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???編
サンクアディエット防衛




 垂直に繋がっていたカルツィオとポルヴァーティア。双方の大地は日に日に角度を浅くしながら融合を深め、カルツィオの北の空から見下ろすようにその姿をさらしていた聖都カーストパレスは、徐々に遠く霞掛かった地平線の彼方へと消えていく。
 太陽のように大地の周りを回らない月は既に融合を果たし、一回り大きくなった新しい月がカルツィオとポルヴァーティアを合わせた大地の中心付近へと移動して上下軌道を安定させていた。

 月が遠のく夜明け前、ポルヴァーティア神聖軍の空軍基地では出撃準備を整えた聖機士隊強襲揚陸艇と戦闘爆撃機、それに拠点構築用の資材を運ぶ汎用戦闘機が待機している。

 戦闘爆撃機のみで編成された第一陣は既に出撃しており、もう間も無く拠点構築用の汎用戦闘機部隊と強襲揚陸艇を引き連れた第二陣も出撃する手筈となっていた。

「アルシア様、そろそろ出撃しますので」
「分かった」

 第二陣の汎用戦闘機部隊に同行して拠点が構築される間の護衛を務める事になっているアルシアは、一度振り返って天高く聳える大聖堂を見上げると、踵を返して先頭の機体に乗り込んだ。

 今回の戦い、制圧部隊である聖機士隊の機動甲冑を送り込むには例の"黒尽くめの混沌の使者"の動きを封じておく必要がある。まずは空からの攻撃で相手の本拠地を直接叩き、街の中心にある宮殿を破壊する作戦。
 斥候部隊の機動甲冑が全機制御不能になって鹵獲された事から、なるべく直接対決は避ける方針が取られていた。

 各機体が宙に浮かび、出撃態勢に入る第二陣の汎用戦闘機。大型メイスを肩越しに背負い、神聖軍基地の灯りを見下ろすアルシアは、この戦いでまた朔耶と対峙するかもしれない事を気にかける。

『彼女を前にして、私は再び戦う事が出来るのだろうか?』

 アルシアは自身の"勇者"としての覚悟が、ポルヴァーティアへの信仰や忠誠と同じくらい揺らいでいる事を感じていた。
 ポルヴァーティアの勇者として在る事が自らの使命であると掲げて力を振るい、しかし護ろうとした自分の居場所さえ決して望んでいたような温かみは感じられない。色々な虚構から目を逸らしていた事を自覚させられた今、"戦う理由"も薄れてしまっている。

 つらつらとそんな想いを巡らせていたアルシアに、同乗する若い神聖軍兵士が声を掛けてきた。

「あの……アルシア様」
「うん?」

「自分はこれが初陣になるのですが、勇者殿と共に出撃できる事を光栄に思います!」
「……そうか」

 こういった一般の若い信徒達は上層の聖務官達と違い、真っ直ぐな尊敬の念を向けて来る。もっともそれは、ポルヴァ神への信仰を通してという事になるが。

 カルツィオとの融合でポルヴァーティアの現状が変わるかもしれないと朔耶は言っていた。信仰や教義に縛られなくなれば、この若い信徒は自分に対する接し方がどんな風に変わるのだろうか等と考えてみる。

「……」
「あ、あ、あの、あの」

 勇気を出して憧れの勇者様に声を掛けてみたらじっと見つめられてしまい、どぎまぎし始めた若い信徒に、アルシアはクスリと笑みを浮かべると『そう硬くなるな』と諭す。

「私の力が及ぶ限り護る。任務をしっかりな」
「は、はい! よろしくお願いしますっ」

 第一陣の攻撃部隊がカルツィオの領域に入る頃、アルシアを乗せた第二陣はポルヴァーティア神聖空軍基地を出撃していった。






 明け方頃、サンクアディエットでは北の海岸線に展開されていた哨戒部隊や、ブルガーデンの要塞都市パウラからもポルヴァーティア軍と思しき機影が迫っているのを発見したという一報が届けられ、ヴォルアンス宮殿内は伝令や衛士達が慌ただしく走り回っている。
 この時間帯に珍しく眠っていた悠介も直ちに宮殿へと呼び戻され、アユウカスと並んで宮殿内から迎撃と防衛の任に就いた。

