10話:一泊二日の騒動閉幕
展望塔は民にも自由開放する方針で決まったが、一度に大勢が入り過ぎると危険かもしれないので安全を考え、入り口には常に見張りの衛士が立って人の出入りを管理する事になった。
普段は夜になると人気の無くなる門前広場だったが、今夜は大勢の人々がこの突然現われた展望塔に登ってみようと詰め掛けていた。早速、塔を象った土産物の商品化に向けて、小物の製造を手掛ける土技の民の募集を始める商人も居る。
休憩階では治癒系の水技の民が有料で回復を行うという商売を始めていた。
一方、ヴォルアンス宮殿まで半ば強引に招待された悠介とスンは、広い贅沢な部屋で落ち着かない一時を過ごしていた。
部屋に運んで貰った食事も摂り終え、スンと別々の部屋で休む事になった悠介は、当然の事と思いつつも心配やら不安やらな気持ちを抑え切れないでいた。疑心暗鬼ではないが、宮殿のエライ人達が皆ヴォレットのような気さくな人間だとは思えない。
「アイツが特殊なんだよな……変わり者というか」
「誰の事を言っておるのじゃ?」
部屋の中をウロウロしながら独り言を呟いていた悠介は、突然声を掛けられて飛び上がる。
振り返ると、扉の所にスンを連れたヴォレットが立っていた。赤いドレスにツーテールを下ろした赤毛のロング姿なヴォレット。白いワンピースのようなドレスを纏ったスン。何時ももさっとした村服に見慣れている為、胸元の開いたドレス姿は実に新鮮だった。
悠介の視線に気付いたのか、スンが恥ずかしそうに胸元を隠す仕草をした。
「んん〜〜? どーこを見ておるのじゃ、このユースケべめ」
髪を下ろしたヴォレットは艶のある美しい赤髪をさらりと流して育ちの良さを感じさせる姫君らしい淑やかな気品ある雰囲気を纏っているが、中身はやっぱり御転婆姫だった。
「うっせいわ。つーかどうしたんだ? 二人揃って」
「食後のデザートを持って来てやったのじゃ、お前からはまだ話を聞いておらんのでな」
ヴォレットとスンが部屋に入ると、メイド服姿な使用人が『失礼します』と配膳車を押して後に続く。テーブルの上に並べられた皿の上に瑞々しい果実が盛り付けられ、その上から蜜が掛けられる。ヴォレットのお気に入りのデザートだ。
「うーわ、甘っそうだなコレ」
「こら、行儀が悪いぞ」
準備が整うまで黙して待つべしと注意され『コイツに行儀を注意されるとは』と唸る悠介に、スンはクスリと笑みをこぼした。使用人を廊下に下がらせ、さっそく頂こうとデザートに口を付ける。
「どうじゃ、美味しかろう」
「ん〜〜……スンはどうだ?」
「えっと……蜜ってこんなに甘いんですね?」
こんなに甘い果実は食べたことなかろうと得意気に構えていたヴォレットは、二人の反応が芳しく無い事に首を傾げた。悠介の表情は如何にもイマイチというか期待外れを喰らったような様子だし、スンに至っては何故か疑問系で蜜の味にしか言及していない。
「なんじゃ、口に合わなかったのか? まさか味が分からん訳ではあるまいな」
「いや、なんつーか……味が調和してないというか、あんま味のしない果実に蜜で無理矢理甘味をつけようとしてるみたいな」
「これって、ララの実ですよね。食べ頃の若い実みたいですけど、わたしはユースケさんの味に慣れてしまっているので……」
スンの微妙な言い回しに咽つつカスタマイズメニューを開いた悠介は、蜜和えの果実に何時も食べている実の甘味ステータスを反映した。デザートに光のエフェクトが舞うのを見たヴォレットが、キョトンとした表情を向ける。
「ほれ、食ってみ」
「んむっ」
悠介は味をカスタマイズしたデザートの一切れを掴むと、ヴォレットの口に押し込んだ。もぐもぐもぐ――
「んんっ? なんじゃこの美味さは! まるで別物ではないか」
こんな事まで出来るのかと、ヴォレットは益々悠介の神技に興味を持った。食べ物などの水分を調節して多少水気を増やしたり控えたり出来る水技なら知っていたが、ココまで味に変化を出す神技は初めてだ。
「他にはっ? 他にどんな事が出来るのじゃ?」
「ん? んー……他はまあ、服とか多少弄れるかなーって程度だよ」
興味津々な様子で身を乗り出して来るヴォレットに、悠介は曖昧に答えながら内心で少し見せ過ぎた事を気にする。色々と反則的な効果を持つ能力なので、あまり詳しく知られない方が良い。そう判断して話を逸らす事にした。
「それよか、これってそこ等じゅうに生ってる実だろ? 王族がデザートに食ってるとは思わなかったよ」
「ララの実か? 勿論これはそこ等に自生している野生の実と違って、宮殿御用達の農園で育てた高級食材じゃぞ?」
他にも食材用に家畜などの飼育もしているが、こちらは牧場の場所に問題が出て来た為、大規模な移転を計画中なのだという。悠介は上手く話題を逸らせた事にホッとしつつ、牧場の話に耳を傾ける。
