45.導き/2
「は?」
「あの時、失礼したのは、もうこれ以上ご一緒しちゃいけないと思ったからなんです! なのに、またこんなふうに待ち伏せされても!」
――『おい、浩司。頑張れよ。桜子は、こう見えても結構気が強いからな』
桜子のこわばった顔を間近でじっくりと眺めていた徹也が、浩司に声を掛けた。
「だからですか。よかった」
と浩司。妙に落ち着いた声だった。「僕がイヤで逃げ出した……わけじゃないんですよね?」
「あ……いえ、あの」
「だったら、黙って消えちゃうなんて反則ですから」
桜子の視線をとらえた。「あんなふうに消えられたら、だれだって余計に逢いたくなっちゃいますよ。ましてや相手が桜子さんなら」
「あの、私……」
――『さぁて、桜子。どうする?』
桜子は地面に目を落としてうろうろと彷徨わせた後、キッと睨むような目つきできっぱりと言った。
「私、もう一生、どなたともお付き合いするつもりなんて、ありませんから」
あららとコケた徹也。
――『そんなこと言うなって。な?』
桜子の顎先をすくうように撫でたつもりだが、やはり手応えはない。すり抜けてしまう自分の存在を寂しげに微笑む。
一方の浩司。
「いやいやいやいや、待って……待って下さい!」
必死に次の句を探し、喫茶店の看板を指した。「そうだ、コーヒーでもいかがですか? 僕も喉がカラッカラで。どうせ振られるにしたって、せめて想い出の一杯くらい、ご馳走させて下さいよ。この顔を『テーブル越しに見るのもイヤー!』っておっしゃるなら仕方ありませんが。そうでなければ是非!」
――『折角だから、一杯つきあってやれよ』
徹也が、桜色の愛しい耳たぶに口を寄せて囁いた。
ふっとその方を見て何かを探し、目を潤ませる桜子。
「わわっ、そんな悲しい顔しないで下さい! 泣かせに来たわけじゃないんですから。好きな映画とか、お笑いグループとか、そんな話をしながら、コッ、コーヒッ――」
まるで、情けない雄鶏だ。拳で頭を叩く。
「なにやってんだ。カッコ悪……」
だが、深刻だった桜子が、クスッと笑った。
「は……はは。何でもいいです、笑ってくれれば」
――『桜子。コイツ、いいヤツだぞ。俺みたいにカッコよくないし、かなりお笑い系だけどな』
口の端で、そっと笑った。無念さと切なさを心に抱えたままの徹也が、今は懸命に桜子を、そして浩司を応援している。精一杯心を広くし、桜子の幸せを願って――。
「平野さん――」
――『ガンバレ。踏み出せ』
その頬に、またそっと触れた徹也。
桜子は、柔らかな風をふっと見上げた。
雪のひとひらに気付いて、空を仰ぐかのように。
「じゃあ……折角ですから、お言葉に甘えて」
――『いいぞ、桜子。それでいい』
その途端、徹也はフワッとした光になった。愛する者を包むまろやかな光――これからもずっと桜子を包んでいかれる形に昇華して――
「やった! やっと念願が叶った! さぁ、どうぞ!」
浩司は、カランとベルの音がするドアを押し開き、桜子を先に通した。
一瞬空を見上げる。
……祖父ちゃん。それと、桜子さんの彼氏。応援してくれよな。
それから、いそいそと中に入っていった。
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