 今回、闇神隊メンバーの役割は悠介とアユウカスの補佐を担当する事になっており、ヴォーマルは悠介達の傍に控えて参謀を務め、イフョカとフョンケは伝令役。シャイードとエイシャは万一に備えての護衛と治癒係だ。
 街中に設置された"対空光撃連弓・改"の運用は悠介に一任されているので、実質、悠介が迎撃の指揮を執る事になる。

「状況は?」
「現在ポルヴァーティア軍は海岸線を通過、数は凡そ120、例の汎用戦闘機よりも大型らしいですぜ」

「多いな。ふーむ、機動甲冑とか積んでるのかな……」
「向こうの指揮官がまぬけならそれもあり得るじゃろのぅ」

 悠介の隣に座って早速自分のカスタマイズメニューを開いたアユウカスが、シフトムーブ網の掌握を始めながらフォローを入れる。やはりここは当初の推測通り空からの大規模な攻撃が来るものと考えた方が良いだろうと。

 その時、宮殿内に敵の接近を告げる"広伝"が響き渡る。

「――北方向上空より接近する敵影を確認!――」

「隊長、ご指示を」
「ん、じゃあ敵が高度を下げ始めたら一斉攻撃で」

 とにかく近付けさせない事が重要なので、無理に引き付ける必要は無い。撃墜は考えなくて良いのでひたすら撃ち捲くれという指示を出す悠介。サンクアディエット中に伝えられた闇神隊長からの指示に従い、北側に面する対空砲が一斉に光弾を打ち上げた。




 夜明け前の薄暗い街が連続する閃光に照らし出される。攻撃開始の合図で降下を始めていた上空のポルヴァーティア軍からは、街の一角が突然光り始めたように見えた。そして飛来する魔力の塊。

「なんだっ なにが起きた!」
「地上からの攻撃です! これはまるで、光撃弓のような」

 直後、光弾が機体を叩いた。装甲で弾いたものの、かなりの衝撃に姿勢が崩される。

「馬鹿な、やつらにそんな兵器を作れる筈が――」

 尚も機体を掠める無数の光弾。斥候部隊の汎用戦闘機や機動甲冑が奪われたらしいという話は聞いていたが、この砲撃の量はどうみてもそれらの流用では済まない。
 第一陣攻撃部隊の指揮官は有り得ないほどの対空砲火に返って疑問を(いだ)いた。

「いや、まてよ? 連中は確か、投擲型の特殊能力を持っているという話だったな」
「そう聞いています。もしや、この光弾の雨も……?」

 鹵獲した機動甲冑の光撃弓を流用しつつ、そこに特殊能力で作り出したまやかしの光弾も混ぜているのではないかと推測する指揮官。今の一撃は偶々本物の光撃弓から放たれた光弾が運悪く直撃してしまったと考えれば納得できる。

「よし、各部隊に通達、散開して目標の中央塔を破壊せよ。その後は任意の攻撃を許可する」

 斥候部隊が奪われた機動甲冑や汎用戦闘機に搭載されていた光撃兵器は全部合わせても十門程度、これだけ大きな街をカバーするには全く足りない。

「中央塔には本物の光撃兵器が集中している筈だ、近付き過ぎてうっかり落とされるなよ? 我々の神聖兵器は強力だからな」

 指揮官は味方の士気を鼓舞しつつ、リラックスさせようと冗談めいた言葉を送るが、応答する各機からの通信は彼の推測と楽観を打ち砕くモノだった。

『こちら四番隊、味方機の半数が被弾して飛行が安定しない、帰投させる許可を』
『二番隊より報告、空対地光撃砲が破損した機体多数、これ以上の接近は危険だ』

「司令! 三番隊の隊長が被弾して負傷したとの報告が!」

 次々と届く損害報告に一瞬思考が停止した指揮官は、司令機の外装を叩く光弾の衝撃で我に返ると、全機離脱の命令を出した。

「一旦離れろ! 聖都の本部基地に連絡後、態勢を立て直してから各方角より同時に攻撃を行う」

 急上昇による緊急回避を試みながらサンクアディエット上空より離脱していく第一陣攻撃部隊の戦闘爆撃機。何機かは被弾で浮力を失って街の外周付近へと不時着を試みていた。






 引き上げていくポルヴァーティア軍の航空機部隊に気勢を上げるサンクアディエットの衛士達。"対空光撃連弓・改"の射手を務めた衛士が祝砲代わりに光弾を撃ち上げる。

 宮殿上層から確認した街の様子や、各所より送られてくる状況報告を受け取った悠介は、一先ず追い返せたかと軽く息を吐く。今の所、街の何処にも被害は出ていない。
 外周付近に不時着した戦闘機にはエスヴォブス王が指揮下の衛士団から部隊を向かわせているようだ。