「この頃は何者かが牧場に魔獣を放ったりするのじゃ、まあこの辺りでそんな事をするのはブルガーデンの奴等しかおらんがの」
ゼシャールドの事もあってか、ヴォレットは幾分トーンの下がった声でブルガーデンの嫌がらせによる被害について語った。
国境方面の街道はほぼ封鎖され、他の国からサンクアディエットを目指す商人達はかなりの遠回りをしなくてはならない為、流通の滞りを招いて物価も安定しない状態が続いているらしい。
「父様は技を交える気は無いようだし、官僚共は役に立たんし、ゼシャールドは向こうに行ってしまうし……」
ふぅと溜め息を吐いて頬杖を付くヴォレット。自分で口にした言葉に気落ちしたらしい。
憂いた横顔はその整った顔立ちと高貴な者に漂う独特のオーラを際立たせる。何時も勝気な光を携える赤い瞳が伏せられ、まだ幼さを残す小さな体躯で背を丸めている姿は、普段の活発な印象がある分とても弱々しく見えて、実に庇護欲をそそられる。
せっせか動く手で口に運ばれる蜜和えの実をもぐもぐしてなければ。
「明日は朝食後に村まで送るよう馬車を出してやろう、ゆっくり休むがいい」
「そうさせて貰うよ」
デザートも食べ終え、悠介に与えられた部屋を後にするスンとヴォレット。スンは隣の部屋なのでヴォレットは扉の前で二人と別れて自室のある上層階へと戻っていった。
「じゃあ、スンもそろそろ休みな」
「はい……あの、ユースケさん」
スンは遠慮がちに悠介の傍に寄ると、そっと腕を握って直ぐに離れた。スンが悠介に触れたのは足を洗った時以来だ。自ら触れる事により、『あなたを信頼します』というスンなりの意思表示だった。
「おやすみなさい、ユースケさん」
「あ、ああ……おやすみ」
隣の部屋に消えるスンを見送り、『今のはなんだったんだろう?』と首を傾げながら、悠介も部屋の中に戻るのだった。
翌朝、部屋で朝食を済ませた悠介達は、宮殿の一階出入り口前に着けられた衛士隊の馬車に乗り込もうとしていた。スンはお土産に貰った街服を着ている。裂かれた服は処分されてしまったらしい。
「おおーい! ちょっと待てユースケっ」
「姫様っ そのように走られては、はしたないですぞ!」
ダラダラと出発準備を整えていた衛士達は、籠を抱えてバタバタ走って来るヴォレットと、御小言を申し上げながらその後ろに続いているクレイヴォルが現われた事で一斉に緊張した面持ちになり、慌てて姿勢を正した。
「これに昨夜見せてくれたお前のアレを掛けてくれ!」
「ぶっ」
スンにも増して微妙な言い回しを向けるヴォレットが手にしていたのは、デザートに使う高級ララの実を詰めた籠だった。
林檎大の大振りなララの実が八個程。とりあえず七個に甘味のカスタマイズをした悠介は、一個だけノリで作った辛味のステータスを反映させて籠を返した。
「一個だけハズレが混じってるからな」
「なんじゃ? それは」
ニヤニヤしながら言った悠介の言葉に、スンがビクッと肩を震わせた。一度食べた事があるのだ。スンには三分の一切れが限界だったが。そんな二人の様子に首を傾げるヴォレットは、何だか面白そうだとデザートの時間を楽しみにするのだった。
「わらわはお前達を気に入った。また遊びに来い、ユースケ」
「用事があれば来る事もあるかもね」
姫君の恩寵を無下にするような連れない返答に衛士達がざわめき、クレイヴォルも微妙な表情を見せたが、こちらは得体の知れない悠介が来訪する事を余り芳しく思っていないので、態度に不満はあれど返答は歓迎するという意味での微妙さだった。
宮殿を出発し、街を出てルフクの村に向かう馬車の中で、悠介はスンと村に帰ってからの事を話す。
「バハナさん心配してるだろうなぁ」
「ええ……わたしの事、あんなに一生懸命庇ってくれて……」
帰ったら先ずはバハナおばさんの所へ行こうと相談し合い、畑の水撒きや、預けた魚籠の中身がどうなったか等を話題に雑談を交わす。つい二日程前までは、二人で並んだ時に必ず空いていた人一人分の距離が、今は腕一本分まで縮んでいた。
飛ぶような勢いで街道を駆け抜ける衛士隊の馬車は、昼前には二人をルフクの村まで送り届けたのだった。
ちなみに、実は辛い物も大好きなヴォレットは悠介曰く『ハズレの実』を食べてその辛味に嵌ってしまい、しかしこの味を実に出せるのは悠介の神技のみとあって『ユースケに会いたいのう』等と呟いてはクレイヴォルの心労に余計な負荷を掛け捲っているとか。
「ううう……やはりゼシャールド殿はあの男を姫様に近づけさせようと……? いや、しかし……」
近頃めっきり胃が痛む思いの側近に、色々誤解され掛かっている悠介なのであった。
ちなみに甘味カスタマイズのララの実は、桃缶の味に柿の食感みたいな感じです。