夜明け前――
要塞都市パウラの長大な防壁の影で、ゼシャールドはコレまでに掴んだブルガーデンの内情を纏めながら、協力者の男からフォンクランクの近況報告を受けて今後の活動方針を練っていた。
「そうか、ユースケは上手くやっておるのじゃな。 それにしても……聞く限りでは凄まじい力じゃな」
「流石にアレには僕も驚きましたよ」
危うく巻き込まれる所でしたと彼は笑う。
今、この要塞都市パウラではギアホーク砦で風の団が壊滅した事により、戦力の復旧を急ぐ動きが活発化していた。神民兵からの引き抜きや新兵の募集などで連日バタバタしていて慌しい。その為か、ゼシャールドに対する監視も日に日に緩くなり始めていた。
「ワシは近々、水巫女の女王に接近する」
「……第一首都、コフタですか」
ブルガーデンは元々山頂のシャルナー神殿に集まる信徒達が神殿の周囲に住み着いて街を形成し、そこから建国された小さな王国だった。第一首都である山頂の街コフタには、シャルナー神殿を居城に国民から絶大な支持を受ける女王が君臨していた。
現在は第二首都、要塞都市パウラにて軍民を統治管理する指導者、イザップナー最高指導官がほぼ全ての実権を握っており、要塞地下に設けられた議会堂を中枢としてブルガーデンの政治を動かしている。
しかし、水巫女の女王が持つ国家の象徴としての権威と国民の人気は絶大であり、女王が正式に即位するまでの後見人だった元ブルガーデン国王の側近でもあるイザップナーは、形式上、軍資金の要請や国費で事業を行う場合などは女王に御伺いを立てて了承を得るという手続きを通さねばならなかった。
水巫女の女王リシャレウスと、イザップナー最高指導官、両者の間には反目こそ見られないものの、双方の政策や意見は決して一致している訳では無いらしい。お互い無干渉に近い関係で、第一首都と第二首都それぞれに個別の統治を布いている。
ゼシャールドはこの辺りに付け込める隙があるのではと見ていた。
「なら、こっちの観察情報もそっちに運びますよ」
「いつもスマンのう」
「いやあ、ユースケ君から報酬は貰ってますから」
「報酬?」
首を傾げるゼシャールドに、彼は微笑みながら小さい虫のような物体を取り出して見せた。
「よく釣れるんですよ、この釣り針」
悠介がサンクアディエットの通りでイフョカを見かけていた頃、ゼシャールドはパウラの中心街から外れた長城部分の上道通りを歩いていた。パウラの一般民住居は北側の中心街に集中しており、重要施設などは殆ど中心街の地下に当たる要塞内部にある。
ブルガーデンの国土の半分以上を占めるボーザス山の麓に添って造られた要塞都市、その長城部分はサンクアディエットの半周分にも匹敵する実に長大な防壁要塞だ。中心街から離れたこの辺りにも、移動式だが多くの店舗が並ぶ。
防壁内部には各神民兵組織の訓練施設や宿舎などもあり、中心街からもれた一般民や神民兵の家族なども暮らしている。沢山の空き部屋があるので、神民兵達は適当な部屋を見つけては『○○分隊の部屋』などと勝手に札を付けて割と自由に使っていた。
「……ふむ」
上道通りに並ぶ移動店舗群。ゼシャールドはふと一軒の店の前で足を止めた。首輪を付けた数人の無技人が店の前に繋がれている。一人足に怪我を負っている者がいるらしく、負担が掛からないよう座り込んでは、しきりに小さな出血を気にしている様子だった。
ゼシャールドはおもむろに歩み寄ると、彼女の怪我に水技の治癒を施す。傷を癒して貰えた彼女は御礼を言いたそうにしていたが、勝手に喋ると主人から鞭が飛んでくるので困り顔を見せている。
「いいんじゃよ、言わずとも分かっておる」
「……」
あたまを下げる無技人。丁度その時、店から出て来た彼女等の主人らしき男が威圧的に声を掛けてきた。
「おい、うちの飼い無技の何かようか」
「いやなに、怪我をしておるようじゃから治癒しておったのじゃよ」
「?……っ あ、あんた……ゼシャールド神技指導官!」
飼い主の男は相手がゼシャールドだと分かると、慌てて態度を改めた。ただでさえ貴重な人材ゆえに水技の民の発言力は比較的大きいブルガーデンだが、その中でもゼシャールド程の熟達クラスとなれば特に別格だ。
