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本編
17話:衛士の日常と休日




 夜明け頃――

 ヴォルアンス宮殿の上層階、宮殿衛士隊宿舎の自室で、悠介は小物を弄っていた。対象が装備品であれば特殊効果の付与が出来るというカスタマイズ能力の特性を活かし、寝巻き代わりの服に回復効果と沈静作用などを付与して快適な睡眠を得られるようになったお陰で、起床時間が早くなった、というより睡眠時間が短くなっていた。
 なのでここ数日の悠介は、夜明け前の静かな時間を使って小物の製作とカスタマイズを行う事を日課にしている。

「ん~、やっぱ晶貨を材料にすると良い物が出来るなぁ」

 給金の晶貨を指輪や腕輪などの形にカスタマイズして装備品にする事で特殊効果を付与し、状況に合わせて使い分けられるよう種類を揃える。付与出来る効果の補正率も、八日前に展望塔前の露店で買った安物の指輪に比べて倍以上の数値を設定出来た。

 装備への特殊効果付与に関してはこの先隠し通せるモノでは無いので、部下やヴォレットにも『一つ作るのにも時間が掛かる』という事にしておくよう、口裏を合わせた上で控え目に公表しておいた。
 この付与能力のお陰で、悠介の宮殿内での生活は概ね静かで平和な日々を維持している。


 悠介達が砦から帰還した翌日には事件の概要が宮殿中に知れ渡っており、『姫様のオモチャ』と比喩される使えない衛士であった筈の闇神隊がブルガーデンの精鋭団を壊滅させたという事実は、各隊の宮殿衛士達に衝撃と動揺を与えた。

 取り分け、悠介の台頭を警戒した姫君(ヴォレット)の婚約者候補達は、偶々幸運が重なったか、同行した部下達が優秀だったのではないか等と邪推を向けて訝しんでいたが、その心中は穏かではなかった。

 尽く戦を避けるエスヴォブス王の政策下では、武勲という手っ取り早く手柄を立てる機会が与えられ無い。
 ブルガーデン側の度重なる挑発に対する報復と、犠牲者の弔いを掲げて開戦を望む声も上がっていたが、報告にあるような詳細不明ながら広範囲の敵を殲滅出来るらしい神技を使う悠介に更なる武勲を立てる機会を与えるダケだと、同調する者は少なかった。

 そんな中、悠介の武勲をどうにか褪せさせられないかと、事件の詳細を明らかにするという名目で悠介の部下達から証言を取っていた婚約者候補組は『ユースケ隊長から賜った』という短剣の超性能に惹き付けられた。

 握っているだけで力が湧き出し、身体が軽くなり、神技力を増幅させるという見た目は普通の短剣。試しにその短剣を装備して神技を使ってみた炎神隊の衛士は、普段より一.五倍近い大きさの火球を生み出す事が出来たのだ。

 彼等は是非その短剣を自分に譲って欲しいと持ち掛けたが、ヴォーマル達は『隊長から直々に賜ったモノなので』と丁重に断ると、後々その事を妬んで睨まれないように『どうしても欲しいのなら隊長に掛け合いましょう』と言ってちゃっかり矛先を逸らした。

 事情を聞いた悠介はヴォレットと相談し、クレイヴォルも巻き込んで一計を案じる。展望塔の上り下りに使った四つの指輪を再調整して各宮殿衛士隊長に贈ったのだ。

 『炎技の指輪』、『水技の指輪』、『土技の指輪』、『風技の指輪』という各神技専門に調整された指輪。デザインもそれっぽいモノに変えてあり、其々の神技に特化させてある分、ヴォーマル達の短剣に付与されているモノより増幅率も高い。

 クレイヴォルが指輪を装備して自身の炎技を使って見せた所、通常なら揺らめく炎が槍に巻き付いて燃え盛るのだが、指輪の効果によって炎はまるでソレ自体が槍であるかのような集束を見せ、炎を纏った槍ではなく炎の槍そのモノが出現した。
 その洗練された炎槍(えんそう)に衛士隊の皆が目を奪われる中、悠介とクレイヴォルは予め申し合わせておいた台詞のやり取りを行う。

『是非、私の部下達にも装備を都合して欲しいのだが』
『いいですよ、ただ任務の合間に作業する事になるので、どうしても時間は掛かりますが……』

 このやり取りにより『ユースケが作る装備が欲しくば、ユースケの邪魔をしてはならない』という暗黙の了解が、衛士達の間で成り立った。お陰で宮殿内でも街でも、悠介の機嫌を損ねるようなちょっかいを出して来る者は殆どいない。

