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11話:示された道




 狂言騒動から数日後、無事に帰ってきた二人を村人達は温かく迎えてくれた。スンとも打ち解けあう事が出来た悠介は、『雨が降って地が固まったか』と、平穏な村での生活を感慨深く過ごしていた。ちなみに、レイフョルドはあれ以来姿を見せていない。
 遅い起床でベッドを後にした悠介は、部屋に置かれた水桶で顔を洗って広間に出てくるなり寝起きのツッコミを入れた。

「なんで居るんだよっ」
「おお、やっと起きて来たか。ユースケはお寝坊さんじゃのう」
「あ、おはよう御座いますユースケさん。朝ご飯、出来てますよ?」

 何故か広間の食卓に着いているヴォレット。玄関の扉付近にはクレイヴォルの姿もある。

「それにしても、この『フライ』という料理は美味いのう、これもユースケが作ったそうではないか」
「材料はあったからな……って、そうじゃなくて」

 揚げ物は宮殿の食事で少し凝った料理も恋しくなった悠介が、バハナに預けていた魚を捌いて何となく作ってみたモノだ。穀物や卵、食用油等は揃っていたので、カスタマイズを交えながら作ってみたところ結構イケる味に仕上がった。

 ララの甘実と違ってこちらは穀物を薄力粉状に加工する行程以外はカスタマイズに頼らなくても調理可能な為、即日村人達に広まり、今では各家庭の味が出せる村の定番家庭料理となっていた。

「まぁいいから座れ、話は食事の後にしよう。スン、ユースケに飲み物を」
「なんでお前が仕切ってるんだ……」

 朝っぱらからゲンナリ項垂れてテーブルに着いた悠介は、とりあえず空きっ腹に芋の揚げ物と肉野菜の炒め物をララの搾り実ジュースで流し込んだ。余談だが、ララの実は発酵させると実酒が出来る。
 良質の美味しい実酒は『ララの美酒』等と呼ばれて重宝され、割と良い値段で取り引きされるのだ。




 朝食を終えて一息ついた所で、ヴォレットが徐に切り出す。

「さて、今日わらわが訪ねて来た理由だが」
「ララの甘実が目当てとかじゃないだろうな」

 悠介のちゃちゃに『それもある』と返しつつ、ヴォレットは王家の紋章が記されている一通の書簡を取り出した。それをスラッと上下に開いて読み上げる。

「此度の功績を称え、我が名において汝に仕官の機会を与える。エスヴォブス・ヴォイラス十八世」
「なんだ、それ?」
「平たく言うと召致書じゃ」

 宮殿に仕える機会を与えようという内容だが、実質『我が国に仕えよ』という意味の込められた召致令状だと言う。要は悠介を召抱えに来たのだ。眉を潜めて腕組みをした悠介は、搾り実ジュースを一口飲んで椅子に座りなおした。

「イラネって言いたい所だが……詳しく説明してくれ」
「うむ、お前の事だから簡単には頷くまいと思っておったわ」

 官僚達の間で悠介の召致が話題になったのは例の騒動の翌々日。やはりサンクアディエットで最も高い建造物となる展望塔を宮殿の正式な承認も無く、しかも中高民区を差し置いて低民区に建てた事が『けしからん』と問題になったらしい。

 ならば中高民区にも建てさせてはどうかという提案には、『低民区の二番煎じになるのはけしからん』という理由で却下。
 一応ヴォレット姫の為に建てられたモノであり、街の新たな観光名所としても採算が取れるので塔を撤去してしまえという声は無く、しかし中高民区が差し置かれたままでは等民制度を敷く国家として示しがつかない。

 塔を建てたのが先日ブルガーデンに渡ったゼシャールド氏所縁の者であるという所も、官僚達が頭を痛める部分であった。それこそ、等民制度の廃止を叫んで連日挑発行為を仕掛けて来るブルガーデン側が、嬉々として付け入りそうなネタである。

 悩んだ末、悠介を宮殿衛士に仕官させてフォンクランク国に貢献させる事で、等民制国家の体裁を保とうと考えられた。エスヴォブス王が裁定する御前会議で悠介を仕官させる話が決まった時、ヴォレットは自らその役目を買って出たのだ。

「仕立てや調理士にも使いたいが、一番の目当てはお前の塔を建てた神技じゃ」

 今は丁度ブルガーデンに対抗する為、国境に面した砦の建設計画が進められており、それに手を貸して欲しいのだと言う。仕官に応じるなら、ルフクの村にも優遇処置をとるという特典つきだ。

「どうじゃ? 悪くない話だと思うが」

 ヴォレットは席を立つと、腕組みをして考え込んでいる悠介の背後に回り込んで首に腕を絡める。
 彼女が妙齢の女性であれば色気で惑わそうとしているようにも見えたであろうが、実は二十歳代の悠介と十四歳のヴォレットでは、年下の子に懐かれたお兄さんが構ってくれとせがまれているようにしか見えなかった。 スンが微笑ましげな視線を向けていた。

