祭りの勢いに乗じた一過性のモノであれ、組織の力が政務を行えるまで伸びて女王の発言力が増せば、最悪、女王権限によって最高指導官の解任などという手段も取られかねない。
イザップナーにとって手痛いのは、ゼシャールドの活動を表立ってフォンクランクの陰謀だと糾弾出来ない事にあった。
女王に関してはコフタの統治に見られる無技人の扱いにより、『女王はお心を害しておられる』説を密かに囁かれる程度でもまかりとおす事が出来たが、ゼシャールドに関してはフォンクランクの工作員だと指摘する事は出来ない。
ゼシャールドはブルガーデン側から勧誘して招き入れた人物なのだ。女王からの信頼を得て直属の側近という立場まで賜った人物を敵国の工作員であると糾弾する事は、『パウラの中枢はフォンクランクにしてやられました』と宣伝するようなものだ。抗議なぞみっともなくて出来よう筈もないという所である。従って、あくまでも国内の内政問題として処理しなくてはならなかった。
「国境付近でフォンクランク側に動きがあったという報告も入っております」
「エスヴォブスめ、狙っていやがるな……監視を強めるように伝えておけ」
イザップナーはここが正念場だと、長年掛けて下地を整えてきたブルガーデン王朝の実現を目指して政務に取り組むのだった。
収穫祭三日目の朝、早馬で伝令を務めたフョンケより非常招集の知らせを受け、悠介は急遽街に戻るべく準備を整えていた。
祭りの最終日という事もあって、多くの村人が見送りに集まっている。が、誰もが声を掛ける事を躊躇っていた。闇神隊の隊服を身に纏い、部下の衛士と帰路の打ち合わせをしている悠介の姿は、正に噂に聞く精鋭宮殿衛士、ギアホークの英雄であったのだ。
「な、なんか別人みたいに見えるねぇ」
バハナも珍しく気後れしているような言葉を呟く。そんな中、スンは打ち合わせを終えて馬車に乗り込もうとしている悠介に歩み寄ると、何時ぞやの宮殿でした時のように、そっと腕を握ってスッと離れた。『おやまぁ』とバハナが目を丸くする。
「いってらっしゃい、ユースケさん。気をつけて下さいね」
「ああ、行って来ます。スン」
悠介は、スンのこれは何かのおまじないの類だろうと思っておく事にしたらしく、自然な動作で受け入れた。バハナにスンを宜しくと軽く頭を下げると、村人達にそれじゃあまたと手を振って馬車に乗り込む。
フョンケの乗ってきた早馬を村に預け、悠介達はサンクアディエットを目指してルフクの村を出発した。
街までの道中はフョンケが風技による補佐を担当したので、通常体制の衛士隊馬車のように高速走行が可能となり、さらに馬車の走行性能もカスタマイズしてある為、通常の高速走行以上の速度で街道を駆け抜けた。
「なんすかこれ、異常に速くなかったすか?」
「車体も多少弄ってあるからな」
予定よりも早く街に到着した悠介達は、二つの区画門を抜けてヴォルアンス宮殿に向かう。途中、神民衛士を乗せた数台の衛士隊馬車とすれ違った。馬車乗り場にも大勢の衛士達が整列しており、順次乗車しては出発して行く。
「ユースケ!」
宮殿に着くなり満面の笑みを浮かべたヴォレットが飛びついて来たので、悠介は思わず抱き止めた。その光景に周囲が騒然とする中、悠介の首にぶら下がったヴォレットはそのまま齧り付きそうな勢いでゼシャールドの事を捲くし立てた。
「爺がやりおったぞ! やはり爺はわらわ達の味方じゃ!」
ゼシャールドがブルガーデンで行動を起こした事に、やはりそういう目的で行ったのだ、裏切った訳ではないのだと嬉しそうにはしゃぐヴォレット。あまり驚かない悠介に『さては知っておったな?』と追求して見せるなど、ご機嫌な様子である。
「姫様、少し落ち着きなさい。……ユースケ殿、今回の非常招集による任務だが――」
話が進まないのでクレイヴォルが任務の説明を行う事にしたようだ。ヴォレットを諌めるのは後回しにするらしい。ヴォレットをぶら下げて斜めになったまま、悠介は任務内容に耳を傾ける。
今回、ブルガーデンに発足した女王直属組織がパウラで急速に勢力を広げており、ブルガーデン国内で大きな政変の動きが予想される。この事態を受け、フォンクランクはブルガーデンとの国境付近に兵を配置して有事に備える事が決定した。
