41.糸の先
通りに出た二人は、それぞれ互いの間を計る。
「あの……」
二人同時に口をつく。
「え? あ――ど、どうぞ」
互いに譲り合った。そのタイミングがあまりに一緒なので、ぷっと噴き出して笑い合い、
「……お住まいは、どちらですか?」
と、浩司から先に聞いた。
「世田谷です」
「わぉ、僕もですよ!」
話してみれば、普段使っている路線も、乗り降りしていた駅も同じ。ついでに勤め先のビルと、勤めていた美容院はすぐ近くだったと知った。
「こんなにたくさん接点があったのに一度もお会いしたことがなかったなんて、ある意味すごいですよね。でも、『うめや』で今日お会いできたのは、僕は偶然じゃない気がします! あのよかったら、これから時々ランチでもご一緒に……」
「でも」
俯く桜子。「もう仕事は……辞めたので」
「それは残念だなぁ。これから、通勤電車や昼休みに、またお会いできるかと思ったのに」
浩司は心底残念そうな声を漏らし、桜子には静かな笑みが浮かんだ。
「今日は……ご一緒できて、心強かったです。うめさんと御祖父様の素敵な話も伺えましたし、お礼もちゃんと伝えられて、出てきた甲斐がありました。あの、どうかお元気で――」
「ま、待って下さい! どうせ同じ方向なのだから、せめて駅まででも!」
「……それじゃあ、駅まで」
それから浩司は、職場周りでランチを食べていた場所や、よく酒を飲む場所など、当たり触りのない話題で喋り続けた。桜子のほうは、目を合わせずに時折うなずく程度に言葉を返した。
駅に着いて切符を買う。そうなるとホームも同じ、降りる駅も同じ。結局電車の中でもずっと話していた。
浩司の方は(内心はドキドキしていたのだが)笑顔で接し続け、桜子の心も少しずつガードを下ろし始める。かと思うと、急に表情を硬く戻した。その移り変わりを見て浩司は戸惑うものの、諦めたくない想いを徐々に強めていった。
やがて降車駅に着き、改札へ向かう頃にはすっかり無口になってしまった桜子。同じ改札口を抜けたが、そこからは帰宅の方向が逆と知ると、ほっとした顔をする。
だが、浩司はそれを自分が好かれていないせいだとは思わない。
「あの! 折角のご縁ですから、晩御飯をご馳走させてもらえませんかっ!? いえ、どうか一緒にメシをっ!」
意識し過ぎて、カチカチだ。
「いえ、あの、私……」
困った顔の桜子。「私……困ります。本当に困りますから」
ペコリと頭を下げて歩き出す背中を、追い掛ける。
「どうしてですかっ!? 僕と食事をするのは、イヤですかっ!?」
ストレート過ぎる様子を見た通りすがりの高校生たちが、キャハハと笑った。
桜子は桜子で、
「いえ、そういう訳じゃ……」
と言い淀み、はっきり断れない自分に溜め息を漏らした。
「じゃ、お酒は? コーヒーでもいいです! とにかく、まだ電話番号も聞いてないのに、ここでお別れだなんて! 折角! 折角……!」
桜子が何とか断ろうとするほど、浩司は追いたくなった。放って置けないと思い立ったが最後、どうしてもと思う気持ちで焦る。まるでだれかに背中を押されているかのようだ。
「と、とにかくっ! いや、すいません、ちょっと……」
浩司は一旦背中を向けて、深呼吸をした。あまりに見苦しく取り乱してしまい、恥ずかしくなったようだ。
……こんなんじゃダメだ。もっと冷静に話し掛けなくちゃ。
気を取り直す。
「あの、じゃ、せめてお宅まで送らせてくだ……」
振り返った時、桜子の姿は雑踏に消えていた。
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