倉庫部屋には資材などに被せる布に包まった黄髪の女性と青髪の少女が、寄り添いながら座っていた。かなり憔悴した様子で、泣き腫らした目元や頬に残る痣が痛々しい。悠介の表情からその内心を読み取ったエイシャは、自らの力不足を嘆くように言った。
「私の力では、これが限界です」
擦り傷や小さな切り傷を塞ぐ事で精一杯だったと俯くエイシャに、悠介は手の施しようが無い程の怪我が無くて良かったじゃないかと思いつつ、それよりも気になった事を問う。
「というか、何故この格好?」
「代えの服が無かったもので……」
悠介の疑問にそう答えたエイシャは、衣服としての機能を失った状態で倉庫の隅に投棄されている布の塊りを指す。元は使用人の服と給仕の服だったそれは、ボロボロに切り裂かれて血や大量の体液が付着する汚れた布切れと化している。
不安そうな瞳を向けてこちらを窺っている二人の生存者のあんまりな格好を不憫に思った悠介は、とりあえず資材防護用の布に包まった状態では落ち着かないだろうと、投棄された衣服に触れてカスタマイズを行う。洗浄。修復。出来上がり。
「えっ た、隊長……今、何したんですか?」
「俺たちゃもう驚かねーっすよ」
新品同然の綺麗な使用人服と給仕服を『ほい』と差し出されたエイシャは、驚きに目を瞠る。失われた布分だけ少し裾や丈が短くなっているが、資材用の布に包まっているよりはマシであろう。フョンケ達はもう何でもありだなと肩を竦めた。
着替えの間、男性陣は部屋の外で待機。ついでに、倉庫の冷たい床に座らせるのも可哀相だと、適当な椅子も作っておく。
「隊長、ほんっとに何でも有りすねー」
「便利というか、何というか」
「全ての神技を宿すという噂……あながち嘘ではなかったという事か」
着替えが終わり、改めて生存者の二人から砦で何があったのか事情を聞く。――それは人員の交代と資材搬入があった日から三日後の事だった。その日の作業も終わり、作業員達が夕食を摂りに食堂へ集まる頃、砦の外に助けを呼ぶ声が響いた。
『見張りの衛士が転落したぞーー! 誰か治癒を使える者は手を貸してくれーー!』
砦の屋上通路から転落者が出たらしいと、外で騒ぎが起きたそのタイミングで、突然食堂内に無数の風刃が吹き荒れた。
夕食を摂る者で賑わっていた食堂は、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄と化し、壁や天井は飛び散った鮮血で染められ、料理のぶちまけられた床は斬り刻まれた死体から流れ出る血と臓器で溢れかえった。
二階から外の様子を窺っていた非番の衛士達が突如発生した砦内部の騒ぎに警戒態勢を取る中、今度は砦内部の騒ぎに気を取られていた外の衛士達に風刃が襲い掛かった。転落した衛士の傍に集まっていた者はその攻撃で一網打尽にされる。
作業員に紛れ込んでいたブルガーデンの精鋭は混乱する砦内で使用人や給仕を人質として盾に使いながら、或いは味方の振りをして近付き、不意打ちで次々と衛士達を討ち取って行った。
混乱が一段落した時、砦の内外で動いている者は、作業員に扮した『風の団』の団員達だけだった。
生き残った者の内、戦闘力を持たない衛士や作業員達は仲間の遺体運び等をやらされ、外の遺体は穴を掘って埋め、砦内の遺体は食糧庫とは反対側の地下にある汚水処理施設に運び込み、作業が終わるや遺体の重なる施設内に集められて、そこで殺された。
先程の女性衛士は、まだ砦内に生き残りが居ないかと、隠し部屋や隠し通路など避難部屋の在り処を聞き出す為に拷問されていたらしい。三日ほど掛けて生き残りの探索が行われる中、砦に『闇神隊』が来るという連絡が入った。