「さて、本番はここからじゃのう」
「ですね。どうせ地上からも来るだろうしなぁ」

 悠介とアユウカスがポルヴァーティア側の動きについて予測していた時、新たな敵部隊が海岸線を超えたとの報せが入る。
 今度は最初の部隊に見た大型の戦闘機が30機に、機動甲冑らしき人型を積んだ細長の機体が20機、それに後部が箱型になった汎用戦闘機と思しき機影が40機程だという。

「また多いな……どう思う?」
「そうですなぁ、お二人の考えるとおり、最初の部隊が空からの攻撃で牽制しつつ――という所でしょうか」

 意見を求められたヴォーマルは機動甲冑の規模如何で地上からの攻撃部隊か、或いは地上部隊の足掛かりに拠点を作りに来た可能性も考えられると推測する。
 汎用戦闘機の仕様について捕虜から得ている情報によれば、あれは資材運搬などにも利用されるという事だったので、後部が箱型になっている汎用戦闘機は陣地を構築する為の資材を積んでいるのかもしれない。

「歩兵満載とかだったらやだなぁ」
「まあ、その可能性もありやすがね」

 相手がなるべくリスクを抑えようと考えているなら、機動甲冑のような便利な地上戦用の兵器を持っているのに、態々歩兵の投入を(おこな)うとは思えない。

「棄てたい兵でもいるなら別ですがね」
「向こうの統治形態を考えるに、それはなさそうじゃのう」
「なるほど」

 カナン達のように使い捨て出来る兵を投入したとして、信仰教育による思想統一に縛られていない彼らにポルヴァーティア軍の兵器を持ったままあっさり寝返られても堪らないし、下手に損害を出せば執聖機関の威光にも傷がつく。

 "浄伏"と称した他大陸への侵攻は基本的に"楽に勝てる相手"にしか仕掛けて来なかったので、ポルヴァーティア神聖軍はこれまでの戦いで損害らしい損害を被った事もなかったようだ。
 今回のように一方的な"浄伏"が進められない展開は、ポルヴァーティア側にとってはかなり異例の事らしい。

「交渉の糸口はその辺りになる訳か」
「アユウカス殿の言っていた"新しい事実"って妥協案ですかい?」
「まあ、あれは妥協という程の甘い話でもないんじゃがの」

 四大神信仰の欺瞞が暴かれ、身分差も緩和された今のカルツィオのような自由な文化に、ポルヴァーティアの閉じた信仰体制が影響を与えられる可能性は低く、逆にポルヴァーティアの民は今まで存在しなかった"異文化"に影響を受けるであろう事は必至。
 ポルヴァーティア側にとって、自分達の支配下に置けないカルツィオは隣に存在しているだけで、じわじわと浸透してやがて体制を崩壊に至らせる毒のようなモノだとアユウカスは語った。

「ワシらが飲み込まれん限り、勝算はある。向こうは身動き取れなくなるからの」
「ああー確かに、カルツィオくっつけたままじゃあまた別の大陸にちょっかい出しに行く事もできないわな」

「そういうコトじゃ」

 丁度話が一段落する頃、空の敵部隊が別方向から接近中との報せが"広伝"で響き渡る。悠介は即座に先程の要領で撃ち捲くるよう指示を出すのだった。






 第一陣部隊から本部基地へ向けられた緊急連絡の内容を受け、第二陣部隊は予定の場所に降りて拠点の構築を進めながら攻撃目標の街へと偵察隊を出していた。

 偵察仕様の遠見鏡搭載機動甲冑一機を乗せた汎用戦闘機が低空で近付き、一体どんな対空設備を有しているのかと調べてみると、建物という建物全てに"神聖光撃弓"とよく似た兵器が設置されている事が分かった。
 街周辺には浮遊砲台らしきモノも確認できる。これらが一斉に光弾を放っているのだ。