「衛士ねぇ……」
「宮殿勤めだから給金も良いぞ? スンに楽な暮らしをさせてやりたいじゃろう?」 

「なんだよ、その落とし文句は……村からは通えないよなぁ」
「流石にココからでは距離があるのう」

 少し考えさせてくれという悠介に、答えを予想していたヴォレットは三日後、返答を持って宮殿に来るようにと言い付ける。

「どっち道行かなくちゃならんのか?」
「うむ。最初に言った通りこれは召致令状じゃからな、来ないと王の命令を無視した事になる」

 士官に応じない事も命令無視に当たるのだが、そこは表現を曖昧にする事で応じずとも罰しなくて済むように、また王が誘いを蹴られた事にならないよう配慮されている。
 その場合はまた別の形で何らかの貢献を強いられる事になるが、とヴォレットは付け加えた。

「めんどくせー」
「ふふっ まあゆっくり考える事じゃ、良い返事を期待しておるぞ」

 ヴォレットはそう言い残して引き上げていった。しっかり甘味と辛味のカスタマイズを反映させた高級ララの実を持って。




「どうしたもんかね」

 静かになった広間で溜め息と共にそう呟いた悠介は、スンに意見を求めてみた。ルフクの村にも優遇処置がとられると言うのなら、村にとっても悪い事ではない。だが、悠介が仕官する事に応じれば、スンは一人暮らしになってしまう。

「凄いですよ悠介さん、大出世じゃないですか」
「うーん、やっぱそうなのかなぁ」
「時々帰って来られるみたいですし、いいと思いますよ?」

 スンは仕官の話を概ね肯定的に捉えているようだった。悠介としては、ようやくスンとの生活も軌道? に乗り始めていただけに、勿体無いような急過ぎるような微妙な気持ちだ。しかしそこで『寂しくないのか?』とは聞けない微へタレな悠介。

『イエスでもノーでもへこむなり重くなるなりするんだよなぁ』

 これは本当にゆっくり考えたほうが良さそうだと、悠介は搾り実ジュースの残りを飲み干して天井を仰ぐのだった。






「おや、ユースケ。森に行くのかい?」
「バハナさん」

 翌日、釣具を持って家を出た所でバハナと会った悠介は、彼女にも少し意見を聞いてみる事にした。
 
「そうさねぇ……あたしはスンを一人にするのは反対だけど」

 スンも悠介の事を考えた上で賛成したのだろうから、個人的には賛成しかねるがスンの気持ちを尊重するなら、悠介には街で頑張って来て欲しいというのがバハナの答えだった。

「戦ったりって危険はないんだろう?」
「多分……砦の建設に力貸してくれって言ってたし、後は食い物の味を弄るくらいでしょうからね」

 ヴォレットの話ではエスヴォブス王に戦火を交える意思は無いそうだし、砦が出来たならブルガーデン側もちょっかいを出し難くなるだろうと悠介は考えていた。

「まあ、決めるのはあんたさ」

 『よく考えて決めな』と言ってバハナは悠介の背中を叩いた。スンと同じくこの村の女性は結構力があるので、悠介は咽た。




 すっかり定番の釣り場となった森を流れる小川の畔で、土をカスタマイズして造ったベンチに座ってオカズを釣り上げている悠介。考え事をしていて集中しきれない為、何匹か獲り逃しているが、それでも三十分程で四匹の獲物が魚籠に収まっている。

「しかしよく釣れる針だねぇ、僕にも一つ分けて欲しいな」
「うわっ びっくりした!」

 物音も立てず気配も無く、何時の間にか直ぐ傍に立っていたレイフョルドが、悠介の作った毛鉤を覗き込んでいる。相変わらず掴み所の無い飄々とした雰囲気で風のように現われるブルガーデンの密偵らしき男。

「あんた何処から湧いて出るんだ」
「ふふ、僕は森の民なのさ」

 『風の民だろ』という直球なツッコミも軽く受け流し、レイフョルドは宮殿からのお誘いについて話題を振る。何処で知ったのか等という問いは早速意味を為さないだろうと悟る悠介は、自分が仕官するとブルガーデンは困るのではないかと(かま)を掛けてみた。

「そうなんだよ、君の神技ならデカイ砦も一瞬で建てちゃうんだろう? だから僕は、君を始末しなくちゃならない……」
「!っ」

 悠介は咄嗟に臨戦態勢をとった。カスタマイズメニューを意識の集中で開き、何度も練習した戦闘用マップアイテムのカスタマイズステータスを呼び出す。自分の周囲にゴツイ多重防壁と棘付き落とし穴という複合トラップゾーンを一瞬で組み上げる。