 この場合『殆ど』であって、やはり例外も居る。尤も、悠介が機嫌を損ねる程の疲れる手合いでは無いのだが。

「やあ、ユースケ。僕が貰える指輪は出来たかな?」
「まだ。つか副隊長とかが先だろ? 普通」

 衛士食堂に向かう途中、廊下でばったり出くわしたヒヴォディルと並んで歩きながら、悠介は『最低でもあと五十日は待て』と製作に時間が掛かる事をアピールした。一つ作るのに十日程掛かる事にして今の状況を引き延ばしているのだ。

「なーにを言う、確かに隊内での僕は一精鋭衛士に過ぎないが、宮殿では隊長よりも高貴な一族なのだよ」
「しらんしらん」

 ヴォレットから懇意にされ、英雄と謳われる実力を持ち、既に各四神隊長とも同格の扱いである闇神隊長。殆どの宮殿衛士達が悠介と交流を持つ事に躊躇う中、ある種最悪な出会い方をしたヒヴォディルは積極的に関わりを持とうとする一人である。

 彼は彼なりに、自分の背負う名門の血筋という看板と、それ見合った実力が足りない事にコンプレックスを抱えており、純粋な神技力が足りないのであれば、他の何かで補うしかあるまいと駆引きや貴族然とした在り方等で身を立てて来た。
 そんな彼にとって、悠介との交流は唯一、駆引きや名家の家督である事を意識せずに話し、振舞える時間であった。

「ま、僕に相応しい最高の装備を期待してるよ」
「あれ、飯食わないのか?」

 食堂を通り過ぎていくヒヴォディルに悠介が訪い掛けると『朝は実家で摂る事になっているのさ』などと言いながら背中越しに振り返りつつ軽く上げた片手をひらりと一振り、キラーンと歯でも光らせそうな雰囲気で笑みを向ける。
 前から来たワゴンを運ぶ給仕さんに撥ねられ掛けた所が面白かったと、悠介は感想を述べて食堂に入って行った。

「き、君ぃ! 気をつけたまえよっ 膝がっ膝が」
「あわわっ も、申し訳ありません! 大丈夫ですか」

「うむ、意外に面白いヤツだ」




 昼過ぎ、悠介は何時ものように神民衛士隊の控え室に顔を出した。数日前ヴォレットに連れられた悠介が初めてここを訪れた時は、何処の酒場だといった雰囲気のうらぶれた部屋だったが、今は宮殿衛士隊の控え室と遜色ない程に整えられた部屋になっていた。
 無駄に豪華な装飾品などの類は無いが、上の階でも見られない特別なソファーやテーブル等が並んでいる。

「お、隊長のおでましだぜ」
「お疲れ様です、ユースケ隊長」

「うーっす。 今日はフョンケとエイシャだけか、他は?」
「イフョカは非番ですよ、ヴォーマルのおやっさんは巡回に出てますぜ」

 シャイードは訓練場で自主訓練を行っているらしい。待機室には彼等以外にも一般の神民衛士達が待機(たむろ)しているのだが、宮殿衛士達と違って皆悠介との交流に躊躇は見られない。

「隊長さん、また実酒の味付けしてくださいよ」
「すんません、ランプ割っちゃったんすけど……これ直せませんかねぇ?」
「たいちょーさーん、この前作ってくれた下着、もう一回り胸のサイズ大きいの出来ませんかー?」

 待ってましたとばかりに色々な依頼を持ってくる一般衛士達。悠介は部下との交流を理由によくこちらの控え室に下りてきては、部屋の調度品をカスタマイズで修理したり、持ち込まれた安実酒を美酒に調整するなどして、彼等との親睦を深めていた。

 悠介の任務は下々の者達を観察し、彼等の声を聞き、それらをヴォレットに話して聞かせる事である。街の巡回任務をこなす一般衛士達からは様々な噂話や裏話を聞くことが出来た。面白い話から眉を顰めるような話、かなり眉唾モノまで色々だ。

 地下に埋められた街には幽閉された王族の亡霊が住み着いている等というホラーな話や、展望塔の天辺から誰かが粗相を仕出かしやがった! 等という笑えない話までそれこそピンきりである。

「隊長は、今日も街すか? おおっとぅ、抓み抓み~」
「ああ、何時も展望塔の方ばっかり回ってたからな、今日はちょっと別の所も見て回ろうと思う」

 衛士達のリクエストに応えつつ、実酒の抓みに辛味カスタマイズを効かせた干し肉をフョンケに投げ渡した悠介は、酒盛り組の『ウヒョー』とかいう奇声を聞きながら、そそくさと控え室を後にした。
 逃げるように立ち去ったのは、エイシャが呆れ顔から怒り顔に移行する所を見たからだ。既に四度程叱られている。

