46.最終章―縁
【縁】
「こんにちはー」
学校帰りの元気のよい声が、『うめや』にやってきた。
「あら、沙耶ちゃん! いらっしゃい!」
すっかり明るい表情になった沙耶は、初めてここを尋ねてきた時とは別人のようだ。
「はい、これ」
「あら、猫じゃらし」
差し出された手には、スーパーで購入したらしい猫のシンプルなオモチャが握られていた。
「猫ちゃんにお供えして」
うめはじっと手元を見てから、そっと受け取った。
「ありがとう。さぞ喜ぶわ。ねぇ、ポン太?」
ふたりで電話台に目をやる。「やっぱり、沙耶ちゃんもいい子で、優しいお嬢さん」
「ふふん、まぁ、ね」
一度、扉を振り返り、携帯を覗いた。
「ねぇ、うめさん」
「なぁに? 沙耶ちゃん」
「これから、おばあちゃんって、呼んでもいいかなぁ」
そう聞いて、ついっと横顔を見せた。
「もちろんよ。沙耶ちゃん」
「ホント? よーかった!」
「もうひとり、孫が増えたみたい。嬉しいわ」
「チワーッス」
現れた大輝に、うめはこっくりと頷く。すぐには振り向かない沙耶にも、明らかな照れが見えた。女二人のうちに、うめはさらっと聞いてみる。
「沙耶ちゃん、大輝さんって、なかなかいい男でしょ?」
ポッと表情を光らせた沙耶と、ずり下がったズボンを引き上げながら歩いてくる大輝。
「何の話だよ?」
「ナイショ話よ。女同士の。ね、沙耶ちゃん」
「うん、そうよ。ヒノ……には――」
頬がイタズラっぽく微笑む。「ダイキにはなーいしょ」
「おっ……」
初めて名で呼ばれ、鼻の頭を掻いた大輝。
「今日のバスケ、どうだった?」
「ん? まぁまぁ、ってとこだな」
話が弾まない。
小さく咳払いを繰り返すふたりに、うめが知らん顔で声をかける。
「あら、もうこんな時間。日が短くなってきたわね。夏の暑さも嘘みたいに涼しくなって」
腰を上げ、草履に足を入れた。「暗くならないうちにお帰りなさい。大輝さん、沙耶ちゃんをおうちまで送ってくださると安心だわ。大事なお嬢さんですから」
「う、うーっす」
気の無い返事を装うが、嬉しさは鼻息に出る。「……じゃ、行くか?」
「……うん」
「じゃ、うめさん、また!」
「おばあちゃん、またね!」
「はいはい。いつでも、お待ちしていますよ」
うめも店の前から通りまで一緒に出て、その背中を見送った。
なにを話しているのか、カバンで大輝の腰を引っぱたいては、小走りをする沙耶。追いかけっこをしつつ遠ざかっていく。
角を曲がるところで振り向くと、二人は大きく手を振った。
「またいらっしゃいね」
腰に手を当てて、微笑んだ。
「さぁさ、ご飯の支度にしないとね」
――『ニャー』
声もしないし、姿も見えないが、うめにはポン太が足元に寄り添ってくれているのがわかった。
うめはまた、いつもの暮らしの中で、次なる「カタン」の音をゆっくりと待つ。
命の続く限り、その天命をまっとうするために。
(了) |