 しかもポルヴァーティア神聖軍の光撃兵器と比べて若干性能が良いらしく、かなりの長射程で魔力切れさえ起こさず延々と撃ち続けている。全方位からの接近を試みていた第一陣の戦闘爆撃機部隊が全く近付けないでいる様子が窺えた。

「おいおい……どうなってるんだ」
「なんで蛮族の街にこんな設備が――」
『っ! まずい、見つかった!』

 巨大な噴水の如く光弾を撃ち上げ続ける山のような"蛮族の街"を呆然と見上げていた汎用戦闘機の操縦者に、偵察仕様の機動甲冑搭乗者から警告が発せられる。直後、街の方から光弾が飛んで来た。

「うわっ やばい!」
「こちら偵察隊、敵に発見された! これより帰投するっ」
『あの浮遊砲台、地上攻撃にも対応してるみたいだぞ』

 時折り至近弾に機体を煽られてはひやひやしつつ、偵察隊は第二陣部隊の拠点へと撤退していった。




 これらの報告を受けて、カーストパレスの大聖堂では急遽、神聖軍務官達を集めての対策会議が行われた。報告にあった向こう側(カルツィオ)の光撃兵器は規模から判断するに、以前より配備されていたモノと考えられる。
 カルツィオの魔導技術は予想より進んでいるのかもしれないと、予測文明レベルの見直しが図られた。

「斥候から奪った汎用戦闘機の光撃連弓を使いこなしていたのは、似たような兵器を既に持っていたからだったという訳か」
「確かに、それなら納得できますな」
「あれ程の大規模な防衛設備を見抜けなかったのは、些か油断が過ぎたと反省する所ではある」

 うむ、と全員が重々しく頷いた。――まさか一日二日の突貫工事で設置されたモノだとは、誰も思わない。




 軌道を合わせ始めた昼夜を乱す二つの太陽もすっかり昇りきり、片方はそろそろ真上に来ようかという刻。
 サンクアディエットでは散発的な地上からの偵察隊や、街の上空で"対空光撃連弓・改"の射程ギリギリ付近を旋回する少数のポルヴァーティア軍機の動きに警戒しつつ、人員の入れ換えなどを行っていた。
 何度か接近を試みていた最初の戦闘機部隊は被害が嵩んだのか、諦めて引き上げていったようだ。

「今は小康状態ってとこか」
「地上からの部隊が気になりやすね、偵察に来る頻度が高い」
「ふむ、腰を落ち着けて探りに来られる環境を得たと考えるべきかのう」

 地上に拠点を作られている可能性が高い。現在は衛士団の部隊がブルガーデンの精鋭団とも協力し合いながら、サンクアディエットと北の海岸線までの平野を調べている。
 海岸線に駐留している部隊の報告では、時折りポルヴァーティアから汎用戦闘機部隊が飛来している事も確認されていた。


「ユースケー、アユウカスー、飯を持って来てやったぞー」

 カートを押す使用人達の先頭に立って先導してきたヴォレットの元気な声が部屋に響く。悠介達が指揮を執っている臨時司令室は宮殿内の上層にあるので、交戦中であってもヴォレットは割と自由に出入りできるのだ。

「暫く前から静かになってるようじゃが、今どんな様子なのじゃ?」
「多分、お互いに様子見してる状態だと思う」
「次にどう出てくるかが問題じゃな。川魚のフライは無いかの?」

 さっそく食べているアユウカスが『これで交渉に出てくれば楽なのじゃがのう』と理想を口にしながらも、まだ暫く戦闘が続くであろう事を示唆する。
 今の所は高密度射撃による光弾バリアでこちらは無傷、相手にそこそこの被害を与えて撃退出来てはいるが、以前に悠介が言っていた通りこの防衛法にも穴はあるので、そこを突かれると戦況は一転する。

「闇雲に突っ込んできて最後は交渉の持ちかけってパターンが望ましいんだけどなぁ」
「カッカッ それは向こうの指導者が余程のうつけ者でもなければ無理というモノじゃ」

「よく分からんが、良くも悪くも無い状況という事でよいのか? ユースケの言う穴を突かれた場合の対策は考えてあるんじゃろうな?」
「まあ対策というか、一応向こうの攻撃は"効いてない振り"で誤魔化して凌ぐってとこかな」

