臨時司令室に場所を移した四人。ヴォレットは気を利かせて席を外そうとしたが、一応フォンクランクの王族が同席していた方がいいだろうと、経験も積ませる意味でこの場に止まらせている。
悠介から朔耶に求めるのはポルヴァーティアに対抗する為の協力で、具体的に何をするかなどをこれから話し合う。
「協力はするけど、そういうのってエライ人達が集まってる場で議論とかして詰めていかなくちゃいけないんじゃないの?」
「偉い人ならここに二人ほどいるから問題なし」
そう言ってガゼッタの代表でもある里巫女とフォンクランクの王女を指す悠介本人も、今は対ポルヴァーティア戦略で重要な役割を担う割と偉い人な立場にある。
「今日の戦闘でやっぱり今のままじゃ持たないって事が分かってね、思いきった対策が必要になったんだ」
「前に言ってた、あたしが直接乗り込んで向こうの指導者を云々するって話?」
「いや、向こうの指導者はよっぽど問題が無い限りそのままにして置くというか、向こうの住人が最終的に決めるというか……」
「ほうほう」
悠介は以前、アユウカスとも話したポルヴァーティアが内部に抱える内紛の火種となり得る勢力に干渉する事で、内部崩壊に近い状況を作り出す戦略をイメージしていると説明した。
「元他大陸の人達に反乱呼びかけるとか?」
「というか、最初はそんな感じで考えてたんだけど――」
強力な魔導兵器を駆使するポルヴァーティア軍の侵攻を跳ね返す事で執聖機関の信仰上の立場を揺るがし、彼らに『神聖軍と渡り合える自分達の存在はポルヴァーティアを労働力として支える元他大陸の住人、下級市民層の決起を呼び起こす象徴にもなり兼ねない』と判断させて交渉の席に引っ張り出す。
そこで"新たな事実"の公表を迫る。『カルツィオは不浄大陸ではなかった』という、ポルヴァーティア執聖機関の立場を維持しつつカルツィオと共存していける体制の構築を受け入れさせるというのが当初の目論みだった。
その後は水面下の工作合戦で放っておいてもポルヴァーティア側の内部はガタガタになる。上手くいけば崩壊にまでは至らずとも、執聖機関による統治体制の規模は生粋のポルヴァーティア人のみで構成される所まで縮小していたかもしれない。
「その大前提が崩れちゃってさ」
「なるほどね。あたしも似たようなこと考えてたけど、そっか、武力が拮抗してないとそもそも交渉に応じて来ない問題があるのね」
ポルヴァーティアの反体制勢力に働きかけて内紛を呼び起こしても、外に脅威がなければ直ぐに鎮圧されて終わりだ。反乱側に支援するなどして長引かせた所で、泥沼になれば徒に犠牲者を増やすだけ。
それこそ、どちらかが滅亡するまで終わらなくなってしまう。内部崩壊を誘うにしても、出来る限り穏便に済ませたい。
「何かいい方法あるの?」
「一応考えてはいるんだけど、実際にそれが出来るかどうかを調べる為に向こうへ潜入したいんだ」
「ちょっとまて、ユースケ! まさかお前自ら乗り込むつもりなのか!?」
「ほう、中々大胆じゃのう。しかし――お主がここを離れれば、街の被害は計り知れんぞ?」
悠介の言葉にヴォレットが驚きを露にし、アユウカスは悠介がサンクアディエットを離れた場合のリスクを投げかける。
シフトムーブ網や街全体のカスタマイズ管理が使えなくなってしまうので、その間に今日のような攻撃を受ければ、街は一日で瓦礫の山と化すだろう。
「うん。だから問題は俺が居ない間の攻撃をどうやって停止させるかだな」
もし自分の考えている通りの事が出来そうなら、向こうに潜入したその日の内に二大陸間の戦いを終わらせる事が出来ると悠介は豪語する。
「一応聞くけど、幹部の暗殺とかじゃないよね?」
