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『ゆめや』
作:夢月こもも



34.本心/2


「おかしいって、なんのことよ」
「『引っ越ししたって、ずっと友だち』って言ってくれたじゃない。沙耶が一番大事だって――!」
「言ったよ! だから手紙で!」
「手紙ねぇ……フン。ひとが百通出したって、佑香は何通返してくれた? 七通よ、たったの七通。その数字だけだって、わかるじゃん」
「あ、あれは、だって毎日もらっても、私、筆不精だし、忙しくてなかなか……」
「百対七。それが友情の度合いってこと」
「違うよ! 毎日日記みたいに書けば良かったのかも知れないけど、あたしはあたしで、あれが精いっぱいで――」
「それに、書いてくる事といったら、あたしがいなくたって毎日がこんなに楽しいって自慢話ばっかり!」
「はぁ? だれがそんなこと――」
「違う? 会えなくて寂しいとか、そういうことは全然書いてくれなかったじゃん!」
 確かにそうは書かなかった。どんよりと暗い手紙ばかりを寄越す沙耶の寂しさを更に募らせてはいけないと、書いては消し、書いては消して、出来るだけ明るい話題ばかりを並べた。一通を書き上げるのに手間取ったのは、そのせいもあった。
六年生だったあの頃の話題は、修学旅行の想い出や、産休の先生の交代要員で来た新人教諭のこと、近所で生まれた子犬を見に行ったこと。中学に上がってからは、新しく出来た友達のこと、名物先生のこと、おちゃらけた男子のくだらないジョークや、バスケ部でともに頑張りあう潤のこと――
「沙耶、誤解しないで。あたしだって寂しかったよ。でも、沙耶の気が少しでも晴れるようにと思ってさ――」
「言い訳しなくたっていいよ。帰りな」
 何か、ドアに投げた衝撃を感じた。ビクッとして下がる。だが、黙られては最後と、食い下がった。
「それで怒ってるわけ? 沙耶が全然変わっちゃったのは、“そんなの”が理由だったの?」
 潤につい言ってしまった言葉を、今は意識的に使った。
「“そんなの”って何よ!」
 釣れた。手綱を引き締めて説得に掛かる前に、もっと本心を引き出したい。
「確かにあんた、あの頃つらかったよね? 新しい学校じゃ、もうグループが出来上がっちゃってて、いつも一人ぼっちだったんだよね?」
「そうよ! 女って、ホントにいや! つまんないグループに入るか、ひとりでいるかのどっちかしかなくて、どこにも入れなかったあたしは、シカトされるか、いじめられるかだったんだもん!」
「『入れて』って言えばよかったじゃん。友だちって作るもの――」
「佑香はいいよ、佑香は! 自分からそうやってどこにでも溶け込めて、スポーツだって万能で、明るくって、根性あってさ! 中学に入ったって、『どんどん新しい友だちが出来て楽しい』って、これ見よがしに書いてきてたもんね!」
 書いたのは、あくまでもいい部分だけだ。だが、それだけでその頃の自分が彩られていたわけではない。
「手紙にはね。沙耶にはいいイメージだけ持っていて欲しかったからさ。それにさ、あんたが沈んでるのに、あたしまで暗いこと書いてちゃ、どうしようもなかったじゃん。少しでもあんたの気を晴らしたくて、あたし――」
「そんなの友だちじゃない。ずっと前は、泣いたって、笑ったって、いつも一緒だった。同じものを見ていっぱい話せたし、全部分かり合えて安心してた。でも、会えなくなった途端に、いい顔ばっかりって何? 余計寂しく感じるだけじゃん! そんなのも分からなかったなら、やっぱり本当の友だちなんかじゃ――」
「沙耶……あんた、イラつく」
 随分と我慢をしたつもりだったが、何を遠慮する必要も無いと知った。
「あたしがあんたを分かってあげられなかったなら、あんただってあたしを分かってくれてなかった。そういうことだよね? お互い様じゃん。それを自分ばっかり被害者みたいに可哀想ぶって、ひねくれてるだけでしょ? 沙耶の人生は、あたしが引っ張っていくわけじゃない。新しい友達も、楽しい環境も、自分で作っていかなくちゃ。恨みがましくあたしに八つ当たりしてただけじゃないの? そうは思わない? そんなの時間がもったいないだけだよ。もっといいほうに、自分のことを――」
「帰って! もう来ないで!」
 怒鳴り返そうとしたとき、チャイムが鳴った。玄関を開けにいくと、鍵を使って入ってきた沙耶の弟と顔が合った。
「あ……?」
「あーっ! 雄一君、大きくなったねー! あたし、佑香よ! 覚えてるかな。すっごい久しぶりだよね」
「……どうも」 
「お母さんは今お買い物だから、あたしが留守番させてもらってたの。もちろん、お姉ちゃんはお部屋にいるわよ」
「わかりました」
 ペコッと頭を下げて、リビングに向かった背中に溜め息をつく。開かずの扉の前に戻ると、静かに言った。
「雄一君がお帰りよ。あたし、帰るわ。話し合ったって平行線だって分かったし。言いたいことがあるならいつでもいいから電話して。電話がイヤなら、メールで――」
 ルーズリーフを一枚抜き取って、メモをした。ドアの隙間に差し込む。
「あと、ひとつだけ。『夢屋』のうめさんが、沙耶に逢いたいってさ。あんたのてるてる坊主は預けたまんまだから、必要なら自分で直接返してもらいな。第一、あんたを探すのにすごくお世話になったんだから、沙耶からもちゃんとお礼――」
 また何かが飛んできた。聞こえるように息を吐き出す。
「じゃあね、サーヤお嬢さま! ご飯くらい、家族で食べなよっ! おばさんをメイド扱いしてちゃ――」
「ウザいっ! 帰って!」
 佑香は脱力して玄関に向かった。
リビング方向に声をかける。
「あのー、雄一君? あたし帰るから。お母さんはもうすぐ戻るはずだし」
 すぅっとドアの向こうに覗いた顔に手を振る。笑顔はなかった。
 マンションのエントランス前で待っていると、五分ほどで沙耶の母が戻ってきた。
「おばさん、今日も玉砕。でも声は聞けたから、一歩前進、かな」
「ごめんね、散々迷惑かけて。どうしてあんな子になっちゃったんだか」
済まなそうにこぼす母親。
「あたし……沙耶ちゃんに仲良くしてもらってた頃が夢みたいです。じゃ――」
それだけしか言えず、家路に着いた。







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