32.ふれあい/1
【ふれあい】
「オ、オレ?」
大輝が自分の鼻を指して素っ頓狂な声を上げた。コックリと頷くうめ。
「街をよくご存知の方がいいから」
帯の間から一万円札を出す。
「さぁ、あなた方はタクシーでお行きなさいな。急いで」
「え、でも……」
「さ、早く!」
佑香の手に握らせると、追い立てるように背中を押した。
「そうだわ。ここの番号はね……」
メモを書こうとするうめに「登録しますから」と携帯を開く佑香。その傍らで、大輝は潤に確認する。
「オレのは、部活の連絡網に載せたヤツのまんまだから……」
「あぁ。ナビよろしく」
「おぅ」
絡みネタとなった大輝の携帯を挟み、一瞬の間が空く。複雑な顔の大輝の肩を、潤が叩いた。
「潤、行こ!」
「あぁ」
その声の数秒後には、もう大輝とうめの二人きりとなる。痰を切るように喉を鳴らした大輝は、手の平の汗をズボンで拭った。
「今日も暑いわね。ここは通気が悪くて、ごめんなさいね」
「あ……いや。それより……」
「心配させてしまったわね。大丈夫よ。少し疲れただけ。……そこの窓を開けると、少しは風が入るかしら。お願いしていい?」
かつてポン太の定位置だった台の後ろの窓を指す。大輝は言われるままにガララと開けたが、すぐ隣の家の塀が近く、風も望めなかった。
「いつまで暑いのかしらねぇ」
独り言のような声。大輝は喉の渇きを覚える。
「……ちょっとオレ……」
「熱いお茶かお水しかないの。どうぞ行っていらっしゃい。そこを出て左の角に、販売機がありますよ」
大輝は外に出ると、ひとつ大きく深呼吸をした。
「……にしたって、マジかよ。何でも言う前に聞こえちまってるし、実際アイツが見えたのだって、なんか夢みてぇだし――」
さっきの映像を断片的に思い返した。「まるで、頭ん中にテレビが入っちまったみてぇだな」
ぶつぶつと唱えながら、サイダーのペットボトルを買った。数歩離れてから思い直して戻ると、再び小銭を入れた、ホットとコールドのボタンの間で指を行き来させて迷う。
「山形の婆ちゃん、夏でもあっちーのを飲んでたっけ」
結局“ホット”のボタンを押した。
「……」
無言で戻った大輝の帰りを、「カタン」の音が告げた。自分に向けてくれた笑顔に照れくさく横を向きつつ、うめの元に行く。
「これ……」
「まぁ、私の分も買って来て下さったの? ……なんて嬉しいこと」
うめは押し頂くようにして、熱いペットボトルを受け取った。「人様からお茶を頂くなんて、久しぶりよ」
「……ただ買ってきただけっすから」
さっきの場所に腰を下ろし、勢いよく栓を捻ってグビグビっと飲んだ。手の甲で口元を拭う。
――スッ、スッ。
「ん?」
擦れる音に振り向くと、うめがお茶の栓を開けようとする手を空回りさせていた。大輝は手を伸ばし、事も無げに開けてやる。
「ありがと。やっぱり大輝さんは、優しい人ね」
「いや、オレ、優しくなんか……」
うめは脇の茶碗に中身を注ぐと元通り栓をし、一口飲んで胸を撫で下ろした。
「あぁ、美味しい……お腹に沁みていくようだわ」
中の茶を軽く回しながら言う。「大輝さんは、とてもいい人ね。ご両親様も、本当はそう思っておいでなのよ」
「お、オヤジ? オフクロ?」
「えぇ、そう。もっと口に出して下さったらいいのにね」
「んなはずねぇよ……」
ぼそっと呟く。「いっつも『もっと、もっと』って言いやがって。アイツらは一等が好きなんだ。オレみてぇな親不孝者は――」
「いいえ。大輝さんはいい人よ。お父様もそう育てられたから、つい口ではそう言ってしまうの。いつも言い過ぎたと後悔なさっているわ。それにお母様は……お父様が強過ぎて、口に出せないだけ」
ぐっと口を結んで聞いていた大輝だったが、問い詰めるように吐き出した。
「だってよ! オヤジは、もうオレみてぇなダメな息子はいらねぇんだと! アニキがしっかり跡を継ぐから、オレみてぇなのは!」
自分で言い噤み、俯く。
「寂しかったのね。そんなふうに言われてしまって。そのことでは、お父様も特に悪かったと思っていらっしゃるわ」
一口、茶をすする。「私は親になったことはないけれど、子が可愛くない親なんていないはずでしょう?」
「理想だよ。キレイごと並べたって、オレんちには通用しねぇ。そんな親じゃねぇんだ。オレみてぇな息子は要らねぇって思ってるに違いねぇんだ」
「……今は、あまりお父様とはお話ししないのね」
「もう一生しねぇかもな」
「あらあら……」
また一口。「あぁ、頂戴するお茶の美味しいこと。大輝さんの優しさが籠もっているから、まろやかで――」
「いいよ、そんなこと言わなくたって」
「本当にそう思うのよ。思ったことは言わないと。特に感謝の気持ちは、伝えたほうがいいわ。言う口も、聞く耳も、気持ちがいいものだから」
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