「ない。つーか基本的に誰も死ななくて済むし、多分怪我人も殆ど出ないと思う」
上手くいけば、の話ではあるがと補足をつける悠介に、一体どんな妙案を思いついたのだろう? と朔耶は興味を引かれたようだ。ヴォレットやアユウカスも同じらしく、詳しい内容を催促する。
「ユースケのことじゃから、また突拍子もない事を考えてそうじゃな」
「んー、それほど目新しいやり方でもないんだけどね。前に一度似たような事やってるし」
"大して目新しくない方法"とはいっても、それは悠介自身の持つ概念から言える事であり、とりあえず簡単に作戦の概要を説明された朔耶は『本当にそんな事できるの!?』という反応を示した。
ヴォレットとアユウカスは『なるほど、あれをやるのか』と納得している。
「あれだけ大きな街なら十分足りると思うんだ」
「うーん、それが出来るんなら……向こうの街の詳しい情報とか必要よね?」
「どの辺りにどんな施設があるのかさえ分かれば、詳細は分からなくてもOK」
カーストパレスに関する情報は捕虜のカナン達から聴き出す予定だ。後の細かい部分は現地に行って確かめる。この作戦を進めるに当たって問題は二つ。
「一つは俺が居ない間の街の防衛。もう一つはそもそもどうやって向こうの街に潜入するかってとこかな」
「ふむふむ、そこであたしに協力を求めたってわけね」
潜入には朔耶が悠介を抱えて直接空輸するという手もある。"精霊術的なステルスモード"を使えば、誰にも気付かれず大聖堂の天辺にだって降りられるだろう。攻撃の停止についてはアルシアに協力を求める提案が朔耶から挙げられた。
「アルシアに?」
「そ、これから届け物に行くんだけどね。その時にちょっと相談してみるよ」
「んん? あの娘なら確か今はポルヴァーティアの地上部隊と共にこちらへ来ておる筈じゃが」
「あれ? そうなんですか?」
アユウカスからポルヴァーティア軍の拠点について話を聞いた朔耶は、それなら後で直接そちらを訪ねると言って凡その位置を教えて貰うのだった。
「ところで、悠介君さぁ」
「うん?」
ずずいと顔を寄せてくる朔耶になんだろう? と小首を傾げる悠介。じっと観察していた朔耶は悠介の反応を見て徐に尋ねる。
「なんかちょっと雰囲気変わった?」
「あ、それはわらわも感じておった」
「ワシも気付いておったぞ」
「……」
アユウカスとヴォレットからも口を揃えて『昨日までとは何かが違う』と指摘され、ここはなんと答えれば良いモノかと悩む悠介なのであった。
朔耶が宮殿から飛び去った後、協力を取り付ける事が出来た報告と計画の概要を説明しにエスヴォブス王の所へ向かう悠介達。ヴォレットはもう少し朔耶とゆっくり話してみたかったと残念そうにしている。
「また機会はあるよ」
「じゃな。今は落ち着いて話を聞けるような状況でもないしの」
「ところでユースケや、さっきお主が話した作戦じゃが、やはり兵器工場は全て潰すのか?」
「潰します。多分ある程度の武器は簡単に作られるとは思うけど、兵器クラスじゃなければ全体のバランスは保てると思うし」
アユウカスの問いに、悠介は自分の思い描く作戦発動後の世界の治め方というか収拾の付け方を語った。基本的には上の人達に丸投げとなるが、そのお膳立てとして発生しうる諸問題を出来るだけ事前に防げるよう対策を講じておくのだという。
「なるほどのう」
うむうむと頷いたアユウカスは内心で、カルツィオを五族共和構想の実現に導いた変革の使者、旧世界を破壊する災厄の邪神、己が望む世界を創り上げた悠介の在り方は、今も変わらずに在る事を感じていた。邪神の変革は未だ継続中であると。