「いやぁそうでしたか、ですがあの~……今はちょっと余り持ち合わせが……」
「構わんよ、趣味の治癒じゃからして気にするな」
報酬を渋ろうとする飼い主の男に、ゼシャールドは『金なぞ要らん』と手を振った。飼い主の男が飼い無技達を連れて去った後、この国の無技人達の扱いを不憫に思い、溜め息を吐くゼシャールド。
等民制国家では、神々の祝福を受けていない民として扱われる無技の民だが、四大神に神格の差異は無いとするブルガーデンでは、神技を持たないモノは人にあらずとされていて、無技の民は人間と認められず亜人扱いなのだ。
「ゼシャールド指導官」
「ん? おお、プラウシャ君か。 もう、良いのかね?」
「はい、ご心配お掛けしました……。 明日からまた訓練に出ますので、宜しくお願いします」
ゼシャールドに声を掛けてきたのは、彼のこちらでの教え子でもある水の団候補生の少女だった。ここ数日は訳あって訓練を休んでいたのだが。やはり水の団への入団を目指す気持ちに変わりは無いという。
「ずっと決めていた事ですから……もう、お姉ちゃんは居ませんけど」
「……そうか」
彼女の姉はギアホーク砦の一報が入った後日、フォンクランク政府から返還された。所々欠けた姉の遺体を前に、茫然自失で佇んでいた姿は、ゼシャールドの記憶に新しい。陰った空気を払うように、プラウシャは明るく話題を振った。
「そういえば、指導官はフォンクランクで沢山無技を飼ってらしたそうですね、やっぱり水技の実験に?」
「いや、ワシは彼等の村で一緒に暮らしておったのじゃよ」
「え? 無技とですか?」
家でも昔一匹飼っていたという彼女は、心底不思議そうに問い返すのだった。
「難しい問題じゃな」
「だろうな」
宮殿に戻った悠介は早速その日に得た情報をヴォレットに報告した。シンハの事を話した時、ヴォレットは一瞬驚いたような顔を見せ、クレイヴォルが顔色を変えて席を立とうとしたが、ヴォレットはそれを引き止めると一切の口外を禁じた。
そして悠介にもシンハの事はしばらく誰にも話すなと釘を刺して置く。彼についての詳しい話は、また後日にでもと言うヴォレットに、悠介は何か複雑な事情でもありそうだと判断して頷いた。
その後、無技人街の事を話題に、無技人と神技人との関係について話したのだが、一般衛士達も含めて意識改革をという悠介の考えは、謂わば信仰にも関わる問題なだけに中々難しいのではないかとヴォレットも腕を組む。
「そもそもじゃ、今の制度を引っくり返すような事をすれば国は混乱するじゃろうからしてな」
「まあなぁ」
「もしそうなった時、頼れるのは己が力だけじゃろ?」
「絶対数からして我々神技の民の方が多い、結局今以上に無技の民は厳しい生活を強いられる事になるだろう」
等民制の中で無技の民の地位や扱いを向上させようと思えば、今から徹底的に無技の民に対する既成概念を変える教育を、子供の内から行って、刷り込みのようなやり方で数十年くらい続けられれば可能かもしれないとクレイヴォルは言う。
しかしそれは限りなく実行が不可能な方法でもあると補足を付けた。必ず反対する者が出る。
「だが、治安の優遇や差別については何とか出来るな」
「何か良い案ある?」
「簡単なことだ、『衛士としての誇り』を理由に任務遂行の意識を引き締めればいい」
「あ~流石エリート、如何にもエライさんな発想だ」
残念そうに言われたクレイヴォルが少しムッとした表情を浮かべたので、悠介は軽く謝りながら『一般衛士』にとっての『誇り』がどの程度の価値なのか説明した。衛士になれば給金で食べていける。誇りは食べられない。それだけだ。
「名誉だの誇りだのってのは、ソレを追い求めてやっていける人達には価値があるんだろうけどね」
大事な家族と誇りのどちらを選ぶか、一般民は家族を選ぶ。故に一般民であるとも言える。誇りや名誉がくだらないとは言わないが、現実問題として、一般民は誇りと名誉では食べて行けないのだ。
「ま、異論はあるだろうし必ずしもそうとは言い切れないけどな」