「なーんちゃって、なーんちゃって、雰囲気出てた? 僕の役割は伝達専門、暗殺なんて無粋な仕事は管轄外さ」
「あのな……」

 あっはっはと笑いながら悠介が作ったベンチに腰掛けるレイフョルドは、悠介の周囲に張り出した防壁に興味を持った。

「それはどんな効果があるんだい?」
「自分で試してみ」

 ニコリと笑ったレイフョルドは、風を操って落ち葉と枯れ枝を固めた人型を作り出した。そんな事も出来るのかと、思わず目を瞠る悠介。風圧で体重も再現した人型は、複合トラップゾーンに入った途端、薄い蓋を踏み抜いて落とし穴に嵌った。
 そこへ、多重防壁の外側が垂直に滑り落ちて人型を直撃、穴の底で棘と防壁に挟まれて串刺しになる。

「うわぁ、結構エグイねぇ。それにしても、落とし穴の偽装は完璧だね」

 落とし穴の存在には全く気がつかなかったと肩を竦めて見せるレイフョルド。ゴツイ防壁に気を取られていると、まともに落とし穴の蓋を踏み抜いてしまい、更に上から防壁が降って来るという仕掛けだ。この防壁はそのまま倒すと穴の橋渡しにもなる。

「で、君は仕官するのかい?」
「いきなりだな。 それをどうするか悩んでたんだよ」

「そうかぁ、国に仕えてみるのも良いんじゃない?」
「なんで?」

 仕官を断ってもフォンクランクへの貢献を強制されるなら、責任や義務と引き換えに立場も貰った方が得策だと諭す。何処まで事情を知ってるんだという悠介のツッコミは、やはり華麗に受け流す自称森の民なレイフョルド。

「どっち道便利に使われるなら、永続的に報酬や特典があった方がいいでしょ」
「ふーむ」

 確かに一理あるなぁと思いつつ、悠介は何故また自分にそんな話をするのかとレイフョルドの行動に疑問を懐く。

「なあ、アンタなんで―― って、居ないし!」

 前回同様、レイフョルドは突然現われて忽然と姿を消した。毛鉤一本に悠介の手の内とも言える戦闘用神技情報と共に。




 この夜、鳥肉の細切りと角切りララの実を和えた野菜サラダに小魚のフライという夕食を味わいながら、悠介は明日、サンクアディエットに出向く事をスンに話した。

「分かりました。それなら、明日は早く起こしますね」
「ああ、頼むよ」

 悠介はまだまだ馬車の扱いに慣れたとは言い難いが、どうにか一人で走らせる事は出来る。街までの道程は街道を真っ直ぐ進むダケなので、そこは心配ない。
 会話が途切れ、暫らく食器の音やフライを齧るシャリシャリという音だけが静かな広間に響いていた。

「ユースケさん」
「えっ? な、なに?」

 急に話し掛けられて思わずどもる悠介に、スンは若干気まず気な表情を浮かべながら、悠介が内心で気にしていた事に言及する。

「わたし、大丈夫ですから。確かに一人だと寂しいですけど、先生と暮らしていた時もよくありましたし」

 ゼシャールドが遠出したり旅に出るなどして家を空けていた時は、バハナがよく気に掛けてくれていたので、気にせず今回の機会を活かして頑張って欲しいというスンに、悠介は気持ちが態度に現われてたかな? と、少し気恥ずかしくなった。

「先生が言ってました。ユースケさんは、何れ世界を動かす人物になるって」
「世界て……」

「だから、なるべく外の世界と触れ合う機会が必要なんだって」
「……」

 ゼシャールドの言葉を思い出すと、悠介はこの世界における自身の根本的な存在理由、曖昧な立場も思い出す。
 即ち『邪神』として異世界から喚ばれたという事実。この世界で何を成す為に喚ばれたのか、何故自分はここにいるのか、考えても答えは見つからず、見つける方法があるとするならばたった一つ、この世界で生きて行く事。見識を広める事だ。
 
「そうだな……」

 その後は、夕食を終えて就寝の時まで二人の間に会話は無かった。




 翌日――

 まだ薄暗い早朝、悠介は衣類を纏めた小さな鞄を背負って荷馬車の御者台に乗る。見送りは起こしてくれたスンのみだ。宮殿で衛士になれば、暫らくは村にも帰って来られないだろう。
 何か気の利いた別れの挨拶は無いかと頭を捻っていた悠介だったが、結局シンプルに行く事にした。

「行って来ます、スン」
「行ってらっしゃい、ユースケさん」

 朝靄の中、悠介を乗せたゼシャールドの荷馬車は、サンクアディエットに向けてルフクの村を出発した。