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『ゆめや』
作:夢月こもも



33.追跡/3



「317! こっちよ!」
 エレベーターのドアを押し開けるようにして飛び出た佑香たち。“←315/316→”の表示を見て右に走る。
 『ここ!』
 なぜか目当てのドアの前では小声になった。どこからか微かに漏れてくるカラオケの音や、その種の声。佑香は一瞬どぎまぎと浮かべた躊躇いを払い除け、ドアに耳をつけた。
 『何にも聞こえない』
『踏み込むぞ』
指を鳴らして拳を握る潤。
『だけど、沙耶を人質に取られたりしたら――あ、そうだ!」
 佑香は潤をドアの脇に立たせ、壁に張り付かせた。『いい? 開いたら、そのおっさんを外に出すのよっ!』
 『どうするんだよっ』
 『こういう時はこうするって、テレビで見たの!』
 大きく息を吸い込んだ佑香。
「火事よーっ!」
 佑香は部活応援で鳴らした大声で左右に叫んだ。ドアからドアを走りながらバンバンと叩く。
「火事ーっ! 早く避難してーっ!」
 そして途中に見つけた火災用非常ベルを押した。けたたましい音が鳴り響く。
「火事っ!? どこっ!?」
 荷物を抱え、バスタオル一枚で廊下に出てきた客たち。妙なコスプレ姿の中年カップルもいた。
 だが、肝心な317のドアは開かない。
 佑香はもう一度、激しくそのドアをノックしながら叫んだ。
「早く、避難して下さいっ!」
 すると数秒後にガチャリと鍵の開く音がし、ズボンにワイシャツを羽織った男が顔を出した。
 ……あ、ヒゲっ!
 佑香は潤に目配せをし、潤はその男の手首を強く引くと、足を引っ掛けて廊下に転がす。
「何をっ!?」
「早く避難して下さいっ! 警察呼びますよっ!」
 佑香が冷ややかな顔で言い捨てる。二人で入り込むと、中から施錠した。

「避難? 警察?」
 呆気に取られていた男だったが、二人が従業員ではなく、“ゆうか”と同じ制服だったことに遅れて気付く。
 顔色を変えて立ち上がり持ち物を確認した。持って出たはずの靴下だけは片方落としてしまったようだが、“貴重品”も上着もちゃんと掴んでいた。
「ちっ――」
 憎々しげな舌打ちをし、腹の底から唸る。
 左右から雑多な目で注視されていると知ると、上着を持った手で顔を隠しながら、非常階段のドアに姿を消した。
 
「沙耶っ!」
なだれ込んだ部屋。
露わな姿に「おっと……」と背を向けた潤。ベッドと潤を交互に見た佑香は、
「潤は見ちゃダメっ!」
その背中を叩き、沙耶に駆け寄る。とりあえず掛けた布団の陰で、膝上まで下ろされていた短パンを引き上げ、ピンクのキャミソールで胸を隠した。
「沙耶っ! 沙耶っ!」
 頬を叩き、肩を揺さぶる。だが、熟睡とも違う様子に、佑香は蒼褪める。
「やだ、白目剥いてる! どうしよう、何か飲まされたとかっ!?」
 潤はテーブルに直行し、缶に顔を近づけた。
「息はしてるのか!?」
「うん、息も体温もあるけど……!」
「とにかく、病院に連れて行こう! いや、救急車だっ!」
「でも、それじゃこの子のしたことがバレ――」
「命が先だろっ!」
 目の端で沙耶の着衣を見た潤が、ベッドサイドに来た。顎先を揺らして反応がないことを確かめると、迷わず携帯を開く。


 そして――
 救急車の搬送から三日目。

「よかったよね、一過性で済んで」
「だよな」
 沙耶を見舞った帰りの佑香と潤は、その足で『うめや』に向かっていた。
「あの時の潤、カッコよかった」
「あの時って?」
「“命が先”って怒鳴った時……」
 潤は「あぁ」と頷く。
「ヤバイ薬じゃ命に関わるって思ったもんだから。けど、大騒ぎにしちまって、成元には返って悪かった――」
「そんなことない! あたしのほうこそ、学校にバレちゃ困るって、そればっかり考えちゃったもの。潤がああ言ってくれなかったら、あたしは隠そう、隠そうとしちゃったと思う。処置が早かったから助かったんだって、お医者さんはそう言ってたじゃない」
 同時に溜め息をつき、考え込む。
「……成元、学校来るかな」
「……んー、今日も会ってくれなかったし」

「よっ!」
 店の前に、大輝が立っていた。
「あれ? お前、何やってんの?」
「そうよ、見舞いに来なかったくせに」
「うめさんに、会いに来たんだよ」
「わざわざ?」
「まぁな。もうダチだからよ」
「ばあさんとか?」
「おうよ」
 大輝は今までになかった笑顔を見せると、扉を開けた。
「こんちはー! うめさん、来たぜー!」

「まぁ、まぁ、お揃いで」
 嬉しそうな笑顔が待っていた。







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