『風の団』が掴んでいた情報では、闇神隊衛士は一人だという事。特殊な神技を使うこと。それらの内容から砦の建設を早める為に来たのだろうと推測した彼等は、新設された精鋭宮殿衛士を待ち伏せて殲滅し、手柄にするつもりだったようだ。
保護された二人は、襲撃された日から悠介達が来た今日までずっと、女性衛士の悲鳴が響く地下で彼等の相手をさせられていた。彼女達が正気を保てたのは、今に宮殿衛士隊が助けに来てくれると自身に言い聞かせ続けていたからだと言う。
大体の話を聞き終えて、悠介達は重い溜め息を吐いた。結局、砦の生存者はこの二人だけのようだ。約八十人近い衛士や作業員、使用人達が殺害された事になる。重苦しい沈黙を破るように、ヴォーマルが今後の方針を提案する。
「まず、相手の戦力を確認しやしょう」
敵勢力の規模を推測すると、フォンクランク領内において同時期に複数の箇所でブルガーデンの工作と思われる事件が発生していたので、それらが風の団の仕業であると考えるならば、大体三隊くらいに分かれて動いていたと思われる。
通常、一隊は四人から八人程の編成で運用されるが、今回のような砦の襲撃ともなれば複数の隊が合流して動いたと考えられる。
現時点で外には四人居た事が確認出来ていた。そしてここに三人。彼女達の証言によれば十人前後は居たらしいという事から、三人編成でもう一隊位は砦内部に潜んでいる可能性がある。そんな事を話し合っていたその時――
カツーーン カツーン カツン カツン カツン カツカツカツ……
「っ!」
「今のは……?」
「シッ」
この地下倉庫へと降りる際、悠介は入り口の床扉を鍵の仕掛け共々元の状態に戻しておいた。今響いた音は、その鍵の仕掛けから金属製っぽい玉が階段を転がり落ちた音である。誰かが床扉の鍵を開けた、という事だ。
「ふ、二人……近付いてきます……か、階段の上にも一人……。 !っ こ、こちらも気付かれてます」
直ぐに索敵を行ったイフョカが、強い風技の波動を感じると声を潜めながら報告する。使用人と給仕の二人がエイシャの腕にしがみ付いて怯え始めた。足音は聞こえないが、確かに近付いて来るような風の気配があった。
「隊長、どうしやす?」
指示を仰がれた悠介は、どう対処すべきか考えていて、ふと森でレイフョルドが言ったセリフを思い出した。彼も中々に腕の立つ風技の使い手であろう事は神出鬼没さから想像出来るが、その彼を持ってしても悠介が作る落とし穴には気付かなかったという。
「なあ、神技の攻撃って特定の動作が無くても発動出来るのか?」
「手を翳したり突き出したりって動作ですかい? まあ、大抵の神技は慣れれば集中するだけで使えますからねぇ」
精鋭であれば全く問題ないだろうと答えるヴォーマルに、若干安定性は落ちるものの、直立不動の体勢からでも水球を放つ事が出来るとシャイードが補足した。故に、攻撃系の神技使いを無力化して捕まえる等という行為は殆ど不可能に近いとされる。
「捕まえて拘束は無理か……」
「相手は潜入工作の精鋭ですからね、甘い事は考えない方がいいですぜ?」
「恐らく、実行部隊の他にも、砦を見張っている部隊がいるだろう」
「逃げ出すのも簡単にはいかねーって事すねー……、尤も逃げ出しようがねぇんですが」
神技力にマイナス補正が掛かる枷なども思いついた悠介だったが、苦労して捕らえても精鋭工作員相手に情報など得られるとは思えず、自決されるのがオチ。戦うなら倒すしか無いと部下達に諭され、迷いはあるモノの生き残る為には仕方なしと殲滅を決意した。
とりあえず、倉庫部屋の扉を閉じてカスタマイズで補強すると、地下通路に仕掛けを作り始める。
この部屋の入り口前と階段の下にも落とし穴を作り、同時に穴の真上に当たる天井を細工して吊り天井のような仕掛けを作った。
