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ちょっと妙な表現が出てきます^^;
本編
22話:収穫祭




「こんばんはー、ユースケ君」
「ああ、来たか」

 前日の言葉通りやって来たレイフョルドに、悠介は出来上がった『シャルナーの神器』を渡す。レースの様な装飾が組み合わさった白金の輪、いわゆる額冠(サークレット)だ。付与してある特殊効果は材質の良さもあってか、相当なモノになっている。

・水技増幅効果
・体力増幅効果
・体力回復効果
・治癒効果
・解毒効果
・沈静効果
・神技耐性上昇効果
・物理耐性上昇効果
・移動速度上昇効果 

 食事と排泄を除けば、ほぼ二十四時間戦えるような生命維持に特化した仕様となっていた。ゼシャールド程の高齢者でも、数時間の仮眠を取るだけで十分な気力の回復を期待出来る。体力などは言わずもがな、休まなくても良いことが最大の武器となる。

「なるほど、これならずっと付けっぱなしでいられるね」
「指輪とか腕輪だと付与出来る数と効果がイマイチ上がらない感じだったんでな」

 この手の補助効果装備ならサークレット辺りがゲームでも定番だったので、試してみたらビンゴだったと、悠介はレイフョルドには分からないであろう部分を端折りながら説明した。

「それから……これは効果があるかどうか分からないんだけど」

 一応、常に身に付けておくよう伝えておいて欲しいと言って指輪を一つ渡す。

「これもあの金属で出来てるんだね、効果があるかどうか分からないって?」
「まあ、ちょっと特殊過ぎてな、試す訳にも行かないし」

 御守りみたいなものだと言って、悠介は詳しい説明を避けた。実際に効果を得られるか否か分からないそれは、ゲームなどではよくあるポピュラーな道具としての特殊効果が付与されている。悠介の脳内命名では『身代わりの指輪』となっていた。


「それじゃ、確かに受け取ったよ。あと、荷物と手紙はしっかり届けておいたからね」

 レイフョルドはそう言って『神器』を懐に仕舞うと、早速ブルガーデンの第一首都コフタを目指して宮殿を後にする。一仕事終えた悠介は息を吐いてベッドに転がった。今日はシャルナーの風月の十六日目、もう直ぐ土の暦に入る。

「ふう……こっちはもう直ぐ休暇か、神器(あれ)が先生に届くのは収穫祭の前後くらいかな」

 国によって期間はまちまちだが、ザッルナーの火月の一日目から三日目までは収穫祭が行われる。悠介は今月の十九日から来月の五日まで休暇に入るので、それまでに衛士隊の馬車を借りて馬用の装備を整え、村に持って帰る御土産などを買っておく予定だ。
 ゼシャールドの動向が気になるので村に帰ってもあまりノンビリ過ごせるとは思えないが、そのゼシャールドから頼まれているスンの事をほったらかしにするつもりはない。何か服でも買って帰ろうかと、悠介は御土産の内容について思案するのだった。






 パウラの中枢施設、議会堂。その兵舎区画の一室で、プラウシャは自分に与えられたこの個室を見渡しながら、複雑な心境を持て余していた。精鋭団の規定年齢に達していないプラウシャは、特別処置として水の団暫定団員として登録された。彼女がこの議会堂兵舎区画に住めるようにする為の処置である。

『ほんとに、これで良かったのかしら……』

 プラウシャは先日、イザップナー最高指導官の腹心とも言われる『火の団』の団長、ヴォーメスト団長と交した密約の事を考える。ゼシャールド神技指導官の傍に付き、その動きを探って報告する。水の団入団と、姉の仇に関する情報と引き換えに。

――君が、プラウシャ君かな?
――え、は、はい、そうです。

 指導官がコフタに出掛けてしまっている為、家で自主学習をしている所へ突然たずねて来た中枢幹部。一体何事かと驚き、慌てて応対するプラウシャに、ヴォーメスト団長は極秘の任務を依頼したいと言って、水の団入団資格書を差し出した。


「指導官を探るって……どういう事ですか?」
「ゼシャールド氏は、どうも我々を偽っている可能性がある」

「それって、フォンクランクの密偵とか……」
「うむ、端的に言えばそうなる」

 ヴォーメスト団長はゼシャールド指導官の行動に不審な点が多いと指摘し、今回パウラ中枢本部への届出も無く、独断で女王陛下に謁見を申し込んだ事で、その疑いが強まったのだと説明する。

