9話:低民区門前広場
「スン、大丈夫?」
「……はい」
人の焼ける嫌な臭いを風技の民達が街の外へと吹き飛ばして換気が行われる中、悠介は治癒系の水技を使う衛士から治癒を受けながらスンの事を気遣う。裂かれた服も直ぐに何とかしてあげたかったが、それには着替えが出来る場所が必要だった。
カスタマイズ能力の元であるゲームの仕様で、装備中のアイテムにカスタマイズを反映させると、装備が外れてしまうのだ。
今のスンは裂かれた服の上に炎神隊のマントを羽織っていた。スンに炎神隊のマントを羽織らせたのはヴォレットだ。悠介は『意外』にも良いヤツだったっぽいヴォレットの方を振り返る。
「あははははっ クレイヴォル! なんでお前までそこに居るのじゃ」
悠介の治癒やスンの解放を衛士達に指示していたヴォレットは、門前の広場に出来た大穴を覗き込んで笑い転げていた。炎神隊でただ一人、落とし穴に巻き込まれたクレイヴォルは、悠介が枷を外した事に逸早く反応して取り押さえようと動いた。その結果である。
穴の深さは低民区の街中に敷かれている石畳と、その下の基礎部分に当たる積石分、約二メートル半。大した深さではないが、甲冑を装備した状態で這い上がるのは少々困難だ。
この穴も、其処彼処に立っている石の壁も、悠介の能力で『造り出した』り『出現させた』のではなく、カスタマイズによって石畳や積石を『変形させた』モノである。
上から顔を覗かせて楽しそうにしているヴォレットに『姫君たる者大口を開けて笑うものではありません』と、御小言を申し上げる職務に忠実なクレイヴォルは、穴の底で壁に背を預けつつ先程の現象を振り返る。
穴に落ちたのではなく、目の前にいきなり壁が現われたと思ったら穴の底に居たのだ。微かに光の粒が舞っていたが、それらは直ぐに見えなくなった。一体何の神技なのかサッパリ理解出来ない。その後、何人かは普通に落ちて来た。
『全ての神技が混じる、か……』
クレイヴォル達が穴から出られたのは、それから直ぐの事だった。やはり微かに光の粒が舞った後、唐突に穴の外に立っていた。というよりも、自分達の立っていた場所が穴の底から広場の地面に移ったような感覚だった。
区画門前の広場から穴やら壁やらを取り払って元の状態に戻した悠介はスンを背中に庇いながら、今回の騒ぎの事情をヴォレットに問い質した。脇に控えている側近を通さず、直接王族の姫君に説明を求めるという行為に衛士達がざわめく。
平伏させるべきかと御伺いの視線を向けてくる炎神隊の衛士に、ヴォレットは身振りで『よい、無用じゃ』と伝えて下がらせる。
「本当につくづく無礼な男よな、王族であるわらわに敬意の一つも示さぬし」
「敬意なんてのは自然に懐くモノだろ」
そんな悠介の言に道理だなと笑うヴォレットは、今回の事態は先程焼いて捕らえた男の告発によるモノだったと説明した。
ルフクの村にはブルガーデンの密偵と繋がっている者がいるという情報を受けて調べに行ったのだと聞いた悠介は、一瞬レイフョルドの事を思い出した。彼は何故あのとき森に現われ、自分に村の事を知らせてくれたのかと疑問を懐く。
「まあ、結局はあの男の狂言だったようじゃ。わらわに取り入る心算だったのは見え見えじゃったがの」
元々は自分が御忍びで村に赴いてゼシャールドの事を調べようとしていた所へ、あの男の告発があって正式に衛士隊を出す事になったのだと一連の経緯を語るヴォレットに、悠介は呆れたように呟いた。
「なんだ、やっぱりお前が元凶かよ。しかも狂言で冤罪とか……冗談じゃないぞ」
「むっ 言っておくが、わらわはお前達を手荒に扱うつもりはなかったぞ」
「どうだかね。それより、俺たちをちゃんと村に返してくれるんだろうな」
街からルフクの村までは普通の馬車で半日は掛かる程の距離があるのだ。そろそろ日暮れに差し掛かろうとする空を見上げながら、今日中には帰れそうにないなとこぼす悠介に、ヴォレットはその前に片付けて置かなくてはならない問題があると言う。
「内通の嫌疑はあの男の狂言だった事で晴れたが……ユースケ、お前が暴れた事で衛士に怪我人を出しておる」
「へっ?」
