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『ゆめや』
作:夢月こもも



32.ふれあい/2


「言う口も……聞く耳も……」
「そう。大輝さんの優しい気持ちも、口に出すことで大輝さんご自身がもっと優しくなれるわ。相手に伝わったら、その方も幸せな気分になれるものですし」
「オレは優しくなんかねぇし、人を幸せな気分になんか、とんでもねぇ」
「どうして? お友達を庇ったことだけでも充分優しくて、強いことですよ」
「庇う?」
「えぇ、そう。“ボコボコ”にされては可哀想だと思ったのでしょう?」
「……」
 大輝の肩から、憑き物が落ちたように力が抜ける。うめは少し強い口調でしっかりと言った。
「大輝さん。人間、だれでも間違うことはあります。そんなつもりではなかったのに、人を傷つけてしまうこともね。でも、その後どうするかで、その人の本当の真価が問われるものですよ」
「じゃ、オレはダメだ! ジュンのやつがどこにいるのか探しもしなかったし、折角帰ってきたってのに、また噛みついちまった! オレ、どうかしてるんだ。カッとなると、自分がどうにも抑え切れねぇんだよ! オヤジが言うように、やっぱりろくでもねぇ人間なんだ!」
 唇を震わせる大輝。
「そんなことは決してありませんよ。お友達のことを盾になって守ってあげたいと思える人が、ろくでもない人間のはずがあるものですか。潤さんに対しては償いの思いもあったでしょうけれど、それもこれも、大事な人たちをこれ以上傷つけたくないと思う気持ちがあればこそのこと。違うかしら?」
「そんな大したことじゃねぇや……」
「あなたは優しい人。今だって、沙耶ちゃんのことだけでなく、探しに行った二人のことまで『無事に帰って来られますように』と願っているじゃないの」
「オレ……」
 穏やかな声に落ち着いていた。「オレ、羨ましかったんだ。ジュンはいつだってカッコよくて、どう頑張ったって追いつけなくて。同じように頑張ってるつもりだったのに、中学が高校になったって、やっぱりアイツばっか目立ちやがって……」
「えぇ、そうね。羨ましくて、ちょっぴり悔しかったわよね」
「顧問だって、いつもジュンを頼りにしやがって。オレはいつだって二の次で……」
「いっぱい頑張ってきたのよね」
「おまけに……」
 その先は、うめが制した。
「でも、人を好きになる気持ちだけは真直ぐに持っていないと。ある人の存在を消したからと言って、その人の代わりに、だれかの心に入り込めるわけではないもの。そんなことは、もう改めて言葉にする必要もないくらい、大輝さんご自身がおわかりになっているでしょう?」
 素直に頷いた大輝。
「それなら、そのことはもうそれでよしとしましょう。潤さんも随分と理解して下さっているし。ここからもっとわかりあえて行くはずですよ」
「何でも見えるんですか?」
「あら、綺麗な言葉。その方がもっと二枚目さんに見えますよ」
「それを言うなら、今は“イケメン”」
 大輝は照れくさそうに髪を掻き上げた。
「イ・ケ・メ・ン?」
「そ。イケメン」
「では、イケメンさんね」
 小さく笑い合う。
「んと……ばあさんさ」
「うめと呼んで頂戴」
「じゃあ、うめさん。過去も未来も見えるんなら、成元は――」
「沙耶ちゃん?」
 大輝は首を縦に振った。
「アイツの未来も、もう見えてるんですか?」
「近い未来も、遠い将来もわかりますよ。このお人形のお蔭でね」
 うめは手の中のてるてる坊主を撫でる。
「じゃあ、先に教えて下さい。アイツ、ちゃんと戻ってくるんですか? 助かることがわかってるなら、ただなるようになるのを待っていればいいってことですか?」
「さて、どうかしら? 未来というものは、現在の努力次第でどうにでも変わるものですから」
「だって、見えてるんですよね? 遠い将来のアイツのことも、今向かってるアイツらと、どこでどう再会するかとかも」
「えぇ。でも、それは今の努力があってこそ。今が違ってくれば、見えた未来も、もう確定のものではなくなると思うの。今までそうしたことを追ったことがないから、あくまで私の考えだけれど……。でも多分、着地点は決まっているのかも知れないわね」
「着地点?」
「えぇ。この世は果てしなく続いていくようだけれど、私たちがいるのは今日のこの時点で――」
 スーッと横に手を伸ばす。「もう何万年も先まで物事は“済んで”いるの。私たちは既成事実の中で、流動的と思える未来に向けて一生懸命にあがいているだけの存在なのかも知れないわ。ですから、私が見ているつもりのあなた方の未来も、実はもう“済んで”いるもので、そうしたらそれは今の時点では未来だけれど、時間の概念を取り払えば、ひとつの事実ということになるでしょう?」
「なんか……難しくて、わかんねぇ」
「あらまぁ、ごめんなさいね。長く生き過ぎると、自分の考えに凝り固まってしまうみたい。忘れて頂戴な。未来は、今の努力次第。それだけは確かなことだけれど……当たり前ね。未来が見えないから、努力のし甲斐もあるのでしょうし」
「じゃあ、結局アイツの未来って――?」
「えぇ。とても面白いことになっていくわ。なんて申したら叱られてしまうかしら。でも、今の状況とその未来が同じ直線上にあると思うと、やっぱり“面白い”と表現したくなるわね」
 うめはゆっくりと笑顔になった。「今の時点での大輝さんの未来も見えますよ。申しましょうか?」
「い! いや、いいっすから! 聞くの怖ぇし――」
「あら、怖いことなんて何も見えませんよ。努力家で、心の優しい大輝さん」
「そんな……ピンと来ねぇようなことばっかり並べられたって――」
 じっと見交わした目で笑い合ったが、その後でうめの顔が引き締まる。
「お喋りはおしまい。そろそろご到着ですよ」
「え?」
 机の黒電話が鳴った。







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