天井を支える柱をカスタマイズで消し去る事で落下する仕組みだ。元々地下な為か、床石のカスタマイズだけでは余り深い穴が作れなかったので、天井を落としてトドメを刺す仕掛けにした。
通路を慎重に進んでいた二人は、扉が閉じられた事で相手が篭城を選んだと判断し、気配を消すことを止めた。相手を精神的に追い詰める方法に切り替えて、声を出しながら扉に近付く。
二階に潜んで居た彼等は強固な壁に封鎖された砦から外に出られなくなって困っていたのだが、壁越しに指示を受けて悠介達を捜索していたのだ。
「おーい、隠れても無駄だぞお」
「砦の中にはまだ何人も俺たちの仲間が残ってるんだ、諦めて封鎖を解いた方がいいぞ」
物音などを聞き漏らさないよう、部屋の中の様子を探りながら二人は目配せし合い、扉を挟んで壁際に寄ろうした所で床が抜けた。二人が落とし穴に落ちた事を確認した悠介は、支柱を消して天井を落とした。肉の潰れる嫌な音と断末魔が響く。
「っ! どうしたのっ! 何があったの! 二人とも返事をして!」
階段に陣取っていたもう一人が、仲間の悲鳴に声を上げる。『女かっ?』と一瞬迷う悠介だったが、迷っちゃ駄目だという部下の強い視線を受けて覚悟を決めた。カスタマイズで階段の段差を消す。
いきなり足元の支えを失った彼女は通路まで滑り落ちると、そのまま落とし穴に落下した。そこへ天井の石塊が落ちてきて、悲鳴を上げる間もなく圧し潰されたのだった。
「……大丈夫です、もう……誰も居ないみたいです」
索敵の報告を受け、悠介は落とし穴を埋めて天井を戻した。潰された三人は砦の下の地面にそのまま埋まっている。実感があるのか無いのか曖昧ではっきりしないが、確かに自分の手で三人の命を奪ったんだなと、鳩尾の辺りが重くなる事を自覚する悠介。
その後、地下の入り口をエイシャとシャイードに見張らせ、ヴォーマルを先頭にイフョカとフョンケを連れて二階の索敵を行ったが、もう誰も居ないようだった。
封鎖した屋上通路への出入り口には、内側から外に出ようと何度か風刃をぶつけたらしい痕跡があった。
『そういやこんな跡も表示されるんだから、上手く使えば敵の現在地とかある程度探れるかもしれないな』
悠介は新しいカスタマイズ能力の使い方を模索しつつ、生存者の二人から聞いた汚水処理施設のある地下を調べてみる事にした。
砦の正面玄関に当たる最初に駆け込んだ広い空間まで下りて来ると、左側の通路を進んでいく。こちら側には使用人の部屋と洗い場などが並んでいる。そうして階段のある部屋の扉を開けると、全員が思わず服の裾で鼻を覆った。
「なんだ、これ」
「死臭ってヤツですよ……イフョカは下りない方がいい」
遺体の確認をするだけなので、イフョカを扉の見張りに残して悠介とヴォーマル、フョンケで地下への階段を下りて行く。ちなみに、三人とも悠介が即席で作ったマスクを着用している。流石にこの死臭の中を素で呼吸はしたくない。
地下に下りる階段も乾いた血で黒ずんでいる。灯りは火を出して腐乱ガスにでも引火すると怖いので、ヴォーマルの手をボンヤリ発光させているだけだ。よって視界もあまり良くないのだが、今回に至ってはそれで幸いだったとも言えた。
「うわ、ひでぇ……こりゃ長く居ていい所じゃねぇですぜ」
大量の変色した肉塊。高威力の風刃で切断された遺体は何れも原形を止めておらず、衣服が見えていなければ、それが人であったとは想像も付かないような有り様だった。
手前に折り重なって倒れている比較的人の形を残した遺体は、恐らく遺体運びの最後にここで殺された人達だろう。