 人的被害を最小に抑えながらハッタリでやりくりするのだという、なんとも小手先の対処法だが、実際ポルヴァーティアとカルツィオでは技術力の差があり過ぎて、まともに戦ってはどうやっても勝ち目が無いのだから仕方が無い。
 向こうからは一方的に兵を送り込んで来られるが、こちらから送り込む事はほぼ不可能な現状。なるべく早く相手が折れる事を期待するしか無いのだ。

「ふーむ。しかし追い返せるとて、しょっちゅう敵が飛んでくるようでは、民は落ち着いて仕事も出来んじゃろなぁ」
「その問題があるんだよな……」

 何時までも厳戒態勢を維持したままでは街の営みそのものが停滞してしまう。何処か壊されても直ぐに修復できるので街それ自体にダメージは無くとも、経済的にはジリ貧に。
 シフトムーブ網を使った輸送で物資の滞りは防げるものの、農作物の畑や牧場など畜産の壊滅は避けられないだろう。


 やはり長引けばこちらが不利である事に変わりはなく、交渉の呼び掛けも試みているようだが今の所は梨の礫。如何にして早期決着へ持ち込むかについて話していた所へ、敵の接近を告げる広伝が響き渡った。

「来たか。では、わらわは父様の所に戻るゆえ」
「ああ、気をつけてな」

 悠介の指揮の邪魔にならないよう、言葉少なに臨時司令室を出て行くヴォレット。カートを押す使用人達もぞろぞろと後に続く。ヴォレットが食事を持って来てくれたおかげで昼飯抜きにはならずに済んだ。

「気配りも出来ておる。良い女王になりそうじゃな」

 そんなアユウカスの呟きに、カスタマイズメニューを睨む悠介はただ頷いて応えた。






 崩れた建物は光の粒を舞い残して元の姿を取り戻し、砕けた石畳は何事もなかったかのように整然と続く通りを埋める。
 街の被害は想定していた通り、何処か破壊されても直ぐに修復する事が出来たが、砲台を担当する衛士達の被害が思いのほか深刻だった。怪我人の数は予想以上に増えていく。

「――北側一区、浮遊砲台二機大破!――」
「――貴族街防壁砲台一機破損!――」
「――ヴォロディエ邸東館砲台、崩落につき使用不能――」

 次々と響き渡る被害報告の広伝。ポルヴァーティア軍は昼過ぎから戦術を変えてきた。悠介が恐れていた通り、徹底して射程外からの攻撃に切り替えたのだ。
 飛来する戦闘機の数自体は減っていたが、かなりの高高度から"地面に激突すると炸裂する石柱"を投下するという爆撃に加え、街の北側に拠点を作られたらしく、そこから長距離の砲撃が行われている状況。
 この遠方からの砲撃にも炸裂する石柱が使われている。"対空光撃連弓・改"の射程カスタマイズにも限界があるので、遠くからのちくちく攻撃には対処が難しい。

「やっぱ迫撃砲が痛い」
「上と横から同時に攻められておるからのう。地上の敵部隊には今シンハ達が向かっておる」

 カスタマイズ画面を操作しながらシフトムーブ網を使ってガゼッタの白刃騎兵団を移動させたアユウカスは、テーブル上に広げられた戦略地図に『この辺りじゃ』とコマを置いて敵地上部隊の予測位置とシンハ達の位置を示した。




 シフトムーブ網でガゼッタのパトルティアノーストからサンクアディエット外周付近に移動してきたシンハ率いる白刃騎兵団は、ポルヴァーティア軍の地上部隊を叩くべく"炸裂する石柱"が撃ち出されている方角へ馬を走らせる。
 遮蔽物の殆どない平野なので、それは直ぐに見つかった。

「あれか。全員馬を降りろ、ここからは足を使う」

 十分な距離を置いた場所に撤退時の馬を管理する部隊を残し、風技の移動補佐を纏った白刃騎兵団の精鋭が大地を駆ける。彼らはパトルティアノーストの制圧作戦にも参加していた猛者達だ。
 今回は対ポルヴァーティア軍用の武器として、機動甲冑が装備していた光撃弓を人間にも扱えるようカスタマイズしたモノを携行している。"邪神の補助装備"も身に着けているので、重い武器を背負ったまま全力で走り続ける事が出来た。




