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本編
12話:ヴォルアンス宮殿




 衛士隊やゼシャールドのように水技で馬の疲労を回復させながらという走行法が使えない為、何度か休憩を挟みつつ長い街道を走り抜けて、ようやく街に到着した頃にはすっかり日も暮れようとしていた。

「まさか普通に走ったらこんなに掛かるとは……」

 改めて神技の有無による力の差を実感する悠介。とりあえず荷馬車を停めて近くの無技人に見張り番を頼むと、展望塔のある区画門前広場の衛士隊詰め所に足を運ぶ。ここから宮殿に連絡して貰うのだ。

「ああ、あんたか。話は上から聞いている」

 詰め所にいた連絡係の衛士が宮殿に悠介の来訪を伝えると、暫らくして迎えの馬車がやって来た。悠介を乗せた馬車は中民区を抜けて高民区に入り、宮殿の四つある主な入り口のうち一般の衛士隊が出入りする一番下の階から敷地内に入った。


 現在の宮殿は一階部分の奥に厨房が三つ、使用人達の部屋が地下にあり、一般衛士達の宿舎は一階に集中していた。衛士隊の指揮官と副官は二階の出入り口を使い、士官用宿舎も二階にある。

 三階の出入り口は官僚専用として使われ、彼等の宿舎となる個室も同階に用意されている。一番上の四階出入り口は王族や高官の為に用意されていて、以前悠介達が泊まった客間はこの階にあった。

 五階は広いテラスのある大ホールでパーティーなど晩餐会を開く場所になっており、六階は吹き抜け。七階までは四階からの長い階段が繋がり、『炎神隊』を始めとする精鋭の宮殿衛士達が詰める階でもある。王族専門の使用人もこの階に詰めている。

 八階は広い謁見の間で、余興を楽しむ場でもあった。九階は王族の住居。寝室や教養部屋などの各種部屋と施設が並ぶ。最上階である十階は王の私室。妾や唱姫を呼んだりもする場所なのだが、現在は余り使われていない。
 女中達の間では、エスヴォブス王は妾を囲う甲斐性も無い等と密かに囁かれていたりする。


 悠介が馬車を降りると、鮮やかな赤いマントを纏う炎神隊を引き連れたヴォレットが、すっかり見慣れたツーテール姿でやって来た。報告を受けて急いで下りて来たらしい。傍にくっ付いているクレイヴォルは、やっぱり難しい顔をしている。

「来たか、ユースケ。 決心は付いたのか?」
「ああ、仕官する事にした」
「そうか!」

 嬉しそうに微笑んだヴォレットは直ぐに手続きを済ませようと、用意しておいた契約書類にサインをさせた。悠介は漢字、平仮名、カタカナ、アルファベットに何故かルナー文字というカルツィオの共通語文字が書けたので、漢字とルナー文字で名前を記す。

「ん? なんじゃ、この紋章みたいなのは」
「俺んトコの字」

 キョトンと首を傾げたヴォレットだったが、悠介が住んでいた場所で日常的に使われていた文字だと聞くと『そうか』で済ませた。ゼシャールドの文明考察や論説の類が苦手なだけに、下手に突付いて難しい言葉の洪水を浴びせられてはたまらんと警戒したらしい。

「よしよし、正式な任命は父様への謁見を済まさねばならんから明日以降になるが、当面はこれでよい」

 書類を担当の者に渡したヴォレットは、王女の威厳に満ちた雰囲気を纏って悠介に向き直る。思わず姿勢を正したくなるような気配に、悠介はヴォレットがただの我侭姫に納まらない存在である事を感じ取った。

「我が国に仕官した以上、お前も今日からわらわの国の衛士じゃ」
「あ、ああ……」

「特別扱いするからそのつもりでいろ」
「それは分か……って、するのかよっ」

 悠介が思わずツッコミを入れると、ヴォレットは楽しそうに笑った。

「わらわのお気に入りじゃからな」
「いいのか、それで……」

「まあ、それを妬んで色々仕掛けてくる輩も居るじゃろうが、そっちは自力でなんとかしてくれ」
「ちょっ おま!」

 いい奴なのか意地悪な奴なのかわからんと、仕官早々ヴォレットに振り回されて頭を痛める思いの悠介。そんな彼の姿に不本意ながら親近感を懐いてしまったクレイヴォルは、内心でこっそり溜め息を吐くのだった。