「女王陛下が、無技を特別扱いしている事は知っているね?」
「は、はい……、コフタの街で見た事はありますから」

 無技を人と同じ様に扱う、パウラでは考えられない光景がコフタでは常識の風景として見受けられる。それは女王陛下の一存による政策だと聞かされていた。コフタの街は女王陛下が独自の統治を行っているのだと。

「女王陛下は……随分以前から、心を病んでおられるのだ」
「え……」

 中枢幹部が女王陛下に対して不敬にあたるような言葉を口にした事に、プラウシャは驚きの声を漏らす。ヴォーメストは痛ましやといった沈痛な面持ちで、コフタの街の現状と女王陛下ご乱心の経緯(いきさつ)を語った。

――リシャレウス様は父王を亡くされた悲しみから少しずつお心を害されていき、前国王が戯れで行っていた無技の育成を『父王の理想である』と信じて無技の保護を行い、国の運営を後見人だったイザップナー殿に任せると、自身は神殿に引き篭もってしまった。

「ゼシャールド氏が、無技の村に住んでいたという話は聞いているかね?」
「はい……以前、誰かの飼い無技の怪我を治癒している所をお見掛けして、その時に聞きました」

「うむ、それらの行為は訓練の成果を試していたのだろう」
「……訓練、ですか?」

 ゼシャールド氏は無技に対して人と同じ様に接し、大切に扱って見せる事で女王陛下の関心を惹こうと考え、その為に無技の村で暮らすという訓練を行っていたのだとヴォーメストは説明する。

「恐らく、氏は女王陛下から何らかの立場を賜り、我々を混乱に陥れようと画策してくるに違いない」
「ま、待ってください! そんな大変なお話、私には……」

「……君のお姉さんの事だが、砦の事件は実に残念な出来事だった」
「!……っ」

 国家の裏事情に関わるような話を聞かされて混乱するプラウシャに、ヴォーメスト団長は数日前、戦死として処理された彼女の姉を話題に出した。ビクリとプラウシャの細い肩が揺れる様子を見定め、彼女を落とす為の"餌"を使う。

「ギアホークの英雄と噂されるフォンクランクの精鋭衛士だが――どうやらゼシャールド氏と深い繋がりがあるらしいのだ」
「指導官と……」

「君のお姉さんは伝達系風技の使い手だったね、風の団での活躍は聞いていた」
「……はい」

 動揺がありありと見て取れるプラウシャの心を揺さぶり、理由を作ってやる事で行動を促がす。返還された風の団団員達の遺体は、何れも身体の一部が欠損していた。ヴォーメストは事実に僅かな推察を入れて想像力を刺激する事で、彼女の心を更に抉る。

――悪しき因習、等民制を布くフォンクランクでは、風技の民は不当な神格判定で低い身分に貶められている。

「戦う力を持たない風技の女性が、どのような扱いを受けたか……想像に難くない」
「……」

「我々の手の者は既に目星を付けられ、遠くから見張る事しか出来ないのだ。だが、君は生徒として氏に見込まれている」
「わ、私はそんな……」

 姉の事を想っている所へ急に話を戻され、色々な感情も入り混じったプラウシャは混乱に益々拍車が掛かった。だが、その思考は一方向へと誘導される。ゼシャールド神技指導官とギアホークの英雄との繋がり。姉の仇。

「私……」

――水の団に所属する君が向こう側に付いているように振舞えば、彼等も君を利用しようとするだろう。
――君はただ彼等の集まりに参加して、活動の報告を宿舎に戻った時に伝えてくれればいい。

 ヴォーメストはそう言って入団資格書と中枢施設への入場許可書を置いていった。そして今、プラウシャは中枢施設内の兵舎区画で、各精鋭団の一般団員に与えられる個室を見渡していた。

「お姉ちゃんの仇を知って、私……どうするんだろう」

 本当にこれで良かったのだろうかと、プラウシャはもう一度呟いて、自室の扉を閉めた。






 シャルナーの風月の十九日目――

 休暇に入った悠介は早朝から宮殿衛士隊の控え室を訪れた。無駄に豪華な宮殿衛士隊控え室には、高貴な家柄を持つエリート衛士達が集まっている。衛士の控え室というよりも紳士の社交場といった雰囲気だ。

『このままガラ悪くしたら、下の控え室と変わらんよなぁ』

 前日までに買っておいたルフク村への御土産を抱えている悠介は、微妙に場違いな格好なのだが、闇神隊というれっきとした精鋭宮殿衛士隊の隊長なので文句をいう者は誰もいない。