ギアホーク砦の跡地から少し離れた場所に建設を予定してる新たな砦を早急に設けて、そこに衛士団を駐留させる。ブルガーデンの動向を観察し、事あらば直ぐにでも出撃できる体勢を維持するのだ。
建設予定地には既に先発隊が到着して陣地を確保してあり、先程大量の資材を乗せた輸送部隊も作業員と共に出発した。使用人達と共に駐留する衛士達の第一陣も順次出発している。
「貴殿には明朝、衛士団と共に砦の建設予定地に赴き、そこで砦とその他、必要な施設の建設に尽力して貰いたい」
「りょーかい。明朝、砦の建設に向かいます」
闇神隊として二度目の砦建設任務を受けた悠介は短く復唱すると、明日に備えて砦のモデルデータ作りなどをする為に自室へと向かう。 ヴォレットをぶら下げたまま歩き去る後ろ姿を『いいんすかあれ?』とフョンケが遠慮がちに指差した。
「姫様っ!」
「わははっ」
クレイヴォルは久し振りに眉間の皺を増やすのだった。
パウラの中枢施設、議会堂。精鋭団の一般団員用宿舎がある兵舎区画の廊下を、水の団の制服を着たプラウシャが自室に向かって歩いていた。こちらに住まうに伴い、衣類などの荷物を前の部屋から運び込む引越し作業を一日掛けてどうにか終わらせ、団員が着用する制服も昨夜届いた。
後は『水鏡』の本部に出向いて所属を申し出るという極秘任務の第一歩を踏み出すだけだ。が、中々踏み出せないでいた。
「はぁ……」
知らず溜め息を吐く。『水鏡』に所属する構成員は神民兵や一般民達もどんどん数を増やしているらしい。早く組織に入り込んでゼシャールド指導官と接触しなくてはならないのだが、自分にそんな大役が務まるのだろうかと踏ん切りが付かないでいる。
明日行こう、今日はもう夜遅いので明日行こう、と決意の先延ばしをしていたプラウシャは、廊下の先から歩いて来る赤髪の精鋭団員らしき制服を着た若い男四人組に気付いて端に避けた。すると、その四人組も軌道を変えてプラウシャの正面に移動する。
譲り合いのお見合いをしてしまったかなと顔を上げたプラウシャは、何時の間にか彼等に囲まれていた。
「なんだ? こいつ、団員の制服着てるけど、まだ子供じゃないのか?」
「見ない顔だな……こんな子、水の団にいたか?」
「え……あの……?」
「お前、本当にここの者か? 許可書を見せてみろ」
どうやら不審人物に間違えられていると思ったプラウシャは慌てて施設の入場許可書を出そうとしたが、初めて訪れた時に入り口で示して以降使われる事が無かったので自室に置きっぱなしだった事を思い出す。なので代わりに水の団暫定団員登録証を見せた。
「暫定団員だと? 誰の名義だ、水の団団長か?」
「い、いえ……ヴォーメスト団長さんです……」
火の団団長の名前を出したプラウシャに、彼等は顔を見合わせて『なんで火の団の団長が水の団に暫定団員を置けるんだ?』と不思議がる。理由もなく規定年齢にも達していない者を余所の団にねじ込む筈は無いと、彼等はプラウシャを疑った。
「ほ、ほんとです! ヴォーメストさ……団長さんに確かめて下さい」
「団長らは今忙しいんだ。入団を許可された理由を言え」
「そ、それはその……特別な任務で……」
極秘任務の事は口外できないので、プラウシャはぼしょぼしょと曖昧に『任務の関係で』とだけ答えた。それを聞いた四人は目配せしあうと、おもむろに納得したような口調で雰囲気を和らげる。
「ああ、そういう事か」
「うちの団長殿がねぇ……」
だが、和らいだと思った追求の気配は、別方向に不穏な気配を増して行く。
「女は見かけによらねえな」
「まあ、団長が男色じゃなかったって事はハッキリした訳だ」
「……?」
キョトンとした表情で『何の話だろう?』と小首を傾げていたプラウシャは、彼等の一人に突然背後から抱きつかれて狼狽する。更に正面の一人が身体を寄せて来ると、なんとスカートの中に手を入れて来た。
流石に驚いて抵抗しようとするプラウシャだったが、両腕を左右の二人に抑えつけられて身動きが取れなくなってしまった。
「な、なにするんですか! やめてくださいっ!」
「俺たちも特別任務の裁定してやるよ」
「ここんとこバタバタしてて街唱も買えなくてさ」
「いやっ! 放してっ 放してください!」
正面から組み付いていた男は、必死で逃れようと身を捩る彼女の大事な部分に指をあてがうと、耳元で威嚇するように囁く。
