40.紡ぎ/2
「は、はい! お蔭様で、私も逢えました。あの人が好きでよく出掛けた公園の芝生の上で、ゆっくりと話せたんです」
浩司の目がちらっと泳いだのを、うめが見上げている。
「そう。それは。……どれ、ちょっと手を」
そう言って桜子の右手を呼び、両手で包んだ。数十秒そうしていたが、「うん、うん」と頷くと、満足げに手を離す。
「お墓参りも済ませていらしたのね。感心ですこと。『生きよう』という気力を持ち直しなさったのも素晴らしいことですよ。その方のお蔭ね?」
「はい。あの人、『残念ながら寿命は短かったけれど、それも全部含めて、自分の人生だった』と言っていました――」
桜子は、徹也の腕の中で聞いた言葉を思い返していた。
――『桜子。俺は三十二年間の人生を全うするために生まれてきた。その中でお前と一緒に居られたことと、一生一緒に居たいとまでお前を好きになれたことが、今は俺の宝物なんだ。お前は沈んでばかりいるけど、俺はこの人生を後悔していないぞ』
『だって、結婚前に死んじゃったのよ? これから幸せになろうって時に!』
『俺は、ずっと幸せだった。お前と居た一瞬一瞬の、どれもが幸せだった』
『徹也……』
『たとえば、八十、九十まで生きれば満足か? 子どもをたくさん生み出せれば満足するのか? 俺と居ただけじゃ、不満か?』
『そうじゃない! そうじゃないけど!』
『人生は長さじゃない。どれだけ精いっぱい生きたかってことだと俺は思う。俺は毎日たっぷり生きたから、しばらくは休憩だ、のんびりといい気分で、来世を待つさ』
『でも、私、寂しい。徹也が突然居なくなっちゃって、私、これからどうしていいか。どうしても立ち直れそうに無いの』
『俺を理由に自分を縛っている桜子なんて、俺は嬉しくないぞ』
『そんな風に言わないで。徹也は私の――』
『俺は!』
未練を断ち切るように徹也は言った。『お前につらく思い出して欲しくなんかない。お前がそのたびに胃の痛いような顔をするなら、俺も自分を責め続けなくちゃならないじゃないか』
『だけど……だけど!』
『なぁ、桜子。早く前の自分を取り戻して、俺の分まで頑張って生きてくれ。早く笑顔を見せてくれよ。それから――夢も諦めないで欲しい』
『夢?』
『そうだ。店を持つ夢だ』
『……もうダメよ。とてもじゃないけど、そんな気力……』
『俺のせいにするな』
一言。厳しい声だった。『お前の夢は、俺の夢でもあるんだ。店を持ちたいって頑張っていた頃のお前は、キラキラしていて、それが俺も嬉しかった。夢を実現させられるのは、生きているからこそだろ? 俺は――もう手伝ってやれなくなっちまったのが残念だけど、お前なら出来るよ』
『……でも――』
『俺のためにも、頑張ってくれ。いつか自分の店で、お客にニコニコして鏡に向かう桜子を、楽しみにしているぞ』
もう時間が無い。そう感じた桜子は、力の限り、徹也に抱きついた。
『頑張る。徹也のためにも、頑張るから、だから――』
『安心しろ。いつも傍にいるから。お前がこれから、目にして安らぎを感じるものがあれば、いつもそこに俺が宿っていると思えばいい。花でも、月でも、葉っぱ一枚にでも』
『本当に? 約束してくれる?』
『あぁ、約束だ』
……徹也。
桜子は、遠くにやっていた視線をうめに戻す。
「……あの人に叱られました。『今度バカなことを考えたら、ゾンビを百体連れて、“スリラー”を踊りに来るぞ』って。もちろん、おちゃらけて笑いながらですけど、そういう時のあの人って、結構本気なんです。フフッ……」
笑いをこぼした桜子に、合わせて頬を緩めたうめ。
「それがどんな踊りか、見てみたい気もしますけれど、多分怖いのよね?」
もう一度二人で笑った。「あなた、笑うと、もっともっと美人さんだわ。しっかりと生きて、安心させて差し上げて」
真顔に戻り、深く頷く桜子。
「私……それがあの人と出逢った私の務めだと思えるようになってきました。自信はないですけど、頑張ってみようと思います」
「素敵。その意気よ。私も、是非見習わせていただかなくちゃ」
女二人の会話を聞いてはまずいとでも思ったのか、遠慮がちに外へ向けた足を少しずつ入り口に進めていた浩司。それに気付くと、うめはニコッと笑いかけた。
「待ちくたびれたでしょう? さぁさ、このお嬢さんを駅までお送りして頂戴な。そのあとは、若い方同士で美味しいものでも食べて、元気をつけて。ね?」
ひとりで段取りをつけ、また奥の間に引っ込んでしまう。
「あ、いや、うめさん! あ、ありがとうございました!」
「私も、ありがとうございました!」
襖の向こうに、もう一度礼を言った二人。
桜子をエスコートするように店の外に出て行く浩司の背中を、また数センチ開いた襖の陰からそっと見守ったうめ。
「若いっていいわねぇ」
そう呟いた。
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