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『ゆめや』
作:夢月こもも



31.孤独/1


【孤独】
「佑香……?」
 手が震える。
 本気で迷った挙句、恐る恐る耳に当てた。
 『あ、沙耶っ!? あたしよ、わかる!? ねぇ、今どこっ!? 無事なのっ!?』
 一言も発せずに、その声を噛み締める。
 ……わかんない訳ないっしょ。
 『もうっ、人騒がせもいい加減にしなっ! おばさんも、森田先生も、みんな朝から大騒ぎなんだよっ!」
 騒がしい音を背景に、捲くし立ててくる佑香。『今、潤と大輝も一緒にファミレス! 授業ボイコットして探しに来れば――でも、もう大輝が全部白状したからねっ。あんた何でそんなバカなこと――! ……』
 だれかが押し留めた気配に耳を凝らす。揉めているようだ。
 『(――わかってるって)。……だけど、ここのレジの人が、“あんたの後を怪しい二人連れが追った”とか言うし。そしたらここに、あんたのてるてる坊主が落ちてるしっ! もうどこまでが作り話で、どこからがホントなのか、訳わかんないっ!』
 ……あ、あったんだ。あたしの大事な――
 『ねぇ、結局大丈夫なんだよね!? とんでもないことになんかなってないよねっ!? だったら返事しなさいよ、でなきゃ、心配で――』
 無言で耳から離すと、ブツッと通話を切った。
 ……今、「心配」って言った。
 その面々を思い浮かべる。
「探してくれてる……あたしのこと」
 その事実だけは、素直に染み入ってきた。
 だれかが気に掛けてくれている。
 佑香が、潤が。
 そう思うだけで、このまずい状況のすべてを一瞬忘れ、じんわりと頬を緩めた。
 だが、それもすぐに冷める。
「どうせ、日野にかつがれて出てきただけでしょ。電話だって、もう帰りたいから掛けただけ。メルアドだって、番号だって……今まで一度だって聞こうとしなかったくせにっ!」
 久しぶりに湧いた嬉しい感情。それを、倍の僻みで潰そうとする自分自身がつくづく嫌になる。

 電話の向こうでは、佑香の顔を凝視しながら潤と大輝が聞き耳を立てていた。落胆した表情の佑香に大輝が聞く。
「なんだって? アイツ、なんて言ってた!?」
「それが、何にも言わなかったの」
「一言もか? 一言くらい――」
「ホントに、ウンでもなきゃ、スンでもなかったのよ」
「じゃ、出たのだってアイツかどうかもわかんねぇじゃねぇか! もしかして監禁でもされてりゃ、犯人の男が出たのかも!」
「まぁ、待てよ」
 と潤。「想像だけ膨らませたって、しょうがないだろ。何とかして……向こうのケータイにGPSとかついてりゃいいんだけどな」
 横で、掛け直す佑香。
「……ダメ、もう出ないや」
 ボタンをいじり回す佑香の隣で、潤が大輝に顔を向けた。
「なぁ、ダイ」
「んぁ?」
「お前、さっき……『夢屋』のばあさんがどうとか言ってたよな?」
「ああ。成元のヤツ、怒鳴られたらしい」
 そして一言、小声で耳打ちをした。『アイツ、自分だけお前に逢わせてくれるように頼んだらしいぜ』
「あ? なんだ、それ」
「それが根本の理由だろ。この揉め事のよ」
「なぁに? こそこそ話さないでよ」
 と佑香。「ね、どうしようもないよ。電話も出なけりゃ、どこにいるかもわかんないんだから、心配だけど潤だけでも学校に――」
「いや。まだ手はある」
 と潤。「逢いたい人に逢わせてくれるんだろ? それ『“ゆ”めや』じゃなくて、『“う”めや』じゃないのか?」
「えっ!? 潤も知ってたの? だれに聞いたの!?」
「だれにも。俺、そこのばあさんと話したし」
「成元が相手にして貰えなかったってババァにかよ?」と大輝。
「あぁ。けど、そんな感じのばあさんじゃなかったぜ」
「いつ話したのよ」
「この前の土曜。こっちに帰ってきた日」
 潤は手短にポン太の話をした。「ばあさん、まじないができるって言ってた。逢いたい人がいるなら、猫の礼に逢わせてやるからって」
「……逢いたい人」
 佑香と大輝がともに呟く。その顔に、潤が提案した。
「成元がなんかの理由で家出したのか、それとも監禁されてるのか区別がつかない以上、探してやるしかないだろ? 行くぞ」
「どこへ?」と佑香。
「『うめや』だよ」
 そう言うと、潤は歩道に走り出た。右方向に小さく見つけたバス停に向かう潤の後を、2人が追う。

 時刻表を手早く確認し、次のバスがほどなく来ると知った潤は、車の波に目をやった。
 追いついた佑香が、潤の袖口を掴む。
「んもう! 強引なんだから! 大体、『夢屋』なんて、まやかしよ! そんな超能力ばあさんが、あの辻が森なんかに居るわけ――!」
「へぇ、詳しいんだな。やっぱ、ホントなんだ。あのばあさん」
 笑みさえ浮かべる潤に、大輝が焦った顔を向けた。
「おい、ジュン! お前、これ以上授業に穴開けちまったら、マジやばいって! 場所を教えてくれりゃあ、オレが――!」
「いや。いざとなったら人手があったほうがいい。悪いけど、二人ともつきあってくれ。辻が森の『うめや』まで」
「なんで? なんで、潤がそこまで沙耶のことにっ!?」
 角を曲がってきたバスが姿を現した。

「家出だとしたら、俺が一番わかってやれる気がするんだ。……パンパンになっちまったんだよ、心が。きっと成元だって、したくてしたわけじゃないはずだ。けど、他にどうしようもなかったんだろ。だからって、だれの顔も見たくないわけじゃない。寂しいんだ。心配して欲しいんだよ。俺も……」
 一瞬、ぎゅっと口を噤むが、ひとつ頷くと続けた。
「だから、心配して、探してやろうよ。見つけたところで説得なんて出来ないかも知れないけど、せめて無事が確認出来れば、それだけでもいいじゃないか。今は成元の無事を願って、まずは――」
 到着したバスにいち早く乗り込んだ潤。大輝と目が合った佑香は、「んもうっ!」と腹立たしげに息をつくと、2番目に乗り込んだ。
 大輝も続く。

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