「お、いたいた。おーい、ヒヴォディル」
「また君は……珍しくこっちに顔を出したかと思えば、随分と珍妙な格好で現われたものだねぇ」

 買い物袋を満載したオバサンのような格好の悠介を見て、頭を振りながら溜め息を吐いて見せるヒヴォディル。そんな彼に、悠介は握っていた指輪をピンッと親指で弾いて投げ渡した。何か飛んできたのでヒヴォディルは思わずキャッチする。 顔面で。

「あいたっ! いきなり何をするんだ――ってこれは……もしやっ」
「昨日仕上がった炎技の指輪だ。本当は各隊の副隊長から渡すつもりだったんだけどな、お前があんまりゴネるんで先に渡しとく」

 控え室にいた各隊の副隊長達から鋭い視線が向けられる。特に炎神隊の副隊長辺りから。

「あっはっはっ それは儲けた気分だよ、君と積極的に交流を深めた甲斐があったってモノだねぇ!」

 ヒヴォディルはどこ吹く風といった様子でそれら視線の圧力を受け流すと、意気揚々と指輪を填めながら効果を試しに訓練場を目指して控え室を後にした。内心は冷や汗だらだらなのだが、これまで培ってきた貴族然とした態度で繕いきったのだった。




 宮殿の馬車乗り場に降りて来た悠介は、部下達が街に出ようとしている所に出くわした。闇神隊の休暇という事で、彼等にも特別休暇が与えられている。イフョカも無技人街の家族の元に帰っているようだ。

「おはようございます隊長、今から村に行かれるのですか?」
「荷物の積み込み、手伝いやすぜ」
「ああ、悪いなヴォーマル。 エイシャも帰省組か?」

 エイシャとシャイードは中民区の実家で休暇を過ごす予定らしい。ヴォーマルは休暇中する事がないので、一応出頭して宮殿でうだうだしているつもりなのだそうだ。フョンケは酒場巡りで知り合った街唱(まちうた)(所謂娼婦の事)の所に入り浸っている。

「そういや、姫様はゴネなかったんですかい?」
「ヴォレットか? んー、意外に物分りが良かったというか、気を回されたというか……」

 休暇中はルフク村に帰ると話した時、ヴォレットは収穫祭で悠介を連れて御忍びに行きたがっていたのだが、村でスンと過ごす事を聞くと『それなら仕方ないか』と理解を見せた。ゼシャールドの事で気落ちしているのはスンも同じだろうと気遣うヴォレットに、悠介は内心で謝りながら彼女の優しさを垣間見た。
 そんなこんなで纏まった休暇を得た悠介は、凡そ二十九日ぶりにルフクの村へと出発したのだった。






 カスタマイズで弄った衛士隊の馬車を、体力回復効果付きの馬装具を付けた疲れ知らずの馬が引く。街を出発した悠介がルフクの村に到着したのは、昼下がりを少し過ぎようかという頃だった。以前、ゼシャールドと共に街へ出た時と同じくらいのペースだ。

 少し懐かしさを感じながら防護溝を渡す丸太の橋を越えて村に入る。村の仕事も一段落する時間、知った顔の村人達が悠介の姿を見て顔を綻ばせる。悠介の仕官に付いてきたオマケで優遇処置が取られているルフクの村には、家畜や肥料、農作物の種などが提供されており、以前はあまり見られなかった畑の数が増えていた。

 ゼシャールドの家の前に馬車を停めると、家の扉が開いてスンが姿を見せる。今日、村に戻る事はレイフョルドに届けて貰った手紙に(したた)めておいた。村を出た日の朝にも見た、以前と変わらない控え目な笑みを向けるスンに、悠介も笑顔で返す。
 馬車に歩み寄って来るスンに続いて、村人らしき若い男性が扉から現われた。悠介とはあまり面識のない相手だった。

「おかえりなさい、ユースケさん」
「ただいま、スン」

 馬車を降りた悠介は、スンと挨拶を交わしながら『誰?』と後ろに立つ若者の事を訊ねる。スンの話によれば小さい頃の幼馴染らしく、最近まで疎遠になっていた為に悠介との面識もなかったのだそうだ。
 ゼシャールドに続いて悠介まで村から居なくなり、一人になったスンを心配して最近よく家に訪ねて来ているらしい。

