44.手繰り
【手繰り】
「うめや」を出てから、公衆電話を探して電話帳を開いた浩司。
「えっと……なにを探せばいいんだ? 老人ホーム? 介護施設?」
しばらく頭を抱え、唸りながら先ほどの記憶を辿った。
「そうだ……。確か……」
地元の駅前に、介護ヘルパーの派遣業社があることを思い出した。
急いで戻り返る。
駅に降り立った浩司は、いつものコンビニで気合付けにドリンク剤を一本買い、その場で飲み干してから、目当ての場所へ向かった。
「あの! つかぬ事を伺いますが!」
「はい?」
応対に出た五十代の女性事務員に、目にした情報のすべてを並べて、当てはまる施設がないか聞いてみた。
「さぁて、ピンクのエプロンは、うちのスタッフも使っていますけど、介護師のユニホーム代わりにしている施設も多いですからねぇ」
「あ、あと、例えば、腕のいい美容師さんが出向いていって、こう、なんていうのかな、ボランティアとか割引料金とかで、ご老人の髪をカットしてあげるなんていうことは、ありますか?」
「ボランティア? 奇特なことに、忙しい合間を縫って、そういった活動をなさる方もいますねぇ。――そうそう、先日もお一人、似たようなことで尋ねてみえた女性がいらっしゃいましたよ」
「えっ!? 本当ですか!? その方のお名前は?」
事務員は、口も滑らかに続けた。
「聞きませんでしたよ。ご紹介はできませんから。でも、あんまり熱心に頭を下げられるもんですから、いじらしくなっちゃってね。だから私個人の考えで、『○◇特養センターあたりだったら、喜ばれるかもしれませんね』とだけ……」
「そこって、近いんですか?」
「▽○駅から歩いて十五分、ってところかしらね……でも」
話すにつれ、浩司の表情が躍り出すのと反対に、最後には怪訝な目を見せた事務員。浩司は思わずガッツポーズを取り、笑顔でうなずいた。
「そうですか! じゃあ、僕も早速行ってみます!」
「あなたも、美容師さんのボランティアを?」
「いえ、違いますが、どうもありがとうございました!」
活き活きと顔を輝かせた浩司は、あっという間に、外へ飛び出していった。
そして、また電車で移動し、道を聞き聞き、息を切らせて走ってきた浩司が、一旦道の脇で立ち止まった。
「はぁ……待てよ、このまま突っ走って行ったって、開口一番なんて言えばいい? この前みたいに舞い上がっちまうのは、絶対避けなきゃ」
あまり人通りの無い場所。オルガンの音が、微かに聞こえてくる。
「ふぅー。緊張するな。あんまり、考えずにいくか? 考えすぎると、いつもろくなことないからなー、俺」
すぐ傍で浩司以上に気を揉んでいる存在には、もちろん気付かない。
「桜子さん。僕と友だちから……」
ぶつぶつと呟きながら歩き出す。
その後を――腕組みをし、ゆっくりと着いていく徹也。浩司の緊張振りを、鼻でフッと笑っている。
「この先……あ、そこか」
ベージュの建物だが、病院のように見える。白文字で名が大きく掲げられていた。
「そっか、今いるとは限らないんだっけ。ライブ映像かどうか、うめさんに確認して置けばよかったな」
――「ごちゃごちゃ言っていないで、さっさと行け」
徹也が肩を叩いても、双方ともに何の手応えも無い。だが浩司は、「ん?」と、その肩を払った。
「あのー、すみません」
受付で、頭を下げた。
「つかぬことを伺いますが……こちらではヘアカットのボランティアさんを受け入れたりしていますか?」
「あなたは?」
『センター長』の名札をつけた年配の男性が席を立ってきた。
「僕は……その美容師さんの知り合いです。どうしてもその方にお話があって」
じっと顔を見たセンター長は、メガネを顔に押し当てて言った。
「なにやらプライバシーに立ち入るような内容のようですね。有志のボランティアさんには確かにお世話になることもありますが、それ以上のことは何も申せません。お引取り下さい」
「い、いえっ、でも!」
「どうぞお引取り下さい」
静かだが、強い態度。
浩司もそれ以上のゴリ押しは出来なかった。
センター内では、コミュニケーションの会から流れてくる童謡の合唱を聴きながら、桜子がカット後の髪を箒で集めていた。
「ご苦労様でした。相馬さん」
「あ、センター長さん。お疲れ様です」
「橋田さんも、堀越さんも、スッキリして。ありがとうございました」
「いいえ。私のほうこそ、色々お話を伺いながら、楽しくやらせていただけました。また来週もお願いします」
「いやいや、それはこちらの言うべきことです。こちらこそよろしく。――ところで、相馬さん」
「はい?」
ちり取りに集め終えた桜子。
「さっき、あなたを訪ねて、男性が……」
「私を? 男性が?」
「えぇ。外見はよさそうな人間でしたが、切羽詰まっているようにも見えましたので、咄嗟に、相馬さんがここにいらっしゃることは隠しました。よかったでしょうか?」
桜子は、前髪に手をやりながら、数秒考える。
「何かの、間違いだと思います。私をここにまで訪ねてくるような知り合いはいませんから」
「そうですか。それならよかった。帰りはくれぐれも気をつけて」
「はい。ご心配をお掛けしてすみません」
「さくらこちゃーん!」
ふと見ると、ホールに出来た輪の中から、桜子に髪を任せた数人が手を振っている。
桜子はその笑顔に元気をもらい、手を振り返してからエプロンを外した。
「では、また来週伺います」
受付で挨拶をして出てきた桜子。「はぁ……」と空を見上げて、ひと仕事後の心地よい気分に、深呼吸と伸びをした。
「さ、桜子さん!」
「えっ?」
その声の方向に、浩司が立っていた。
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