「隊長っ!」
「うひょー」

 悠介は廊下を全力ダッシュした。


 宮殿を出た悠介は馬車を使わず、移動力に特化した補正効果のある指輪の力で低民区まで走る。闇神隊の隊服は手袋やベルト、ブーツに至るまで全て身を守る為の特殊効果を付与してあるので、他の部分は指輪や腕輪等を使うのだ。
 マントを(ひるがえ)して高民区や中民区の通りを風技の民が如く突風のように駆け抜ける黒い影。『ギアホークの英雄』が駆け行く姿は、そろそろ街の名物風景と認識され始めていた。


「さてと、今日はモーフ牧場のある方でも見に行くか」

 便宜上、太陽の昇る方角を東として、街の西北側に向かって歩き出す悠介。展望塔の丁度反対方向である。ちなみにギアホーク砦は街から西の方角。ルフク村は東のやや南方向にあった。

 街の西側には広大なモーフ牧場が広がっているのだが、近年ブルガーデンの工作と思われる猛獣や魔獣の被害が相次いでおり、街の北側か東側への移転が計画されている。外周に住む無技人達の中には牧場でモーフの世話などをして生活費を稼ぐ者もいた。

 そんな低民区西側通りを歩いていた悠介は、知った顔を見つけて足を止める。

「イフョカ……?」

 衛士隊の甲冑姿ではなく、普段着らしき街服を纏ったイフョカが、胸元に抱えた荷物に半分顔を埋めながらトテトテと小走りに通り過ぎていく。悠介はこうして見ると本当に衛士っぽくない普通の少女だなぁという印象を懐きながら、その姿を眼で追った。

 イフョカは荷物と人込みで悠介に気付く事無く通りを抜けると、街の外周に向かう路地へと入って行く。何となく行き先が気になった悠介は、ぶらぶらと路地を歩いてみる事にした。歩幅が小さいイフョカは小走りでも悠介の普通歩きで付いていける。

 薄暗い路地を抜けると、そこは無技人達が住む一角、貧民窟(スラム)のような無技人街が広がっていた。イフョカのような子が無技人街に何の用事だろう? と、更に気になった悠介はイフョカの後を追って無技人街へ足を踏み入れた。

 宮殿衛士隊である悠介の姿を見た住人達は皆、慌てて家の中に閉じ篭るか、脇道に入って身を隠す等、目立つまいとする行動が見受けられる。この辺りの反応から、街の外周に住む彼等でさえ、神技人にはあまり良い印象を持っていないらしいと推察出来る。

『相手が衛士でもこの反応って事は、神技人の犯罪とかで無技人に被害者が出た時、ちゃんと動いて無いなんて事も考えられるな』

 衛士達から聞く話に無技人に関する話題は殆ど無い。一度ピンポイントで聞いてみるべきかと考える悠介は、イフョカが一軒の家に入って行く所を見て、考え事を中断する。 

 ここまでの道中、擦れ違う無技人街の住人達はイフョカとは普通に挨拶を交わす姿を見掛けている。単に衛士姿ではない見掛けも普通の少女だからという訳でも無く、本当に顔見知りのような親しみを双方に見て取れた。

 そのイフョカと親しげに挨拶を交わした無技人のおばちゃんも、悠介と擦れ違う時は俯き加減で目を逸らしながら、道の端を恐る恐るといった雰囲気で歩き去って行ったのだ。

「うーん」

 イフョカの入って行った家は角石と木材で組まれた小屋っぽい一戸建てだった。悠介はその家の前まで歩いて行くと、中から話し声が聞こえて来たので耳を(そばだ)てる。

「もう行くのかい? もっとゆっくりして行けばいいのに」
「うん……でも、衛士隊の訓練もしておかないと……仲間に迷惑掛けちゃうから」

 普段より若干流暢に話すイフョカはそう言って家の布扉を潜り、そこにユースケ隊長の姿を見つけて思わず飛び上がった。

「ひぇっ! た、隊長!」
「や、やあ」

「ああのっ どどうしてここに?」
「いやぁ、ちょっと街で見掛けたから、何処行くのかなーと思って……」

 後を付けて来た訳だが『後を付けてきた』とは言い辛い事に気付いた悠介は、ちょっと気まずそうに言葉を濁す。それを別の意味に解釈したイフョカは凄い勢いで釈明を始めた。

「ちちち違うんです! 隠してた訳じゃ無いんです! い、今任を解かれると……こ、困るんですぅっ!」
「お、落ち着け、落ち着け。何の事やらさっぱり分からんぞ」

「……どうした、イフョカ」

 そこへ先程家の中から聞こえた声とは違う男の声が響き、頭と身体に包帯を巻いた白髪の少し大柄な若者が布扉を捲って現われた。若者の後ろには、心配そうにこちらを窺っている年輩の男性と女性の姿も見える。その二人も無技人を示す白髪に白瞳だった。
 包帯を巻いている無技の若者は悠介を見て一瞬眼を瞠るが、直ぐに納得したような表情になると――

「アンタが、ギアホークの英雄か」

 そう言って不敵な笑みを見せた。







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