「そうそう、お前の所属は『(あん)神隊(しんたい)』となるからな。隊と言ってもお前一人じゃが」

 悠介の場合、神技の特定が出来ないという特殊系統な上に、髪の色にも問題があって既存の隊には所属させられないので、悠介用に隊を新設する事になったという。
 四神の宮殿衛士『炎神隊』『水神隊』『土神隊』『風神隊』に次ぐ五つ目の宮殿衛士、黒髪を闇の暦になぞらえた『闇神隊』。

 闇の暦とは一年を五つの(こよみ)と十七の月に分けたカルツィオ暦の内、五番目に当たる特殊な暦の事を指す。炎の暦、水の暦、土の暦、風の暦、闇の暦とあり、炎の暦から風の暦までは、一つの暦に『一月(ひとつき)を二十日』で数えた四つの月で構成される。
 炎の暦なら『ヴォルナーの火月の一日目』から『ヴォルナーの風月の二十日目』までという数え方だ。

 闇の暦は特殊で月が一月分(ひとつきぶん)しか無く、自由祭という御祭りが新年の誕生祭まで続く一年の総決算となる暦だ。

「隊服も直ぐに用意させるからな」
「もしかして、俺もマントとか着けるの?」

 炎神隊の衣装を見ながら訊ねる悠介に『当然じゃろう』と答えるヴォレット。
 宮殿勤めの者に安っぽい格好をさせていては国家の恥だという。諸国の大使が訪ねて来る事もあるのだから、彼等の目に多く触れる事になる『精鋭の宮殿衛士』が貧相な姿を晒す訳にはいかないのだ。
 宮殿衛士隊の派手な衣装にはそういう体裁もあったのかと、悠介は納得しつつ肩を竦めるのだった。

「わらわはちょっと所用で外すゆえ、後はこの者に聞くとよい」




 ヴォレットに案内を命じられた使用人に連れられ、悠介は宮殿上層階の一角にやって来た。大きな窓に面した石畳の広い廊下が奥の方まで続き、壁側には宮殿衛士の隊員に与えられる部屋の扉が等間隔に並んでいる。

「こちらの一番奥が、ユースケ様のお部屋となります」
「どうも」

 悠介に与えられた部屋は他の衛士達の部屋と造りは同じで、ベッドに机、椅子、本棚やクローゼットといった生活に必要な最低限の家具は備え付けられている。その他の調度品は自分で購入するなりして部屋を整えていくようになっていた。

「窓が無いんだな……」
「はい、灯りの油木は給金と一緒に定量が支給されますので、足りなくなった場合は各自で補って貰う事になります」

 他の日用品も支給分以上のモノは自費で購入する事になるという衛士隊の生活に関する説明を受け、宮殿衛士という立場もそれほど優遇されている訳ではないのだなぁと呟いた悠介に、説明をしていた使用人は『とんでもありません』と反論した。

「精鋭宮殿衛士の方達は一般の神民衛士の方達と比べれば、得られる報酬が全然違いますよ!」
「あ、そうなんだ?」

「はいっ だって宮殿衛士隊員は神民衛士隊指揮官の倍近く――あ……も、申し訳ありませんっ わ、私ったら失礼な事を」
「いやいや、そんな謝らなくても……」

 悠介があまりにも自然体で話し掛けたせいで、うっかり地が出てしまった使用人は恥ずかしそうに謝罪する。扉の前で『いえいえ此方(こちら)こそ』と恐縮合戦をやっている悠介達に声を掛けて来る者がいた。

「何を騒いでいるんだい? ここは遊戯場じゃないよ」
「え? あっ ヒヴォディル様」

 剣呑な口調で言い放つ炎神隊の隊服を纏った赤毛の青年を、使用人はヒヴォディル様と呼んで畏まる。その様子から、多分偉い人なのだろうと読んだ悠介は軽く会釈してみせた。

「君は……ふんっ そうか、お前が例のオモチャか」
「……?」

 『外せ』と手を払うヒヴォディルに、使用人は戸惑いつつも二人にお辞儀をしてこの場を離れて行った。まだ村服姿の悠介を鼻先でせせら笑うヒヴォディルは、徐に歩み寄ると悠介の髪と瞳を覗き込む。
 その不躾な視線と態度に不快を感じた悠介は、少し眉を顰めながら用件を訊ねた。