 ポルヴァーティア軍の拠点には四門の大型投擲砲台と幾つかの施設が仮設されており、機動甲冑も確認。後部が箱型の汎用戦闘機も何機か並んでいる。
 作業員か一般兵員か、シンハ達の接近に気付いた何人かが慌ただしく走り回り、拠点に警報が鳴り響いた。

 互いに顔の輪郭が確認できる程の距離にまで迫ると拠点の防壁に設置されている光撃連弓から光弾が放たれ、機動甲冑部隊が出撃して来た。その中にはアルシアと思しき姿も見える。

「敵の砲台を叩け! 甲冑と女勇者(アルシア)は無視して構わん、というか避けろ」

 拠点の周りを駆け抜けながら光撃弓で長距離投擲砲に設置されている石柱を狙い撃つシンハ達。ポルヴァーティア軍の拠点施設は砲台もろ共潰して置きたい所だったが、接近戦は機動甲冑とアルシア側に分があるので避ける。
 長距離投擲砲を狙い撃ちにして破壊した後はシフトムーブ網の所まで撤退、ガゼッタに帰還する作戦だ。


 無技の戦士の脚力に風技の移動補佐という常磐の布陣に、それらの効果を底上げして継続させる"邪神の補助装備"が加わる事によって生身の人間とは思えないような機動力を得た白刃騎兵団の精鋭部隊。
 斬り込んで来る機動甲冑を相手に生身ならではの小回りを利かせて悉く回避すると、拠点の大型砲台に光弾を浴びせてゆく。

 この人間用にカスタマイズされた光撃弓も重量や反動を考えれば誰にでも扱えるという訳ではなく、交戦状態の中を駆け回りながら狙い撃つなどという行為は身体能力が特に高い無技の戦士だからこそ使える戦法である。


 投擲砲の砲身に装填されていた石柱が光弾の命中により爆発を起こし、大破した砲台が隣の砲台を巻き込んで倒潰した。
 その一帯が炎に包まれる中、拠点施設の作業員達は消火活動を行いながら近くに並べてある砲台や砲弾である石柱を安全な場所に移動させようと走り回っている。

「このっ 蛮族め!」
「間違ってはいない」

 空間に響くように発せられた機動甲冑からの罵声に不敵な笑みを返し、打ち下ろされた重剣の一撃を軽く躱してその機動甲冑の腕に飛び乗るシンハ。搭乗員の息を飲む気配が伝わってくる。
 そのまま機体を駆け上がって大きく跳躍。拠点の防壁を越える高さから発射された光弾は、長距離投擲砲のデリケートな装置が密集しているっぽい付近に吸い込まれて行った。

 ボンッと小さい爆発を起こして煙を吐く砲台。投擲砲の弱点を把握しつつ光撃弓を発射した際に起きる反動を使って空中で軌道を変え、踏み台にした機動甲冑から少し距離を取った位置に着地。
 突っ込んでくる機動甲冑に対して後ろに飛び退ると同時に光弾を撃ちこみ、その反動も使って回避の足しにする。シンハは新しい武器を完全に使いこなし、敵を翻弄していた。

 同じ生身で対抗できそうなアルシアも身一つでは縦横無尽に暴れまわる無技の戦士部隊に対応しきれず、いまひとつ振るわない。正面からやりあえばアルシアの圧勝だが、シンハ達の目的は砲台の破壊。
 アルシアとの交戦を徹底して避ける事で任務は無難に達成された。

「引き揚げだ!」

 速やかに撤退する白刃騎兵団。ポルヴァーティア軍は拠点の鎮火と混乱の収拾に当たる為、追撃は形だけに留めて直ぐに引き返して行ったのだった。




 シンハ達の活躍により、上空からの攻撃にのみ集中すれば良い状況を得たサンクアディエットは、爆撃機にこそ光弾は届かないものの、投下される石柱を撃ち砕く事で被害を大幅に抑えられるようになった。
 空中で炸裂した石柱の破片が降り注ぐも、"対空光撃連弓・改"に標準装備されている射手を護る為の盾壁で十分に防ぐ事が出来ている。そのうち投下する石柱が無くなったのか、高高度を行く爆撃機はポルヴァーティア大陸へと帰っていった。

