38.手紙とメール
【手紙とメール】
……あたし、中身を忘れてる。
その箱を開けるのは、ずい分と久しぶりだ。六通目までは手紙に向かって口答えしつつも、何度も読み返した。だが、七通目だけは一度目を通しただけで、お蔵入りとしていた。自分の手紙すべてを否定された気がしたせいかもしれない。
手に取った封書の束。可愛いキャラクターのついた、幼いものが一通目。それと同じシリーズながら、二通目、三通目は、当時沙耶の好きだった雨粒の小さなシールが散りばめて貼ってある。
今改めて見直すと、新鮮な感じがした。四通目、五通目は、可愛さを卒業した封筒と便箋。やはり雨粒シールが貼ってある。
「あたし、これ、好きだったな」
泣いたり、笑ったりの表情がある雨粒。取るに足らない当時の自分と重ね合わせていた。世界の隅っこに降る雨粒のたった一滴が自分――
六通目。確かにこの手紙までは、スマイルマークだけが飛び交っているような内容だった。最初から最後まで楽しげな語りで満ちている。
そして七通目。ドキドキと鼓動が高まって、苦しいくらいだ。手を一度握り締めてから、シンプルな封筒に入っていた便箋二枚を取り出す。確か、読んだ途端に破り捨てようかと思った内容だったはずだ。だが、詳細を覚えていない。
……佑香。
静かに開く。
『沙耶。元気?』
心なしか、固い決意のようなものを伝えてくる字。手紙全体が、硬い印象を発している。
『……何でも話せた沙耶と離れてから、あたし、頑張り過ぎたかもしれない。楽しいこと、明るいこと、前向きなことばっかり思うようにしたけど、それを自分に命令しなくちゃいけない時は、かなり大変だったよ。
だからって、沙耶にも同じことをしろとは言えないけど、沙耶があたしのことを思い出して寂しがってくれるのは、沙耶のためにならないと思う。だって今の環境から目を背けて後ろ向きになっているってことだもん。
たくさんの人の中から本当の友だちを見つけるのは簡単じゃないけど、あたしはがんばるよ。正直言えば、もうあたし、沙耶にもがんばっている顔しか見せない人間になってきている。弱音吐いちゃいけないって思っているから。
(それは、『弱音吐いているようじゃ、根性で負ける』って、バスケのコーチが口癖で言うせいもあるけど)
だけど、たまにはすごく疲れちゃって、沙耶とままごとしながらたくさん喋ったこととか思い出すよ。それで、元気を取り戻して、またがんばっているの。
だから、沙耶もがんばって。あたしもがんばるから。それに、一緒にいるだけが友だちじゃないよ。離れていたって、沙耶はこれから先も、一生の友だちだよ。不安がらないで。当たり前のことなんだから。
ねぇ、大人になったら、たくさんお給料をもらえるようにがんばって、温泉めぐりとかしようよ。その時には、徹夜で何でも言い合おうね。それまで、弱音は取っておく。沙耶もそうして。強く生きようね。…………』
「あたし……どうしてこれを」
当時、待ちに待って開封した時は、単に拒絶されたと感じた。うまく言いくるめて、自分との間を断とうとしている、ていのいい“絶縁状”と思い込んだのだった。
今読み返せば、自分を大切な友人として認めてくれ、先の友情も誓ってくれているではないか。精いっぱい頑張っている佑香の気持ちもよく表れているし、ヘタな情を断った励ましの文章と素直に思える。
「どうしてあたし、これを読んだ時……怒りまくったんだろ」
大波に挫けない佑香が羨ましかったのか。それぞれの道での頑張りを提示した佑香が、妬ましかったのか。
「佑香……」
――「あたしがあんたを分かってあげられなかったなら、あんただってあたしを分かってくれてなかった。……沙耶の人生は、あたしが引っ張っていくわけじゃない。新しい友達も、楽しい環境も、自分で作っていかなくちゃ……もっといいほうに、自分のことを――」
「あたし……佑香のこと、分かってなかった」
ポケットから取り出したメモ。携帯を開き、一文字ずつアドレス登録していく。
『沙耶より。ゴメン』
タイトルをそう打った。
『今さっき、うめさんに会ってきた。心残りだったお祖母ちゃんにも会わせてもらえた。それから』
胸の中の空気を全部取り替えてから、続きを打つ。
『佑香の七通目の手紙、何年かぶりに読み直したよ』
手の平の汗をTシャツで拭って、完了させる。
『あたし、佑香を誤解してた。今までのこと、全部ゴメン。許してくれる?』
祈る気持ちで、送信ボタンを押した。
数分で、『Re』タイトルを受信した。恐々と開く。
『あたしこそ、ゴメン。学校に来たら許すかな・笑』
急いで返信する。
『明日から行く!だから許して』
今度は、すぐに受信した。
『了解♪いつものバスに乗ってきてよ。絶対だからね。来なきゃ、正門で大場に説教されようと、しつこく待ってるぞ。助けに来てよ・笑』
『OK!』
そう返すと、沙耶はトレイを持って部屋を出た。食卓の上に置き、カレー皿をレンジに入れる。
テレビを見ている振りをしながらこちらの出方を窺っている母には、まだ何を言うべきかわからず無言を通した。
だが、温まった皿を手に食卓に座りながら雄一と合わせた目では、小さく頷いた。
雄一がニコッと笑った。
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