「こんにちは、オレの名はタリスっていうんだ」
「悠介だ、よろしくな」

 軽く挨拶を交わす。髪は短めで背は悠介と同じくらい、中々快活そうだがフョンケのような軽い雰囲気を持つ、ごく普通の若者といった印象を持った。

 その後、荷物を降ろして家に運び終えた頃には、すっかり夕方になっていた。荷物運びを手伝ってくれたタリスは『それじゃあまた明日』と、スンに声を掛けて帰って行った。

「ユースケ! 戻ってたのかい」
「ハバナさん、ただいまー」

 丁度狩猟から帰って来たバハナが、馬を厩舎に運んでいた悠介を見つけて声を掛けた。よく戻ったねーと背中をバンバン叩かれて咽る悠介。相変わらず見た目細いのに凄い力だなぁと、先日宮殿で聞いた話を思い出し『無技の民はファイター系』を実感する。

「ん〜? なんだい、あんた英雄になったとかって騒がれてるみたいだけど、ちっとも肉付いた感じしないね?」
「そりゃまあ、肉体労働とかはあんましてないし」

 身体も鍛えなよ〜? と脇腹をふにふにしてくるバハナを躱しつつ、悠介は御土産に買って来た弓の弦などを渡すのだった。




「いや〜、バハナさんも相変わらず元気だな」
「うふふっ ユースケさんが帰って来るって聞いてから、それなら料理を作って迎えてやろうって張り切ってましたよ?」

 家に戻って一息付きながら、脇腹ふにふにされたぜーとソファーで寛ぐ悠介に、スンはお茶を出しながらここ数日の出来事を語って聞かせた。収穫祭では村でも皆で料理を持ち寄って外で食事を取るような催しがある。

「今年は賑やかな祭りになりそうです」
「そりゃ楽しみだ」

 お土産の荷物を選り分けていたスンは、食器類とは別の良質な布に包まれた街服に気が付いた。宮殿で着た事のあるシンプルなドレス風のワンピースと、もう少しデザインを大人しくした上下服にベストタイプの上着。村で畑仕事をする時にも着られそうだ。

「わぁ……この服」
「あーそれな、好みが分からなかったから俺のイメージで適当に選んでみたんだけど」

「ありがとうございます……嬉しいです」
「そ、そっか」

 少し頬を染めながら心から嬉しそうに微笑むスンに、悠介は買って正解だったようだと少々ドギマギしながら頷いた。




 翌日――

 各国の街や村では明日から始まる収穫祭の準備が進められ、ルフクの村でも朝から村人達が祭りの下準備を始めていた。村の広場に油木の井桁(いげた)が組まれ、キャンプファイアのような会場が作られる。料理を乗せる為の長いテーブルなども並べられてゆく。

 悠介も手伝うつもりでいたのだが『折角の休暇なのだから休んでいるように』と言われて仕方なく、村の散策に増えた畑や家畜などを見て周っていた。実際の所、手伝おうにも段取りがサッパリ分からないので手伝える事も殆どないのだ。

 熟年の既婚女性達は家で料理の下拵(したごしら)えを進め、若い女達は広場で飾り付けをしている。悠介がぶらぶらと広場を通り掛かると、スンを手伝うタリスの姿が見えた。仲が良いのかなぁ等と思いつつ、ぼーっとしている悠介にバハナが声を掛ける。

「暇そうだね、ユースケ」
「まあね」

 手伝わせてくれないんだよと悠介が肩を竦めて見せると、バハナはキョロキョロと周囲を見渡して悠介を建物の影へと誘導する。『なんだ、なんだ』と背中を押されて納屋の物陰に連行された悠介は、身体を密着させてきたバハナに『すわっ未亡人の誘惑か!』などと、おばかな呟きをして額をぺチリとやられた。

「ばか言ってんじゃないよ、この子は。 スンの事だよ」
「スン?」

「先生やあんたが居なくなってから、タリスがスンの事をずっと狙ってるんだよ」
「あの二人って、幼馴染なんだろ?」

 バハナの話によると、スンの幼馴染といっても、タリスには今まで殆どスンとの交流はなかった。ゼシャールドが居なくなり、悠介も仕官してほぼ一人暮らしになったスンをお手頃だと狙っているのだという。

「しっかり守ってやんないと、スンを獲られちゃうよ?」
「いや、獲られるも何も……人の恋路を邪魔するのはなぁ」

 スンが迷惑そうにしているようであったなら当然、出張って行って睨みの一つも効かせるところだが、これまで疎遠であったとしても、今の二人にトラブルらしい兆しも見えない以上、自分がどうこう言う問題では無いのでは? と戸惑う悠介。