 もう石柱が降ってこない事を確認した砲台担当の衛士達が疲れた様子で座り込む。序盤で戦闘爆撃機部隊を追い返した時とはうって変わり、勝ち鬨を挙げるでもなく誰もが憔悴した表情で沈黙している。


「やれやれ、何とか凌げたのう」
「でもこの調子で夜間攻撃とかされたら目も当てられんような……」

 街に被害らしい被害の痕跡は残していないので、恐らくポルヴァーティア側に対する"効いてない振り"は効いていると思われるが、地上からの遠距離砲撃と高高度爆撃で被った人的被害は予想以上に大きかった。
 カスタマイズによる操作で対空光撃連弓・改の砲撃を行う事も出来るが、その場合は命中率が著しく下がってしまう。

 単に街上空へ近付けさせない為に撃ち捲くるダケであれば、まだ当てずっぽうでも何とかなるのだが、高高度から投下される石柱を撃ち砕くにはどうしても射手が必要になる。
 伝達系風技による空間把握との組み合わせで正確な位置を捉えて狙い撃つという人力イージスシステム。優秀な"索敵の風"使いがいなければ、数を撃っても当たらなくなってしまうのだ。

 今後さらに地上部隊が増えれば、シンハ達でも対処しきれなくなるだろう。緒戦で驚かせてハッタリを効かせつつ和平交渉に持ち込むという作戦は早くも破綻をみせ始めた。
 静かになった臨時司令室で一息つきながらそんな話をしていた悠介とアユウカスの所へ、伝令と共にヴォレットがやって来た。

「ユースケ、アユウカス、二人とも上の会議室まで来てくれ。今後の対策を話し合うそうじゃ」

 やはり昼過ぎからの攻撃で被った衛士達の被害が大きかったらしく、今の方針のままでは問題があると判断されたらしい。シフトムーブを使って各砲台の人員交代を済ませた悠介達は、一応監視目的でカスタマイズ画面は開いたまま臨時司令室を後にした。




 エスヴォブス王を上座に各宮殿衛士隊から隊長と副隊長達も出席し、ヴォルダート侯らを始め宮殿官僚達とも意見を交えながら対ポルヴァーティア戦略について議論が進められる。
 会議が始まって早々、主戦派からは『こちらから打って出るべきではないか』という意見が挙げられたが、これには講和派が『無謀過ぎる』と反対を表明した。

「第一、あれ程の高い技術力を持つ大陸の国家を相手にどうやって攻め込もうというのか。兵を送り込む手段は?」
「大地が平行になれば、海を渡れるのでは?」
「向こう岸に辿り着く前に間違いなく沈められる」
「だからと言って今のような受身ばかりでは、徒に被害を重ねるだけだ」

 和睦の交渉をしようにも応じてくる気配は無く、"戦えば損をする"と判断させるには相手側にも相応の損害を与えるなり、まずは互角の戦力を示さなくてはならない。
 しかし現実はまだまだこれから空や海からも多くの兵を投入してくるであろう戦力に余裕が見られるポルヴァーティア側に対し、こちら側は最初から後が無い状態。
 このままでは相手の侵攻心を挫く前にこちらが潰れるという主戦派の主張は理解されるものの、効果的な対抗策も浮かばないのが実情だ。

「少数の精鋭部隊を向こうの中枢に送り込むというのはどうか?」
「ガゼッタがパトルティアノーストを制圧した時のようにか? 彼らの時とは条件が違いすぎる」

 相手の街の情報全般、構造や中枢施設の位置、重要人物の所在や人相すらも分かっておらず、敵兵力の配置など警備状況も不明、何よりも部隊を送り込む手段が海を渡っていくしかない現状では作戦自体が成り立たない。

