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『ゆめや』
作:夢月こもも



5.佑香と潤/1


【佑香と潤】
「辻が森」を挟む近隣学区の小学校をそれぞれ卒業した佑香と潤は、同じ大和中のバスケ部に入部してから相手を知った。
練習メニューは男女別だったが、部活動の始めと終了時は一つに集まった。それぞれ頭角を現していった活躍ぶりからミーティングで名の上がることも多く、自然と互いを強く認識し合うようになった。
学校の中でも外でも、会えばケンカ口調でテンポよく喋り合う二人は、対異性というよりは、気の置けない者同士に近かったのだろう。そうして少しずつ、他の友達とは違う位置づけに入り込み、中学の三年間でまるで兄妹のように仲良くなった。

高校受験のため引退となる中三秋の総体(県総合体育大会)の最後の試合。その時の女子部は、残念ながらベスト8で涙を飲んだ。
部の全員で顔を真っ赤にし、噴き出す汗と涙を首から提げたタオルで何度も拭いながら、“これぞ青春”とばかりに大声で泣き合っていたが、佑香は気になっていた男子部の経過を確かめようと、携帯に手を伸ばした。受信メールは隣の会場で行われていた男子部の応援団の一人に頼んでおいたもので、さっそく連絡を取ると、双方の騒音の合間にようやく聞き取れた声が、「今、決勝なの! でも、その相手が、すっごく強いの!」と叫んでいる。
「わぉ、大変だ! みんな! 男子の応援に行くよっ!」
佑香の声に、さっきまで泣いていた“乙女カラス”たちは、一斉にケロッとした顔で走り出した。

「おっしゃー! 女子が来たぞー! あたしたちの分まで、がんばってよーっ!」
タイムのかかっていたコートに、大声を上げた佑香。目で探した潤はベンチに居た。
髪先に汗が光っている潤が佑香に気付いた。闘争本能剥き出しとなっていたその強い目。佑香は潤に対して胸の高鳴りを覚えたのは、これが初めてだった。
その時、もう一人、同じくコート上から佑香のことを見つめていた者がいた。だが、訴えるように投げ掛けられていた視線に、佑香が気付くことはなかった。

試合の点数盤を見ると、4P(ピリオドと読む・ゲームの区切り)の8分を残し、大和中対桜丘中は62対74の12点差で、自分たちの部が(おく)れを取っていた。潤は全部で4Pあるうちの1P、2Pで活躍し、3Pはベンチに下がっていたのだが、再びコーチから呼ばれた。
「よし、潤! これが最後だぞ! 完全燃焼して来いっ!」
不満そうだったのは、潤の代わりに下げられた日野大輝。
「ハァッ!? マジかよっ!?」
嫌味たっぷりに、行き場の無い怒気を吐き出した。「ったく、何かっつーと、すぐ『潤、潤』でよーっ」
タッチの手の平を合わせるのも嫌な様子で、大輝はおもむろに激しい不快感を顔に出すと、潤を強く睨みつけた。
「これで負けたら、承知しねぇからなっ!」
と捨て台詞を吐きながら。

一方の応援席。
「ね、次、山ジュン投入じゃないっ!? これで、ウチら、いけるよね! 絶対いけるよねっ!?」
隣に座った礼子が周りの歓声に負けない大声で話し掛けても、佑香は胸がいっぱいで声も出なかった。
……あたし、いつの間に、アイツのこと――。
こんなに好きになっていたとは気付かずにいた自分に驚く反面で、呆れもした。祈る形に組んだ指を胸の前で握り締めつつ、コートを駆ける潤の姿を必死になって目で追った。
猛追してシュートを決める潤。
女子部からも黄色い声援が飛ぶが、佑香は口の中で
「神様、お願い。神様……」
と、瞬きもせず、念仏のように唱えるばかりだった。

やがて、8点差に追いつく。コーチからの指示で、流れるように潤にボールが集まる。あとは、そのシュートテクニックに賭けるしかなかった。そこから3本続けて決めた潤のニックネームが、手拍子とともに応援席から大合唱となって館内を揺らす。コート上では、残る2点差を追い続けている仲間たち。
「やーまジュン! やーまジュン!!」
ものすごい熱気が相手チームのファールを誘った。
「トラベリング! フリー、大和中ボール!」
 ボールを手にした潤が、リング半円の外から相手方ゴールへ向けて狙いを定める。
「神様、お願い。アイツに決めさせてあげて。お願い、お願いします……」
佑香はその姿をもう正視していられない。ただ手を合わせて、一心に祈った。
静まり返った場内に、片目をこじ開けた佑香。
潤の手を離れたボールが緩やかな放物線を描くと、ゴール目掛けて飛んでいく。
「入れ! 入ってーっ!」
 思わず立ち上がって、叫んだ

 ――ザンッ。

「キャーッ! やったー!」
 ボールはボードに触れることなく、直接ネットの中に気持ちよく吸い込まれた。3ポイントシュートが決まり、逆転で1点差の優勢となる。大興奮の絶叫の中、佑香は溢れ出した涙で、もう潤の雄姿がどれだか見分けられなくなった。
時間はあと残り9秒。大和中はこのまま逃げ切ろうとドリブルを続け、ボールを保持する。
だが、相手方のチームも決勝まで残っただけのことはある優勝常連校だった。攻めから守りに転じたばかりの大和中のディフェンスを、瞬殺で抜いていく。
「あっ!」
逆サイドから潤も懸命に回りこむ。
相手チームの速攻シュート、ギリギリ外れてリバウンドするボール。
敵味方無く一斉に飛びついたものの、ボールは相手チームに奪い去られ、マークを逃れていたシューターに目にも留まらぬ速さで渡ってしまった。
息を飲んだ潤。あとは身体で覚えた“秒”の感覚に祈るしか無くなった。
残り時間数秒。
“3、2、1”の会場コールの中、そこで鳴り響いたブザーの音とともにもう1度、相手からのジャンピングシュートが放たれた。

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