 バハナは呆れたように頭を振ると、タリスはスンに対して恋心がある訳ではなく、村娘達の中でも特に美しく育ったスンをモノにしたがっているだけだと力説する。何故にそこまで気にするのかと訊ねる悠介に、バハナは声を潜めて眉も潜めて耳打ちした。

「タリスって子はね、仲間内でも特に移り気で、モノにした女の子の数を自慢してるような(たら)しなんだよっ」

 なんとバハナ自身も口説かれた事があるそうだ。その時は子供のやんちゃと笑い流すつもりだったのだが、口説き落としが無理と見るや実力行使に出て来たので驚いたらしい。バハナも実力行使で叩きのめしたそうだが。

『いいじゃないですか、どうせ毎晩寂しがってるんでしょ?』
『よく言った、いい度胸だ』

 ベキッ

――ぎゃあああぁ……

「まあ、あたしに歯ぁ折られてからは無茶は控えてるみたいだけど」
「こ、こえぇっすね」

 かなり出血して引いたと笑うバハナに悠介も引いた。咳払いして誤魔化したバハナは、とにかくそういう輩なので目を離さないほうが良いと忠告する。収穫祭には恋人探しなどの側面もあるので、村の若い者は皆お相手探しの事で浮き立っている。
 祭りの興に乗じてまた強引な手段に出ないとも限らないのだ。

「うーん、そこまで言われるとなんか心配になってきた。一応手は打っておくよ」
「"ずっと傍にいてやる"くらい聞きたかったんだけどねぇ」

 

 お昼を過ぎる頃には祭りの準備も一段落し、村は一時の静けさに包まれる。祭りは日が落ちてからなので、村人達は夜に備えて休んでおこうと今から睡眠を取っているのだ。バハナと別れてから家で小物作りをしていた悠介は、スンが帰って来たので部屋を出た。

「スン」
「あら? ユースケさん、家に居たんですか?」

 広場でもちらっと見掛けていたので、てっきり村の散策をしていると思っていたスンはそう言って小首を傾げる。その仕草に和みつつ、悠介は今さっきまで作っていた小物を差し出した。
 晶貨をカスタマイズして作った透明色の指輪。少々くすんでいるので白っぽい。

「え、え? あの、これ……」
「バハナさんにタリスの事でさんざ脅かされてさ、一応御守りって意味で持っていてくれ」

 それを聞いたスンは合点がいったというような困り笑いの表情を見せながら指輪を受け取り、手の中のそれをじっと見つめてから悠介の顔もじっと見つめる。上目遣いの視線に背中やら耳の裏やらが痒くなった悠介は『なにかな?』と首を傾けた。

「いえ……ありがとうございます、心配してくれて」

 スンはそう言って微笑みながら、白い指輪を指に填めた。




 夜――

 太陽が沈んでから始まった収穫祭は、月が最も近くなる深夜が祭り本番となる。燃え盛る井桁の炎を照明代わりに、ぐるりと囲むテーブル上の実酒や料理を飲み食いしながら、朝まで皆で騒ぐのだ。

 笛や太鼓のような楽器もあり、陽気な音楽に合わせて踊る者達と囃し立てる者達。ひたすら飲んでいる者、ひたすら食べている者。若者は男女に別れた数人単位のグループを形成し、彼にしようか彼女がいいかと膝を付き合わせてヒソヒソ話。
 お祭り独特の雑然としていながら連帯感を感じさせる楽しい気持ち。高揚した風を肌に覚える。

「ユースケさんっ 衛士になって活躍したって聞きました!」
「いや、偶々そうなったってだけでね……」

「お話聞かせて下さい! ユースケさんっ」
「その、そんな楽しいものでもないから……」

 料理をパクついていた悠介は、村の娘達に囲まれて質問責めと誘惑攻撃にさらされていた。普段は純朴で大人しそうな村娘達なのだが、少しお酒も入った深夜のお祭り収穫祭では、彼女達もちょっぴり大胆になるのだとばかりにお目当ての男性に誘いを掛ける。
 ちなみに、『風の暦』の舞踏祭ではもっと切実で露骨な事になるのだが、それはまた先の話である。