被害者の確認を終えた悠介達は足早にこの場を立ち去る。冥福を祈る余裕も無く階段を駆け上がり、通路に出ると同時に扉を閉めた。フョンケが移動補佐の風の膜に巻き込んだ死臭を吹き払っている。
「立派ですぜ、隊長」
「? なにが?」
「吐かねーことがっすよ」
胃の辺りを擦りながら顔を顰めたフョンケが答えた。『ああ』と悠介は納得する。立派かどうかは分からないが、確かにアレは吐いてもおかしくない光景だった。
きっと麻痺しているのだろうなぁと、悠介も何か込み上げて来そうな胸の辺りを抑えながら思うのだった。そして、表面意識では感じ取れない程の心の奥で、自分が免罪符を得たという事を、無意識下に感じていた。
「外の四人をなんとかしよう」
風の団の殲滅を告げる悠介。ヴォーマルとフョンケは顔を見合わせ、イフョカも目をぱちくりさせて悠介を見た。
厨房の地下に戻った悠介は井戸のある部屋に食糧を移動させると、部屋の周囲をしっかり防壁で固めた。強化した防壁を何重にも重ねる事で核シェルターのような丈夫な防空壕を造り出す。万が一地下まで被害が及んでも大丈夫なように。
そうして皆をこの一番安全な部屋に集めた悠介は、カスタマイズメニューを開いて操作を始める。
「イフョカ」
「は、はいっ」
「ここから外の馬に遠くへ逃げるよう呼びかけてくれ」
「は、はい?」
地下から地上へ、一本の細い煙突のような管を繋いだ悠介は、まだ砦の周辺に居るかもしれないここまで乗って来た馬車の馬を、これから行う事に巻き込まないよう、イフョカの伝達で逃がすように仕向けた。上手くすれば、帰りの足にもなってくれる筈だ。
「……伝えました、でも……ちゃんと届いてるかどうかまでは……」
「いいよ、巻き込んじゃったら悪いけどね……」
砦の外で潜伏組からの連絡を待つ風の団団長と部下数名は、先程発せられた砦の中からのモノと思われる風技の伝達について話し合っていた。何かの暗号なのか『行け』というような意味合いの伝達。
敷地内をうろついていた衛士隊の馬が、その声に反応して繋がれた馬車ごと何処かへ走り去って行った。
「もしかして、空の馬車を街へ帰して応援を呼んだ……とかですかね?」
「空で帰す事をそういった意味合いの暗号にしているという事か? うーむ……」
「どちらにせよ、この時刻までフォンクランクの衛士が生きているという事は、潜伏組はしくじった可能性が高い」
戦果の帳消し覚悟で撤退して帰還するか、どうにかして誘き出す作戦を考えるかと、今後の方針に頭を悩ませる団長は、不意に神技の波動を感じて砦を見上げた。
「だ、団長! あれを」
「なんだ……一体」
砦全体が光のエフェクトに包まれる。これは闇神隊一行が砦内に逃げ込んだ直後にも見られた現象だ。この光の後から急に砦の壁が強固になった。光は砦の真ん中辺りから空に向かって伸びて行き、その先で雲のように広がり始めた。
光の雲が空一杯に広がった時、光の粒が一面に舞って辺りに暗闇が戻る。そして何かが砕けるような音が響いた後、ヒュウヒュウという風を切るような音が周囲に響き、上空の暗闇がひび割れのように裂けて行く。
空一杯に広がっていた光の雲は、黒い塊りになって降ってきた。その正体に気付いた風の団団員達は、唖然とした表情で呟いた。
「嘘だろ……」
それが彼等の最期の言葉となった。
ギアホーク砦の建設現場敷地内全域に、砦の上半分を構成していた角石、凡そ五万二千個が、上空約百メートル付近から一斉に落下して来たのだ。大地を揺るがす衝突音。長さ八十センチ、縦横四十センチ角の角石が雨のように降り注ぐ。
暫しの後、静けさに包まれる半壊した砦周辺に、呼び戻された衛士隊の馬が引く馬車の音だけが響いていた。
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