「だが……何か対策を取らねば、我々は滅ぼされる」
「さりとて、どう対応すれば良いのやら」

「ユースケ殿、貴殿には何か良い案はありませんかな?」

 皆の注目は唯一対抗出来そうな存在、闇神隊長に向けられる。

「んーー……」

 黙って議論の行方を見守っていた闇神隊長(ユースケ)は腕組みしながら唸ると、一言。

「ない――ってのは冗談ですが、何とか出来そうな人に心当たりがあるんで、連絡が取れるまで待って貰えますか」

 ややもすれば悲壮感すら漂い掛けていた会議の重苦しい雰囲気を軽く往なすように答える悠介。隣でアユウカスが『ああ、疲れておるのじゃなぁ』と思い遣りも籠めたジト目で肩を竦める。
 格式を重んじる一部宮殿官僚らが緊張感の無い悠介の態度に何か言い掛けたが、ヴォルダート侯がフォローに入った。今は質問の応え方や意見の出し方に格調がどうのと言っていられる状況では無いのだ。

「それは、有効な手立てがある、という事かね?」
「手立てといいますか、伝手といいますか、向こうの中枢まで確実に潜り込める人材が一人」

 『ほぉ』と静かなざわめきが会議室に広がる。諜報に聡い者達はその人物に凡その見当をつけていた。詳しい経緯は明らかにされていないが、最初の斥候との戦闘に介入して以降、宮殿でも度々闇神隊長の近くで目撃される黒い髪を持つ謎の少女。

 現場にいた衛士達の証言によれば、その少女は漆黒の翼を持って空を飛び、重傷者の傷を一瞬で癒し、ポルヴァーティアの勇者とされる戦士が放つ鬼神の如く攻撃に些かの揺らぎも見せず一撫でで相手の武器を砕くと、稲妻を纏った一撃で沈めたという。

「我々は彼女に関する情報を殆ど持っていないので判断が難しいのだが、信頼できるのだろうね?」
「少なくとも"カルツィオ"の味方はしてくれるみたいですよ」

 悠介は朔耶の立場をあくまでも今回の戦いでカルツィオ側に"協力してくれる人"とした上で、助力を求めてみる事を話した。


 その後は対ポルヴァーティアの戦略にこれといった妙案が挙がるでもなく、街の防衛で他国の兵士を何処まで受け入れるか等の細かい人事を話し合って会議は終了した。
 闇神隊長の伝手(・・)に関しては当人の来訪を待つしかなく、話が付いたならエスヴォブス王に報告がなされるだろう。

 解散して各々が自分の持ち場へと戻って行く中、臨時司令室へ足を向ける悠介とアユウカスにヴォレットが並ぶ。

「そういえばわらわはまだ会った事がなかったが、そのサクヤという者、ユースケの同郷の者という事だったな」
「ああ、隣町の隣町くらいの所に住んでる人だったよ」

 元いた世界の話が聞けて懐かしかったと微笑む悠介。少し複雑そうな表情を見せたヴォレットは、おずおずとこんな事を尋ねた。

「ユースケは、その……帰りたくなったりは……せんのか?」
「ふむ。ちょっと前までは多少そう思うこともあったけど、今はそうでもないかな」

「そうなのか?」
「まあ元の世界にもちゃんと俺がいるみたいだし、都築さん通じて近況とかも聞けるからな」

 未練からの望郷の念よりも心残りを払拭できた感があるという。朔耶のように自由な行き帰りが出来るならちょっと帰ってみようかという気にもなるであろうが、そうでないなら今日まで生きて来たこの世界を棄てて帰る事など考えられない。

「ヴォレットが立派な女王になる所も見守らなくちゃならんしな」
「ゆ、ユースケ……」

 ナデナデと珍しく頭など撫でつけてくる悠介に、驚き半分悦び半分なヴォレット。それを微笑ましげに見たアユウカスが少し眉を上げながら言った。

「仲睦まじいのう。ワシの頭も撫でてみんか?」
「いやぁ、なんか恐れ多くて無理っす」

「なんじゃ、ケチンボじゃの」
「ケチンボて……」

 3000歳の子供に拗ねられてもリアクションに困る。などと思っていたその時――

「ロリキラー……」
「違います」

 ――何処からとも無く現れた朔耶にそんな事を呟かれて、とりあえず否定する悠介。

「な、なんじゃっ」
「ふーむ、話には聞いていたが、本当に唐突な現れ方をするのう」

 宮殿の廊下に光臨する来訪者、都築朔耶。カルツィオの存亡をかけた戦いへの協力を求める前に、邪神悠介はまず自身の性癖に関する潔白を説明する所から始めるのだった。







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