33.追跡/2
冷房の利いた館内。
「はぁ、涼しい〜」
部屋写真の中で一番ドレッシーな装飾の一室を希望し、男が鍵を受け取った。
剥き出しの肩を掴むように抱かれ、さすがに緊張するが、一種仕事をこなすような気分にもなっていた。
……うまくやるのよ。大丈夫、やれるんだから。今まで通り、油断させて……
部屋は壁から天井まで様々なトーンのピンクに彩られ、間接照明のそれぞれには、バラの造花がふんだんに飾り付けられていた。
「なんだか、おとぎの国みたいだね。落ち着かないなぁ」
「えー? ステキーじゃないですかぁ!」
レースのフリルがたくさんついたベッドカバーの上に荷物を放り投げると、くるくると回り、勢いよく座った。「お姫様みたいー!」
「お姫様はよかったな」
男はネクタイを緩めながら、まず冷蔵庫に向かう。ビールと炭酸飲料を一缶ずつ出すと、プシュッと音を立てて開けた。沙耶はベッドの上で跳ねている。
「……はい、喉が渇いただろう。暑かったからね」
「ありがと。“お父さん”」
男は沙耶の横に腰を下ろすと自分の缶も開け、「乾杯。会えて嬉しいよ」と手元を寄せてきた。
じっと顔を見られる。沙耶は愛想笑いをして、ごくごくっと飲んだ。
「ふぅ。ホント、暑かったですよね」
「あぁ。さてと……」
男も喉を鳴らして半分ほど飲むと、立ち上がった。「ちょっとトイレね」
そのあと男は、浴槽に湯を張り始めた。部屋に戻り、上着を二人用テーブルセットの椅子に掛ける。
「オジサン臭いと嫌われるからなぁ。“ゆうか”ちゃん、一緒に入ろうか」
刻々と逃げ出すタイミングが近づいてくる。
「……“ゆうか”初めてだから、恥ずかしいの。“お父さん”先に入ってきて」
「じゃあ、お先に。テレビでも見ていなさい」
「はぁい。行ってらっしゃい」
目の前で全裸になられて、目を背けた。
ガラス越しに入浴の様子が見える。シャワーを使い出した男は、必然的に背を向けた。この時を狙っていた沙耶は、男の上着に手を伸ばす。
……え? 無い――
目を走らせた。男はゆうゆうと汗を流している。
今度はズボンのポケットも探るが、やはり無い。
……どうして? さっき、レジで――
確かに胸ポケットに黒の札入れを仕舞っていた。しっかりと見届けたはずだ。
……どうしよう……もう逃げなきゃ。でも、金――
もう一度上着、ワイシャツ、下着まで、手応えを求めて触り出したところで、浴室のドアが開いた。
「探し物か?」
「あ――!」
男の手に、財布や時計を入れたビニールパックが揺れていた。
「ねぇ、この奥じゃないの?」
佑香と潤が、細目の脇道を覗き込む。
「……んな感じだな」
ひと目でその目的のものとわかる建物が林立している。「もう一回、ダイに――」
携帯を開いた時、着信した。
「あっ――ダイかっ?」
『おぅ、アイツが入ったとこの看板が見えたから、言うぞ! “ローズ○ラ○イス”ってんだ!』
首を伸ばして数歩奥に歩き出した潤。
「あ……あった! あったぞ!」
「なに? どこ!?」
「あれだ! “ローズ――”!」
勢いで来てはみたものの、自動ドアや料金表示の看板の前で立ちすくむ二人。佑香の「行くっきゃないっしょ!」で、躊躇いを振り切った。
じりじりと部屋の角に追い詰められる沙耶。
「貴重品は“肌身離さず”だ。『今の子はご都合主義で、援助交際も盗みも、何とも思わない』と雑誌にあったが、用心しておいてよかったよ。いい子にしていれば、小遣いも弾んであげるつもりだったのに、“ゆうか”ちゃんの方からそう出るとはな。とても残念だよ……」
腰にバスタオルを巻いた姿。ヒゲの口元がギュッと締まる。
……何やってんの! 早く逃げなきゃ――
だが、足が痺れて動かない。誤魔化すか、逃げ出すかで迷う。
「……あ、あたし、“お父さん”がどんな人か知りたくて、それで免許証とかちょっと見せてもらいたかっただけ……」
「何度もそうやって、おじさん世代をおちょくってきたんだろう。汗水垂らして働いた金を、お前らのような尻の青い連中に巻き上げられてたまるかっ!」
「そ、そん、な……つ、も――?」
呂律が回らない自分に驚く。途端に冷や汗が噴き出した。めまいもする。異様な眠気に襲われ、目の前でシャッターが下ろされていく。
「フフン……効いてきたか? 高い買い物かと思ったが、こんなに効くなら、また一錠買っておくかな」
「な……な、に……」
「今度からは、開けてもらった缶は、迂闊に飲まな――」
それ以上は聞こえなかった。
「大変! 沙耶ちゃんが――!」
人形を握り締めたうめが、大輝の肩に縋りついた。「早く! 早く!」
「おわっ!?」
大輝は携帯に叫ぶ。「――ジュン! 急げ!」
受付で押し問答をする佑香の脇で答える潤。
「部屋番号がわからないんだよっ! 教えてもらえないんだっ!」
『ファミレスんときみてぇに、“警察呼ぶ”って言やぁいいだろうがっ!』
「そっか!」
告げようとする横で、佑香が低い窓口を覗き込む。
「未成年なんですっ! 110番しますよっ!」
「そんな――やめて下さいよっ! ……317号室です。うちは責任無いですからねっ!」
「やった! 潤っ!」
佑香が顔を上げると、潤はもう奥のエレベーターのボタンを押していた。
「最初っから、大人しくしていれば手荒なことはしなかったのによ、“ゆうか”ちゃん」
男はベッドに抱え上げると、沙耶の唇から胸へと指で辿った。「いいねぇ、肌がピチピチだ」
それからチューブ型のキャミソールを、一気に腹にまで下げる。露わになった胸に両手が伸びても、沙耶はもう表情ひとつ変えない。
「反応がなさ過ぎるのも、つまらないもんだな。ま、今のうちにじっくりと観察させてもらうとするか――」
短パンを脱がせ始める。にやけた顔が真剣みを帯びた。
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