「騒ぐな、ナカを焼かれたいか?」
「っ……!」
ビクリと身を震わし、息を呑んで凍りついたように固まるプラウシャ。静かになった彼女を『やっと大人しくなったか』とばかりに近くの部屋へ連れ込もうと引き摺っていく。
思わぬ事態に怯えながら、プラウシャの頭の中では姉から聞いていた精鋭団の話がぐるぐると渦巻いていた。姉の話では、中には『アレな奴』もいたが、精鋭団は規律正しくて紳士的で――
『なんで? なんで中枢本部の中でこんな事に……っ お姉ちゃん……!』
プラウシャが姉に祈ったその時、廊下に聞き覚えのある声が響いた。
「貴様等、何をしている」
火の団団長にしてイザップナー最高指導官の腹心でもあるヴォーメスト団長が、厳しい表情でカツカツと靴を鳴らしながら廊下を歩いて来る。プラウシャは助けを求める視線を送ったが、まだ指を当てられている為、恐怖で声は出せなかった。
四人組はヴォーメスト団長の登場に顔を見合わせて戸惑ったが、直ぐに肩の力を抜いた軽い調子で団長と対峙する。
「いえ、ちょっと特別任務のおさらいを」
「可愛い後輩の教育くらいさせて下さいよ」
ニヤニヤ笑いを見せつつそんな台詞を吐いた男が、プラウシャの制服のスカートをひらひらと持ち上げて見せた。カァと顔を赤らめるプラウシャ。次の瞬間、スカートを持ち上げていた男の顔が、乾いた音と共にぶれて横面を見せた。
次々と四人組の頬を張ったヴォーメストはプラウシャを背中に庇うと、不満気な表情を見せている彼等に落ち着いた声で語る。
「貴様等何か勘違いをしているようだがな、彼女はギアホーク砦で戦死した団員の……身内の者だ。 姉だったそうだ」
「っ!」
「も、申し訳ありませんでした……」
プラウシャの立場を聞かされた四人組は動揺した様子を見せる。落ち込んでいるようにも見える四人組に反省を促がし、ヴォーメストはプラウシャを連れて彼女の部屋まで送った。
「すまない、私の監督不行き届きだ。二度とこのような事がないよう、私からよく言っておく」
「い、いえ……」
プラウシャに謝罪したヴォーメストは、恐縮している彼女に先程の彼等の事情も少し語って聞かせる。彼等も親しい友人を一度に失い、喪に服す暇もなく戦力の再編で忙しく動き回って、やっと纏まり始めたと思った矢先、ここに来てまた『水鏡』騒動で混乱が広まる現状に腐っているのだ、と。プラウシャも街の混乱ぶりは見ているので、その事情には理解を示す。
「無理をさせてすまないが……」
「私、がんばります」
『水鏡』の勢いは危険な領域まで迫っているというヴォーメストに、プラウシャは任務を遂行する決意を固めた。明日から『水鏡』を探る活動に従事する。
「今日はもう休みなさい」
ヴォーメストはそう言ってプラウシャの部屋を後にした。
宿舎などのある区画の地下には様々な娯楽施設が造られてあり、兵舎区画の地下にも遊技場や酒場が設けられている。プラウシャの部屋を後にしたヴォーメストは地下の遊技場に下りて来た。そこでは先程の四人組が酒を酌み交わしている。
「団長ーさっき本気で殴ったでしょー」
「その方が真実味も増す」
「囮にそこまでする必要あるんですか?」
「囮だからこそだ、本命を活かす為にはしっかりした餌になってもらわねばならん」
殴られた頬を撫でながら愚痴っぽくこぼす部下達にフォローを入れて回るヴォーメスト。『演技は中々真に迫っていたぞ』などと煽ててやる。部下達も互いに、お前のあの顔は笑えたなどと思い出しては笑いあっていた。
「これであの娘も動く筈だ、上手く相手の目を引き付けてくれれば、後は専門家が片をつける」
「で、誰を潜り込ませるんです?」
「水の団からベルーシャを使う」
「ああ、あの氷女ですか」
水の団は水神隊のような治癒を専門にしてる集団ではなく、どちらかと言えば神民兵の水技隊がそれにあたる。
精鋭団の水技使いには治癒系と攻撃系が半々くらいの割合で所属しており、ベルーシャはその中でも幹部クラスの実力を持つ付与系水技の使い手である。差し出されたグラスに注がれる酒を一口含み、それを気付けに次の仕事へと向かうヴォーメスト。
「まあボロを出さんようにな、あの娘の前ではしょぼくれていろ」
「へーいへい」
部下達の生返事を聞きながら、ヴォーメストは遊技場を後にした。