「なにか?」
「ふふん、本当に黒いんだな……姫様に気に入られているようだが、調子に乗るなよ」

「はあ?」
「お前のような素性の知れぬ下賎の輩が、栄えある宮殿衛士隊に喚ばれたダケでも不相応な厚遇(こうぐう)だと知ることだな」

 『精々飽きられた後の心配でもしておく事だ』と見下すような哂いを向けられ、むかっ腹が立った悠介は睨み返した。互いに向け合う視線に攻撃的で刺々しい気配を纏わせる。所謂"やんのかコラ"と『ガン』をぶつけ合っている状態だ。
 一触即発な雰囲気が漂う中、そんな空気を一蹴するように軽快な声が衛士隊員部屋の並ぶ廊下に響き渡った。

「おお、ユースケ! もう部屋は見たか?」
「……ヴォレット?」
「おおう、姫様。ご機嫌麗しゅう」

 廊下の向こうからヴォレットが手を振りながら走って来た。振り返ったヒヴォディルは(うやうや)しくお辞儀を向ける。息せき切った様子のヴォレットに、悠介は少しだけ違和感を覚えた。

「ヒヴォディルも一緒か、何か話しておったのか?」
「ああ、なんか恫喝された」

 ヴォレットを前に貴族然とした態度で優雅な笑みを浮かべていたヒヴォディルは、思わず目を瞠って固まった。まさかの暴露に一瞬思考が停止する。ヴォレットの表情が訝し気に曇り、ヒヴォディルの方を振り返った。

「き、君には男としてのプライドは無いのか!」
「ああ? プライド云々言うなら影でコソコソ恫喝してくるお前はどうなんだよ」

 真っ向から反論してくる悠介に、ヒヴォディルは益々混乱した。今まで新人衛士やライバル貴族に対して予め警告を示しておく事は何度も行って来たが、こんな対応を返されたのは初めてだ。

「まあまてヒヴォディル。 ユースケも……広場の時と言い、意外に喧嘩早い奴じゃな」
「別に喧嘩なんかしないよ、ただな――」

――心配掛けたくないからとか、プライドを守る為に『なんでもないよ』って隠して、影で嫌がらせに耐える新人君をやるとでも? んなありがちな展開踏むかよ、アホくせぇ、ノベルゲーマー舐めんな――

「大体そんなの俺のキャラじゃねーよ」

 そう言って笑い飛ばす悠介。力を得た事と、この前の実戦経験で多少気が大きくなっているが故の饒舌モードだったのだが、ヒヴォディルは所々意味の分からない部分はあったものの、悠介に計略を見抜く才を感じた。
 尤も、ヒヴォディルに人の才能を見抜く能力がどれだけ備わっているかは、非常に微妙なところだが。

「分かった分かった、さっき下で言った事が早速発生したようじゃな」

 やれやれと肩を竦めながら宥めるような仕草を向けるヴォレットに、悠介は何だか自分が大人気ない事をしてしまったような気恥ずかしい気分になった。照れ隠しに腕組みをしてソッポを向いてみる。

「ヒヴォディルも、高貴な血筋のお主には気に入らんかもしれんが、あまり事を荒立てんでくれぬか?」
「はっ め、滅相もありません。このヒヴォディル、姫様の婚約者候補を自負する身でありますればっ」

 『婚約者っ?』と思わず目を丸くして振り返る悠介に、ヒヴォディルは優越感たっぷりな笑みを向けた。

「お前、何歳よ?」
「む? さっきから無礼な言葉遣いだな君は。僕は今年で十八になる」

「ヴォレットは?」
「なんじゃ、知らんのか? わらわは十四じゃ」

 女性に歳を訊ねるものでは無いぞ? と注意しながら答えるヴォレット。十四歳と十八歳、中学生と高校生、大人の入り口とも言える歳と大人になりきれない歳。唸る悠介。

「うーーん、微妙だな」
「なにがだ」
「なにがじゃ」

 つくづく奇妙な反応を見せる悠介の言動に興味を引かれ、何時の間にかヒヴォディルはヴォレットと同じ様に、悠介との会話を楽しんでいた。今までの高貴な身分上にある交友関係には見られ無い、全く新しい概念に引き込まれる。

 結局この日は悠介の部屋で三人、夕食に呼ばれる時間まで会話をしながら過ごしたのだった。







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