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本編
20話:錯綜し始める潮流




「ユースケはガゼッタの事をどこまで知っておる?」
「名前くらいしか知らないな」

「そうか、わらわもよく知らん」
「なんじゃそりゃっ」

 エスヴォブス王から無技の民を対象にした保護条例を定める約束を取り付け、中身をどうしようかと考えていたヴォレットはふと、悠介の話にあったシンハのことを思い出し、何かの参考になるかもしれないと話題を振った。

「詳しくは知らんが、ゼシャールドから聞いた事があるのじゃ。 あの国の王は無技の民じゃ、と」
「それって、無技の民の国があるってことか?」

 よく分からんのじゃと答えたヴォレットはクレイヴォルに視線を向ける。『何か知っていよう?』という目配せを受けたクレイヴォルは、渋々といった様子で自分の知るガゼッタ国について語った。

 国境の大部分をノスセンテスと隣するガゼッタは、国土の殆どが険しい山岳地帯となっている。ブルガーデンとの国境に近い場所に首都らしき街があり、特にこれといって特筆するようなモノも無い、表向きは到って普通の等民制国家という印象を受ける。

 が、実際に国を動かしているのは広大な山脈のどこかに存在する王都と、そこに君臨する無技の王なのだという。ガゼッタ領の山岳地帯には戦士の訓練施設が点在しており、そこでは大勢の『無技の戦士』が育てられているのだそうだ。

「ノスセンテスもブルガーデンも、無技の戦士の存在を知っていながら目を逸らしている」

 あまり大きな声で口にする事は憚られるが、実は無技の民は神技の民よりも、生命力や基礎の身体能力が優れているらしい事が学者達の研究で分かっているのだと、クレイヴォルは若干声を潜めながら語った。
 これらの研究結果や内容は一般には公にされていない。一部の国防に(たずさわ)る高官や学者達しか知らない事である。悠介は今の話に思い当たる節があった。スンやバハナおばさん達に『見た目細いのに力あるなぁ』という印象を持った事は、一度や二度ではない。

「実際、無技の民からは神技の波動を感じ取れないからな、気配を消して接近されると風技の索敵でなければ見つけるのは難しい」

 正面から戦えば攻撃系神技を持つ者が有利かと思われるが、接近されたり弓を使われればその限りではない。
 『無技の戦士』の存在については、衛士達の間でも時折噂になる。神技を宿さない無力な民である筈の無技人に衛士が倒された等という話は、確かにあまり大きな声では言えないことだった。無論『一般人同士』レベルであれば絶対的に神技の民が有利だが。

「うーん、無技の民って実は戦士系のキャラなのか……? だとすると――」
「なんじゃ? それは」

 はてなマークを浮かべたような顔で首を傾げているヴォレットに笑みを返しつつ、悠介は思い付いたアイデアを話した。

・フォンクランク領内に住む全ての無技の民をサンクアディエットの清掃人に任命する。
・街の各区画清掃は無技の民の義務とする。
・無技の民は清掃を強制されないものとする。
・清掃報酬は宮殿より出資されるものとする。

「清掃人……無技の民を街に入れるのか?」
「ふむ、宮殿が雇いこむ形にする事で、不逞の輩を牽制するわけじゃな」

 街の清掃は月に何度か日雇いの者が当たっており、ゴミなどは風技で簡単に吹き飛ばしたり、石畳を水技で洗い流したりしている。しかし、吹き飛ばされたゴミは路地裏に、石畳の水洗いも適当で疎ら、ぶっちゃけあまり清潔とはいえない。
 高民区や中民区も通りは綺麗に見えるが、裏に回れば――である。悠介がここ数日、街を走り回って気付いた事だった。

「まあ、いきなり上の区画を任せようと思ってもどうせ反対する奴が出るだろうから、最初は低民区からな」

 区画ごとに担当衛士を決めて彼等の監督の元に清掃を行うという形式を取る。掃除用具は悠介が作るつもりでいた。報酬の支払い方や、その為の予算枠も決めなくてはならないので、この辺りは経理の者と相談して決める事にした。

「……狙いは分かるが、果たしてそう上手くゆくのか?」

 無技の民が街中を歩くことに住民から不満の声が上がらないか、そもそも強制しない義務という時点で無技人達にどの程度の参加が見込めるのか、というクレイヴォルの懸念に対して悠介は『先ずは触れ合える環境から作るのだ』と説明した。

炎神隊長(クレイヴォル)殿はあんま下街とか歩かないだろうから知らないのかもしれないけど、表通りでも無技人の姿は結構見かけるぞ?」

 外周で屯する無技人を即席使用人として荷物運びなどに雇っている者はよく見かける。荷馬車の番にも雇われるように、彼等の仕事ぶりが誠実であるという認識は、殆ど意識しないレベルで街の住民や商人達の間に定着しているのだ。