「うーむ……確かに……我が王も名誉より実を選ぶ方であるし……」
眉間の皺を増やしてぶつぶつと考え込んでしまったクレイヴォルを余所に、ヴォレットは官僚達の間で当たり前のように横行する汚職、賄賂の類が、一般衛士や一般民の間にもあるのだなと、ふむふむ頷いていた。
「意識改革は簡単にはいかないだろうけど、国のトップが協力してくれるなら手っ取り早い方法はあるんだよな」
「ほう? それはどんな方法じゃ?」
保護条例の公布だと、悠介は端的に語った。
「ちちさまぁ……わらわのお願い、聞いてほしいのじゃ」
何か適当な理由をつけて無技人達を保護する条例を作る。ブルガーデンのように無技人を所有している者の少ないフォンクランクでは、別段『無技の民を保護する条例』を出した所で困る人間も殆ど居ない。
フォンクランクにも奴隷は存在し、その中に無技の民も居るが、元々待遇は大して変わらないので保護条例による影響は少ないと考えられる。 ちなみに、フォンクランクに限らず奴隷は神技人の方が数が多い。所有する奴隷の質がそのまま所有者のステータスに繋がるので、無技人の奴隷よりも神技人の奴隷を連れている方がより格調高く見られるのだ。
「ヴォレット様はまた妙な事を言い出し始めましたな……」
「やはりあの男の影響か。 無技の民など保護してどうしようというのだ?」
官僚達がヒソヒソと囁きあう中、父王エスヴォブスの許しを得た(攻め落とした)ヴォレットは早速、悠介と保護条例の中身を考えようと部屋に戻って行くのだった。 スキップで。
要塞都市パウラから山側に少し入った辺りに、精鋭団専用の育成訓練施設がある。そこは初めから精鋭団に入団する事が決まっている身分の高い者にしか利用出来ないエリート育成施設、士官学校のような施設だった。
その施設の敷地を関所として、整地された山道を上って行くと、ブルガーデン第一首都コフタの街に入る事が出来る。
シャルナー神殿の膝元に広がるコフタの街は、山頂付近の僅かに開けた場所を街の入り口として、無数に掘られた坑道の中に住居施設が広がっている。カルツィオで最も高い場所にある地下の都であった。
山頂の神殿を居城として、日々静かに暮らすことを望む水巫女の女王リシャレウスは、執政官から届けられた書状に憂鬱な溜め息をもらす。謁見を要請する内容のそれには、ゼシャールドの名が記されていた。
最近ブルガーデンの神技指導官に就いたと聞く元フォンクランクの宮廷神技指導官。またぞろイザップナー最高指導官が絡んでいるのだろうと思うと、気持ちが重くなるというものだ。
十四歳の頃、建国者でもある父王を亡くした彼女は、十六歳で正式に即位するまで後見人となった元国王側近であるイザップナーの献身的な働きに支えられながら、新興国であったブルガーデンを大国フォンクランクと並ぶ地位まで押し上げ、国の象徴的存在として崇められるようになった。というのがブルガーデンの一般国民が持つ認識である。
イザップナーは王亡き現状は亡国の危機にあると国民の危機感を煽り、隣国に付け入られないようにフォンクランクを牽制する名目でパウラ要塞の都市化事業を進めて行く中、国の中枢を自分の派閥で固めていった。
彼が急速に実権を握って行く事への懸念を示す旧王党派官僚達もいたが、リシャレウスを国民的象徴に添える事で王の権威を持たせて、忠誠に対する信頼を持って自らの活動を支援するよう仕向ける事で、彼等の批判を躱していた。
女王に即位する頃には、リシャレウスもイザップナーの献身が亡き王と残された王女への忠誠などではなく、己が野望の為だという事に薄々感付いてはいた。しかし、頼る者のいなかった彼女は彼を王の忠実な臣下として扱うしかなかったのだ。
そうなるよう、身の回りに置く者にも工作を仕掛けられていた事に気付いたのは、ずっと後になってからの事である。
「会わなくちゃ駄目なのかしら……」
もう一度溜め息を吐きながら、リシャレウスは側近を呼ぶのだった。
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