狂言の男としか戦った覚えのない悠介はポカンとなって何時ぞやのような間の抜けた声を漏らす。それを見てニヤリ笑いを浮かべたヴォレットは、悠介が作った落とし穴に落ちて怪我をした者が複数人いるのだと説明した。
クレイヴォルの様に、穴が開いた場所に立っていた者は『気づいたら穴の底だった』といった具合で怪我も無かったが、穴の近くにいた者は何人か足を滑らせて落下、打撲などの怪我をした。
「ええっ 俺のせいかよ、ソレ」
「お前の気持ちも分からんでは無いが、何もあそこでお前が戦う必要はなかったのじゃ」
あの男への糾弾を訴え、後は衛士達に任せて置けばこんな騒ぎにはならなかったと諭されて、悠介は言葉に詰まる。
確かに、怒りで感情的になり、周りが見えていなかったのも事実だ。悠介がヴォレットも含めて衛士達を信用していなかったという事も、自ら戦う事を決意した理由でもあった。
「とはいえ、それでお前を罰するのも寝覚めが悪いからのう……さて、どうしたものか」
「……」
反応を窺うように肩越しの流し目で悠介の顔を覗き込むヴォレット。傍に立っているスンが不安気な表情で悠介を見上げ、次いでヴォレットに視線を向ける。あまり脅かすのも大人気ないかと息を吐いたヴォレットは、不問にする為の条件を出した。
「そうじゃな、わらわを楽しませてみろ」
ヴォレットはそれで全て帳消しにして、ついでに街での身分を保証してやるという。ゼシャールドの説によれば悠介には全ての神技が混じり宿っている事になっているので、認めさえされれば炎技の民として振舞う事も許される資格を持っている。
稀に存在する二つ以上の神技を宿している者は、神格の高い方が優先されて身分に適応されるのだ。
最初から悠介の罪を問うつもり等なかったヴォレットは、石畳に穴を空けたり壁を出したりする悠介の神技に興味を惹かれていた。アレだけの大きな壁を際限なく出せるなら、街中を迷路にしてみるのも面白いなどと傍迷惑な事を想像して楽しんでいると――
「え、そんな事いわれても……俺、そういうの経験ないし……やっぱ愛がないと駄目だと思うんだ」
照れながら急にもじもじソワソワし始める悠介に、ヴォレットは一瞬『なんじゃそれは』と呆けた。が、直ぐその意味に気付く。
「あ、あほたれぇ! そういう意味ではないわっ!」
「いや、冗談だから」
若干頬を赤らめて『わらわはそんな"ふしだら"な女ではないぞ!』と抗議するヴォレットに、しれっと返す悠介。
「こ、こやつ……いますぐ消し炭にしてくれようか」
ワナワナと拳を握りしめているヴォレットを余所に、悠介は門前の広場を見渡す。既に件の男は連行され、衛士達の何人かは街の巡回に出たようだ。大勢いた野次馬の数も減り、広々というか閑散とした空間が広がっている。
「衛士と野次馬をもちょっと向こうまで下げてくれ」
「ん? 何か思いついたのか?」
神技を行使する気配を纏って指を宙に彷徨わせている悠介の姿に、ヴォレットは何を見せてくれるのかとワクワクしながら、他の衛士達を野次馬共々下がらせるよう炎神隊に指示を出す。
ここまで黙って成り行きを見守っていたクレイヴォルは、朝方の悲壮感さえ感じさせた荒れ様が嘘のように活き活きしているヴォレットを見て、これで気が晴れるのならと、悠介の礼を欠く対応にも目を瞑っていた。
色々混じっているようだが、炎技の民としての資格もあるのなら、こちらにも非がある今回は大目に見るのも良いだろうとの判断だ。クレイヴォルは『ヴォレットの楽しみ』に最後まで付き合う事にした。 暫しの後、止めて置くべきだったかと後悔する事になる。
「コピペコピペと……階段は手摺りもあった方がいいな……こんなもんか」
意識の集中によるカスタマイズ操作はまだ大雑把な形にしか使えないので、細かい部分は指先で整えていく必要があった。悠介なりに考えて導き出した答えにより、ヴォレットが喜びそうなモノを組み上げる。
「さっき広場を片付けた時にもやっておったが、ユースケのアレは一体何をしておるのじゃ?」
「さぁ……、わたしもユースケさんの神技の事はよく分からないので……」