 イフョカの例から見ても、外周の無技人街は長い年月サンクアディエットの発展と共に在り続けているので、低民区の住民には子供の頃に無技の子達と遊んだ経験がある者も多い。親が禁止する家も当然あったであろうが、子供達はその辺り無垢である。
 成長するに従い、無技の民に差別感情を持つ人々がいる一方で、成人した後も友人として付き合いのある人々もいるのだ。

「中民区とか高民区の下街におりて来ないような環境で育った人らも、よく分かってないと思うしな」

 四大神信仰と子供の頃からの刷り込みで『下賎なるモノ』と思い込んでいるだけなので、何故そうなのかと深く理由を考えた事も無いだろうと悠介は指摘する。

「俺はあんまり詳しくないんだけど、四大神信仰の教義って無技の民と交流する事に何か触れる部分とかってあるのか?」
「ん? そういえば、特に思い当たらぬな……クレイヴォルは何か知っておるか?」
「一応『神の祝福を受けぬ者は彼の地へと追放されん』という一節がありますが……」

 『彼の地』ってどこよ? というツッコミに答えてくれる記述はないそうだ。また、そういった教義の一節を理由に無技の民を国内から追放しようという声も無く、極端な人種差別主義者のような存在も見受けられない。

「それなら大丈夫だろ、俺の知ってる信仰集団みたいに教義で人殺したりする部分があるなら、ちょっと話も変わってくるけど」

 信仰の教義に反するから等という理由で反対する者が出た場合は、かなり難しい問題となるが、それが無いのなら問題ないだろうと悠介は割と楽観的に考えていた。普段の生活の中で無技人の存在が当たり前になる事『慣れる生き物』である人の性質に期待する。

 無技の民を街の清掃人に就かせる保護条例が公布されたのは、それから数日後のことだった。






 サンクアディエットで保護条例が公布される少し前――

 ブルガーデン第一首都、山頂の街コフタ。この街からもう少し山を登った先にシャルナー神殿がある。水巫女の女王リシャレウスへの謁見を明日に控えたゼシャールドは、コフタの街が昔の旅で訪れた時と殆ど変わりなく在る事に感慨を覚えていた。
 同時に、女王との良好な関係を築くことが出来れば、ブルガーデンとの関係も大きく違ったモノに出来ると確信した。


 コフタの街で見かける無技人たちはパウラと違ってきちんと服も着ており、靴も履いている。皆例外なく所有者の存在を示す腕輪、奴隷の腕輪を付けてはいるが、表情は明るく健康的である。

 彼等は神殿が所有する奴隷であり、神殿の所有は女王の所有、彼等は女王の奴隷という庇護の下、街で平穏に暮らしている。本来その身の束縛を意味する奴隷の腕輪は、彼等の身を守る盾となっているのだ。

『同じ国内でも女王と最高指導官の統治にここまで違いがあるとはな……』

 神技指導を担当している生徒達から聞いた、長年パウラで暮らしていた者が両親に連れられて里帰りなどでコフタを訪れると、大抵面食らうらしいという話に、ゼシャールドは納得していた。

 街の様子を見て歩くゼシャールドに向けられる住民達の視線には、パウラの神技指導官という事であまり良くない印象を持っている雰囲気が感じ取れた。その事からも、パウラとコフタの関係が窺い知れる。

『ふむ……明日の謁見、成功させねばならんのぅ』




 翌日――

 そこそこ古い歴史を持つボーザス山のシャルナー神殿は、一階の入り口をくぐると広い廊下が奥まで伸びていて、入って直ぐの所に神殿兵の詰め所と客間があり、そこから奥に向かって信徒の寄宿舎が暫らく続く。
 少し進むと厨房や食堂、洗い場、井戸などがあり、長い廊下の中頃には使用人と神殿兵の宿舎がある。何れも廊下を挟んで両端にそれぞれの部屋が並んでいた。これは、廊下に神殿兵が大軍で整列できるような造りにしてあるらしい。

 一階の奥に執政官の個室と執務室があり、最奥には二階へ上がる階段と、ここにも神殿兵の詰め所が設置されていた。二階は水巫女の女王が使う寝室、書庫、食堂などの各私室と、謁見部屋がある。
 ちなみに、一階廊下最奥の壁の向こうには二階と直通のフロアがあり、女王がお清めをする為の湯浴み場になっている。

 謁見部屋に通されたゼシャールドは、奥の玉座に座る女王リシャレウスに膝を付いて一礼した。

「ご機嫌麗しゅう御座いますリシャレウス女王陛下。この度は謁見を許され、この上ない喜び――」
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょうゼシャールド神技指導官、今日はどのような用件で参ったのですか?」

 凛とした声でゼシャールドの口上を遮ると、早く用件を言えとばかりに煩わしそうな視線を向けるリシャレウスに、ゼシャールドは己が懐いていた女王像と随分違っていた事に少し驚きを覚えた。
 しかし、彼の長年の勘がリシャレウスの人となりに疑問を感じさせる。『演技』そんなイメージが浮かぶ。