 悠介が防戦一方で追い込まれている最中、スンはそれを肴に実酒を飲んでいるバハナとお喋りをしていた。『あんたも行っといでよー』と促がすバハナに『わたしはいつでもお話できますから』と、余裕とも取られかねない台詞で躱して相手を務めるスン。

「バハナ、肉が足りないってよぉ」
「ありゃ? 流石に今年はいい肉だったんで、みんな食が進んだかねぇ」

 肉の追加を頼まれたバハナは、スンに『ちょっと行って来るよ』とウインクをして席を立った。バハナの背中が人込みに消えた頃を見計らって、スンの隣に立つタリス。悠介は相変わらず村娘達に包囲されている。しかも増援まで向かっているようだ。

「たーすーけーてー」

「ははっ 彼は凄い人気だな」
「うん、そうだね」

 微笑ましげにその攻防を眺めているスンの横顔を覗き見たタリスは、実酒のカップをテーブルに置いて席を立ちながらスンに頼みごとを持ち掛けた。

「スン、今から井戸で冷やしている果物を取りに行くんだけど、手伝ってくれるかな?」
「ん、いいわよ」

 タリスと連れたって井戸に向かうスンは、一度広場を振り返り、もみくちゃにされている悠介を見てクスリと笑みを浮かべた。


 井戸は家屋が建ち並ぶ通りから少し離れた場所にある。お祭りの日はこの辺りまで篝火が焚かれているので、十分足元を照らし出してくれていた。月明かりも深夜が迫るにつれて明るさを増していく。

 それでも、少し脇道にそれると地面も見えない程の真っ暗闇に包まれる。井戸までの道沿いには幾つか農具置き場などの小屋が並んでおり、油木の枝に灯る小さな明かりが揺れる納屋の中で、いきなり引っ張り込まれたスンは藁束の上に押し倒されていた。

「スン……」
「ちょ、ちょっとタリス! なにするのっ」

「分かってるんだろ? ここまでついて来といて、惚けるのはやめようよ」
「ち、違うわっ わたし、そんなつもりない!」

 藁束の上でわたわたしているスンに覆いかぶさったタリスは、スンの腰に手を回して抱き寄せると、髪に唇を這わして耳元にキスを落とそうとする。首を竦めたスンは身を捩って逃れようとタリスの胸板を押し返した。

「ぐは……」

 すると何処か鳩尾の良い所にでも入ったらしく、肺から空気を押し出すように息を吐きつつ、タリスの身体が引き離された。思いの外抵抗が強いと思ったタリスは、スンの細腕を捕まえると抵抗できないように押さえつけようとした。
 このまま唇を奪って虜にし、思考を麻痺させてやれば良いと顔を寄せようとしたが、押さえつけようとした腕が押し戻される。

「う〜〜〜っ」
「な、なんだよこいつ……」

 なんと、タリスとスンの力は拮抗していた。互角に見えた二人の鍔迫り合いは、下から徐々に押し戻すスンの力の方が勝っているようだ。スンの細腕からは考えられないような怪力に、焦ったタリスは中腰になって力を加えようと身体を起こす。その瞬間――

「っ!」
「ふごっ」

 不用意に弱点を晒して急所への一撃を貰ったタリスは、泡を吹いて昏倒した。悠介がスンに渡した指輪は『力の指輪』。装備者の力を大きく底上げするモノだ。少し乱された服を整えて納屋を後にしたスンは、広場に戻って役員のおじさま達に事情を話した。

「まったあのっ大バカヤロウは……!」
「後はワッシらがやっておくから、スンちゃんは心配せんでええ」

 ちょっとヤキ入れてやらなきゃいかんと、腕まくりをしながら拳骨を固めたおじさん達が納屋へと向かう。それを見送ったスンは、へにゃへにゃと広場の椅子に座り込んだ。そして悠介に貰った御守りの指輪を胸元で撫でる。
 送り主は未だ包囲網から抜け出せず、そろそろ殲滅されかかっていた。

「……もう、ユースケさんの、バカ」

 スンは小さく呟くと、指輪に囁き掛けるようにキスをした。






 ザッルナーの火月の一日目。月が最も近付き、収穫祭の本番が始まる刻。ブルガーデン国内全ての民に向けて、女王リシャレウスから重大発表がなされた。

――ゼシャールド神技指導官を女王直属の側近として迎える。以後、パウラでの活動を通じて女王への忠誠を示さん――

 祭り始めに行われたこの発表によって、ブルガーデンの民は大きく反応を二分させた。







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