翌日。昨日と同じく明け方から街上空に現れたポルヴァーティア軍の爆撃機は、対空光弾の届かない高高度で旋回しながら爆裂する石柱の投下を始めた。
しかし地上からの砲撃に警戒する必要がなくなり、降ってくる石柱の迎撃にのみ集中すれば良くなった防衛側のサンクアディエットは石柱爆撃による被害も昨日ほど酷い状態にはならなかった。
砲台担当の衛士達が風技で補足して狙い撃つ事に慣れるにつれてその命中精度も増していき、この日の爆撃が終わる頃には地上まで到達する石柱爆弾の数も両手で数える程にまで抑えられている。
「これなら完封できるかも」
「そうじゃな、しかし今日の結果に喜んでばかりもいられまい」
時間が経てば経つほど地上に侵出してくる部隊も増える。海路も使われるようになれば更に多くの兵力がカルツィオの地に投入されるだろう。
「余裕が出来た今の内に、例の作戦を進めるのが良いじゃろうな」
「そうですね」
ポルヴァーティア軍は今日も暗くなる頃には引き上げていった。高高度からの爆撃に対しては今回の戦闘でカスタマイズによる管理が無くてもどうにか対処できる事が分かったので、潜入作戦は夜間に決行しようかという話をしていた所へ来訪者が光臨する。
今日は唐突に現れるという事も無く、普通に扉から駆け込んで来た。
「あ、いたいたっ 悠介君!」
「あれ、都築さん」
「大変大変っ アルシアちゃんから聞いたんだけど、明日から大攻勢が掛かるって!」
少し慌てた様子で現れた朔耶は、僅かながら戦況を楽観視し始めていた悠介達に冷や水を浴びせるような情報をもたらせた。
まず昨日の夜、拠点に居るアルシアを訪ねた朔耶が攻撃を一時停止できないかと持ち掛けてみたところ、アルシア自身には指揮権が与えられていないので部隊の作戦には干渉できないという答えが返ってきたのだそうな。
それでも大神官に直接進言できる立場にあるので、上に掛け合ってみるという協力を取り付けられた。
しかし今日、先程アルシアの所に出向いて結果を訊ねてみたところ、大神官から大攻勢に出る話が告げられたのだという。その前哨戦として、今夜から明け方に掛けて夜通し爆撃が行われる予定との事。
「げっ マジすか!?」
「マジっぽい」
地上の拠点には攻撃目標の正確な座標を割り出す役割もあったらしく、昨日と今日で位置を記録したので今後は昼夜を問わず爆撃の波状攻撃による攻勢が掛かる。
「海からも部隊を送る準備してるって」
「うわ〜……」
まさに最悪と言える事態に呻く悠介。参謀役のヴォーマルは今日の攻撃は終わったと気が抜けているであろう砲台担当の衛士達に警戒を促すよう伝令に指示を出している。年の功か一番落ち着いているアユウカスが悠介に行動を促した。
「ユースケや、例の作戦を仕掛けるなら今夜しかないぞ」
「でも、爆撃があるって……」
風技の補足による石柱爆弾の迎撃には目視での補正も含まれる。慣れない夜間爆撃に昼間のような迎撃率を維持できるとは思えず、カスタマイズ管理の補佐無しでは一晩で壊滅させられ兼ねないと、悠介は街を離れる事に躊躇する。
されど、このまま留まれば大攻勢から街を護る為に一刻も離れられなくなり、ポルヴァーティアに潜入するチャンスも失われてしまう。一晩は持ち堪えてくれる事を信じて作戦を決行するか、防衛に留まって別の手を考えるか――――
「分かった、街はあたしが護る」
「え?」
――どうするべきかと逡巡する悠介に、朔耶が一つの解決法を提案した。
サンクアディエットの捕虜収容所にて、突然やって来た闇神隊長と黒髪の少女から急遽、協力を求められて困惑するポルヴァーティア神聖空軍偵察部隊長のカナン。