「ブルガーデンに就いた以上は、女王陛下への挨拶に赴かねばと思っていた次第で」
「そうですか。ですが、貴殿が我が国に亡命なさったのは一月(ひとつき)と十日程も前だったように思いますが」

 今頃やって来て何を空々しいと言わんばかりの皮肉を込めた女王の言葉に、御付きの女官達が笑いを堪える仕草を見せる。

「これは手厳しい。しかし、私の方と致しましても中々監視の目が緩まず、今日まで挨拶の機会が得られなかった次第でして」
「それは私の指示ではありませんが、監視の目と謁見の機会……どう繋がるのでしょう?」

 立てば膝裏まで届く長い水色の髪をふわりと揺らしながら、小首を傾げて見せるリシャレウス。ほぼ敵国と見做している国からの亡命者に監視の目が付くのは当然として、それは女王への謁見を申し込めない理由には、ならないのではないかという疑問。
 挨拶に出向いてくる事を特に求めるつもりもないが、ゼシャールドの言葉に引っ掛かりを感じたリシャレウスはそう訊ねた。

「イザップナー最高指導官殿の優秀な部下を連れての謁見を避けたかったから、ですな」
「……?」

「女王陛下とは個人的にお会いしたかったのですよ、……元フォンクランク宮廷神技指導官として」

 謁見部屋にざわり、とした空気が漂う。女官達が目配せし合い、警戒するような仕草を見せた。神殿兵を呼び寄せようとしているようだ。それを一旦(いったん)(とど)めたリシャレウスは、人払いをしてゼシャールドの言葉の真意を問い質す。

「それは、どういう意味ですか?」
「陛下、貴女はこの国の現状を憂いておられる」

 イザップナー最高指導官の政策に不満はあれど、実権は殆どあの男に握られているので、血筋と権威だけではどうにもならない事をもどかしく思っていると指摘するゼシャールドに、御付の女官が不敬ではないかと叱責する。

「待ちなさい、マーシャ。 ……確かに、貴方の言われるとおり、私は彼の方針を最善だとは思っていません。ですが――」

 イザップナーのやり方と国の現状には不満だが、フォンクランクの体制に賛成している訳ではないと、彼女はきっぱり言い切った。リシャレウスは亡き父王の理想を受け継ぎ、ほんの僅かな区域だけでもと自分の治めるコフタの街でそれを実践している。

「しかし、このままでは何れコフタの街も、ゆくゆくは貴女(おうぞく)の権威も奪われてしまうでしょうなぁ」
「無礼な! 陛下に向かって暴言は許さぬ!」

 先程のマーシャと呼ばれた女官が憤りも露に神技を放とうと手を翳す。が、何も起こらず、彼女は向かい側に立つ同じ顔をした女官に目配せして見せた。 しかし、スルーされてしまった。

『ちょっと、サーシャ! ぼけっとしてないであの無礼な爺さんに一発かましてやんなさいよ!』
『無駄。陛下は待てと言った。もう少し見定めるべき』

 少々感情的になりやすい姉マーシャに、妹サーシャは淡々と返しながらも神技の波動を高めている。ちなみにマーシャの水技は防御系で『水壁』を使い、サーシャは攻撃系水技『水柱』を使う。
 どちらも近くに水がなければ殆ど効果を為さなかったりするのだが、二人ともイザップナーの息が掛かっていない、リシャレウスが自ら任命した信頼できる女官、嘗ての友人達であった。

「落ち着きなさい二人とも。 ゼシャールド殿、貴方の目的は何なのですか?」
「両国の友好、といった所でしょうかのぅ」

「……私に、イザップナーを討てとおっしゃりたいの?」
「できる事なら、穏便に済ませらればとは、思っておりますじゃ」

 それは女王の問いに対する肯定を意味していた。リシャレウスは頭を振って溜め息を吐いた。そんな事は無理だと内心で呟く。
 第一、今イザップナーという指導者を失えば、国は大混乱に陥ってしまう。そうなれば、きっとここぞとばかりにフォンクランクの軍勢が押し寄せ、ブルガーデンはあっという間に攻め滅ぼされてしまうだろう。 エスヴォブス王はそういう男だ。

「フォンクランクはブルガーデンの滅亡など望んではおりませぬ」
「ですが、あの(イザップナー)を討てばそういう事態を招く事になるでしょう」

「ほっほっ 失礼ながら、女王陛下は御自身の権威と国民の絶大なる支持を過小評価なさっておるようじゃ」
「私に国を動かす力は、もはやありません」

 軍も官僚も全てイザップナーに掌握されている今は、どれだけ国民の支持を集めていても、所詮はお飾りの女王なのだと自嘲する。女官の二人が、そんなリシャレウスを気遣うように傍に寄った。その行動に、三人の親しい関係が推察できた。

「されば、陛下に国を動かす為の人材を御用意致しましょう」
「どういう、ことですか?」

 女王の信頼を得る為、ゼシャールドは自らの策略を語って聞かせた。







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