神技を使う時は何時もあんな感じに指を動かしているとだけ説明するスン。食べ物の味を変えたり、椅子やテーブルのデザインを変えたり、古い服や靴を生地から新しいモノに変えたりという今まで見てきた現象については、まだ黙っておく。
「よし、チェック……問題なし、これで大丈夫かな?」
組み上げたカスタマイズデータに問題が無いか、プレビュー機能で確かめて『転倒』や自重による『倒壊』、或いは『沈下』等の危険は無いと確認した悠介は広場の中央に歩み出ると、二人を呼び寄せる。
「スン、おいで」
「はい」
優しく呼ばれたスンは、てててっと小走りに駆けて悠介の傍らに立つ。
「ほれ、お前もちょっと来い」
「おい! なんじゃ今の扱いの差は!」
ぞんざいに呼ばれたヴォレットは肩を怒らせながらノシノシと、しかし何処か楽しそうな様子で悠介の前に立った。閑散とした区画門前広場の中央に立つ三人を、何が始まるのかと遠巻きに見詰める衛士達と、まだ残っていた野次馬達。
二人の少女と周囲の注目を浴びながら、悠介は実行ボタンに手を伸ばす。
「実行」
目の前の風景がいきなり変わる。高い防壁と中民区、さらに高い防壁と高民区、その頂上に聳える宮殿。それらが一瞬で見えなくなり、何処までも広がる大空と、遥か地平線まで続くフォンクランクの平原。高い場所特有の冷たい風が吹き抜けていく。
「うおおお! なんじゃこれはーー!」
「展望台の塔を作ってみた」
高さ約八十メートルの塔。『高い所好きそうだし』という悠介の読みは当たっていたらしく、ヴォレットは宮殿よりも高い展望塔の縁から景色を見下ろしては感嘆の声を上げている。
見た目は石の塔だが、材質は鋼鉄並の強度にカスタマイズされている。近くに街を拡張する為の、切り出された石が置いてある資材置き場があったので、材料の足りない分はそこから補って造り上げた。
突然現われた天を貫くような巨大な塔に、広場に居た者達は皆一斉に目を瞠り口をあんぐりと開けたまま暫らく固まっていた。
「はっ 姫様! 御無事ですかーっ! ヴォレット様ーー!」
我に帰ったクレイヴォルは塔の天辺から響くヴォレットの声に呼びかける。すると、上から顔を出したヴォレットが手を振って応えた。辛うじて判別出来る程の高い場所から身を乗り出しているヴォレットに、クレイヴォルは冷や冷やさせられる。
「おーーっ クレイヴォルーー! みよっ 凄い高さじゃぞーー!」
「あ、危ないですからっ! 身を乗り出さないで下さいっ!」
クレイヴォルはようやく顔を引っ込めてくれたヴォレットに安堵しながら、宮殿よりも高い建物が低民区に建った事は問題になるのではないかと懸念した。何よりも、一瞬でこれ程の塔を建ててしまうような神技を使う悠介の、得体の知れなさが気に掛かる。
『ゼシャールド殿は何故、これ程の力を持つ者を残していったのだ……?』
塔の出現に野次馬が増え始めた門前広場で、クレイヴォルは日々膨らんで行く謎と心配事に眉間の皺を増やすのだった。
「最高じゃな! これはずっとこのままなのか?」
「まあ、一応丈夫に造ってあるから崩れる心配はないと思うけど」
「そうか、楽しみが一つ増えたわ。お前の神技は面白いな」
「そりゃどうも」
展望塔の天辺と地上を繋ぐのは塔の内側にある螺旋階段で、五階毎に休憩階を設けてある。
休憩階には小さな窓を付けているが、途中の階段は灯りがなければ真っ暗なので適当に灯りの設置をして欲しいなど、悠介が塔の仕様を簡単に説明する間、ヴォレットはずっと上機嫌だった。やがて日も暮れ、悠介達は長い階段を降りて塔を出る。
「あ、足が……棒のようじゃ」
「降りる方が……しんどいって言うしな。……スンは平気?」
「はい、わたしは大丈夫です」
悠介とヴォレットは息が上がってバテていたが、スンにはまだ余裕があるようだった。流石は田舎育ちだと二人に感心されて、スンはちょっぴり恥ずかしそう頬を染めた。すっかり暗くなった門前広場には、宮殿から迎えの馬車が来ている。
「今日は宮殿に泊まっていくが良い、部屋を用意させよう」
「堅苦しそうだからいいよ、どっか街の宿でもとってくれれば」
「駄目じゃ」
「ダメて……」
別に宮殿の作法なんぞ求めやしないので安心しろと言って、ヴォレットは悠介達を宮殿に連れ帰るのだった。