「悠介君をポルヴァーティアまで運んで欲しいの、アルシアちゃんにも協力を取り付けてあるけど、飛行機の操縦が出来ないから」
「アルシアが……?」
朔耶が自身の精霊と相談して考え出したという提案に乗った悠介は、上への報告をアユウカスとヴォーマルに任せて行動に移った。戦闘機パイロットであるカナンを連れて地上のポルヴァーティア軍拠点まで出向き、アルシア達と一緒にポルヴァーティアに渡る。
危険だが朔耶にサンクアディエットの防衛を任せつつカーストパレスに潜入するにはそれしかない。
ポルヴァーティア軍の部隊服を着て変装している悠介は、朔耶がカナンを説得している間にカスタマイズメニューを開くと、シフトムーブ網と繋いで何時でも移動できるよう準備を整えていた。
「ポルヴァーティアを滅ぼさずに変えてくれるんなら、協力する」
「ありがとう」
夜間攻撃が何時始まるのか分からないので、話が付いたならばとにかく急げとばかりにカナンの軍服一式や備品を返還してその場からシフトムーブを行使する悠介。
街の捕虜収容施設にいた筈なのに突然周囲が夜の平原に変わった事に驚くカナンと朔耶。
「驚いたな……今のがアンタの力なのか」
「いや〜実際に体験してみるとびっくりするね」
世界渡りで景色が変わる瞬間には慣れている朔耶も、自分のタイミング以外でそれが起きるとやはりびっくりするそうな。
「とりあえず、ここからは動力車でポルヴァーティア軍の拠点まで近付く事になるけど、都築さん」
「ん、任せて。ステルスモードで気付かれないようにするよ」
カスタマイズメニューを開き、シフトムーブ網に置いてある資材を使ってその場で動力車を組み上げてみせる。これにも『なにそれっ』と驚かれたが、既に何度も通った道だけに涼しい笑みなど使って流した悠介は二人を乗せてハンドルを握った。
後部座席でカナンが自分の軍服に着替えている間、悠介は動力車を運転し、朔耶が"精霊術的ステルスモード"なる術で一行を動力車ごと丸々包んで周囲から見えないように偽装する。
平野を走ること暫く、拠点の灯りが見え始めた所で動力車を降りて片付け、徒歩で潜入する悠介達。姿が見えていないとはいえ、出入り口を見張る警備兵の前を緊張しながらそそくさと歩いて通過すると、奥に並ぶ居住施設テントの一つに潜り込む。
「あっ 男性陣、回れ右」
「うおっ」
「おおっと」
「ん?」
朔耶に届けて貰った故郷の御守りを首に下げ、着替えのシャツを頭から被っていたアルシアがふいに聞こえた声に振り返る。
「やほー」
「サクヤ……って、後ろに居るのは――カナンさん!?」
「よ、よう」
良く見知った背中を向けながらひょいと片手を挙げて挨拶するカナンに、アルシアは慌ててシャツを下ろす。何というタイミングで、そして何故に彼をここへ連れて来たのか問おうとする顔を赤くしたアルシアに、朔耶はもう一人紹介する。
「実は悠介君も居ます」
「えーと、こんばんは?」
「っ!」
着替えを見られた事に怒るべきか、あの日散々弄ばれた恨みを晴らすべきか、先ずは朔耶の意図を訊ねるべきかと少々混乱気味に逡巡するアルシアであった。
話は通してあったんじゃないのか? と問うカナンに、朔耶は二人を連れて来るという事までは話していないと説明している。実際この作戦は朔耶が"大攻勢"の報せを持って来てくれた事で立てられた緊急処置のようなモノだ。
「とりあえず"勇者の力"で突っ込むのは無しな」
「ぐぬぬ……」
光を纏いながら拳を握っている"勇者"アルシアに、"戦女神"朔耶を盾にして先手を打っておく"邪神"悠介なのであった。
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